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異世界の乙女たちは、社長と一緒に笑っていたい  作者: まあく
第六章 ブロンドの問題児
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空へ

 公爵邸での実験結果をもとに、作戦計画は最終決定された。

 漆黒の獣が先行して出発し、フェリシアたちの休憩地点を確保しながら、十日でセルセタの花の洞窟に到着。

 フェリシアたちは、漆黒の獣が出発してから九日目の夜明けに出発だ。

 一時間ごとに休憩を取りながら、日が暮れるまで飛び続ける。

 これを二日と半日続け、洞窟で漆黒の獣本隊と合流。

 三人が到着次第、すぐさまグレートウィルムを倒してセルセタの花を入手。花を煎じてロイに飲ませる。


 日程に余裕はまったくないが、やむを得なかった。ロイが余命三ヶ月と宣告されてから、すでに一ヶ月が経過している。

 まさにぎりぎりの中で作戦は進められていった。


 作戦決定の後、漆黒の獣は速やかに準備を済ませて出発していった。

 フェリシアはフライの精度向上を、ミアは魔力制御の特訓をしながら自分たちの出発日を待った。

 そんなある日。


「やっぱりあなたは凄いわね」


 特訓から戻ってきたミアに、フローラが言った。


「何が?」


 コップの水を一気に飲み干して、ミアが聞き返す。


「夢中になった時の、あなたの集中力のことよ」


 ミアが参加する作戦の詳細は、シスターたちにも伏せられていた。大事な仕事を任されたとだけ伝えられている。

 ただフローラにだけは、ミアは内緒で話をしていた。


 院長の配慮で、教会でのミアの仕事はだいぶ減っている。

 できた時間のすべてと自由時間のすべて、そして睡眠時間の一部をミアは特訓に充てていた。


「子供の頃、あなたが治癒魔法の練習をしていた時を思い出すわ」


 フローラが懐かしそうに言う。


「そうかもね」


 言われてミアも、昔のことを思い出していた。


 亡くなった前の院長からヒールの呪文と魔法を発動するコツを教わったミアは、その日から夢中で魔法の練習をした。シスターたちは、ミアのことだからすぐに飽きるだろうと、半ば冷めた目で見ていたものだ。

 だがミアは、飽きるどころか、何日経っても、何ヶ月経っても練習を止めなかった。

 呪文は完璧に覚えてしまい、詠唱などしない。ケガを治すイメージを思い浮かべ、自分の中の魔力を感じ、それを引き出して高めていく。

 孤児院の子供たちは、毎日誰かしらがケガをしていた。実験台には事欠かない。

 呆れるほどの根気よさで練習を続けたミアは、八才になったある日、ついにヒールを完成させたのだった。


「あの頃はみんな、ずいぶん迷惑を掛けられたわ」


 フローラが、頬を膨らませてミアを睨む。


「あはははは。まあ、そうかもね。ごめん」


 頭をポリポリ掻きながら、ミアが謝った。


 擦り傷でも打撲でも、ケガをしたとなれば、ミアが駆けて来て練習台にさせられる。

 水で洗って消毒をしたくても、湿布で冷やしたくても、ミアは許してくれなかった。


「もうちょっと、もうちょっとだけ!」


 痛いと訴える友達を強引に説き伏せ、シスターが止めに来るまでミアは練習をしていた。


「ねえ、ミア」


 フローラが、ミアを見つめる。


「一つのことに夢中になれるミアを、私は好きだわ。適当なところでいつも止めちゃう私と違って、とことん突き詰めていくあなたのそういうところを、私は尊敬する。でもね」


 フローラの声が、少し沈んだ。


「私、心配なのよ。夢中になると、あなたはどこまでも突き進んでしまう。だから……」


 ミアの手を握り、そして目を伏せる。

 そんなフローラを、ミアがそっと抱き締めた。


「ありがとう、フローラ」


 フローラの温もりを感じながら、ミアが言う。


「私もフローラが好き。この教会も、孤児院の子供たちも、みんな好き。だから、ちゃんと戻ってくるよ」

「きっとだからね」

「うん、約束する」


 泣きそうなフローラに、ミアがにこりと笑う。

 フローラも、涙を堪えながら笑顔を返した。



「ファン、行ってくるね」


 小さな墓標に手を合わせて、ミアは立ち上がる。

 見送るフローラにもう一度約束をして、ミアは教会の門を出た。


 迎えに来たヒューリと共に、夜明け前の暗い道をロダン公爵邸へと向かう。屋敷に到着したら、ロイに魔法を掛けて、馬車でアルミナの西門の外まで移動する予定だ。そこでフェリシアと合流してから出発となる。

 町の中や周辺は、フライが禁止されている。屋敷から直接飛び立つことをマークは提案したのだが、公爵は、規則を守ると言ってきかなかった。


「ロダン公爵って、面倒な人だよな」


 失礼なことを言うヒューリだが、じつはそんな公爵に好感を持っている。あくまで公人であろうとするその姿は、亡き父に重なるところがあった。


 屋敷に到着すると、すぐに二人はロイの部屋に通された。

 そこにはロイと、公爵夫妻が待っていた。


「おはよう、ミア」


 誰よりも早くロイが声を掛ける。

 その声は小さく弱々しかったが、以前と違って生きる意志が感じられた。


「おはようございます、ロイ様」


 ミアが笑って答えた。

 実験の日以来、時々屋敷を訪れるようになっていたミアは、ロイとすっかり打ち解けていた。


「ロイのことを、よろしく頼む」


 公爵夫妻も微笑みながら声を掛ける。


「はい、頑張ります!」


 ミアは元気に返事をした。


 まだ暗い時刻だというのに、多くの使用人や兵士に見守られながら、馬車は屋敷を出た。

 夫妻とロイ、ヒューリとミアを乗せた馬車は、わずかな護衛の兵士たちと共に、静かに町の中を進んでいく。


「失礼ながら、ヒューリ殿は、武芸をどなたに習われたのかな?」


 唐突に、公爵がヒューリに聞いた。

 その突然さと、質問の内容に戸惑ったヒューリは、帯剣を許された双剣にそっと手をやり、少し考えてから答えた。


「父でございます」

「そうか」


 公爵の質問はそれだけだった。

 ミアと、ロイを抱く夫人がきょとんとしている。

 ヒューリが探るように公爵を見るが、公爵は、穏やかな表情で馬車の外を見つめているだけだ。

 その後は特に会話もなく、馬車は西門を抜けて町の外に出た。そこに、フェリシアがエム商会のみんなと共に待っていた。

 手短に挨拶を済ませ、フェリシアとミア、そしてロイは出発の準備を始める。

 それを手伝うリリアとシンシアと、周囲を警戒するミナセとヒューリを見ながら、公爵がマークに言った。


「マーク殿は、いい社員を持っておるようだな」


 またもや唐突な公爵の言葉に、だがマークは間髪入れずに答える。


「はい。全員、うちの自慢の社員たちです」


 それに、公爵は微笑みを返した。

 会話はそれだけだった。

 公爵が何を考えているのかは分からない。ただ、公爵の微笑みに害意がないことだけはたしかだった。


「ロイ、頑張るのですよ」

「はい」


「無事に帰ってこいよ」

「もちろんよ」


 出発準備を終えた三人と、見送りのみんなが声を交わす。

 天候は、あいにくの曇り空。風は湿った空気を運んできていた。


「では、行って参ります」


 フェリシアの言葉と同時に、ミアがその手を握る。

 毛布にくるまって背負子に座るロイが、笑いながら手を振った。


「気を付けて」


 みんなの視線を受けながら、三人がゆっくりと上昇していく。

 太陽は見えないが、東の空がうっすらと明るくなっていた。

 フェリシア、ミア、そしてロイは、予定通り、夜明けの空を西に向かって飛び立っていった。


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