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恐竜日和 ウォーク・アバウト  作者: ニジヘビ
ベース・セッション編
77/138

077:ビフォア5ブレーク

ディプロドクスに匍匐前進やらせた祟りかね?

それはともかく、仕事帰りのデイノニクスが相棒と激甘シナモンロールを食べる回。



 077:ビフォア5ブレーク


 保護している草食竜たちの食料が切れたため、オレたちは青梅の農家さんまで野菜を仕入れに出かけた。

 ジョージ(レナード大尉)たち人間勢と一緒に収穫した野菜を引き受け、基地へと帰投する途中、ディプロドクス(不明種)3頭の賊に襲撃を受ける。

 MTVR(Medium Tactical Vehicle Replacement:中型戦術車両後継型。6輪のAWDトラック。)1号車はディプロドクスの攻撃テール・スマッシュにコックピットが大破し、搭乗者たちの生死は不明。

 同行していたオレたち恐竜メンバーで返り討ちにしたのもつかの間。

 ケラトサウルスのカイさんに異変が起きた。


「私…、私は…、人間?恐竜?恐竜のはずだ。人間で恐竜に…、ここはどこなんだ!?」


 記憶が戻ろうとしている。

 自分がぶっ壊れそうなほど、激しい頭痛やめまいに苦しんでいるはずだ。


 オレも、身をもって知っている。


 身を灼くような憎しみや怒り、凍えるような悲しみや恐れ、濁流のような愛や慈しみ。

 それらの根源的な強い感情だけが嵐のように一挙に押し寄せ、細かく砕けた欠片となって襲いかかってくる。


 オレは、重度の記憶喪失症を2度喰らった。

 1度目のものは、人間だった時にもらった交通事故で。その時は、脳の器質損傷起因で記憶が完全には戻らないまま。

 2度目のものは、白亜紀から現代へ行ったタイムトラベル時の何らかのトラブルで、人間に生まれ変わってしまったことが原因。こちらは、旧知の恐竜が起こした気まぐれのおかげで、白亜紀での記憶はほぼ戻った。


 そしてそのどちらも記憶が戻る際、自分が揺らぎ、身が貪られるような苦痛が伴う。


 記憶や本能が形作る自我は、記憶の積み重ねによってありようが変わって行くらしい。

 普通なら個々の生き物は、種それぞれの時計の進み方に応じた速度で経験や記憶を積み重ね、自我はそれらを統合しながら無理のない変容を遂げて行くのだろう。

 平たく言えば、精神的に成長して行くものだ。

 無理すれば、自我は通常より短い期間で老いてしまい、枯れて硬直したまま、生命が持つ残りの時間を虚ろに過ごすことになる。


 今カイさんを襲っているのは、白亜紀での生涯と、第四紀での人間としての生涯の、どちらかかまたは両方だ。

 記憶喪失からの回復を経験したことがない者にとっては、耐えがたい苦痛のはずだ。


 …ひょっとして、第四紀に渡って来た恐竜たちがおかしくなった原因もここにあるのか?

 今は事態が切迫しているから、この考察は、帰ってからジョンソン先生に相談することにしてと、だ。

 オレはとりあえず、記憶の発掘を始める。

 思い出せるかどうか分からんが、思い出す。

 オレが、事故後のリハビリを始めた頃のことを。

 "自分"を形作る記憶や経験の大半が失われ、そこから、這い上がり始めた時の、その始まりを。

 まだ言語が思惟に使えるほど、オレの脳の代替記憶野に命令体系インストラクション・セットが成長していない時期。

 五感から沸き起こる情動や連想される記憶イメージを、ありのままに解釈して動いていた、あの頃。


  ~~~~~ ・・・・・ ……………


 流れてくる、まるで意味を成さない、人間のやわらかな鳴き声。

 伝わってくる、オレを気遣う感情。


「トウヤさん!」

 ハドロサウルスのシマちゃんとファシャグナトゥスの和尚さんが荷台から降り、ジョージたちと駆け寄ってきた。

「カイさん、大丈夫なんですか?」

「ああ。

 肩を支えて寄りかからせてやってくれないか。

 オレじゃ力不足だからね」実際、デイノニクスはケラトサウルスに肩を貸すにはガタイがなさ過ぎる。恐竜やっててよくある、歯がゆい状況だ。

「カイさん。"恐竜"になりそうなんですよね?」

 シマちゃんが言っている"恐竜"とは、人間たちが考える通りの"モンスター"という意味だろう。

「そうとも言える。

 違うと言えば違う。

 けれど、危ない状態なのは本当だよ。

 さぁ。

 そっと名前を呼んであげてくれないか。"大丈夫 何も心配はいらない 私たちがいるから"ってさ」


 ハドロサウルスは、苦痛に耐え続けるケラトサウルスにそっと寄り添い、顎の下にそっと頭を差し入れる。

「カイさん、マナミよ。大丈夫だから。寄りかかって楽にして」

「ケルルル(カイ、気をしっかり持て)」オレも近寄り、柔らかに声を掛ける。

「ミスター・カイ、気をしっかり持つんだ」ジョージも駆け寄り、声を掛けてくる。


 白亜紀でのカイさんは、一応は調査派だった。

 しかし、限りなく殲滅派に近い立ち位置で、人間を地球侵略してきたエイリアンと同一視していた。

 ジョージが見せるいたわりを、カイさんがどう受け止めるのか、見当も付かない。

 彼におもねるという訳ではないけれど、人間が全くの敵じゃないということも彼に覚えていて欲しかった。


 オレのこの情動が「祷り」だと知るのは、この数十年。何も知らず人間として生きていた時の中でのこと。


 「祷り」というものもまた、白亜紀にはなかった概念の一つだった。


 白亜紀では、荒れ狂う暴力の前に、祷りも、霊的存在がもたらす助力も、全く意味を成さなかったからだ。

 だが、様々な発明も、戦争がなくなりつつあるこの世界も、人間たちの数限りない小さな祷りが起こしたもの。


 オレたちの想いがカイさんに届いたのか、焦点を結んでいなかったカイさんの目が、ぼんやりとオレたちの方に向けられた。

「マナミ、トウヤ。私なら、大丈夫だ。少し、休ませてくれ…」

 荒い息をつきながら修羅の刻を耐え抜いた後、カイさんはそう言い、シマちゃんに寄りかかりながら気を失った。


 胸に耳を当てると、心音は少し早いが、次第に落ち着いてきた。

 カイさんが内面的にどう変わったのか、今は分からない。

 分からないが、今はこちらの心配をしている時間はない。


「シマちゃん、副長、カイさんを頼みます。オレはポールとケビンを見てきます」

「ポールさんたちでしたら、一応無事でしたよ」MTVRに急ぐオレに、ミハルが駆け寄ってくる。

「フットスペースに潜り込んでいたようです。ケガしてないか、分かりませんが」

 思わず安堵のため息がもれる。

「そうか、ありがとう。とにかく急ごう」


 MTVRのコックピットは、丸めたアルミホイルのようになっていた。

 フロントウィンドウを横薙ぎにされていて、ルーフピラー沿いに装備されていたシュノーケル(エンジンが水没しても燃焼用の空気を送るための吸気管)も吹き飛ばされている。

ドアもフレームもろともベコベコに歪んでいて開かない。

 古典的なデザインのボンネットトラックのため、コックピットにそれ以上のダメージもなく、中から人間のうめき声が聴こえてくる。

 二人ともかすり傷程度で大事はないものの、ルーフとドアが潰れて中から出られなくなっていた。


 シマちゃんに手伝ってもらい、ルーフを引き剥がすと、ようやく中からポール(エストラーダ中尉)とケビン(ローイン大尉)が這い出て来た。


「憐れMTVR」ポールは、惨状を前に感想を漏らす。

「よく無事だったな。死んだと思ったぞ」

「さすが戦闘車両だ。それにボンネットがある分、フットスペースが広いんでな。ギリギリ逃げ込むことが出来た。おかげで命拾いしたぜ」


 ラダーフレームにボンネットと、今では古式ゆかしいデザインも、残るべくして残って来たものだ。MTVRの設計思想は正しかったことを、目の前の車体は黙って証明していた。


 それはそれとして、ポールとMTVRが喰らったダメージを調べる。

 クルマは走るのが本分。

 走れなくなったら、また走れるようにするまでだ。

 今回は航空機専門とは言え、整備のメカさんも二人いるのでラクだ。

 フレーム回りと足回りににダメージはなかったので、実質コックピットだけやられた形だ。

 まずはガタガタになったコントロールパネルを開き、電装系を応急修理する。ルーフのCROWSⅡが機能しなくなっているのでカットオフ。

 飛んだヒューズを交換し、ちぎれて断線した回路を繋ぎ直す。

 燃料ポンプに電力が通じ、ようやくエンジンが掛かるようになった。

 ブレーキ用のコンプレッサーもどうにか回り出し、とりあえず"走る"、"止まる"は機能するようになった。

 しかし、ステアリング・ホイールがメリメリに変形している。


「しょうがねぇな(×4)」みんなで舌打ちしつつも、改めて恐竜たちが持つ破壊力を実感する。


 オレとポール、軍曹共々、通りに置き去りになっているスクラップを見て回る。

 結局合うパーツはなかったものの、そこらの端切れ鋼材をカマせて、応急修理になった。少しカタ付くが、どうにか自走できそうだ。


 その頃には、カイさんもどうにか立てるようになり、シマちゃんに付き添われながら2号車へ戻ってきた。


 カイさんは、何か訊きたそうにオレの脇で立ち止まる。

「帰って一休みしてからにしましょう。記憶回復は精神にものすごい負担が掛かりますから。ジョンソン先生に診てもらったほうがいいですよ」

「分かった。私もまだ覚束ない状態だからな」

「危うく古くからの狩り友を失う所だったよ。大事にならなくてよかった」オレはカイさんの鼻先にノーズ・タッチ(鼻先を摺り合わせる親愛のボディランゲージ)する。

「心配を掛けたな」

「伝えることがたくさんあります。それまでスンマセンけどいろいろと他言ナシで」

「オマエも、変わらずだな。了解した」

 カイさんは、疲れた微笑みを浮かべ、荷台の方へよろめきながら歩いて行った。

 シマちゃんも、何か訊きたそうにオレを少しの間見つめるが、和尚さんと一緒にカイさんの付き添いに戻って行った。


 その後から、ジョージがヨロヨロとM2(ブローニングM2。.50重機関銃。)を抱えてきた。

「スゴいもんだ。ディプロドクスを3頭も倒すなんて。

 戦闘記録が2号車のドラレコとスマフォのビデオだけなのが惜しい限りだ」

「じゃ、ギャラ代わりにアレもらっていいですか?」オレは倒した獲物を指差す。

「コレばかりは僕の一存じゃムリ。ジョンソン少佐にお伺い立てようか?」

「是非!それと、帰ったらカイさんの診察も頼めますか?」

「どんな様子だい、ミスター・カイは?」

「今は静かにしてますが、分かりません。

 少なくとも、白亜紀の記憶は戻ったようですね。

 カイさんは一応は"調査派"なんですけど、限りなく"殲滅派"寄りなんですよ。

 今すぐに敵に回ることはないと思いますけど、油断禁物です」


 白亜紀を立つ前、カイさんから"調べてからでも遅くはないだろうよ"と実力の程を窺わせることをほのめかされたことがあった。

 彼に人間の記憶しか定着しなかったなら、それはそれでいい。

 問題なのは、白亜紀の記憶が定着した場合。特に白亜紀の記憶と第四期の記憶が統合されて定着した場合だ。

 恐竜としての自我の上に、人間の悪業を見てきた記憶が載ってしまったら?

 人類に対しての自分の立ち位置を、即時決断可能になる。

 カイさんは、縄張りを荒らす者を決して許さなかった。そして、白亜紀では決して大きいとは言えないあの体躯にもかかわらず、その意志を貫き通すだけの戦闘力を持ち合わせている竜だった。

 おそらくブラキオサウルスのムカリ同様、静かな決断を下し、人類に敵対するだろう。


「それに、シマちゃんも和尚さんも、うすうす感付いているようです」

「和尚さんたちのことは、僕も迂闊だった。

 通訳のお手伝いのつもりが、こんなハプニングが起きるなんて」

バラしちゃいますか?」

「シマちゃんは大丈夫だろうけど、和尚さんはかなりのショックを受けるだろうね。

 あの方は聖職者ではないけれど、この惨状に心を痛め、供養を続けている。

 そんな人に"あなたは実は恐竜です"なんて言ったらどんなことになるか…。

 考えただけで胸が痛む。

 伝え方を考えないといけないな」

「個別に、じっくり話をした方がよくありません?」

「このままチームに入ってもらえると助かるんだがな。

 和尚さんの交渉力もシマちゃんの通訳もとても助かった」

「どうした、何か問題か?1号車は走れるようになったぞ」ポールが出発の催促に来る。

「ああ。どうも三嶋さんと原田さんが感付いているみたいでね。どうしたもんかなってさ」

「そうだな。オレとしては、やはりあのトリオは欲しいね。

 ミスター・カイの戦闘力と知力は底が知れない。いきなりM2を持って行った時には何をするやらと思ったが、すぐに使いこなすとは恐れ入った。

 他のチームはロケットランチャーや対戦車兵器を使ってようやく倒してるんだ。

 通常兵器だけでディプロドクスを3頭倒すなんて。戦術研究チームが目を剥くぞ」

「ジョンソン少佐に報告しておくから、帰ったら、みんなで作戦会議にしよう。シマシマ・トリオを引き込む方向で」

「分かった。

 所でジョージ、頼みがあるんだが」

「なんだい?」

「トウヤを1号車こっちによこしてくれないか?」

「ヤだよ。乗るトコないじゃん」オレたちデイノニクスは体が長い(体長約3.8m)んで、人間用のキャビンに収まるのは一苦労なんだ。それに1号車はルーフがガタガタで、拾ってきた鉄パイプでどうにか支えている状態。体重が約80kgもあるデイノニクスが乗ったら、走行中に屋根が落ちかねない。

「取られてたまるか。コイツはラッキー・ダイナソーなんだ。それに2号車は人員が多く乗っている。安全運行のマスコットは渡せないよ」ジョージがダメ出しをする。

「ツキがガタ落ちの1号に少しはラックを分けてくれ」

「じゃ、公平にロック・ペーパー・シザース(英語圏でのジャンケン)で決めよう」

「おいおい、ハンドラー同士でモメないでくれ。ルーフにいた方がタバコも吸えるし、オレは2号車の方がいい」ちなみにコックピットの中は禁煙です。

「1号車はCROWSが使えなくなった。丸裸なんだ。ファイナル・ウェポンの搭載を要請する。それに2号車の方にM2が2器も行くのは業腹だろ」

「最終兵器って何だよ」

「カルノタウルスを蹴り倒すデイノニクス。文句なしの最強兵器だろ?」

「フー、分かった分かった。コッチにはミスター・カイも乗っていることだし、今回は譲ろう」さすがに固定武装のM2がなくなったこともあり、ジョージが折れた。

「ちぇっ。タバコ吸っていいか?」

「ハンドラー権限で許可する」

「サンキュ。ちょっと待っててくれ。そこでコーラ買ってくる」

「やったー。トウヤがこっち来る~」なんだかケビンがはしゃいでいる。

「と言う訳で、ミハル。トウヤと交代だ」

「なんだか人気者ですね、トウヤさん」


 残りの帰り道は、ヨレヨレのダッシュボードの上に乗り、トシさんと並んでコックピットの中にシッポを垂らす。


「なあ、トウヤ。モフっていいかい?」

「え?」凄惨なモノを見ないようにしてコーラを飲んでいると、ケビンがやおら話し掛けてくる。

「ま、まあ、いいですけど。なんでオレなんですか?さっきまでミハルもいたでしょう?」

「それについては、セクハラになるかもしれないんで、諦めていたんだ」

「セクハラぁ?恐竜に向かってセクハラもへったくれもないでしょう?」

「軍規上、異性へのセクハラは懲罰対象なんだよ。私にその気がなくても、相手にそう思われたらセクハラになっちゃうんでね」

「男性部下に対してならイジメですよ。まあ、ハイ」オレは後ずさりして尻尾を巻き、ケビンの腿の上に乗ると仰向けに寄りかかる

「いきなり大サービスだな」ケビンは抱っこしてくる。

「ジェシーやポールに毎日モフられてましたからね。散歩係とエサ係にはなつくもんですよ、デイノニクスは」一緒にメシを食ったりグルーミングをし合うのは、白亜紀でも一般的なコミュニケーションだったんだ。

「そういうもんなのかい?」

 おっと忘れてた。人間のフリしないと。

「そうなんじゃないですか?」

「結構テキトーなんだな」

「ホラホラ、早くしないとハンバーガーの代わりに喰っちまいますよ」

「そいつ、額の冠羽掻いてやると喜びますよ」

 ポールのアドバイス(?)に、ケビンは冠羽をコリコリと掻いてくる。

「カロロロロ~…」


 オレのうなり声に、トシさんもモフってもらう側に入ってくる。

 トシさんと代わる代わるモフってもらう内に、ようやく基地に到着した。


「またずいぶんやられたもんだな」ゲートの衛兵ガードが、パスをチェックしながら話し掛けてくる。

「クビナガを3頭仕留めてきた」

「そりゃ凄い。出来れば食えればいいんだがな」

 草食竜の食料もさることながら、オレたち肉食竜の食糧もそろそろ底が見えていると、道々ケビンに聞かされた。

 倒した恐竜に手を付けない、という方針も、そろそろ見直す必要が出てきているそうだ。

 オレとしては嬉しいけど、スーパー・ボスが首を縦に振ってくれるか、難しい所だな。


 MTVRは、基地構内に入るとキッチン最寄りの倉庫に付けられ、荷物の積み降ろしが始まる。フォークリフトでガンガン運び出しが始まる。

 オレたち海兵隊はコレにて御役御免と言うことになり、解散になった。


 こうして、命懸けのお買い物は幕を閉じた。


「今日はありがとう。今度旨いパティ取っておくよ。トシさんと食べにおいで」帰り際、ケビンが走り寄って来て、耳打ちしてくる。

「楽しみだ、ありがと。じゃあまた」


「なあ、トウヤ。シナモンロールが売り切れるから、一休み入れにこれからシナボン行かないか?」トシさんとケビンのスペシャルバーガーのことを話していると、ポールがやって来た。

「そうだな。じゃあ、行こうか」トシさんには悪いが、重要な話になるのでお引き取り願った。

「じゃあ、バイク取ってくる。待っていてくれ」

 しばらく待っていると、爆音と共に緑のバイクが滑るように走り込んで来た。

 KAWASAKI H2。

「H2でタンデム?」はっきり言おう。コイツはレーサーであって、オレが乗ってるような、人や荷物を載せてツーリングするようなウマじゃない。


 カワサキの三式戦闘機 飛燕に始まる過給レシプロエンジンの歴史は、基本的にそのどれもが、実戦力重視の流れを持つ。

 実際、ターボバイクが流行った時代にも、他社がツーリングバイクばかり作ってる中、敢えて尖ったスポーツモデルを作り、バイク史に金字塔を打ち立てている。

 新生H2は2サイクルエンジンでこそないが、スーパーチャージャーを搭載した1000ccツインカムインラインフォーを搭載している。

 ターボ時代の失策挽回とばかりに、他社も同アーキテクチャのスポーツマシンを投入してきていることもあり、カタログスペック上の数字競争で負けてはいるが、軽量化と重心集中化による高い運動性へ振った味付けは、いかにもカワサキらしさがある。

 しかし、そのウマのタンデムに乗るハメになるとなると、ハナシは別だと言いたい。


「ああ。チャッチャと行ってこよう。いずれにせよ、そんなに長い話じゃないんだろう?」

「そうだけど、メットは?」

「ここは日本でもアメリカでもないんだ」ポールはそう言うとゴーグルを掛けた。

 意外にもグリーン・モンスターは、オレがタンデムに乗っていることもあり、しとやかな走りだった。

 体重約80kgのデイノニクスが後ろに乗っているにもかかわらず、ポールのコーナリングは、落ち着いたきれいなカーブを描く。


 店には10分もかからずに着いた。


 駐輪スペースにバイクを止めていると、警備巡回パトロールのスタッフがライフル下げて近付いて来た。

 一応、海兵隊のワッペンを付けている。


 オレたちが軽く敬礼すると、話し掛けてきた。


『失礼します。休憩でしょうか?』

『ああ。コイツがシナモンロール喰ってみたいって言うんでな』

『え…』

 兵たちは固まった。

『シナモンロールよりKFCかバーガーキングの方が喜ぶんじゃないか?』

『そうだ。ラプトルにケーキ食わせるなんてどうかしてる』

 いきなりイラッときた。


 ギャリギャリギャリギャリ…


『なあ、このラプトル…』

『ああ、コイツは英語を理解している。

 そして、ラプトルには略奪者の意味があるから、その呼び方されると激おこになる。

 コイツは昼に体長20mのディプロドクスを3頭も倒してきた凶暴なヤツだ。

 その上、せっかく仕留めた獲物を"食べてはいけない"、と取り上げられて機嫌が凄く悪い。

 オレはハンドラーだが、遺憾ながら今のコイツを止められる気がしない。

 遺族には謝っておく』


 ギィァッ!!


「ジ~~~~~~ザ~~~~ス!ヘ~~~~~~~~ルプ!!」パトロールは、悲鳴を上げて逃げ出した。


 オレはちょっと追い掛けていって、シリを食いちぎってきた。

 今回の収穫は、ズボンのポケットの布だ。

 綿とポリエステルの混紡のようだが、いずれにせよ、布は喰っても栄養にならないのでポールにくれてやる。


「若手をあんまりイビるなよ」ポールは苦笑いしながら布切れを受け取る。

「パトロールも人手が足りてないんだ。

 基地内はなんとか回っているが、それでも中型以下のサウロポーダやオルニソポーダがちょくちょく侵入してきているからな。

 逃げ出されたら、困るのはオレたちだ」

「そろそろ人間も、恐竜に言ってはいけないことを勉強する頃合いだろ?」


 オレはようやく念願の店に入った。


 ミルククリームがたっぷり掛かったシナモンロール。

 デカいのとフツーなのと二通りのサイズがあった。


 店の前でのさっきの騒ぎもあるので、応対している店の人も始めは緊張していたが、オレがあれこれ訊いている内に、ナデナデしていいですか?とか訊いてくる。特別に額をコリコリさせてやった。

 オレはフツーなサイズとアイスコーヒーをオーダーした。


 なるほど。

 アメリカがニッキパン作るとこういうレシピになるのね。

 シナモンが、バターと一緒に溶け出すほど、ふんだんに使われているのは気に入った。


 ポールはデカいサイズの方を二口三口で平らげ、クリームだらけになった指を舐め始める。

 オレも、前肢にあちこちクリームを飛ばしてしまったので、羽繕いがてら舐め取った。


 さて。始めるか。


「なあ。オレがオマエに牙を剥いたら、どうする?」

「何を言っている?」

「可能性はあるんだぜ。ムカリの精神支配ドローン・コマンダーにハマるとかな」

「その場合なら、ムカリを倒す。オマエを取り押さえてからな」

「それ以外。米国防情報局(DIA)米海兵隊(マリンコ)がオレの敵に回った場合は?」

「そうだな。…フリーランスになるから、ハンドラーかボディーガードに雇ってくれないか?」

「ハァ?」それは…想定してなかった。

「安くしてやる。メシ代とガス代とタマ代はオマエ持ちな」

「給料出せるアテどころか、オレだけでもやっていけるか怪しくなるんだ」

「なら成功報酬でいい。

 地球をブッ壊そうってテロを退治するんだろう?

 ヤリ甲斐のある仕事じゃないか。

 どうだ?」


 オレをスカウトしたヤツが、今度は自分を雇えと言い出す。

 どうにも考えあぐねる。


「正体を隠していたのは悪かった。

 情報局(カンパニー)からオマエの監視調査を命じられていたんでな。

 だが、オマエがもたらした情報は、常軌を逸している。

 エイリアンが侵略してきたため、恐竜たちがタイムマシン作って、白亜紀から逃げて来た、なんてな。それも現代を選んだ理由が、人間たちが地球をバラバラに破壊するのを阻止するため、だと言う。

 そのどれもが検証不可能にもかかわらず、実現化の情況証拠だけは揃っている。

 オレたち人類に出来ることは、全滅覚悟でお前たち恐竜と戦って地球をバラバラにするかも知れない道か、ありのまま受け入れてオレたちの愚かさを再検証する道の、二択だ。

 オレたち人類はたかが数千年で、お前たち恐竜よりはるかにバカをやってきた。

 多分、これが悔い改める最後の機会なんだ。

 オレは、アメリカと地球、どちらか選べと言われたら、迷わず地球を守る方を選ぶ。

 ノアの箱舟に乗るチケットをもらうより、オレはバイクで旅を楽しめる世界の方がいい。

 それだけの、下らない理由だ」


 …そうか。コイツもオレと同じ方を見ているのか。


「有る時払いの分割、または、現物支給。契約期間は辞めたくなるまでかオレかオマエが死ぬ時まで。ってトコでどうだ?」

「現物支給って何だよ」

「オレは狩猟竜なんだ。倒した獲物に決まってるだろう。ブロントサウルスなんてどうだ?1頭丸々くれてやる。

 モモとロースが中々イケるんだ。首は煮込むとウマいと思うぞ」

「喰うには困らなそうだな。じゃ、契約成立だ。

 コイツは契約書代わりに取っておくからな」

 ポールはそう言うと、さっきオレが引きちぎってきたズボンの切れ端をヒラヒラふった。


トウヤ  :オレ日本竜(人)なんで、傭兵雇う相場知らないんだけど、報酬にブロントサウルス1頭はどうなの?

ジョージ :多過ぎなんじゃないか?学術価値が途方もない。

トシ   :キロ1万円として30tだと…3億円!?経費抜きの歩兵一人じゃボッタクリだぁ!

ジェシー :メジャーリーグのプレイヤーよりは安いのね。

カイ   :成功報酬でそれは割に合わんな。

ジョンソン:それぽっちじゃMRI一つロクに買えん。

ミハル  :でっかい冷蔵庫あれば3年くらいは食費に困りませんね。

ポール  :なんだその額は!?国家公務員本気でやめっかな?ともあれ契約書に書いとくからな。(ヒラヒラ)


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