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異世界の乙女たちは、社長と一緒に笑っていたい  作者: まあく
第二章 栗色の髪の少女
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看板娘

「これは、無理ですかねぇ」


 マークがぼそっと言う。


「まあ、無理でしょうね」


 ミナセが答える。


 二人の前には、紙の束。

 それは、仕事の依頼書だった。


 ミナセの誠実な仕事ぶりとマークの営業努力のおかげで、仕事は確実に増えていた。警備や護衛以外の依頼はマークもずいぶんこなしているのだが、まったく追い付いていない。


「新しく社員を増やしてもいいんじゃないでしょうか?」


 ミナセの提案に、マークが頷く。


「そうですね。そうしましょう!」


 立ち上がって、マークが力強く言った。


「ミナセさん、スカウト活動開始です!」


 その言葉に、ミナセは一抹の不安を覚える。また町で誰かに声を掛けて歩くのだろうか?

 自分で言うのも何だが、あの方法で引っ掛かる人間がいるとは思えないのだが……。



 尾長鶏亭は、旅人や仕事帰りの労働者たちで今日も賑わっている。


「こっち、酒二つ追加ね!」

「はい、ありがとうございます!」

「二番テーブル、料理あがったよ!」

「はい、今行きます!」


 大勢の客の間を、元気に動き回る少女がいた。

 少女とは言ったものの、チラリと見える胸元や、時折見せる表情には大人の色気が感じられないこともない。

 栗色の髪に茶色の大きな瞳が印象的な、大人になる一歩手前の美少女である。


「リリアちゃん、今日もよく働くねぇ」


 常連客が声を掛けると、少女は可愛らしい笑顔で答えた。


「おじさんも今日一日頑張って働いていたんでしょう? だから私も頑張らないと!」


 そう言いながら、別の客の注文を取りに駆け出していった。


「ほんとに可愛いよなぁ、リリアちゃん」

「だよなぁ。あの子の顔を見てるだけで、疲れなんて吹っ飛んじまう」


 男たちは、酒を飲みながらリリアの姿を目で追う。その目に、だがイヤらしさは感じない。

 いつも明るく元気なリリアは、癒しの対象にはなっても、欲望の対象にはなりにくいようだ。リリア目当てに通う常連客は多いが、今までリリアがその手のトラブルに巻き込まれたことはなかった。


 尾長鶏亭で暮らし、看板娘として働いてはいるが、リリアはこの店の子供ではない。十才の時に、リリアの両親は病気で亡くなっていた。

 天涯孤独の身となったリリアを引き取ったのが、尾長鶏亭を夫婦で営んでいるリリアの伯父だった。

 リリアは、自分を引き取ってくれた伯父夫婦に感謝し、恩返しのために店の仕事を手伝っている。

 リリアが来てから店は繁盛し始め、伯父夫婦も喜んでいた。

 両親を亡くしてつらい思いはしたが、今は幸せに暮らしている。


 常連たちは、リリアのことをそんなふうに思っていた。



 夜の町は静かだ。

 イルカナ王国の王都アルミナは大陸でも有数の大きな町だが、それでも中心地や歓楽街を除けば、飲み屋であっても閉店は意外と早い。日付が変わるにはまだ少しあるこの時刻でも、通りを歩く人はほとんどいなかった。

 曇っていて月明かりもない町を、ミナセは一人で歩いている。


「思ったよりも遅くなったな」


 今日は、骨董品運搬の護衛の仕事だった。お得意様から夜の納品を希望された骨董屋が、往復の護衛をエム商会に依頼して来たのだ。

 比較的治安のよいアルミナの町も、夜ともなれば絶対安全とは言えない。納品を終え、結構な代金を受け取った骨董屋を店まで送り届けて、仕事は無事に終わっていた。

 最初から遅くなることは分かっていたので、マークからは直帰していいと言われている。


 この世界では一般的な、魔石の力で発光する懐中電灯で道を照らしながら、ミナセは宿へと向かっていた。

 左手に懐中電灯を持ち、右手は常に自由にしている。いつでも刀を抜けるようにするための、ミナセに染みついた習慣だ。

 その右手が、何度となく腰に差している剣に触れていた。その剣は、マークに預けた愛刀のかわりに買ったものだった。


 両刃で直刀。長さは、ミナセの刀と同じくらい。

 それは、とてもありふれた剣。どこにでも売っている、ごく普通の剣。


「今の私には、これくらいがちょうどいいんです」


 そう言って、ミナセはマークに笑ってみせたのだが、やはり何となく落ち着かない。なかなか手に馴染まないその感触を、ミナセは何度となく確かめていた。


 途中、ミナセも最近よく行くようになった尾長鶏亭の近くを通る。

 照明が落ちている店の脇を通りながら、明日はここの料理が食べたいな、などと考えていると。


「ヒック、ヒック……」


 店の裏手から、しゃくりあげるような声が聞こえてきた。


 こんな時間に?


 不審に思いながら、ミナセはそっとその声に近付いていった。


 店の裏手は細い路地で、ゴミ箱や木材などがあって奥は見えない。

 ミナセは、思い切って懐中電灯の明かりを暗闇に向けた。


「ひゃっ!」


 明りの先で驚いたような声が上がる。

 そこには、膝を抱えて座り込んでいる少女、リリアの姿があった。


「リリア?」


 ミナセが確認するように声を掛ける。

 リリアは、いきなり現れた人影に驚き、そして怯えていた。


「すまない、急に声を掛けてしまって。私だ、ミナセだよ」


 そう言いながら、ミナセがリリアのそばに行こうとした、その時。


「来ないで!」


 鋭い声でリリアが拒絶する。

 その反応に、今度はミナセが驚いた。


「あっ、ごめん……」


 それ以上何も言えず、その場に立ち尽くす。

 すると、今度は少し落ち着いた声がした。


「ミナセさん、ですか? すみません、何でもないんです。ちょっと、その、転んでしまって。打ち所が悪かったみたいで、痛くて動けなかっただけなんです」


 そう言うとリリアは、顔を半分だけこちらに向けて笑ってみせた。明りに浮かぶその固い表情は、いつもの笑顔とは程遠い。

 だが、そんなことよりも。


「リリア、ちょっと顔を見せてみろ」


 ミナセが、今度は遠慮なくリリアに近付いていく。


「こ、来ないでください!」


 顔半分を手で押さえながら、リリアが慌てて奥へ逃げようとする。

 それを強引に引き戻して、ミナセはリリアを正面から見た。


「リリア!」


 手で押さえていても分かる。

 リリアの顔の半分は、腫れ上がっていた。


「これはどうしたんだ!?」


 ミナセは、無意識にリリアに詰め寄っていた。


「誰かに殴られたのか?」


 正確には、拳で殴られた跡ではない。それは、何度も平手打ちを受けたような跡だった。


「こ、これは、転んだんです、さっき! 大丈夫です。すぐに治りますから」


 そう言うと、リリアは呪文を唱え始めた。


「治癒魔法!?」


 ミナセは驚いた。

 治癒魔法は、この世界では比較的一般的な魔法だ。

 小さな火をおこしたり、少量の水を発現させたりするいわゆる生活魔法と違って、治癒魔法は誰もが使えるという訳ではない。

 だが、それなりの素質があれば、練習次第で使えるようになる。

 今リリアが使っているのは初心者レベルの魔法だが、ちょっとしたケガなら治癒が可能だ。

 食堂で働く姿しか知らなかったミナセは、リリアが治癒魔法を使えるとは思っていなかったのだ。


「ほら、もう治りました」


 そう言いながら、リリアが顔を覆っていた手を外す。

 完治とまではいかないが、たしかにほとんど腫れは目立たなくなっていた。


「お母さんに教えてもらったんです。ちょっとしたケガならすぐに治せるから、いつも助かってるんですよ」


 リリアが、先ほどよりはましな顔で笑う。

 しかし、ミナセはやはり気になった。


「その魔法、よく使っているのか?」


 その問い掛けに、リリアが少し慌てる。


「えっ? あ、あの、まあ、何ていうか、私ドジだから、よくあちこちに体をぶつけるんですよ。えへへ……」


 ミナセが尾長鶏亭に行くようになってからまだ日は浅いが、リリアのことは、何となく気になってよく観察している。

 大勢の客の間を皿を持ちながら器用に動き回るリリアに、感心こそすれ、ドジだと思ったことなど一度もない。


「本当に大丈夫なのか?」


 ミナセが心配そうに尋ねる。


「私でよければ話を……」

「大丈夫です!」


 ミナセの言葉を切るように、リリアが答えた。


「でも……」

「本当に大丈夫です。すみません、余計なご心配をお掛けしてしまって」


 リリアが勢いよく頭を下げる。


「ありがとうございました。今日はもう遅いので、これで失礼します。ミナセさん、またお店に来てくださいね!」


 それ以上ミナセに何も言わせず、リリアは店の裏口から中へと入っていった。


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