表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/419

来訪

「さて、どうしたものか」


 レンガ作りのアパートの前で、女は考え込む。


 エム商会の事務所は、割と簡単に分かった。酒場で尋ねたら、店主も、客の傭兵らしき男たちも知っていたのだ。


「この辺りじゃあ有名だぜ!」


 男たちがやたらと自慢げに話していたところをみると、大きな会社なのかもしれない。

 そう思ってやってきたのだが。


「ボロいな」


 あまりにもありふれた、それも、ちょっと古めのアパートだった。

 この中の一室に事務所があるらしい。


 大きな建物に開けた入り口。中に入れば受付嬢がいて、そこでさりげなくミナセを呼んでもらう。

 そんなことを考えていた女の構想は、見事に崩れ落ちてしまった。


「これじゃあ、逆に入りにくいじゃないか」


 アパートの前で、かれこれ三十分ほど女は立ち尽くしていた。


 ここまで来たんだ、行くしかない!


 そう決意をして入り口をくぐろうとするのだが、どうしても足が動いてくれない。


「あーもー。あんなところで会うなんてなあ。しかも私、逃げ出しちゃったし」


 気まずい。

 じつに気まずい。


「ちくしょう!」


 何度目かの決意にも足は動かず、女の心は、ついに折れた。


「今日はやめよう」


 ぼそっとつぶやき、肩を落として向きを変える。

 その足を一歩踏み出した途端、目の前の、もの凄く近い位置に、ニコニコと笑っている少女がいた。


「あのー、覆面の山賊さんですよね?」

「!」


 あまりに突然の出現、あまりに突然の問い掛けに、女は完全に思考停止に陥る。


「えっ? あっ、いや……」


 なんだこいつは?

 なぜ私のことを?


 敵意も害意も感じないその笑顔に防衛本能は働かなかったが、動揺で行動不能になる。

 すると、その少女がさらに理解不能なことを言った。


「私、リリアっていいます! 山賊さん、お待ちしてました!」


 お待ちしていた?

 誰を? 私を?


 女が固まる。

 その手を少女がしっかりと掴み、そして、ぐいぐいと引っ張り出した。


「どうぞ中に入ってください! 社長は今日いないんですけど、ミナセさんはもうすぐ帰ってきますから」

「ちょっ、ちょっと待って!」


 少女の力はそれほどでもない。普通なら簡単に振り払えるはずなのだが、予想外の展開に、思考も体もうまく動いてくれなかった。


「ミナセさん、きっとびっくりしますよ!」


 楽しそうな少女に手を引かれ、女は、ついにアパートの入り口をくぐることになったのだった。



「こちらにお掛けください。今お茶を淹れてきますね」


 そう言われて、女はポツンとソファに腰掛けている。


 部屋の中は、意外と明るい。

 開け放たれた大きな窓から気持ちのいい風が入ってきて、花瓶の花をゆらゆらと揺らしている。

 作りは古いが、掃除は行き届いていて、埃っぽさは感じない。

 応接セットには可愛らしい色のカバーとクロスが掛けられていて、シンプルな風景の中のちょっとしたアクセントになっている。

 だが。


 少しインパクトに欠けるな


 女がそう思った、その時。


 ガチャ


 入り口の扉が開いて、見知った人物が入ってきた。


「あっ!」


 女が反射的に立ち上がる。

 その女を、向こうも驚きの表情で見ていた。


「なんで!?」


 二人の動きが止まる。

 そこに、リリアがお茶を淹れて戻ってきた。


「お帰りなさい! どうです、びっくりしたでしょう?」


 そう言って、リリアが楽しそうに笑った。



「じゃあ、自己紹介から始めましょう!」


 ミナセの隣に腰掛けながら、向かい合ってぎこちなく座る二人にリリアが言った。


「私、ミナセさんと一緒にこの会社で働いている、リリアっていいます。よろしくお願いします!」


 明るく元気いっぱいに自己紹介するリリアは、誰が見ても、間違いなく美少女だ。

 だいぶ落ち着いてきた女は、今度は冷静にリリアを見ることができた。


「次、ミナセさん!」


 リリアに促されて、ミナセが緊張した様子で自己紹介をする。


「まあ、前にも言ったが、ミナセだ」


 それだけ言うと、ミナセは黙ってしまった。

 もともとミナセは、社交的なタイプではない。初対面ではないにせよ、女に対して何を言ったらいいのか分からなかった。

 リリアが仕切ってくれているのが非常にありがたい。


「はい、じゃあ最後、山賊さん!」


 その場の緊張感をまったく意に介さず、リリアが明るい声で女に振る。”山賊さん”という言葉に複雑な表情を浮かべつつ、女が名乗った。


「えー、その、名前は、ヒューリだ」

「ヒューリさん! かっこいい名前ですね!」


 リリアの元気な声が響いた。


 ヒューリというのか


 ミナセは、改めてヒューリを見た。

 通りで見た時にも思ったが、たしかに”かっこいい”という表現がぴったりだ。女として見ても間違いなく美人と言えるが、女性にもモテそうな爽やかな顔立ちをしている。

 躍動感溢れる体は、しなやかで美しい。よく通るその声は、雑踏の中でもはっきり聞き取ることができるだろう。


 やはり、こいつに山賊は似合わない


 ヒューリもまた、ミナセを見ていた。


 年は自分よりも少し上か?


 吸い込まれてしまいそうな黒い瞳と、後ろで束ねた艶やかな黒髪。整った顔立ちと、均整の取れたプロポーション。

 戦いの場では見ていたものの、こうしてじっくり見てみると、かなりの美人だ。

 これだけの美貌で、あの強さ。


 こいつ、ずるい


「ところで」


 沈黙を破り、リリアがヒューリに話し掛けた。


「どうして、ヒューリさんは山賊なんてやってたんですか?」

「えっ!」


 なんてストレートな質問。

 いきなり急所を突かれて、ヒューリが絶句する。さすがのミナセも目を丸くしていた。


 まあ、でも……


「そうだよな。いろいろ、ちゃんと話さないとだよな」


 一つ咳払いをしてから、ヒューリがゆっくりと話し始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ