再会
次の日の午後、ミナセはマークと共に問屋を訪れ、売掛金を弁償し、改めて謝罪をした。主人にはまた嫌みを言われたが、昨日ほどの怒りはなかったようで、思ったよりも短い時間で解放された。
問屋を出た二人は、入り口に向かって一礼してから歩き始める。並んで歩き始めたはずなのに、気が付けば、ミナセはマークの後ろを歩いていた。
今日は金曜日だ。そのせいか、道行く人たちの表情が何となく楽しげに見える。自分だけがみんなと違う顔をしているような気がして、ミナセはうつむいた。
そんなミナセに、前を行くマークが言った。
「ミナセさん、今日はこれで帰っていいですよ。この後仕事もありませんし」
立ち止まってミナセを振り返る。
「俺も今日は早めに帰ります。お互い土日でリフレッシュして、月曜日からまた元気に頑張りましょう!」
マークが笑う。
その顔を正面から見ることができずに、小さく顔を上げただけで、ミナセが答えた。
「すみません。では、お言葉に甘えて失礼します」
少し大げさなくらいに頭を下げて、ミナセはマークと別れた。
去っていく自分をマークが見つめている。その視線を背中に感じる。
それを振り切るように、足を早めてミナセはその場を離れていった。
宿に向かうでもなく、漠然とミナセは歩く。
「まあ、いつか話せるようになったら、話してください」
自然と胸に浮かんでくるマークの言葉。マークの、少し寂しそうな微笑み。
その声と表情が、ずっと頭から離れない。
どうしてマークに相談できないのか
ミナセは自分に問う。
どうしてマークに相談する必要があるのか
自分がミナセに問う。
「それを一人で抱え込んではいかん」
何度も甦るご隠居の言葉。
だが、マークに話したところでいったい何になるのか。
自分が強くなれる訳でもない。
旅の目的が果たされる訳でもない。
私は、いずれ旅に出る。
自分の過去に、マークを巻き込む必要などない。
そう思う。
そう思うのに、なぜ私はこんなにも……。
ミナセは歩く。
ミナセは考える。
放り込まれた迷路の中を、ミナセは彷徨っていた。出口も、自分のいる場所さえも分からなくなって、ミナセは空に向かって叫び出しそうになる。
その時。
「お前、どっから来たんだ?」
「臭いぞお前!」
突然、子供たちの声が飛び込んできた。
「こいつ、なんか気持ち悪い!」
現実に引き戻されたミナセが、声の方向を見る。
イジメか?
何となく気になって、ミナセはその方向に足を向けた。
人混みをかき分け、辿り着いてみると。
「あの子!」
そこには、国境近くで出会った少女がいた。
あの時と同じく、顔も手足も汚れている。そして、あの時着ていた服は、もうボロボロだ。
少女は、街の少年たちに囲まれて怯えていた。
「何とか言ってみろよ!」
少年の一人が少女の肩を小突く。それでも少女は、何も言わずにただ体を震わせているだけだ。
一瞬のためらい。
直後。
「ちょっと待て、その子は私の連れだ!」
ミナセが、少女に駆け寄っていった。
突然現れたミナセに、少女は目を見開いている。
「さあ行くぞ」
そう言って、ミナセは少女の手を握った。
「!」
咄嗟に、ミナセは手を放そうとしてしまう。
だが、それをミナセは気持ちで抑え込んだ。
「ちぇっ、何だよ!」
文句を言う少年たちを無視し、小さな手を握り直して、ミナセは足早に歩き始めた。
繁華街を抜け、小さな公園にやって来たミナセは、そこでようやく少女の手を放した。そして、少女に向き直って話し掛ける。
「私のことを、覚えているか?」
少女は答えない。見れば、まだその肩は小さく震えている。
その様子を見て、ミナセは気が付いた。
「すまなかった」
そう言うと、少女の前にしゃがみ込む。
少女と同じ目線になって、今度は、優しい声で静かに言った。
「もう大丈夫、安心しなさい。私は、お前の味方だよ」
ミナセが笑う。
少女に向かって、ミナセはにっこりと笑った。
少女の震えが、止まった。
「私はミナセ。はじめてお前と会った時は旅の途中だったけど、今は、この町の何でも屋で働いている」
「……何でも屋さん?」
少女が反応した。
内心の驚きを隠して、ミナセは自然に続ける。
「そうだ。悪い奴らからお店を守ったり、お惣菜を売ったりするんだ」
「……お惣菜って?」
「コロッケとかサラダみたいな、まあ言ってみれば、おかずだな」
「……私、コロッケ、好き」
「そうか。私も好きだぞ」
ミナセが、またにっこりと笑う。
そんなミナセを見て、少女もにっこりと笑った。
青白いその顔はひどく汚れていたが、その笑顔は、びっくりするくらい可愛らしかった。
「名前は?」
ミナセの問いに、少女が答えた。
「クレア」
可愛らしい笑顔で、はっきりと、少女は自分の名前を言った。




