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恐竜日和 ウォーク・アバウト  作者: ニジヘビ
ベース・セッション編
86/138

086:青い空の下を走って行った #8

久しぶりの江戸川避難所。

みなさん好き勝手にお元気そうでなにより。



 086:青い空の下を走って行った #8


「トウヤさん!」


 オレたちが江戸川避難所に到着するなり、トルヴォサウルスのターボ君が走り寄って来た。

 体長11mの肉食竜というと、どこに出しても立派なモンスター扱いしかされないものだ。

 しかし彼は、白亜紀でも陽気な性格で、こちらに渡って来てからもその性格に変わりはなく、DJガードマンとして人間たちからも親しまれ、頼りにされている。


 そんな彼が、深刻な悩みがあるというからには、相談に乗らない訳にはいかない。

 何せ、白亜紀からの狩り友なんだ。

 それに、彼はまだ白亜紀の記憶をうっすらとしか回復していない。変な混乱が起きる前に、いくつか話しておかないとならないこともあるしな。


『何があったんだい?』

 人気のない場所を選び、人間に聞かれてもいいように、ネイティブで話しかける。

『スンマセン、わざわざ。

 あの、オレ、あれから何も食べてないんスよ』

『どこか具合が悪い所はない?』

『それが、ないんですよ。だから困ってるんス。

 避難所の負担が軽くなるから、助かってはいるんですけど。

 オバちゃんももう気にしだしてるし。

 トウヤさん。オレ、白亜紀でも大食いな方じゃなかったですか?』

『ああ。

 でも、一度ガッツリ食うと2週間ぐらいはほとんど食べずに暮らしてたな』

『つまり、今はまだハラが減り始める時期じゃないから、安心していいって事ッスか』

『そう。

 ただ、月曜日から何も食べてないんだよな?』

『ええ』

 人間から元の姿に戻る時の満腹感というか空腹感というのはどうなっているのか、これまた今まで意識の外にあった要素なので、ほとんど分からない。

 オレは、人間だった時とほぼ同じ食事リズムだけど、白亜紀では、ほぼ朝1回だった。

『う~ん。念のため、横田基地ウチ来て、ジェシー(シャルビノ少尉)に診察してもらった方がいいな。

 タクちゃんに話してみる。

 リモさんは今どこ?一緒に来てもらった方がいいし、話だけでも』

『避難者さんたちとお茶してました』

『分かった。CP(司令所)寄った後で話すよ。一緒に来てもらった方がいいだろうしね』

『ありがとうございます』

『なに、狩り友の仲だ。それに、キミはオレたち調査派の言い分に耳を傾けてくれたしね』

 トルヴォサウルスは白亜紀じゃ数は少なかったものの、長く続く血族ということもあってか、大型狩猟竜としてはかなり頭がよかった。力押しだけのティラノたちとそこが違った。

『"調査派"って何です?』

『そうだな。ついでみたいで悪いんだけど、白亜紀のことを少し話してくよ』


 白亜紀の終焉、人間を巡る恐竜勢の3派分裂、第四紀への渡り、恐竜禍の真相、超越能力の発現。

 オレは、それらをターボ君にかいつまんで話した。


『そうだったんスか…。

 オレ、人間滅ぼす側じゃなくてよかった』

 トルヴォサウルスはようやく納得入ったように頷き、安堵の息を漏らした。


 衣食足りて礼節を知る。

 荒っぽい白亜紀でも、彼は大型肉食竜としては穏やかでフェアな性格だった。

 彼の食事事情がどうなっているのか、今はなんとも言えない。

 しかし、そんな彼だからこそ、この生活が崩れることがないよう、ガッチリ護りたい。


『案外、オレがハラ減らないのも超越能力ギフトだったりして?』

 ターボ君は冗談交じりで笑い飛ばしてくる。

『え~、それどうだろう?』

『ですよね』


「話は終わった?」

 声を掛けられてギョッとする。

 ターボ君のハンドラーにして叔母さんのリモさんだった。

 2頭で笑い合っているのを頃合いと見て、話に入ってきたようだ。

「…ええ。貴大たかひろ君、月曜日から何も食べていないんですって?」

「そうなのよ。何かムリしているんじゃないかって、心配で」リモさんは、ターボ君の巨大な鼻先を撫でながら具合を見ている。

「白亜紀での大型肉食竜たちは貴大君も含めてこんな感じで、一度食事すると2週間ほど何も食べないものでした。

 しかし、念のため、横田基地に来てもらって、ウチのシャルビノ少尉とジョンソン少佐に診察してもらうことにします」

「そう…」

「リモさん。ここでは誰が聞き耳立てているか分かりません。ウチに来ていただければ、制限付きですが情報公開いたします。今しばらくご辛抱下さい」ハブったワケじゃないんです。しかし、軍事機密をガッコの裏庭で民間人に話すのもコンプライアンス的に難アリでして。

「制限というのは…」

「その点につきましても、後ほどお教えします」今は口を閉ざす他ない。「どうか、ご理解下さい。貴大君が信頼しているハンドラーを無下にはしません」

「そうだよ。トウヤさんは、オバちゃんも一緒に来てもらえるよう、これから自衛隊さんと掛け合おうとしているんだ」

「分かりました。…このコは弟の忘れ形見なの。トウヤさん、貴大のことはよろしく頼みますよ」

「忘れ形見って…、じゃあ、親御さんは?」

「このコが高校の時に交通事故でね、冬の寒い時期だったわ」

 なんて因果だ。第四紀こっちでもご両親を亡くしていたなんて。

「リモさん。オレは少なくとも、彼の保護者とは行かないまでも、後見人に近い立場でした。それは今も変わりありません。その時の話も、ウチに来ていただいた時に、ゆっくりお話ししましょう。

 と言う所で、今は手打ちと行きませんか?」

「そうだったの?うん、いいわ、じゃあこの話はまた後で。このコの昔の話、色々聞かせてちょうだい」叔母と後見竜というお互いの立ち位置に納得してくれたのか、リモさんも微笑みを返してくる。

「さて、自衛隊さんと話し付けに行かないと」オレはノーズ・タッチ(鼻先を摺り合わせる親愛のボディランゲージ)で彼とリモさんを促す。

「ええ、お願いします。

 あ、バリオの平さんがご馳走作るって、厨房で支度してますよ。メシ食ってきますよね?」

「それは嬉しいね。メニューは何だって?」

 加速モードのチャージがほとんど回復していないんで、このお誘いは助かる。

「さあ?オレは大きすぎて厨房に入れないんで、外からちょっと見ただけなんスけど、なんだか刺身みたいの岩田さんたちとさばいてましたよ」


 このご時世に刺身?

 ちょっと厨房に顔を出すことにする。


「ちげぇよ、身はもっとスッと薄く切れ。それじゃ青臭さが残っちまう。

 あ~、テメェで切って見せられりゃいいんだがよ」

 厨房から怒鳴り声が聞こえてくる。

「スンマセン」

 中では鉄火肌のバリオニクスが身を縮ませ、戦闘服の上からエプロンを掛け、まな板の前で戦々恐々としている自衛隊さんを見下ろしている。

 おろしているのは例によってコイのようだった。

 その脇では、トリケラトプスの幼竜、遠藤君が台に足を掛け、楽しそうに覗き込んでいる。

 向かいにはラーメン屋の大将、円山さんが、鍋を前に何かを調理中だった。

 ほのかに漂うおいしそうな匂いは、何かのスープ。多分お吸い物か。

 大将は、オレに気が付くと頷いてきた。


「やってますね」5人に声を掛ける。

「おぅ、トウヤさん。来るなら先に知らせといてくれりゃいいのに」ワニのような面長の厳つい顔が、頬笑みながら振り返る。

「お久しぶり」

「こんにちわ」岩田曹長と成畑一曹は、そうとうしごかれているのか、苦笑いを浮かべている。

「刺身ですか?」

「ああ。コイツら"あらい"を知らないもんだから、基礎からいろいろ教えてたのよ」

「確かに。コレ覚えとくと、川魚の食い方の基礎は全部押さえられるからね。

 サバイバル教練じゃ教えないの?寄生虫の取り方や、喰ったらヤバいトコとか」

「基本的によく焼くかよく煮ろと教わりました」

「日本人は海魚は大丈夫みたいなこと言うヤツら多いけど、実際にはどっちもどっちだよ。海ならビブリオ菌。セレウス菌はどっちにもいるからね」

「ええ!?」

「セレウスなんか100℃で30分煮込んでも完全には死なねぇんだ。

 魚30分とか焼いたら黒焦げになっちまう。煮ても煮崩れして喰えたもんじゃねぇ。

 生臭ぇか青臭ぇかの違いだけだから、淡水魚の方が安全ちゃぁ安全。けど、調理方法を知ってさえいりゃ、何も問題ねぇ」

 平さんの言に、大将も頷く。

「後はナマズとライギョのさばき方押さえておけば、世界中どこの魚でも食えるようになるな」

 もっとも、恐竜オレらはナマで喰うのが基本だけどな。

「その通りだ。

 ナマズとタイワンドジョウ(ライギョはこの魚の一種)はどの国に行っても大抵いる。コイと併せてこの3種類は"おろし"の基本だ。コツさえ飲み込みゃ、どこ行っても食いっぱぐれねぇ。

 霞ヶ浦の方に多くいるから、今度獲りに行って教えてやる」

 いい師匠だねぇ。

「しっかり師匠に教えてもらうといい。

 もうちょっとすると腹の中に寄生虫が沸いてくるから、カツオとかサバとか気を付けんとね。アニサキス(夏場に出てくる寄生虫)なんて腹の中に入り込むと内臓食い荒らされるから」

「ひぇ~」

「丁度ここは学校だ。後で図書室で調べて見っか」

 この手の深い知識は、サバイバル教本ではまず取り上げられることはない。食品衛生師の免許取るか、魚釣りに詳しくないと知らんことだ。二人ともいい勉強になるだろう。

「あらいは好きなんだ。お弟子さんの腕前、楽しみにしてますよ。

 …所で平さん」

「ん、なんでぃ?」

「魚さばくの、デカい包丁だったら使えそうですか?」

「ん、まぁ3尺から4尺ありゃな。せめて柄だけでも2尺ありゃ何とかなんだけどよ。

 けど、ンなモン手持ちにゃねぇし、第一打てる(刃を鍛造できる)鍛冶屋なんて日本でも何人もいねぇぞ?そもそも高ぇしよ」

「ん、分かりました」

「ヒヒヒ、なんかヤんですか?」

「期待しないどいて下さいね」

「分かった。頼んますよ」


 ちょっと寄り道が長くなったけど、ようようCPに出向く。

 守衛の隊員さんに挨拶すると、教室の一つをパーティーションで区切られた、急造感溢れるCPの奥に通された。

 準備室を片付けてざっと整えられたオフィスは、折りたたみ机の上にノートパソコンとレターケースが置かれ、その奥に大隈三佐がパイプ椅子に鎮座していた。

 何とかオフィスの体面を保っているものの、野戦キャンプ丸出しの趣だよ。


「遅くなりました。山本少尉、出頭いたしました」

 部屋には、幕張避難所の竹井一尉と護衛の隊員、江戸川避難所ここ大迫二尉タクちゃんと秘書役のオルニトレステスの渡辺エミさん、そして、オレの相方のポール(エストラーダ中尉)が雁首揃えていた。

「ご苦労。お元気でしたか?」大隈三佐が返礼してくる。「竹井と大迫から報告を聞いたが、今度は野盗化した恐竜の群れとは大したものだ。おかげで、幕張エリアの問題が一つ片付いた。礼を言わせてもらう」

「私からも、数々の非礼、お詫びいたします」幕張避難所から急遽江戸川避難所の視察に来た竹井一尉が、かしこまってワビを入れてくる。

「構いません。代わりと言ってはなんですが、コンビナートの件、頼みますよ。

 ところで、私からの報告はいかがいたしましょうか?」

「ああ、エストラーダ中尉からほとんど聞いたので、大迫のトラックを迎えに来る下りだけ聞かせてくれ」


 オレは加速モードのことは伏せて、単純にバイクかっ飛ばして迎えに行った事だけ話した。

 GPSログで移動速度を調べられたら、すぐにバレるだろうけど。


「ところですまないが、君が持ってきた荷物の中身を教えてもらえないか?」報告を終えると、大隈さんが訊いてきた。

「ハンダゴテとオシロスコープ。そして電子部品です。後、坂月少尉のご家族からの預かり物です。何か問題でも?」

「ただの興味だ。キミと中尉がわざわざ取りに帰るなんて、何事かと思ってな」

「ああ、それなら。空き時間を使って、恐竜語の翻訳システムを作ろうと思ったのです。

 ただ、音声デコーダー(音声デジタル復号器)作るのにDSP(デジタルシグナルプロセッサー:デジタル信号処理に特化したLSIチップ)があった方が開発が楽なので、手持ちを持って来ました…」

 人間勢が目を丸くしていた。それもポールまで。

「それは…、いつごろ完成しそうだ?」

「ご存じと思いますが、オレたち恐竜も多言語なんです。翻訳データを集めるのに非常に時間が掛かります。ハードウェアとドライバーだけなら1週間ほど。翻訳ソフトに2~3週間。翻訳データが集まるのは、正直見当も付きません」

「仮に、デイノニクス語の翻訳データだけならどうだ?」大隈さんがなんだかグイグイ食い付いてくる。

「単純な言い回しだけでしたら1週間ほど、でしょうか?」

「ある程度出来たら、我々にも見せてもらえないか?」

「個人的な研究ですので、オレは構いませんが…。ポール、問題ないよな?」

「オマエ、なんでそんなスゴいモン作ろうとしてるの黙ってたんだよ!?

 そんなのウチだって喉から手が出るほど欲しいに決まってるだろ!」


 い~!?


「ちょ、待って下さいよ。みなさん何をそんなにムキになってんですか?」

「山本少尉、想像してみて欲しい。もしも、恐竜語翻訳機が3日前に幕張ウチあったらどうなっていたか?」そう言う竹井一尉は、怖いくらい真剣な面持ちだ。

「…あんな惨事は起きなかったでしょうね」オレも言われて、幕張メッセの第4ホールの惨状が思い浮かぶ。「それに、相森さんご家族も路頭に迷うこともなかった」

「そうだ。今までの人類史で、いくつかの戦争は、その言葉のあやが原因で勃発している。キミが作ろうとしているデバイスは、それを事前回避する手段の一つになる」

 あは、こういう平和的な発想が出来る軍人さん、もとい、自衛隊さんて好きだな。

 とは言え、相手は人間。ちょっと意地悪する。

「悪用することも出来ますよね?例えば、言葉巧みにだまして、恐竜を奴隷化することも。

 それに、恐竜を恨んでいる人間も多い。

 油断させておいて皆殺しにする作戦にも使えますよね?」

「君の危惧は当然だ。悪用させないようにする方法も考える必要があるな」

「オレがこのデバイスを作ろうと思ったのは…」


 そこで突然外が騒々しくなった。

 ガスタービンらしき排気音にプロペラの激しい風切り音。


「ああ、海兵隊キミたちのオスプレイだ。VIPを搬送してくると連絡を受けている」

「VIP?」

「ああ。ミズ・風見マリさんだ。人間と恐竜との民事事件対策について、大隈三佐も協力を申し出てくれていてな。ターク(カニンガム大尉)と大迫二尉がそれぞれ両陣営の責任者と言うことになったんだ」ポールが説明してくれた。

「なる程。…では、風見さんが来るまでお待ちいただけますか?」

「よかろう。すぐに来るはずだ」


トウヤ:厨房寄ってきたけどご馳走作ってたよ。次は会食、かな?

ポール:なんだかめでたい気がする。

大隈 :巷は正月らしいからな。

タク :ゆっくりしていって下さい。

エミ :では、今年もよろしくお願いします!


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