064:竜のために鐘は鳴る #1
オヤジ恐竜と恐竜娘の波瀾万丈の出会い。
064:竜のために鐘は鳴る #1
夜の小学校。
避難者人質テロを起こした石山 浩司"元"一尉(通称コージ君)を狩りに、オレとミハルは、校舎の中を放送室に向かっている。
常夜灯と消火栓の明かりが、床のタイルに反射してぼんやりと明るい。
ちょっと肝試しを思い出す。
笑う二宮金次郎像とか花子さんとか。
「トウヤさん、今よからぬコト考えてますね?」
「ああ。肝試しみたいだな、と思ってさ。墓場にローソク取りに行くパターンのヤツね。けど、チョット面白みがないんだよな」
コンニャクの代わりにクレイモア地雷(M18クレイモア地雷。指向性の対人地雷。オトナの都合で、運用はリモコン起爆オンリーに限定されている。)とか、ヒトダマの代わりにM72ランチャー(M72 LAW。息の長い、使い捨て対戦車ロケットランチャー。)とか。
そういうので仕掛けらてこられたら、オモロ困るよな。
「やめましょうよぉ」
「何で?そのローソクを取りに行くのは、何を隠そう地獄の魔物なんだよ?襲う相手が欲しいと思わないか?」
「なんでお化けが肝試しやるんですか」
「行き帰りで、人間をたくさん血祭りに上げたお化けの勝ち」
「ルール、破綻してますって」
「"狩り"ってのは、そういうもんだろう?」
「あ、言われてみればそうかも」
「それも狩る対象は、恐竜いじめる悪い人間さん限定なんだ」
「石山"元"一尉…ですよね、相手は。どんな人間なんですか?」
「そうだな…、人も動物もいじめ殺して笑っていられるロクデナシ、かな?」オレはタクちゃん(大迫二尉)から聞いたエピソードを思い返す。
「先生とジェシーが、始祖鳥の藤沢先生を手術していた時の一件、覚えてる?
アレがヤツそのままなんだよ」コッチはオレの実体験。
「あ!あの男ですか。いるだけで気分悪くなる人間ですね」
「コレで会うのは3回目なんだ。もうヤメにしたい。
なあ、あのトシでアレなんだ。更生の余地はナイと思うんだけど、どうよ?
野放しにも出来ないし」
「…殺した方がいい、って言ってます?」
「ああ」
「即答でバッサリですか」
「じゃあ、アレを捕まえたとしよう。
誰が入れとくオリを作る?
誰が見張る?
誰がエサやりしてやる?
誰がしつけ直す?
誰が費用を出す?
そしていつまで付き合う?
そして、コレ大事。
そんな価値が、アレにあるのか?」
「…"あります"。そう、思いたいです」ミハルは、祈るように、そうつぶやいた。
変わってないな、まったく。狩猟恐竜にしとくには優し過ぎるよ、ミハルは。
デイノニクスとしての記憶を失った上で、30年も人間として生きて来たんだ。無理もないけど。
ハンターってのは、残忍でなくては生きていけない。
どんな相手でも喰い殺せないと、メシにありつけないからだ。
コレ、白亜紀の常識。
ミハルはそんな世界で、オレの兄弟だかイトコだかの娘として、この世に孵化して来た。(他の種は知らんけど、多産多死のデイノニクスは、親族関係がかなり曖昧で、自分の嫡仔以外は全員甥か姪扱いになるんだ。)
しかし、いつまで経っても、狩りが出来なかった。獲物に最後のトドメを刺す際に躊躇してしまう、哀れな性格のままだった。
自分で食い扶持を獲って来れないヤツは、誰からも相手にされない。
それに近所付き合いするなら、自分のハラを満たした上で、おみやげを持って行けるくらいの稼ぎがないとダメだ。
強い能力を持った種に生まれ付いても、その遺伝子を活かせない個体は、進路希望を淘汰コースしか選べないのさ。
だからオレたちデイノニクスは、そんな仔は見捨てる。
ミハルは、そんな中で親竜にオレのトコに連れて来られた。
オレは、ミハルを放っておいた。
生きて行くガッツのないヤツは、どう構った所で、遠からずくたばる。
他竜の食べ残しや、川辺に流れ着いた魚の死骸を漁り、いずれはどこかの群れの縄張りを侵し惨めに殺されるか、野垂れ死ぬものなんだ。
オレのトコに来た時、あの娘はガリガリに痩せ細っていた。
親も相当手を尽くしたんだろう。
いろんな理由から狩りを出来ない仔に、狩りを仕込む方法は、幾つもある。
その一番最後にあるものが、仔供に餌を与えず、自分から餌を獲るように仕向ける方法だ。
オレたちデイノニクスは、確かに、大抵の生き物より恐ろしい姿をしているだろうし、無慈悲な殺戮者として悪名が高い。
だが、それは、オレたちが生きる上でのこと。
例え飢饉が起きても、糧が得られる限りは、ギリギリまで仔は育てる。
意図的に餌を食わせないのは、本当にイカれた親か、教育のためしかない。
ミハルの親竜は、その点では、毒にも薬にもならないフツーの親だった。
やれる限り以上のことを考えたんだろうな。
ミハルは、人間で言えば小学校に上がったくらい。
冠羽も生え替わり切っていない、ポワポワの年仔だった。
けれど、自分が置かれた後がない状況を薄々は感じ取っていたようで、オレの住処の隅でうずくまって震えていた。
オレを、すがるように見つめながら。
夜引いて研究に没頭していたオレは、何かにツンツンと突かれ、我に返った。
ミハルだった。
「ねー、かりにいこーよ」幼いデイノニクスの娘は、震えながらオレの前肢にノーズ・タッチ(鼻先を摺り合わせる親愛のボディランゲージ)し、消えそうな小さい声で言って来た。
「そうだな…。チビ襟なんてどうだ?」メシも食わずに研究に没頭していて、オレもちょうど腹ペコだった。「もう秋だし、そろそろ脂が載ってウマい頃だ」
その時のミハルの顔を、オレは今でも覚えている。
誰からもかまってもらえなくなり、痩せ細っていた所に、好きな食べ物を訊かれた。
自分の拠り所を見つけられた者の顔というものは、白亜紀でも現代でも変わらない。こちらも微笑ましくなる。
それに、ミハルは自分から動いた。
祈って待っているだけじゃ何も変わらないことに、自分で辿り着いた。
オレは、そう言うヤツなら拒否ったりしない。
一緒に狩りに出かけたミハルは、確かに獲物にトドメを差す際に躊躇する。
しかし、それだけのことだ。
狩りでの獲物の動きを読む目端は利くし、脚も速く持久力もあり、獲物を追い込むのも上手い。
パワーのあるダンナに嫁いで、勢子役や足止め役でも十二分にやって行ける。
で、オレは、ミハルがカレシ見付けるまで、居候させることにしたんだよ。
ざっくり7000万年前の、懐かしい思い出話さ。
「バカ言ってんじゃないよ」
我知らず笑いが漏れる。
まったく。コレでライフル持たせりゃ、ガンガン敵を倒し、CQB(Close Quarters Battle:近接戦闘。主に射撃武器を用いた数十m以内での戦い。)でオレよりハイスコア叩き出すお転婆さんなんだから。
ちなみにCQC(Close Quarters Combat:近接格闘。武器または武術を用いた数m以内での戦い。)ならオレの方が強いんだな。
『おぉい、誰かいるのか?』
廊下の奥の方から、判りやすいドロマエオサウルス語が、微かに聞こえてくる。声が聞こえてきた方を捜索してみると、用具室の中に恐竜がいるようだ。
ドアをノックしてみる。
『誰かいるのか?ここから出してくれ』中から聞き覚えのある声がする。
『昼間襲撃して来た発症者か?』
『そうだ。閉じ込められている。自衛隊の隊員が反乱を起こした』
『こちらは昼間の海兵隊だ。少し待っていてくれ』ターク(カニンガム大尉)隊長に指示を仰ぐことにする。
「カミン、キャップ。デセィズ・トウヤ(隊長、応答願います。こちらトウヤ)」
「デセィズ・ターク(こちらターク)」
「現在位置、用具室前。発症者たちを発見。カギが掛かった密室に閉じ込められている。解放していいか?」
「やってくれ」
「ROG。オヴァ(了解。以上)」
『待っていろ、今開ける』
オレはアーミー・ナイフを出すと、リーマー・ブレードを起こしてドアの解錠に掛かる。
用具室くらいだと、錠はそれほど精度は高くない。錠はすぐに開いた。
中には、昼間テロを起こし、その後帰順した恐竜たちのほとんどが、ギュウギュウ詰めで収容されていた。
その中には、昼間に説得交渉した、リーダーのユタラプトルもいた。
「他の仲間はどこにいますか?たしか大型竜の発症者の方もいましたよね?」オレはリーダーに訊いてみた。
『裏の校庭に連れて行かれました。人間の避難者たちは、最後に見た時は、体育館に集められたままでした』
「連れて行かれた後、銃声は聴こえましたか?」
『さっき、聴こえました』
「10分くらい前のものでしたら、私たちが受けた襲撃のものです」
『でしたら、ありませんでした』
よかった。それならまだ生きているだろう。
「石山一味の数は分かりますか?」
『確か…8人いたはずです。ボスを入れて』
「その中に狙撃ライフルを持った手下はいましたか?」
「1人いました」
屋上のスナイパー、ジェシーが仕留めたヤツが1。校庭の連中が3。残り4人か。
「分かりました。情報提供、感謝します。裏庭まで案内します。あなたの仲間が拘束されていると思うので手を貸して下さい」
ちょっとターク隊長に状況報告。
「カミン、キャップ。デセィズ・トウヤ」
「デセィズ・ターク」
「報告。敵の数は残り7名。発症者たちを解放。これより校外へ待避させる。裏庭に大型種の発症者が捕縛されている。これより状況偵察に向かう」
「手間は掛けるな」
「ROG。発症者のリーダーの話では、人間の避難者たちは、体育館に拉致されている。そちらの態勢が整い次第、偵察を要請する」
「ROG」
「オヴァ」
オレたちはひっそりと移動し、裏庭が見える廊下まで来た。
そこでは、昼間戦ったティラノたちが地に伏せ、地面に打ち込まれたいくつもの杭とトラック牽引用のワイヤー・ロープで、がんじがらめに地面に縛り付けられていた。まるで、小人の国に入ったガリバーだ。
辺りに見張りはいないようだ。
「ひどい…」ミハルが冠羽を逆立てる。
まったくだ。よくもまあ、ここまで辱めることができるもんだ。
コージ君にも同じ目に遭わせて教育してやりたいぜ。出来たら砂漠のど真ん中で、真っ昼間にな。
オレは、手持ちの一番大きいナイフをシースごと外した。このスチール・ワイヤーだと、普通のブレードもウェーブ・ブレード(ロープやベルト切断用の刃)も刃が立たない。セレーション(汎用のノコ刃。木工金工両用)を使った方が早い。
「これでロープを切って。オレとミハルは、敵のリーダーを仕留めに行きます」セレーションの使い方を教えて、手渡す。
『あの、よければ名前を教えてもらえませんか?』
「オレは山本 登也少尉。こちらは坂月 美春少尉」
『私は上山 徹』
「上山さん。これから、この学校は戦場になります。この方の縛めを解いたら、校外で隠れていて下さい。
オレは、あのクズを片付けたら、その脚で体育館に向かいます。
お気を付けて」
『あ、あの』
「はい?」
『私も手伝います』
「…さっき、体育館に拉致られてる人間たちのこと、訊いてもいないのに教えてくれましたよね。人間に、散々な目に遭わされたのに?」
『あなたに殴られて目が覚めましたよ。それに、手当てを受けている時に貼られたシップ、心に沁みました』
ユタラプトル、『波濤爪』の一門。白亜紀では、人間殲滅派を支持する氏族一門だった。上山さんが、白亜紀の記憶を取り戻しているかどうか分からないけれど、少なくとも人間との交流は、悪くない体験になったはずだ。
それに、彼らが、今後どう考えるにせよ、狭い視野で短絡的に世界を捉えて欲しくはない。
「それが分ったからこそ、あなたは生き残るべきなんだ。じゃあな。昼間は蹴り倒して悪かった」
「カミン、キャップ。デセィズ・トウヤ」
「デセィズ・ターク」
「報告。大型の発症者たちを発見。見張りはナシ。救出した発症者に解放させる。発症者のリーダーに、校外に待避するよう指示を出した。オレたちはタスク復帰。放送室に向かう」
「よくやった。こちらは、ミズ・エミとドロマエオ・ブラザースが戻ってきた。弾薬を入手。これより反撃に移る。体育館への偵察にはドロマエオ・ブラザースを向かわせた。捕虜になっている他の隊員の救出には、ミズ・エミを向かわせた」
「ROG。体育館で落ち合いましょう」
「ROG」
「オヴァ」
さて、海兵隊&自衛隊混成小隊の、本格的な反撃開始だ。
逃げるなよ。
今、戮りに行くから。
ミハル:昔そんなことがあったんですか?
トウヤ:スマン、ムカリ。お前の気持ちがちょっと分かっちまった。
ムカリ:だろう?
ターボ:トウヤさん、オレのは?
トウヤ:その内出てくるよ。




