085:青い空の下を走って行った #7
苦悩の34歳、竹井 雅将一尉と幕張避難所のバックグラウンド。
上司や親や飼い主選べないのって、なんだか理不尽な気がするよ。
085:青い空の下を走って行った #7
幕張メッセ避難所の状況見聞を済ませたオレたちは、竹井(一尉)隊長のトラックで、再び幕張SAへと戻る所だ。
オレたちにとって、人間と恐竜がただ斃れたままになっている景色は、ちょっと散らかっている程度にしか映らなくなっていた。
国際展示場第4ホールで起きた惨劇を見てきた、今となっては。
「昨日の朝まで、扉を叩き続けていたんだ」
竹井一尉は、オレたちにそう告げながら、第4ホールの扉を開け、中を見せてくれた。
恐竜は、ライフルを体中に浴び、扉に寄りかかるようにして息絶えていた。
その背後、白い腐臭の中、動くものはなかった。
3日前の早朝。
第4ホール避難者の中から、大型肉食竜へと姿を変えた発症者が出現した。
現場で警護にあたっていた隊員達は、即時ライフルで応戦を始めた。
しかし、すぐに連絡が途絶える。
生きていた避難者もある程度ホールの外へ逃がすことが出来たため、当時の現場指揮官によって、ホール閉鎖が指示されたのだという。
オレとポールは、簡便な現場検証のため、竹井一尉と共に、中へ足を踏み入れる。
ムリもないことだけど、あまりの惨状に、同行していたオルニトレステスのエミさんは、中を見るなりその場に泣き崩れてしまった。
大迫二尉に、ホールの外で付き添いに一緒に待っていてもらうことになった。
人間のほとんどは、巨体に踏みにじられるか、テール・スマッシュで横薙ぎにされていた。
扉は防火壁として設計された頑丈なものだった。
外に出ようと掻き毟った跡が幾筋も残され、何度も体当たりされたのか、あちこちがへこみ、扉の周りに亀裂が走っていた。
ティラノサウルス科らしき顎の張った恐竜。
今まで見たことがない、スレンダーな体型。後で副長のジョージに訊いた所、アルバートサウルスではないか、とのことだった。
前肢の爪が欠け、鼻先は最後まで扉を叩き続けていたのか骨折してグズグズに変形し、乾いた血がこびりついている。
半開きの目から流れた白く乾いた筋が、望まない殺戮の果てに、苦痛と絶望の中で迎えたであろう最後を物語っていた。
「あれは私よ。私も、ああなっていたかも知れない…。助けられたかも知れないのに…」扉の向こうから、エミさんの嗚咽が連祷のように聴こえてくる。
「ずっと、眠れなかった」
つぶやく一尉の声はかすれていた。
ホール閉鎖指示を出した指揮官は、昨日の夕方、"銃の暴発"により頭部貫通銃創を受け、"事故死"したという。
週の終わりと言うこともあり、事故の直前に書かれたモノらしい、殴り書きの"報告書"が見つかっていた。作戦引継書と暗号コード表が一緒にまとめられていて、竹井一尉に宛てられた支離滅裂なメッセージが添えられていたそうだ。
一尉が体験した修羅は、白亜紀でもまれに起きることだ。
竹井さんが、初見の恐竜勢に銃を向けたのも、やむないことだろう。
さすがにオレも、ブルーな気分になった。
オレたちが戻る頃には、幕張SAは、江戸川と幕張の自衛隊さんたちの手によって、大方片付けられていた。
生き残った野盗竜たちは、幕張側で引き取られることになっていて、トラックへの収容が始められていた。
幕張避難所では、人間らしいおもてなしは全くなかったので、気分晴らしも兼ねて珈琲で一息入れる。
昼下がりの涼しい風の中、タバコを吹かしながらミル挽き珈琲の香りを楽しんでいるデイノニクスの脇に、竹井一尉が、カップ麺と自販機チャーハンで遅いランチを摂りに座った。
オレは竜として、無情な出来事にやるせなかった。
竹井さんも人間として、つらいのだろう。
お互い、無言だった。
やがて、体のあちこちに包帯を巻いたファルカリウスの相森さん始め、ヒプシロフォドンたちも集まってきて、幕張メッセ避難所の様子を聞かせてもらえないか、とリクエストが出る。
視察に同行したオルニトレステスのエミさんにも混ざってもらい、代わる代わる見てきたことを話し始めた。
当然ながら、国際展示場の第4ホールで起きた惨劇のことは伏せて、だ。
やがて江戸川勢も一人二人と混ざり始めた。
「やはり食糧は、自力で確保するしかないよな」ユタラプトルの上山さんが、相方の同じくユタラプトルに話し掛ける。
「ウチじゃバリオニクスの平さんチームが頑張ってくれてるけど、それでもギリギリだしな」相方から相槌が返る。
「すまないが、江戸川避難所の様子を教えてもらえないか?」
そばで話を聞いていた竹井一尉が、少しは心を入れ替えたのか、上山さんに話し掛けた。
地面に座っているユタラプトルは、それでも立っている人間と同じ高さに顔が来る。
一尉は、さすがに及び腰ではあるものの、微笑ましいものがある。
上山さんは、少し困ったようにうなった。
「私は、江戸川避難所に襲撃を仕掛けた首謀者でして、とてもお話しできるような立場ではないのです。すみませんが…」
「いいですよ」大迫二尉だった。
「むしろ、私にも聞かせて下さい。
あなたたちの、忌憚のない言葉を。
このところ、みなさん忙しくて、ロクロク話をする機会もありませんから。
あ、もちろん、一避難者としての意見を聞くだけなので、こちらも何が出来る訳でもありませんし、反発意見が出たからと言っても、それで何かするつもりもありませんよ」
上山さんは、相方と顔を見合わせる。
『別に不満がある訳でもないし、どうする?』上山さんはネイティブで相方に相談を始めた。
『オレたち目線からの意見を、端的に話すだけでいいんじゃないか?』
『そうするか』
「では、私たちの目線で、江戸川避難所の今を、簡単にお話ししましょう」
2頭とも居住まいをだたした。
上山さんが語る所に寄ると、人間と恐竜との間に特にギクシャクした関係はなく、巧く作業分担をしつつ、街の整備にあたっているとのことだった。
物資面でも、荒事の多くを引き受けている-デイノニクスからユタラプトルクラスが大いに活躍しているため、弾薬消費がほぼゼロになったという。
また、それまで、避難所の中では、ちょくちょく遺失物の届けが起きていたものの、恐竜勢を受け入れてからピタリと止んだそうだ。小型の狩猟竜たちが、臭いですぐに犯人を捜し当ててしまうので、ドロもさすがに仕事をしなくなったらしい。
「強いて言えば、出来れば体育館の外で、人間とは別の場所で寝たいものですね」
「そうだな。この姿になってから、敏感になったのか、寝ていると床伝いに人の足音が響くんだよな」
さもありなん。
オレも含めて恐竜のほとんどは、地面に顎や胸を付け、伏せて寝る。
地面に密着している胸骨や顎が、地面からの震動を音として拾えるよう、体が作られているんだ。
これは、長時間獲物を待ち伏せする場合や、近付いて来た捕食者を寝ながらでも察知できるよう、選択進化の結果だろう。
オレは基地で自室にベッドをあてがわれているし、トリケラトプスのビルやハドロサウルスのシマちゃんも、分厚いマットをあてがわれて床の上に寝ている。
しかし、一避難者として人間たちと雑魚寝している恐竜にとって、人間たちのドタ足はいい迷惑だろう。
「それに、シッポで人間を薙ぎ払わないよう気遣いが必要で、これは、仲間内でも注意し合っています。
避難所では、恐竜が人間より多く、恐竜勢は300名と数は多いものの小型種が約6割を占めています。私たち、ユタラプトル以上の大型種は1割強。
自衛隊さんを別にすれば、総勢500名弱の大所帯で、そろそろ避難所を分離するか広い場所に移る必要がありますね。
また、食糧も色々努力しているのですが、いつまでも河で穫れる魚ばかりをアテには出来ませんから、国道を整備して、陸路で補給路を作る必要があります」
やはり横田基地と似たことやってるんだな。
「…そこまで考えているのか?」竹井一尉は、ユタラプトルたちの話が終わると、驚愕と自責からか、目を見開きながらもへの字口で訊いた。
「お互いのためです」そう答える上山さんは、"当然のこと"とばかり、平然とした面持ちだった。
「なあ、大迫。急で悪いんだが、江戸川の視察にお邪魔させてもらえないか?
このあまりの違いに、話が信じられんのだ」
「帰りはどうします?」
「エストラーダ中尉、山本少尉、君たちはどうやってここまで来たんだ?」
「え?行きはバイク二人乗り。帰りはバイク2台で分乗してきました」
「装備は?」
「アサルトライフルと拳銃。後はライターくらい?」
「そんな装備で大丈夫なのか?」
「相方がライフル巧いんで、まあ、大丈夫かな、と」
「オレも、コイツと一緒なら、まずまず立ち回れるだろうと踏んだ」まあ、実際相森さんたちと関わらなければ、江戸川にヘルプを頼まなくてもよかったんだし。
「ウチはユタラプトルが一緒に来てくれるというので、2班もいれば十分だと判断しました」
「なんでそこまで統一性がないのに場を凌げるんだ?」
「統一性のなさが、互いの弱点を補う方向に戦略が巧く傾いた結果です」
「そうか。なら、パジェロを使うことにする。副官に引き継ぎをしてくるので、少し待っていてくれ」竹井一尉は、逮捕した恐竜を収容した後、尋問しておくように指示をすると、指揮車のパジェロに89式ライフルを積み、腕の立ちそうな隊員の一人と一緒に付いてきた。
相森さんたちは江戸川勢のトラックに乗せられ、オレはポールのバイクに乗せてもらう。
京葉道路の路肩に止めておいたバイクは荒らされずにいた。
翼竜共に突き転がされてないかとヒヤヒヤしてたけど、よかった。
エンジンの方もムチャやらせたけど、セル一発で掛かった。
-トウヤさんは、バイク乗られたんですね。ウチの偵察班にも見せてやりたいですよ。
ハンディ・トーキー越しにタクちゃんが話し掛けてくる。
「写メ、いいですよ。別に減るもんじゃないし」
-そのバイクはLRRP(長距離偵察パトロール任務)に向いてますね。デュアル・パーパスなのに速そうだし航続距離も長そうだ。
「恐竜禍が落ち着いたら、自宅で孤立している避難者を見て回る必要がありますね」
-3.11の時にも結構いましたね。帰ったらプランを考えましょう。
一路江戸川避難所に向け、ポールとランデブー・ランを始める。
-それにしても、バイクに乗る恐竜と肩を並べて走るなんて、映画かアニメだ。
ハンディ・トーキー越しに、竹井一尉が苦笑交じりに話し掛けてくる。
「遠からず、日常風景になるといいんですけど、ガソリンがいつまでもつやら。
そう言えば、袖ケ浦の方に石油精製プラントがあるじゃないですか。あれ、竹井さんたちで回すこと出来ませんかね?」
-はぁ?
-あ、それいいですね。
私たちも食料はなんとかやりくりしているのですが、そろそろ燃料の備蓄が怪しくなってきているんですよ。
あれだけ避難者がいるのですから、関係者もいるでしょうし、やってみませんか?
-そんな大それた事…。
-一尉殿もご存じでしょうけど、水曜日を最後に、もう4日ほど政府側と音信不通なんです。ウチの大隈(三佐)が太平洋沿岸の機知と衛星回線で連絡を取り合っているのですが、他の国も似たような状況か、連絡が全く取れなくなっているのですよ。
動くべきだと思います。
「軽油だけでもなんとかなれば、トラックもヘリも動かせます」
トラックはディーゼルなんで当然軽油。ガスタービンやジェット積んだ航空機も温度特性を調整した軽油を使う。
ガソリンを使うのは、一部のクルマとバイクぐらいなんだよ。ミリタリーの世界ではね。
-…考えておく。
「色よいお返事、お待ちしてますよ(×4)」
そんなやりとりをしている内に、ランプを降りる。
街中に入ると、しばらくは以前のまま荒れた町並みだったが、避難所に近付くにつれ、いきなり整備が行き届き、ポツポツとボランティアの人間と恐竜のグループが目に付くようになる。
そして紆余曲折が続いたけど、ようやく江戸川避難所に到着した。
「トウヤさん!」
早速、体高3.6m体長11mの巨体が走り寄って来た。
トルヴォサウルスの石田君。通称ターボ君だ。
彼は、白亜紀でよくツルんでた狩り友で、うっすらとではあるが昔の記憶を取り戻しつつある。
彼も調査派に名乗りを上げてくれた頼もしいヤツで、第四紀でもDJガードマンとして信頼され、ここ江戸川区避難所では何かと暗くなりがちな場を盛り上げてくれるアルルカンとして、精神的なより所になっていた。
「やあ、ちょっと寄ることになってね。明日からの"狩り"は来るんだろ?」
「当然ッス。
で、この間の件なんですけど、その、ちょっと深刻になってるんで、ハナシ乗ってもらえませんか?」
ターボ君は、まだ記憶を完全に取り戻せていないため、近い内に時間を取って詳しいいきさつを話す約束をしていた。
「ポール、大迫さん。ちょっと席外していいですか?」
「了解です。終わりましたらCP(指令所)の方にいらして下さい」
オレはターボ君と、人気のない所に河岸を変えた。
『何があったんだ?』
人間に聞かれてもいいように、ネイティブで話しかける。
エミ :このたびはご愁傷様です。
タク :竹井、なんかこうなる感じ、あったよな。
竹井 :ああ。心底疲れた。
トウヤ:けどまあ、引き継ぎあっただけマシだよ。
タク :そうですね。そう言えば、平さんがなんかご馳走用意しておくと言ってましたよ。
竹井 :それは助かる。この2~3日食うものがなくてな。
ポール:前回不思議に思ったんだが、あの巨体でどうやって料理してんだ?




