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恐竜日和 ウォーク・アバウト  作者: ニジヘビ
ベース・セッション編
75/138

075:キャベツとピッチフォーク

シマちゃんがお百姓さんに睨まれて泣きそうになります。



 075:キャベツとピッチフォーク


 オレたちは総勢12名(人間6人+恐竜6頭)で、2台のMTVR(Medium Tactical Vehicle Replacement:中型戦術車両後継型。6輪のAWDトラック。)に分乗し、国道16号を北上している所だ。


 元々は、草食恐竜たちの食糧を調達するため、基地最寄りの三多摩市場サンタマに買い出しに行ったんだけど、恐竜禍の影響でテナントさんたちが出てこられず、営業どころか売り物もない状態だった。

 仕方なく、青梅市の農家さんを目指している。


 恐竜禍が始まって今日で5日目。

 恐竜と人間が入り乱れてのデスマッチは、そろそろ鳴りを潜めているものの、その後始末は手つかずのまま。

 陽が高くなり気温が上がってくると、結構な腐敗臭が上がり出す。


 そのおかげで、通訳要員として同乗しているハドロサウルスの三嶋さん(シマちゃん)が具合悪くなった。

「うっぷ、すみませぇん~」

 16歳のJKじゃ、この惨状に耐性があるはずもない。


 白亜紀だったらこんなに大量の肉、放っておかないんだけどな。

 ジョンソン先生経由でスーパー・ボスから、何に寄らずなるべく口を付けるなとお達しが来たのでガマンするしかない。

 倫理的な観点と衛生上の観点からだ。

 人間には手を付けないからいいじゃないですか、白亜紀じゃフツーに喰ってたんだし、とセンセにお願いしたけどダメだった。

 要は、戦時下/有事下で軍隊が民間人の資財に勝手に手を付ければ、それは略奪行為になるからだ。

 確かに。

 最初は死んだモノだけ。その内弱っている者もOK。いずれはエスカレートして歯止めを掛けるのが大変になるものな。


 オレにとっては食欲をそそるんだが、不衛生なのは確かだ。

 同乗しているケラトサウルスのカイさんも、時折生唾を飲み込んでいる。

 ああ、もったいなやもったいなや…。


 ファシャグナトゥスの和尚さんはと言うと、ルーフのCROWSⅡ(Common Remotely Operated Weapon Station Ⅱ:汎用遠隔制御銃塔。車載用のリモコン式銃塔。)に登り、前肢を合わせ、鎮魂の般若心経を詠んでいる。


 オレもルーフに上がる。

「しん~~~ぎょ~う~~~…。…惨いものですな」和尚さんは、経を詠み終わると感想を漏らす。

 白亜紀じゃ大洪水で恐竜が大量死する大災害を何度か見たことがあるので、オレ自身は、潤沢な食糧事情に感謝の念しか浮かばなかった。同じ情景に心を痛めている和尚さんには悪いけど。

「じゃあ、和尚さん。アレは見えますか?」

 オレは野晒しのいくつかを鼻先で指す。

「うん?」

「目は合わせないように気を付けて下さい」

「!」

「オレたちだと、見えるようになるみたいですね」

 白亜紀じゃ日常茶飯事なのでいちいち構わないんだけど、和尚さんには教えておいた方がいいだろう。

 散在する骸の上に揺らめく、ホログラムのようなモヤ。

 和尚さんは一瞬羽毛を逆立てるが、すぐに落ち着きを取り戻す。

「あれ、見比べてみると微妙に色が違うのは分かりますか?」

「…言われてみるとうっすらと。青っぽいのや赤っぽいのが。明るいのもいるな」

「明るいのは転生間近のものです。祝福してあげるといいことがあると思いますよ。

 青っぽいのは充電中で、もうしばらくすると光るようになります。

 ですが赤っぽいものや暗めの色のには近付かないように気を付けて、目も合わせないようにして下さい。ヨッパライと同じで絡まれますから」

「トウヤさんに掛かると、ホラー映画も形無しだな」

 そう言う和尚さんもね。

 素質ありますよ、あなたは。

 オレたち恐竜は、魂魄こんぱくを見られる者が多いので、肉体が死滅した存在はごくありふれたものだった。

 だから白亜紀には、人間たちが言う所のイタコや霊媒師がフツーにいた。

 時にエクソシストにお世話になることもあり、こうした生業なりわいはオレたちの文化の一部だった。

 そして、仔竜が巣の外をチョロチョロ遊び回れるようになると、一門の霊媒師やエクソシストが、簡単な身を守る方法を仔竜に手ほどきするのが、白亜紀の風物詩だった。

「人間と眼の作りが違うせいでしょうかね?」オレは空とぼけて、純粋に生物学的なナゾの方にネタを振った。

「はににへよ、一休みひよう。あなみひゃんがうろっきーだ(何にせよ、一休みしよう。マナミちゃんがグロッキーだ)」買い出しチームを臨時で束ねている副長のジョージ(レナード大尉)が、コックピットから顔を出してきた。やはりというか、バンダナをマスク代わりにして、鼻から口を覆っていた。


 道路が相変わらずムチャクチャなんでノロノロした行程ではあるものの、トラックはいつの間にか青梅市に入っていた。


 シマちゃんは荷台で完全にノビていて、カイさんが心配そうな面持ちで背中をさすって介抱している。ケラトサウルスが、獲れたてのハドロサウルスに、バーベキューの下ごしらえをしているようにも見える。


 ほどなく周囲が数ブロックに渡って片付けられたコンビニが見えたので、そこで小休止を入れることになった。


 なんだか大型のティラノが用心棒をやっているらしい。

 ここもコンビニ強盗を仕掛けて返り討ちにされた恐竜が、駐車場の隅に山積みされていた。

 もはやコンビニ強盗一山いくらの世界だ。


 オレたちが駐車場に入ると、ティラノは用心しながら近付いて来た。


「クロロ(お客かい?)」穏やかな話しぶり。声からすると女性のようだ。


 ティラノサウルスに付いては今更話す事もあるまい。何せ現代人のお気に入りで、数年おきにモデルチェンジしてるくらいだし。

 だから、白亜紀ローカルネタを説明しよう。

 オレが暮らしていた地域には、3種類ほどティラノがいて、大型の一方と小型は、もっぱらスカベンジャーだった。

 オレは当然ながらスカベンジャーどもとは折り合うことはなく、積極的に返り討ちにしていた。

 その反面で、残るティラノ一門は狩猟竜として名を馳せ、"赤帯の一族"と呼ばれ畏れられていた。しかし、礼節もあり、余程のことがない限り縄張りを侵すこともないため、オレも一目置いていたし、人間のこと以外は協力関係にあった。

 そして、オレの前に立つティラノは後者。

 見分けも簡単に付く。

 頭から腰にかけて羽毛が生えているのはどちらも同じ。しかし、狩りをする一門はしっかりと食事を摂るためか羽艶もよく、目の後ろからうなじにかけて鮮やかな緋色のストライプが入っている。

 対するスカベンジャーどもは、世紀末系な悪役並の薄汚いボサボサの羽毛。デカい図体で威圧的な態度をとるくせに、いつも物欲しそうな目付きをしている。

 狩猟竜として、スマトラのトラとアフリカのライオンほども格の違いがある。

 懐かしくも恐るべき相手だ。


「済みませんが、同乗者の具合が悪くなってしまったので、少し休ませて下さい」臨時リーダー役のジョージが話し掛ける。

「クルル(ああ、いいよ)」

 ティラノ姉さんは、人間語会話は回復していないようだけど、人間としての自我は保っているようだ。

「ありがとう、助かるよ」

「ロルル?(アンタ、私が怖くないのかい?)」

「恐竜になりきった方は見て分かりますよ」

「ケルルル(アンタみたいに物分かりのいいのは助かるよ。ゆっくりしてきな)」

「ありがとう」

 ティラノ姉さんは、ジョージにノーズ・タッチ(鼻先を摺り合わせる親愛のボディランゲージ)すると店番に戻った。

「言葉、分かるんですか?」

「ジョンソン少佐と一緒に解析して、少しずつ覚えているんだよ。

 会話はムリにしても、話を聞くくらいにはなりたいからね。

 コレでも牧師なんだから」なるほど。医師と牧師にとってコミュニケーション能力は最重要スキルだものな。


 シマちゃんを残し、店に入る。カーチス軍曹とポールが残って、シマちゃんの面倒を見始めた。

 店が広めなので、カイさんも中に入りあちこちの匂いを嗅いでいる。

 ケラトは体高が人間の身長ほどで、シッポもオレらデイノニクスより柔軟に曲がるため、人間向けの施設でもゆとりのある区画なら入れる。


 店内はというと、ATMが取り引きが停止になっていて、デリコーナーはすっからかんだった。

 他、衛生品も軒並み売り切れ。

 雑誌コーナーも、やはり売れ残りの先週号ばかりだった。

 なんとなく秋の終わりのような物寂しさを感じる。

 和尚さんは、オレと一緒に店の中を見ながら雑貨コーナーで足を止め、棚を見上げる。将棋だか囲碁のポケット盤を見ているようだった。

「和尚さん。まとめて会計しますから、必要なモノは持って来て下さい。カイさんもご一緒に。ミハルも、いるもの決まったら持って来て」

 コーヒーメーカーの前で残り香を楽しんでいたカイさんは、コーヒーを所望される。

 オレはシマちゃんにお茶のペットボトルと抹茶とベーキングパウダーとミントを。

 ミハルがソーダアイスを持ってきたので、オレも食べたくなり、ドロマエオサウルスのトシさん共々アイスキャンディーになった。

 和尚さんは、シマちゃん用のお茶を分けてくれればいいというので、プラコップだけ。


 トラックに戻ると、和尚さん用にお茶を注ぎ分け、残りに抹茶を大量投入し、ベーキングパウダー少々と、潰して粉末にしたミントを若干量。隠し味にファーストエイドキットに入っている鎮痛剤入りロリポップを砕いたものを少々。

 即席の酔い止めを調合して、シマちゃんに飲ませる。

「…う、凄い味だが効きそうだ」和尚さんが味見をして顔をしかめる。「なるほどな。こう言う使い方もあるのか」

「白亜紀…じゃなかった。アウトドアでのたしなみです」危うく和尚さんに白亜紀ベースでネタを話す所だった。


「くぷ」


 ミハルたちとアイスをモゴモゴ楽しんでいると、シマちゃんは小さなゲップをして起き出した。

「なんかすっきりしました。ありがと、トウヤさん」シマちゃんはトラックから降りてストレッチを始めた。


 シマちゃんが落ち着くと、ティラノ姉さんがやって来る。

 シマちゃんは一瞬身じろぎしたものの、その場に踏みとどまる。

違う相手とは言え、おとといティラノに襲われて重傷を負ったばかりだというのに、気丈なだ。

 ティラノ姉さんは、そんなシマちゃんにかすかに微笑むと、シッポを揺らせた。

「グロロロ(あんたら横田基地のアメリカさんだろ?どこまで行くんだい?)」

 オレは、ジョージにティラノ姉さんの通訳をする。

「この先の農家さんまで、食糧調達に行く所です」

「そうか。この辺りでデカいクビナガがツルんで荒らし回ってるんだ。近場なら案内してやるけど…。あれ?」

 ティラノ姉さんは、急に日本語をしゃべるようになった。

「母さん、あたし喋れるようになった!」

「よかったですね」

「ああ、ありがとうな」


 店の中からご両親らしき夫婦が出てきた。

 ティラノ姉さんは嬉しそうにご両親に頬ずりし、ご両親もティラノ姉さんの巨大な鼻先を抱きかかえる。

 赤帯の一族は数が少なく、仔供も少なかったため、親竜は仔竜を大切に育てていた。

 目の前の家族に、白亜紀の懐かしい情景が重なる。


 その流れで、ティラノ姉さんは案内をさせてくれと申し出てくれ、特に問題もなく農家さんまで辿り着く。

 トラックもノロノロ運転だし、ティラノは意外と早く走れるんだよ。

 市場の職員さんが連絡しておいてくれたらしく、ツナギはすんなり行った。

 が…。


「それが、ウチの息子が怪獣になっちゃって、話が通じないのよ。畑に出突っ張りで近付けないし」

「え?ユタカも恐竜になったの、おばさん?」


 ティラノ姉さんに話し掛けられ、農家のオバさんは目を剥いた。


「…ひょっとして、ユカリちゃん?」

「ええ。こんなンなっちゃったから、黙っているつもりだったんですけど。

 このアメリカさんたちが石崎さんトコ来るって言うもんだから、道案内です」

「あんた言葉喋れるの!?」

「ええ、さっき治ったばっかなんです」

「息子は全然ダメ。私が言ってることも通じてないみたい」

「もう4日も畑から帰ってこないのよ。あんた、お願いだからなんとかしてちょうだいよぉ」

「ユタカがそんなんなるなんて。分かった」

「お手柔らかにね」

「知り合いなのかい?」ティラノ姉さんに訊いてみる。

「ああ、幼なじみなんだ。まあ、腐れ縁だね」ティラノ姉さんは、鼻先でため息を漏らした。


 キャベツ畑に行ってみると、奥の方で10m級の獣脚類セロポーダが、何やら剣呑な様子で吠えていた。

 そして、ピッチ・フォーク(飼い葉櫛)のような剣呑な長いカギヅメで地表を一閃する。


 ブギィィ~~!!


 イノシシらしき動物が空高く跳ね上げられ、少し離れた所に落ちた。


 前肢の1m近い3本ツメだけ見ると確かに剣呑なんだが、全体的に見ると肉食恐竜には見えない。

 セロポーダらしからぬドデっとした体型。

 バリオニクスの平さんと真逆だ。

 それに口元や頭も、大口を開けて獲物に食い付くような作りになっていない。

 草食竜、それも哺乳類のナマケモノを恐竜化したらこうなるであろう姿をしていた。

 セロポーダで草食なんているのか?


 ティラノ姉さんは、幼なじみの姿に呆然と立ち尽くしている。

 呆然自失になったティラノなんて初めて見た。

 なんというか、"あの人の意外な一面"を見た感じで、新鮮だ。


「副長。アレ何て恐竜ですか?」例によって恐竜博士のジョージに解説をお願いする。

「テリジノサウルスだな。白亜紀のモンゴル出身だよ」ジョージはスマフォで写メを撮りながら、嬉しそうに答えてくれた。

「まだ全身骨格が発見されていないから、なんとも言えないけれど、草食恐竜らしい。あの前肢のカギヅメは、地下に生えている根菜を掘り出す、備中鍬びっちゅうぐわの代わりらしいんだ。肉食メインのセロポーダの中では珍しい、草食竜だよ。

 名前は"大鎌トカゲ"の意味。

 化石が発掘された当時、前肢のあのツメがあまりに長過ぎると言うんで、ウミガメの前ヒレと勘違いして復元されたこともあったけど、やっぱりあの姿が正しかったんだな。

 ちょっとファッティー(おデブ)だけど、スピノサウルスのあんまりな"変形"やトロオドンに比べたらまだ許せる。

 オーバーオール着たお百姓さんみたいで親しみがあるな」

「スピノの"変形"ってナニ?」

「それがさ、某恐竜パニック映画じゃ、レックスとまた違った好さがあるカッコいい悪役だったのに、最新の研究で口の長いディメトロドンみたいな姿になったんだ。ペルム紀(約2億9900万年前から2億5100万年前の地質学年代で古生代最後の年代。この後大量絶滅が起こり中生代の三畳紀になる。)のセイルのついた4m級の大型爬虫類みたいな。

 収斂進化しゅうれんしんかとしてはアリかもしれないけど、ファンとしては悲しいよ!。

 それにマリさんのこと、トロオドンと判別したけど、学術的にもうすぐ消えるかもしれない種なんだ。

 ひょっとしたら来年辺りトロオドンSP(未記載種)になるかもしれない。

 僕はトロオドン存続派だけど、いかんせんトロオドンは化石資料がゴチャゴチャになり過ぎて整理に時間が掛かり過ぎた。

 それに比べて君たちデイノニクスは、何ではっきり分類できてるの!。

 トドメに分類樹形が変わるし。って言うか、今までの分類がおかしかったんだ」

 うう、スイッチ入れちゃったみたいだ。

 ジョージが流れるように恐竜マニアのタケを吠え始めた。

 別に分類マズってるのって人間たちの問題なんだし、オレたちデイノニクスにアタらないで欲しい。

「なんか大混乱だね。恐竜学者何やってるの?」

「しょうがないんだよ。

 純粋な学術研究の分野なんだから。

 見返りがナイも同然だから、出資者がほとんどいなくて、万年資金不足だし。

 オーストラリアの航空会社が出資したと言うだけで、学名に織り込んでもらえるほど資金難なんだ」

「うう、それは悪かった。宝くじ当たったら寄付するから、今は抑えて。任務に集中しましょうよ。

 で~、近付いても危険はないですよね?」オレは、テリジノサウルスをチョイチョイと指差しながら、ジョージを促す。

「フーフー…。あのイノシシは、畑を荒らしに来たんだろう。農家さんのご子息ということもあるし、単に害獣退治しただけなんじゃないかな?」も~、肩で息しなくても…。

「OK。じゃあ、シマちゃんとユカリちゃん連れて交渉に行って来ます」


 近付いて行くと、テリジノはオレたち、というより、特にシマちゃんを凄い目でニラんでくる。

「トウヤさぁん。わたし何かしたかな?」さすがにシマちゃんが怯えて立ち止まる。オレでもコレは怖い。

「あ~多分アレだ。大丈夫だよ」ティラノ姉さんが呆れたように答える。

「お~い、ユタカ。この娘ニラむのやめたげてくんない?野菜買いに来たんだってさ」

「フォゴ~!」テリジノは、ティラノ姉さんに向かって吠える。

「"誰だよオマエ?"だって」シマちゃんは、オドオドしながらも頑張って通訳を初めた。


 オレも、一応は意味が分かった。

 しかし、テリジノってモンゴル出身だったっけ?

 そのせいなのか、訛りがヒドすぎて、この先聞き取れる自信がない。

 ひょっとして、ヴェロキラプトルとかも訛りがヒドいのか?


「ユカリだよ!

 このカッコじゃ分かんないのしゃあないけど、幼なじみぐらいすぐに見分けろ!

 オバさんに言われて連れ戻しに来たんだ。心配してるから、さっさと帰んな」ティラノ姉さん、何か容赦ないな。

「ホォ。フォッ」テリジノは困惑したように首をかしげる。

「"ユカリだって?見たことない一門になったな"だって」


 一門、って。ひょっとしてこのテリジノって、オレと同じく、白亜紀の記憶回復してるんじゃないのか?

 今まで深く考えてなかったけど、シマちゃんと和尚さんには、コトの真相を話していないんだった。

 まずいな、コレは。


「ホゴォーーッ!」

「"草食恐竜やイノシシどもが畑を荒らしに来くるから、離れられないんだ!"だって。私のことニラんでたのは、そう言うことだったんだ」


「じゃ、ずっと見張ってたんだ?」

「フー」

「"そうだ"だって。ねえ、このお兄さん、ずっと寝てないんじゃないの?」

「しゃあない。じゃ、アタシが見張っててやるから、帰って一眠りしてきなよ。その先のことは、後で相談だ」

「フォ~~~~~~…」

 テリジノは、もの悲しげに低く啼いた。

「"作付けしたばかりのトウモロコシを全滅させられたし、ジャガイモも少し食われた。ナスも早く苗を植えないといけないし、もうクタクタだ…"。そんな、ヒドい!」

「フゴッ!」

「"あのクビナガども、今度は容赦しない!"相当頭にきてるよ、ユタカさん。私のこと睨んだのもしかたないね」

「グゴォ~!!」

「"毎年毎年渡りだとかなんだとか偉そうなこと並べ立てて、森や畑を荒らしやがって!"。森、ってなんです?」

 あ~あ~あ~。なんかクビナガたちの季節の"渡り"のこと話しちゃってるし。

「フシッ!」

「"人間共々オオアゴに喰われて全滅しちまえ!"。なんだかコワいコト言ってます~」シマちゃんは、涙目ですがるようにオレの方を振り返る。

 テリジノサウルスは、オレの地元にいなかったんで知らない一門だけど、"人間殲滅派"確定なのは分かった。

 調査派の肩身がまた狭くなっちまったよ。

「…と、とりあえずアレだ。ユタカ君は恐竜にもど…なってからこの方、不眠不休。ブラック企業もハダシの超過勤務っぷりで畑を運営してきたんだ。

 さすがに疲労からか、言ってることも壊れ掛かっている。

 コレじゃ斃れるから、もう帰って寝てもらった方がいい」

 スマン、ユタカ君。オレはプレゼン・モードで、場を取り繕う。

「そうだよ。後はアタシが見とくから」

 ティラノ姉さんは、心配そうにノーズ・タッチで促す。

「シマちゃん、トウヤさん、コイツ家まで連れてってやって。アタシ、ここに残るから」


 ティラノ姉さんはそう告げると、畑を隅々まで見回す。

 そして、南側にわずかに残る林に向かって移動を始めた。

 オレも背伸びして、周囲を見回す。

 確かに、獲物が来るのを見張るには最適のポイントだ。


 あれ?

 ユカリちゃんて記憶回復してないんだよな?

 なんでアンブッシュ(待ち伏せ)のコツなんて知ってるんだ?


 ひょっとして記憶が戻り掛かってるのか?


 オレはゾッとした。

 ティラノサウルスは、"人間殲滅派"の一門だ。

 ユカリちゃんが白亜紀の記憶を回復したら、この辺り一帯が血の海になる。

 それに、すでに記憶を回復しているらしき、テリジノサウルスのユタカ君と共闘を始めたら、それこそこの市が全滅する!


 自我消失も大問題だけど、記憶回復がここまでヤバいなんて、今まで考えが回ってなかった。


「どうしたんですか、トウヤさん。額ボワボワですよ?」

「…ナンデモナイヨ。ダイジョウブ、オレ」オレは、逆立った冠羽を全力で寝かせる。うう、自分でも声が上擦ってるのが分かるよ。


 あぜ道で待っているジョージたちの所へ戻る途中、トシさんと和尚さんが、夢中になってキャベツに着いたアオムシを食べている姿が目に止まる。

 ふたりはオレたちに気が付くと合流してくる。


「いや、なんとなくというか、体が勝手に。意外にも旨いモノですな」和尚さんはバツが悪そうにお茶を濁す。

「分かるよ。私もそうだもの」シマちゃんは和尚さんにノーズ・タッチしながらフォローする。「でも、コレはコレで悪くないんだけど、だんだん人間離れしてくのが、ちょっと寂しいね」


「ホォウ~フルル」ユタカ君が何か訊いてくる。

「"あんたら、アオムシ喰うのか?よかったら、手伝いに来てくれないか?農薬使わずに済むから安くイイ野菜が作れる。2~3日おきでいいんだ"。だって」

 オレは、ドロマエオサウルスとファシャグナトゥスを見下ろす。

 ファシャグナトゥスはよく知らないけど、ドロマエオの方は、白亜紀でもバッタやカナブンを獲って食べていたな。生憎、オレたちデイノニクスは体が大きくなりすぎて、昆虫を捕まえるのはニガテなんだ。

「どうします、畑のお手伝い。いい話だと思いますけど」

「ちょっと考えさせてくれ。その、踏ん切りが付かない」和尚さんは気恥ずかしそうに答える。

「じゃあ、宿題にしましょう。いいですよね、トシさん?」

「…オレは構いませんよ」ドロマエオのトシさんは、記憶こそ取り戻していないものの、真相を話してある。分かってるよ、とうなずいてくる。


 基地にはコンピー(コンプソネーサス)始め、小型の昆虫食竜を多く保護している。

 食糧問題もあるし、本竜ほんにんたちが納得してくれるなら、食事が仕事になるので一石二鳥だ。

 2~3日置きでイイとのことなので、巧くスケジューリングできそうか。

 イヤ、いっそのこと、ビジネスにすればどうだろう?

 昆虫食竜たちを派遣して、代金か野菜の現物支給で決済するようにして。

 いっそ農作業も色々手伝えるんじゃないかな?

 耕耘にテリジノ。収穫物の運搬にトリケラにリヤカー引いてもらったり。

 収穫もドロマエオやデイノニクスなら手伝えるし、仕事も迅い。

 う~ん。

 こうして考えると、恐竜ってめちゃくちゃエコだな。


 この辺りをとっかかりに、ユタカ君を収められないかな?


 そんな考えをよそに、ジョージたちと合流すると、ユタカ君は今にも襲いかかりそうな様子で人間勢を睨む。


 死神の大鎌を6振りも持つ、体長10m以上体高6mはある巨大なセロポーダが、小刻みに身を震わせている。


 羽毛越しにその怒りが伝わってくるほどだ。


 分かるよ。


 人間殲滅派からすれば、ジョージたち人間はスズメバチやサソリと同じで、駆除しなくてはならない害獣なんだ。

目の前にいる人間たちは、このまま行けば、遠からずオレたちが暮らす地球を粉々に破壊してしまうのだから。


 ユタカ君が命を刈り取るのをやめる道理はない。

 ジョージたちも運命を刈り取られる道理はない。

 オレにもユタカ君たちを止めていい道理はない。


 殺すも殺さないも、生きるも命を差し出すも、止めるも見過ごすも、全てが間違っている。

 虚数を使わない3次方程式のように、決して解を得ることができない、無間の闇。


 それでも、ユタカ君がその鎌爪を振り上げたなら、オレは彼を止めるだろう。


 けれど、ユタカ君は、オレたち恐竜勢を虚ろな目で見回すと、何もせず、人間たちから目を逸らした。


 オレは胸をなで下ろした。

 ジョージとポールも、オレがチラ見せした"殲滅派"のハンド・サインで、大筋は理解してくれたようだった。


「ずっと徹夜で畑を見張っていたんです。疲れて気が立っているようなので、早く帰りましょう」真相を告げることが出来ないケビン(ローイン大尉)たちには、危機的な一瞬などなかったように場を取り繕う。


 オレはトシさんとミハルに手伝ってもらい、それとなく人間をユタカ君に近付けさせないように気を遣い、家まで連れ帰る。


『オレ、疲れました。もう寝ます』


 ユタカ君は家に着くと、親御さんを後ろめたそうにチラ見しただけで、すごすごと納屋の中に入って行き、うずくまった。

「ユタカ君。寝る前に一つ二つ話があるんだけど、いいかな。そのままでいいから」

 ユタカ君は横たわったまま、目をショボショボさせながらうなずく。

「君は白亜紀の記憶を取り戻しているんだね?」

 ユタカ君は、目を見開いてうなずく。

「オレは調査派の一門だけど、君たちの敵じゃない。起きられるようになったら、連絡して欲しい。畑の方は君が休んでいる間、ユカリちゃんと一緒に見ておくよ。後は、君が起きられるようになってからにしよう」

 ボロボロのテリジノサウルスは、うなずくと目を閉じ、すぐに寝息を立て始めた。

 泥まみれの手足。落ちくぼんだ目。

 殲滅派に在りながら、今生のご両親への葛藤。

 多分、畑でずっとひとりで番をしていたのは、自分なりに考えていたんだろう。

 相容れないとしても、支えたい相手だ。


トシ  :コンプリートバージョンの人間殲滅派か。おっかねぇ。モグモグ。

マリ  :何をやっても間違いなんて、恐ろしい。

和尚  :こういう係争はやっかいだよ。モグモグ。

ミハル :おふたりとも何食べてるんですか?

ジョージ:10m級のセロポーダが敵に回るのは、人間じゃ厳しいね。

トウヤ :ティラノとテリジノじゃ、大抵の恐竜は相手するのムリだよ。

ポール :またキルスコア上がるんじゃないのか?


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