強くなりたい
「ミア! ミア!」
耳元で響く大きな声で、ミアは意識を取り戻した。
ゆっくりと、目を開く。
「大丈夫?」
目の前にマギの顔がある。心配そうにミアを覗き込んでいた。
「……敵は?」
「ファルサとかいう奴以外は、みんな倒したわ。うちのメンバーは無事よ」
「そう、ですか。よかった」
両腕に力を込めて、ミアが体を起こす。目の焦点は、まだ少し合っていなかった。
「飲んで」
マギが水筒を差し出す。
「ありがとうございます」
それを受け取ろうと手を伸ばしたミアは、そこで動きを止めた。手の甲が、赤茶色に染まっている。
その様子を見たマギが、静かに言った。
「とりあえず、手と顔を洗った方がよさそうね」
マギの話では、エイダの戦線復帰で一気に形勢が逆転したらしい。
意識を取り戻したエイダが、風の魔法ジャンプで落とし穴から脱出。ファイヤーボルトを連射して、ならず者たちを瞬く間に倒していった。
マシューと睨み合いをしていたファルサは、それを見て即座に撤退。ガロンとシーズも無事救出された。
話を終えたマギが、膝を抱えたまま地面を見つめるミアに聞く。
「あんた、人と戦ったの、初めて?」
「……」
返事はなかったが、マギには分かったようだ。
マギが、ミアの手をそっと握る。普段はきつく見えるその目が、今はとても優しかった。
その二人を横目に見ながら、マシューたちが話をしている。
「雑魚は全滅させた。隠密野郎は逃したが、敵の戦力はだいぶ減ったはずだ。勝ち目は十分あるとは思うが……」
「さっきはドジッちまったが、今度はやってやるぜ!」
「俺も大丈夫だ」
マシューの話に、男二人はやる気を見せている。しかし、エイダは黙ってミアを見つめていた。
マシューもミアを見る。
思い詰めたように動かないミアを、じっと見る。
やがてマシューが、少し強い口調で言った。
「今回は、一旦引こう」
ガロンとシーズは一瞬眉をひそめたが、それでも、その決定に異を唱えることはしなかった。
無理はしても、無茶はしない
自分たちが貫いてきたポリシーの一つだ。
アウァールスのアジトは目の前。敵の戦力低下は確実。
それでも、今は引く。
エイダにも見付けられない敵と、統制の取れた防衛体制。
想定外がまた起きる可能性は高い。それらを突破するには、同じく想定外の働きを見せた、ミアの力が必要だ。
そのミアが、戦えない。
マシューは決断した。
「ミア、立てるか? もし大丈夫なら……」
「待ってください!」
突然、ミアが叫んだ。
マギが、驚いて目を丸くする。
「マギさん、ありがとうございました」
自分の手を握るマギの手をそっと外して、少しふらつきながらも、ミアは自力で立ち上がった。
「私、今の会社に入る時に、何でもやるって決めたんです。やり抜くって決めたんです」
それまでとは別人の顔で話し始める。
「うちの社員は、みんな、私なんかには想像もつかないくらい大変な経験をしてきました。それに比べたら、私なんて……」
拳を握り締めて語る。
「私は強くなりたい! だから、私はこんなところでへこたれてる場合じゃないんです!」
ミアが、強い意志を示した。
「私、戦います!」
しっかりとした声で宣言した。
身を守るためには、相手の命を奪うことになってもやむを得ない。
この世界の常識が、ミアの背中を押す要因ではあっただろう。
だが、そんなことよりも、ミアは思ったのだ。
みんな乗り越えてきたんだ
強く思ったのだ。
私はエム商会の社員なんだ!
だから思った。
私は、強くならなきゃダメなんだ!
「私、戦います!」
ミアは言った。
覚悟を決め、腹を据えて、力強くミアは叫んだ。
沈黙の後。
「ほんとに想定外だな」
マシューが笑った。
「ミアちゃん、惚れたぜ!」
ガロンが吠えた。
「俺が、守ってやる」
シーズがつぶやいた。
「後で窒息させる」
エイダがシーズを睨んだ。
そしてマギは。
「気に入ったよ」
立ち上がって、ミアの肩をポンと叩いた。
「よし! やつらのアジトはすぐそこだ。みんな、気合いを入れろ!」
「おぉっ!」
敵の拠点の近くだというのに、パーティー全員が大きな声で叫んでいた。
 




