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異世界の乙女たちは、社長と一緒に笑っていたい  作者: まあく
第二十章 笑っていたい
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愛しています

 語り終えたマークが、寂しげに湖面を見つめる。

 信じられないような話を聞いて、社員たちは呆然としていた。


「俺は、人であって人ではない。そして、決して償うことのできない大きな罪を背負っている」


 小さな声で、マークが言う。

 そして、ゆっくりとフェリシアに向いた。


「お前は、自分が穢れていると言っていたが、それは違うと、俺は思う」


 フェリシアもマークを見た。


「お前は、幼い頃から過酷な環境にいた。そんなお前が主の命令に従ってきたのは、自分が生きるためだ。生きていくために、お前は命令に従わざるを得なかったんだ」


 静かな声が続く。


「だけど、フェリシア」


 マークが、強くフェリシアを見た。


「お前は、命令さえなければ、決してそんなことはしなかったはずだ」


 フェリシアの目が大きく開く。


「お前の過去の行いに、罪がないとは言わない。お前の過去が清らかなものだとも言わない。それでも、フェリシア。お前は穢れてなんかいない。決して穢れてなんかいないんだよ」


 アメジストの瞳から涙が溢れた。

 フェリシアが、両手で顔を覆う。


「フェリシアは、前を向くべきだ。幸せに向かって歩くべきなんだ。それを、俺は心から望んでいる」


 肩を震わせてフェリシアは泣いた。

 リリアが泣く。シンシアが泣く。ミアがボロボロと涙を流す。


 やがて、フェリシアが両手を下ろした。

 少し恥ずかしそうに顔を上げ、上目遣いでマークを見る。


「ありがとうございます」


 小さな声で礼を言い、今度ははっきりとマークを見つめた。


「もし私が許されるのなら、社長も許されてもいいと、私は思います。社長は、その世界に平和をもたらしました。社長がいなければ、今なお人々は苦しんでいたかもしれない。だから……」

「俺は違うんだ」


 フェリシアの話を、マークが遮る。


「俺は、大切な人をだまし続けた。多くの人の命を奪ってきた。それは、誰に命令された訳でもない。すべて、俺自身の意思で行ったものなんだ」


 マークが、フェリシアから視線をそらす。


「フェリシアと俺は、本質的に違う。罪の重さが違う。犯した罪の質が違うんだよ」


 自分を見つめる社員たちに、マークが背を向けた。


「俺は、無数の命を奪い、無数の不幸を生み出した。愛した人にさえ、苦しみを与えることしかできなかった」


 苦しそうにマークが語る。


「フェリシアは、決して穢れてなんかいない。だが、俺は心の底から穢れている。俺は、永遠に苦しまなければならない。俺は、永遠に罪を背負って生きていかなければならないんだ」


 決して老いることのない体。

 しかし、それは不死ではないはずだった。自分の命を自分で絶つことはできるはずだ。

 それをせず、ただひたすらに罪を背負って生きていく。


 そんな生き方が、幸せなはずがない。

 そんな生き方が、苦しくないはずがない。


 フェリシアが何かを言い掛けた。

 リリアが何かを言い掛けた。

 しかし二人も、ほかの社員たちも、何も言うことができなかった。


 重苦しい時間が過ぎていく。

 時折そよぐ微かな風が、湖畔の葦をさわさわと揺らす。

 迷路に迷い込んだみんなの想いが、出口を求めて彷徨っていた。


 その時、ふと誰かが動いた。

 静かな湖畔にはっきりと足音を立てて、その人物は、マークの前に立った。


「社長は、私たちを救ってくれました」


 驚いて顔を上げるマークを、黒い瞳が迷いなく見つめる。


「私たちだけじゃありません。社長は、この国も救ってくれました。エルドアを救い、周辺の国々に平和をもたらし、たくさんの人に平穏な日常を与えてくれました」


 フェリシアと同じことをミナセが繰り返す。

 マークも、同じことを繰り返した。


「そうだとしても、俺の罪が消えることはない。それに、俺は何もしていないよ。それを成し遂げたのは、俺じゃない。みんながそれを成し遂げたんだ」

「いいえ、社長のおかげです!」


 弱々しい声を、強い声が否定した。

 強い感情を込めて、ミナセが言う。


「社長がいなければ、私たちは救われず、この国も周囲の国々も救われることはありませんでした。すべての始まりは社長なんです。幸せと平和の始まりは、社長、あなたなんです」


 マークが目を見開く。

 口を開き掛けてそれを閉じ、ミナセを見つめて、目を伏せる。

 そして、うつむいたまま言った。


「そうだとしても、俺が犯した罪が消えることはない。どんなに善行を重ねたところで、絶対に消えることはない。数学みたいに、足したり引いたりできるものじゃないんだ」


 百年を超えて背負い続けた罪の意識。それが消えることは、やはりなかった。

 どんなに言葉を重ねても、どんなに功績を讃えても、それが消えることはなかった。


 目を伏せたままのマークを、ミナセが見つめ続ける。

 そのミナセが、突然マークの頬を両手で挟んだ。

 強引にマークの顔を自分に向けて、至近距離でそれを睨み付ける。


 マークは、声を出すこともできずにミナセを見つめた。

 社員たちも、目を丸くして二人を見つめた。


「これだけ言っても、社長が自分を責め続けるとおっしゃるのなら、仕方ありません」


 ミナセが言った。


「それなら、私も一緒にその罪を背負わせていただきます」


 マークの目が大きく広がった。

 

「苦しくて眠れない夜は、夜が明けるまで私がそばにいて差し上げます。裏切った女性の顔が消えないのなら、私がその記憶を塗り潰して差し上げます」


 黒い瞳が言い放つ。


「あなたが前を向けるようになるまで、私があなたの前を歩きます。これまであなたがそうしてくれたように、これからは、私があなたを導きます」


 強烈な宣言。

 強烈な、愛の言葉。


 マークの顔が歪んでいく。

 その瞳に涙が溢れていく。


「だが、俺は同じ場所に長くはいられない……」

「二人でいられるのなら、住む場所なんてどこでも構いません」


 ミナセが穏やかに答える。


「俺と一緒にいても、きっとお前は幸せにはなれない……」

「あなたと一緒にいれば、私は幸せです」


 ミナセが、マークの頬からそっと両手を離す。


「俺は、十年経っても、百年経っても年を取らない。たとえお前が一緒にいてくれたとしても……」


 消えることのないマークの不安。

 その不安に、ミナセが答える。


「私の命が尽きそうになって、あなたの罪を一緒に背負えなくなったその時は」


 そこまで言って、ミナセは黙った。

 震える黒い瞳がミナセを見つめる。

 続きの言葉を、怯えるように待つ。


 震える瞳に、ミナセが言った。


「私が死ぬ前に、あなたの命を絶って差し上げます」


 黒い瞳が限界まで広がる。


「あの世でも、二人で一緒に罪を背負っていきましょう」


 ミナセが、穏やかに笑った。


 あぁ……


 固く閉ざしていたマークの扉。何重にも鍵を掛け、決して開かないように封印を施した大きな扉。

 その封印が解かれていく。いくつもあった鍵が弾け飛んでいく。


 それに誘われるように、葦の茂みが輝き始めた。

 たくさんの小さな命が、殻を破ってその羽を広げ始める。


 幻想的な光の中で、ミナセが言った。


「あなたを、愛しています」


 ミナセの言葉が、マークの扉を開いていった。


 マークの体が崩れ落ちる。

 涙にむせぶマークを、ミナセが優しく抱き締める。


 湖面を撫でるように風が吹いた。

 葦の茂みが揺らめいた。


 星屑アゲハの群が一斉に飛び立つ。

 溢れる光の中で、顔を上げて、マークが言った。


「俺も、お前を愛している」


 マークが笑った。

 ミナセも笑った。


 フェリシアがうつむいた。

 リリアの目に涙が溢れた。


 いくつもの想いが光に溶けていく。

 新たな物語が始まり、そして、いくつかの物語が終わった。


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