084:青い空の下を走って行った #6
竹井一尉がイロイロと恐竜ネガキャンします。
今日一日コミュニティ巡りしてきたトウヤとポールは、もうオナカ一杯。
084:青い空の下を走って行った #6
オレたちは、竹井(一尉)隊長のトラックで、幕張地区の主要避難所として運用されている幕張メッセへと向かっている。
一尉から話を聞けば聞くほど、横田基地や江戸川避難所と真逆のジリ貧感が浮き彫りになってくる。そのあまりの乖離に、オレと大迫二尉は、逆に興味が湧き、幕張メッセ避難所を視察させてもらえるよう、竹井一尉に持ち掛けたんだ。
当の一尉は、恐竜化症発症者(以下、恐竜。)たちの相次ぐ襲撃による大量の人員損失の挙げ句、繰り上げで避難所の責任者になったそうだ。
そのため、今の立場は彼の本意ではないようで、大量の避難者を護る重責に、尾羽打ち枯らせ掛かっている状況なのだそうだ。
トラックの中で、タクちゃんに訊かれるまま答える竹井一尉は、声にも張りがなかった。
幕張メッセには、今まで何度か来たことがある。
そのほとんどが、趣味半分仕事半分の目的だった。
モーターショウ、商用車ショウ、モーターサイクルショウ。
ネットワーク機器やソフトウェアを展示するネットワークフェア。
子供からお年寄りまで人気のあった恐竜展。
時代の最先端を世に知らしめてきた会場は、今はどこか薄暗く、搬入口らしきゲートも、そこいら中に恐竜や人間の骸らしきものが放置されたままになり、黒々とハエがたかっていた。
やる気満々のビジネスマンやエンジニア、家族連れで賑わいを見せていたエントランスは、初夏だというのに肌寒く、流していないトイレの臭いと、傷んだ肉の甘苦い臭いが充満していた。
気になったのが、小型恐竜たちの遺体だ。
コンプソネーサスや小型のラプトルが、弾け飛んだようにバラバラになっている。
ライフルのフルオートで、1マグ撃ち込まれでもしないと、ここまでならない。
多分、助けを求めてやって来たんだろうに、惨いことだ。
それもさることながら、こんな小型恐竜にここまでやるか?
弾丸のムダ遣いもいい所だ。
ホールへの出入り口は固く閉じられ、その周囲の床は、何かを引きずった赤黒い筋がそこいら中に無造作に付いていた。
竹井隊長がハンディトーキーで呼びかけると、カギが開く音に続き、入り口が少しだけ開けられ、澱んだ空気が流れ出してきた。
門番役の隊員達は、オレたちをそそくさと中に招き入れた。
ホールの中は、異次元にでも迷い込んだかと錯覚するような有様だった。
ムワっとする暑苦しい人いきれ。
ヌルくなったヨーグルトの臭い。
入ってすぐで悪いんだけど、オレ、もう回れ右して帰りたくなった。
タクちゃんの秘書役として同行してきた、オルニトレステスのエミさんも、首をすくめている。
-ヴェロキラプトルだ
-トロオドンみたいのも連れてるぜ
-何で恐竜が入ってきてるんだ
-MARINEてアメリカの海兵隊か?
そこかしこから、敵愾心に満ちたささやき声が聴こえてくる。
この避難所も、恐竜と敵対した挙げ句、自滅しかかっているのが明白だった。
ケガ人たちの包帯は何日も取り替えていないようで、ケガの周りが黄色くにじみ、化膿しかかっている臭いがする。
食い物の匂いは薄いのに、トイレの臭気は濃い。
見えているだけでも、ざっと400~500人はいそうだった。
医療品も食料も底を付いているという話は、本当のようだ。
外に出ることも出来ず、食事もケガの手当てもアテがなく、トイレを流す水すらロクロク出ない有様。
これじゃ、ただひたすら終わりを待つばかりだ。
"ほら吹き男爵"だったっけ?
ムダな戦争で、負けそうになっているシーン。
塹壕代わり逃げ込んだ劇場に兵も市民もごった返していた。
そこに伊達男のミュンヒハウゼン男爵が現れて、行政官を笑い飛ばす。
状況が厳しいから、と逃げ隠れても、状況が悪い方に傾くばかりの時もあるってのに。
「避難者がいるホールは、他にいくつありますか?」オレは内心呆れながら、竹井一尉に訊いた。
「3つ。他のは、襲撃でやられて閉鎖している。生き残っている者たちで2000人足らずだ」そう答える隊長は無表情だった。
こんな所に閉じこもって、2000人分もの食料を、一体どうしているのやら。
「なあ、少尉。君は日本人だよな?なぜ海兵隊に協力することにしたんだ?」
「オレを襲ってきたティラノと戦っていた時、エストラーダ中尉たちが手助けしてくれたんですよ」オレの目配せに、相方のポールが頷く。
「それに、隊長もボスも、オレたち恐竜に理解を示してくれました。
恐竜になった者も人間も、何も変わりない、ってコトですよ。
そういえば、避難者たちの中から発症者は現れなかったのですか?」
オレの問い掛けに、竹井一尉は苦い顔をした。
「排除するしかなかった…。
それで、ホールを一つ閉鎖することになったんだ」
地雷踏んじまったか…。
「何が起きた?」一尉の様子に、タクちゃんが心配そうに訊いた。
「大型の肉食恐竜になった発症者が、避難者を襲った」一尉は顔が青ざめ、声も震えていた。
「…発症してすぐ、に?」
「詳しい経緯は分からん。警護担当だった班は、全滅した。
やむなく、ホールは閉鎖した…」
「中にいた人間ごと、ですか」
一尉は、無言で頷いた。
狂乱状態に陥った肉食竜を、避難者ごと閉じ込めたってのか?
そりゃ…、後味悪いな。
恐竜だけパーキング・エリアに追い出してから、話付ければよかったのに。
ともあれ、やっちまったことは仕方ない。
「我々はどこで間違ったのだろう?」
「暴徒化した恐竜と普通の恐竜を見分けるのは難しいです。
それは分かります。
しかし、あなたたちは無為に戮し過ぎた。
このまま共倒れする前に、地道に和解の道を模索する他ないでしょうね。
竹井一尉。あなたは、この先どうしていきたいのですか?
単に、避難所が安穏と運営できればいいだけ?
それとも、人も竜も分け隔てなく、一人でも多く救済したいのですか?
前者なら、即効性のある手立てなんてありはしません。
後者なら、地道な努力を積み重ねるしかないでしょう。けれど、その結果は、前者への筋道につながる。
ですよね、大迫二尉」
「そうですね。
ウチも確かに手一杯ではあるのですが、こう…、仕事が回っている手応えのある、忙しさですか。
実際、大型の狩猟竜たちもいますが、彼らは避難所の警護に土木作業や食料調達まで頼もしい協力者になっていますよ。
私たちと一緒に来たユタラプトルは、たった2頭で2~3小隊分の戦力に匹敵する成果を挙げていますし」
「普通の人間とのトラブルはないのか?」
「むしろ、人間の方がトラブルの元になっています。
恐竜の方たちは非常に鼻が利く方が多くおりまして、人間が隠れて問題を起こしても、すぐに臭いで犯人を見付けてしまいますから。
人手と食料は慢性的に不足しがちですが、なんとかやりくりしています」
「食料調達の話が出たが、どうやって手に入れている?」
「ウチは江戸川や東京湾で魚や貝を獲っているのですよ。バリオニクスになった鮮魚店の店主がいましてね。彼とウチの隊員とで、巧くやってくれています」
平さんたち、江戸川避難所の台所をしっかり支えてくれているのか。ニクいね、大将。
「ウチでは、近隣の農家や養豚場を回って食料を仕入れている。
人間を襲うのも恐竜なら、守ってくれるのもまた恐竜だ」静かに話を聞いていたポールが、横田基地の状況を漏らす。ポールもオレと同様、幕張の惨状に呆れ返っている様子だった。
「この辺りの海は釣り場も多い。すぐそこの浜辺でもカレイやキスが釣れる。千葉港の方に行けばサヨリやサバも釣れる。船橋港の方に行けば、アサリやハマグリが採れる。
さっき話しましたが、最悪、最寄りのショッピングセンターで掛け売りで食料を仕入れる、と言う手もあるのですよ。
人間だけで閉じこもっていて、あと何日持ち堪えられるでしょうね?
政府も行政ももう機能していないようですし、3.11の時のような復興を待つのもいかがなものでしょうか」
「しかし、襲われないか?」
「私も含めてですが、人間としての内面を失っている恐竜はほとんどいません。
ただ、人間の言葉を話せなくなったこと、そして、現実とフィクションの区別が付かなくなっている方が多く見受けられました。
そのため理性的なコミュニケーションが困難になっているだけです。
第一、私たちがあなたたちを攻撃する理由はなんだと思います?」
「それは…そういう本能だからだろう?」
ウ~ン!
この状況を招いたのは一尉のせいではないけど、そう言う凝り固まったロジックは、自分どころか、避難者たちの首も絞めることになりかねないよ?
って言うか、もう、やっちゃってるから後の祭か…。
「何もしていないのに攻撃されれば相手を恨むでしょう?
執拗に攻撃されれば報復しますよね?」
「我々が悪いのか?」
なるほど。こういう考え方をする手合いなら、ここの悲惨な状況も納得出来る。
内面の奥底で、ミスを極端に恐れる人格。それを押し隠すために、自分のやることは何でも正しい、と自己欺瞞で塗り固めるためにだけ、思考力を振り向ける。
こういう手合いは、『オマエが悪い』と答えると、スネて意固地になるメンドくさいタイプなんだよな…。
「自分に全く非がないとおっしゃるなら、ここに至るまでのいきさつと、この状況を覆すプランを説明して下さいますか?」
「…」
だろうね。
幕張エリアの人間たちを、ここまで死守してきた、その意気"だけ"は認める。
「では、食料や医療物資が底を付いている原因は?」
「恐竜が襲ってくるので、外に出て行けないからだ」堂々巡りの答え。予想はしてた。
「恐竜は、本当にあなたたちを襲うことが目的で近付いて来たのか、確かめたのでしょうか?」
「それは、各班に任せているので詳細は知らん」
穴だらけの指揮振りに、ホントため息が出そうだ。
「先ほどホールまでの通路で、小型恐竜が銃撃でミンチにされているのを見ました。
タマの使い過ぎじゃないでしょうか?
それも現場判断に任せておいでなのですか?」
「そうだ」
一尉やってるくらいだから腰据えてこの仕事やっているんだろうけど、今のままじゃ佐官には上がれないの目に見えてるな。
「では…」
オレは一尉から数歩離れ、前肢を広げ、一尉の目を見つめた。
「キァ?キァ!」
オレのリアクションに一尉は、水っぽい汗の臭いを強く漂わせながら身構え、腰のハンドガンに手を掛けた。
「大迫さん、私が何をしようとしていたのか、竹井一尉に説明して下さいませんか?」
「そうですね…、声は仲間を呼ぶ時の雰囲気に似てました。多分、竹井に助けを求めたのでは、と思います」
「では、エミさん。正解をお願いします」
「"自衛隊の方ですか?助けて下さい!"。少尉はそう言われながら、竹井一尉に手を伸ばしておいででした。
一尉殿へ助けを求めているように見受けられました」
一尉は、気まずそうに銃から手を離した。
「この先あなたは、自分の手を、私たちに差し伸べるのと、銃へと伸ばすのと、どちらを選ぶのでしょうか?
そこがカギになります。
…竹井さん。
オレは自衛隊の者ではないので、ここまでにしておきます。
別のリーダーを呼ぶアテがあるなら、今すぐにでも変わってもらった方がいい。
それがムリだとしたら?」
「どうすればいい?」
も~知ったことか!
「竹井チーフ・再起動」
「は?」
「世界を見よう。
危険を乗り越えて。
その向う側を見よう。
もっと知り合おう。
お互いに感動を見付け合おう。
それが生命の意義なのだから」
「へぇ、いいですね。何かの歌ですか?」タクちゃんの余裕に、なんかホッとする。
「とあるフォト誌のスローガンですよ。
竹井さん、この世界は確かに危険に満ちている。
しかし、立ち向かえないほど人間は弱くない。
自分たちの強さを、世界へ見せつけていくんですよ」
銃に手を伸ばさなければ、少しは見込みがあるかと思ったのに。
これ以上、何言ってもムダになるかも知れんからな。
「君たちは、一体どうやって仲を取り付けたんだ?」
「…なんかレックス相手に1人で頑張ってる恐竜がいたから手貸した」ポールが、オレに目配せしながら答えた。
「…なんか恐竜と人間が大ゲンカ始めようとしてたから割って入った」オレは、タクちゃんに目配せしながら答えた。
「…なんか困ってそうな恐竜がいたのでリーダーに内緒で手を貸した」タクちゃんは、そう答えると、微笑みながらエミさんを見下ろす。
「…なんか現場で業務回ってなさそうでしたので手助けに入りました」エミさんは、男性陣に代わる代わる目配せしながら答える
「どうも我々は、徹底的に悪手を打ち続けていたようだな」竹井一尉は、オレたちのテキトーな返事にようやく気付くことがあったのか、うつむいて深々とため息をついた。
幕張避難所の状況はよく分かった。
想像していたより、はるかに深刻だ。
このままじゃ、1週間もたないだろうな。
かと言って、避難者たちの頑なな顔は、ここに閉じこもって何もしたくない、と言わんばかりだった。
白亜紀勢から言わせてもらえるなら、幕張勢がやってることは、哺乳類の習性を考えなしに発露させているだけだ。
自分たちがエサなんだと、自ら行動で示してしまっている。
少なくとも、オレたち獣脚類にとって、逃げる生き物は獲物で、逃げない生き物は場数を踏んだ獲物。
激マズなんだよな。
それじゃ、獲って喰われるよ。
オレもタクちゃんも、見る所を見て回った。
出せるアドバイスは出した。
後は竹井一尉次第だ。
オレたちは一回り終えると、一尉が運転するトラックに再び乗り、幕張SAへと戻ることにした。
エミ :江戸川も一時期ヒドい有様でしたけど、幕張は、その、色々とスケールが違いますね。
ポール:これじゃ一昔前のソマリアと変わりない。
タク :ともあれ、まずはエサ探し、じゃなくて食糧の確保ですね。
トウヤ:ハラ減ってタバコ切れるとイロイロやる気なくなるものな。
竹井 :ええ、実際ハラ減ってぶっ倒れそうなんです。も~。
トウヤ:SA戻ったらカップ麺でもオゴりましょうか?
竹井 :チャーハンも付けて下さい!




