060:恐竜は静かに虐殺されている #1
時の放浪竜、ブラキオサウルスのムカリ氏の苦悩。
060:恐竜は静かに虐殺されている
私の名は、ムカリ。
『メタセコイア』の一門。こちらの時代ではブラキオサウルスと呼ばれている。
巨躯と優れた嗅覚から広く物事を識り、長寿と併せて賢者の一門として栄えていた。
私たちがいた時代の地球では、異星人からの侵略があり、地球は壊滅的な被害を受け、気候が寒冷化し生息不可能になってしまった。私たち竜は、やむなく時空転移システムを開発し、未来の地球、人間たちが第四紀と呼び習わしているこの時代へと、『渡り』を行った。
私がこちらの世界に辿り着いたのは、世界史と民族の拡散を鑑みる限り、今から4000年ほど昔になるようだ。
私は、白亜紀に生きていた時からの記憶を持っている。
そして、忌まわしいことだが、こちらの年代で人間として幾度も生まれ変わりを経験し、その記憶も全て引き継いでいる。
時に殺されもしたが、概ね仮の宿りと言うべき、魂の檻が寿命を迎え、次の宿りへ幾度も時を超えて来た。
なぜ、私はこの時代まで生まれ変わりを重ねたのだろうか?
時空転移システムに何らかの不具合があったのか、それとも転移先の時代が遠過ぎたために、それまで発現しなかった不具合が生じたのか、もう調べる手立てはない。
私は、人間たちの歴史を見てきた。
そうして蓄えた数百年からの経験。
そのどれもが修羅の記憶、飢餓と略奪の積み重ねだった。
新天地を求めて行った者の裔も、やがては、同じ道を辿るか、潰えたかのどちらかだった。
愚昧。
そして刹那的。
6700万年前に、私の脚元や木の上で、エサの奪い合いや縄張りの取り合いに、クルクルと争っていた頃の哺乳類と、本質的に変わりない。
私たち竜は、数千万年を掛けて、狩猟竜と草食竜が折り合う接点を見出した。だが哺乳類の裔たちは、そこからさらにほぼ同じ歳月を経てきたにも拘わらず、エサと縄張りの奪い合いを、中生代から倦み飽きることなく続けている。
わずかに褒められる所と言えば、農耕と牧畜を発展させ、糧を安定して得る術を持つに至った程度だ。
白亜紀に知らされた未来。
どれほど先になるのか定かではないが、哺乳類の裔が遙か未来に地球を粉々に打ち砕き、宇宙の塵にしてしまう。
私は生まれ変わりを経るごとに、人間が辿る行く末に、ますます確信を深めていった。
この時をどれほど待ち望んだことだろう。
この時代に至り、ようやくかつての体が届き、本来の自分に戻ることが出来た。
そして、多くの竜たちも到着した。
しかし、やって来た竜たちは、ことごとく記憶を失っており、よくても今生の人間としての自我に上塗りされ、ひどい者では獣性に完全に囚われていた。
救いなどなかった。
竜も人間も見境なしに戮し合うばかり。
今までに何度も、それこそ何度も見てきた人間の歴史が割れ、煮詰まった悪夢が溢れ広がる。
これでは、単に混乱をもたらすだけではないか。
私も身を守るため、やむなく戦った。
人間も竜も踏み潰し、長い尾で切り裂き、自動車を破壊し、建物をなぎ倒した。
脚も尻尾も血に染まり、息付く間もない。
血糊に糞尿、踏みにじられる腹わた。
照り付ける陽射しに灼かれ、立ち登る臭気。
幾度気が遠退きかけただろう。
そうして、私は狩猟竜と対峙することになった。
相手は、『岩角』の一門。こちらではカルノタウルスと呼ばれる。
ティラノサウルスほどではないが、比較的大型の種。
最も厄介な相手だ。
アゴは小さめだが、それは、攻撃力が低いと言うことではない。
口が小さい分、アゴの力が強く、食い付いた部分を確実に食い千切るインファイター。一噛みごとのダメージは致命傷には至らないものの、数を受ければ遠からず身動きが取れなくなってしまう。
しかも多くの脊椎動物の弱点であるコメカミに頑丈な一対の角を備えている。これは、効果的な装甲にして、不用意に攻撃してきた相手にダメージを負わせる秀逸なものだ。
尾でなぎ払うにせよ、前肢で突き飛ばすにせよ、注意が必要なのだ。
倒すにしても相手を引き離しながらの攻撃を重ねるしかない。
私たちが苦手とする戦術しか効果がないのだ。
共に時の旅を経たその先に待ち受けていたものが、こんな残酷な結幕だったとはな。
何もかも、無駄だった。
もう走る力もなく、何より気力が出てこない。
私は、疲れた。
相手は自我を失っているタイプのようだった。
見開いた目には知性の光はなかった。
私は相手の目の奥を覗いた。
人間の時の記憶の名残と恐竜としての記憶の欠片が、砕けたガラスのように混ざり合い、嫉妬と喪失、取り戻した力を振るう暴虐への喜びに沸き返っていた。
浅ましい。
竜としての尊厳もない
恥を知れ、とにらみ付ける。
私は、身構えたまま、相手が動くのを待った。
だが、カルノタウルスは呆けたように立ち尽くし、わずかに身じろぎするばかりで何も手出しをしてこなかった。
お前も疲れたのか。
こんなことは、やめにしようではないか?
私はそう思った。
すると相手は、私に顔を向けたまま、その場にうずくまった。
襲って来たにも拘らず、戦いを放棄したその反応に違和感を覚える。
私はそっと近づいてみた。相手はうずくまったまま私を見ているばかりだ。
その後多少剣呑なやりとりがあり、私は竜の意思に干渉が出来るようになっていることが分った。
この能力は、私の意思を他の竜に代行させるもので、私が支配した竜は自意識を失うため、本来の能力を発揮できなくなる。
しかし、ごく基本的な命令、敵を倒すことは履行させることが出来た。
AIを搭載した半自立ドローンに近い。
まさかの授かり物だが、この能力は使える。
私は当初の計画を進め始めた。
地球が迎える破局を阻止するため、私たち竜は、この時代を選び渡って来たのだから。
残念なことに時間がなかったため、私たちは、哺乳類を説得するか、滅ぼすか、様子を見定めてから判断を下すか、意思をまとめられぬまま、こちらへと渡らざる負えなかった。
だが、惑星一つを宇宙の塵に変えてしまうなど、手違いで起こせる出来事ではない。人間全体が総力を挙げなくては不可能といえる。
私は、人間を滅ぼそう。
そして、竜たちも止めなくてはならない。
だが、そこへ彼がやって来た。
竜としての記憶を失い、人としての記憶もその大半を失って。
トウヤ。
『三日月爪』の一門。こちらではデイノニクスと呼ばれる。
中でも、金の斑の入った羽毛に緑の冠羽と束帯を帯びている彼の血族は、我々に匹敵する高い知性を持ち、その身体能力と併せて侮りがたい存在であり、その一族は特に『幻影の三日月爪』と呼ばれ畏れられていた。
実際、私でも幻影の一族の者とは2頭以上は対峙できない。3頭以上いれば、斃されるのは間違いなく私の方だろう。
彼は、かつて私が指揮を執っていた部門に所属していたが、到底部下と呼べるような竜ではなかった。
三日月爪の一門は、こちらの世界で言う所のアナーキスト。自由奔放だが自分の決めたルールは決して乱さない。そして、他を縛ることもしない。
彼は、そんな一見無法者とおぼしき集団を作り上げ、それがなぜか調和して目を見張るような成果を挙げる。
とにかくアタマの痛い存在だった。
彼がプライベートで研究していたという技術を発展させ、時空を超越して未来へ転移を行うシステムを開発するという、未曾有の危機への対策プロジェクトのキーサウルスということもあり、メンバーから外すことも出来ない。
侵略者たちを撃退するアイデアを次から次へと形にし、それを惜しげもなく広めてしまう怪物。
白亜紀の問題児であり、とにもかくにも制御不能な、印象深い馬鹿者だった。
そして、6700万年ぶり、正味でも4000年ぶりに再会した懐かしい顔は、私のことを覚えていないという。
腹も立ったが、それ以上に呆れた。
彼の心は、ありとあらゆる寄る辺を失ってなお、澱む事無くこの世界のことを案じていた。
幾度も人の手にかかり荒んだ生涯を歩んできたにも拘わらず、彼はこの世界への慈しみに溢れていた。
私は、望むなら彼を支配の元に置けたが、それにはあまりにも惜しい竜だったのだ。
虚無、悲嘆、暴虐。
それまで支配した竜の心は、いずれも自ら破滅へと歩みを向けていた。
それは、私自身の心を鏡に映し見るにも似て、不快極まる者ばかりだった。
トウヤを支配してしまえば、その能力は、ただの一兵卒にしかならない。
私は、その澄んだ心に触れてみたくなり、支配を解いた。
そして、彼は、小鳥のように私の元を去った。
仲間と認めた人間たちを救うために。
私が再び掛けようとした精神支配すら振り切って。
そして、恐るべきことに、彼は地上で落雷を発生させ、私が人間を襲わせていた配下の竜100頭あまりを、一瞬にして全滅させてしまった。
何というヤツだ。
彼が私の元を去る時に残した言葉が蘇る。
あんたこそ思い出せよ
そのたった1頭のデイノニクスがいたおかげで オレたち竜は白亜紀で凍え死なずに済んだんだぜ
迂闊だった。
彼の自由奔放な創造性を失念していた。
ははは、見事だ!
まるでパンドラの箱をひっくり返したようだ。
あまりにも素晴らしい敗北は、いっそすがすがしかった。
君を、もう少し見ていたくなったぞ。
さて、戦力を失った今は、退散することとしよう。
まだ、一歩目に過ぎないのだからな。
ジェシー:あの、ずっとお一人だったのですか?
ムカリ :いかにも。人間と馴れ合うつもりはない。
ジョージ:シブい…。
トウヤ :6700万年モノの頑固オヤジ…。
ジェシー:え~、イカすダンディじゃない?
ムカリ :(ポッ…)ま…まあ、悪い気はせんな。手を緩める気はないがね。




