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ヒューリの過去-1-

 ヒューリの生まれ故郷は、イルカナの東にあるカサール王国の、さらに南東にある小国、クランだ。

 山に囲まれたクランは、様々な鉱石をはじめ、ミスリルやアダマンタイトなどの希少金属を産出していたことから、経済的には恵まれた国だった。

 だが、それは強国に狙われる要因ともなる。


 クランには、隣接する強大な軍事国家、キルグ帝国が頻繁に攻め込んできた。その侵攻に立ち向かうクラン軍の中心人物が、ヒューリの父、ハミル将軍だった。

 二本の剣を煌めかせて戦場を駆けるその姿は、敵からは双剣の悪魔として恐れられ、味方からは救国の英雄として敬われていた。


 ヒューリは、ハミル将軍の長女として戦乱の世に生まれた。幼い頃より父の教えを受け、女の身ながら武術を磨いていく。その才能は父をも唸らせるほどで、十四才を迎える頃には、一線で戦う兵士でさえもヒューリにかなう者はほとんどいなくなっていた。

 そんなヒューリが、女の身でありながら戦場に立つようになったのは、必然なことなのかもしれない。


 ヒューリの初陣は、十五才。

 貴族の子息の初陣と言えば、後方で戦場を体験するだけの形式的なものが多い中、ヒューリは違った。

 大軍に立ち向かう父親に従って、戦場の最前線に飛び込んでいく。父親譲りの双剣を武器に無数の敵を打ち倒し、初陣ながら味方の勝利に大きく貢献することになった。

 それ以来、父娘は軍の中心戦力として何度も戦場に立つことになる。



「まあそんな訳で、いちおう上流階級に生まれたんだけど、舞踏会で踊ってるより戦場で戦っている方がはるかに多かったかな」


 ヒューリが、話を区切ってカップに手を伸ばす。

 ゆったりとお茶を飲むその姿を見ながら、ミナセは驚いていた。

 

 あのハミル将軍の娘だったのか!


 ミナセの生まれ故郷シオンは、クランと国境を接していないものの、比較的近い距離にある。大国からクランを守り続けるハミル将軍の名声は、シオンにも鳴り響いていた。ヒューリから品格のようなものを感じたのは、その出自のためだと納得する。


 だが、たしかハミル将軍は……


 町で聞いた噂を思い出しながら、ミナセがヒューリを見つめていると、少し沈んだ表情で、ヒューリが続きを語り出した。



 クランは、地の利と、豊富な鉱物から作られる優秀な武具、そして国内の固い結束によって、キルグ帝国の侵略をことごとく跳ね返してきた。

 そのクランに、いつの頃からかいやな噂が流れ始める。


 ハミル将軍が、キルグ帝国に鉱物の横流しをしている


 誰が言い出したのか定かではないが、知らぬ間にその噂は国中に広まっていった。実際に、国有鉱山の鉱石庫から希少金属が無くなる事件も相次いでいた。

 もちろん、国の英雄である将軍のことを、最初から疑ってかかる国民など一人もいない。

 しかし、いつまでも消えない噂に、国民は少しずつ疑心暗鬼になっていく。


「また鉱物が消えたらしいぞ」

「やっぱり、そうなのかな?」

「俺は信じないぞ!」

「俺だってそうだよ。でもさ、これだけ続けば誰だって……」


 王家も軍も、噂の火消しに躍起になっていた。

 それでも鉱物は消えていく。噂に尾ひれが付いて、ハミル将軍の名声には明らかに影が差していた。


 そして、事件は起きた。


 国境付近で捕えられたキルグの密偵が、将軍との裏取引について証言したのだ。

 身に覚えのない将軍は、もちろん全面否定した。だが、信じられないことに、密偵の証言通り、盗まれたと思われる希少金属が将軍の領地内で発見されることとなる。

 折しも大雨による堤防決壊で穀倉地帯が被害に遭い、食糧難にあえいでいた国民は、一斉に将軍を追及し始めた。

 国王をはじめ、心ある者たちはハミル将軍をかばい、他国の陰謀の可能性も指摘していたが、その最中、追い打ちを掛けるように決定的な出来事が起きた。

 国境付近に押し寄せてきたキルグの軍勢から、クランに使者がやってきたのだ。


「我々は、盟友であるハミル将軍を引き取りにやってきた。おとなしく将軍を引き渡さなければ、力ずくで貴国を踏み潰す」


 これに怒り狂った国民が、王宮へと押し寄せた。


「将軍を殺せ!」

「裏切者に天罰を!」


 事ここに至っては、真実がどうであるかなど意味をなさない。

 将軍は、王に自分を処刑するよう進言し、そして王は、それを受け入れた。


 刑執行の直前、将軍は、ヒューリに家宝の双剣を預けてこう遺言している。


「ヒューリよ、耐え忍ぶのだ。この国にはお前の力が必要だ。国民を恨むな。これからも精進せよ」


 将軍は、王宮前の広場で、多くの国民に罵られながら処刑された。


 残された一家は、屋敷も領地も没収されて、山奥の小さな山荘に軟禁された。一家の命が助かったのは、国王のせめてもの配慮だったのだろう。

 軟禁とは言うものの、監視はほとんどいなかった。ヒューリとその母、そして弟の三人は、新たな住まいで静かに暮らし始める。

 だが、そこでの生活は短い期間で終わりを告げた。突然、暴徒たちが襲ってきたのだ。


「将軍一家は皆殺しだ!」

「裏切者を許すな!」


 偶然その時狩りに出ていたヒューリは、燃えさかる山荘から庭先に引きずり出され、首を刎ねられる母と弟を見た。

 ヒューリは、怒りで気が狂いそうになる。

 双剣を抜き放ち、全身に殺気を纏わせながら、しかし、ヒューリはそこから動かなかった。


「国民を恨むな」


 胸に刻み込まれた父の言葉がヒューリの感情を抑えつける。


「ヒューリがいないぞ、探せ!」


 リーダーらしき男の声で動き出す暴徒たちを、真っ赤に燃える瞳で睨み付けた後、ヒューリはその場から立ち去っていった。


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