059:白亜紀海兵隊2016 #2
地震、カミナリ、火事、オヤジ。
オヤジ恐竜の反撃です。
059:白亜紀海兵隊2016 #2
気が付くと日が暮れかかっていた。
アタマがガンガンする。昔バイクで事故った後、記憶が戻る度に何度も味わった感覚。
「目が覚めたかね?」声のした方を見上げると、先のブラキオサウルスがうずくまり、オレを見下ろしていた。
辺りに他の恐竜はいなかった。
「ムカリ」オレは、かつてボスだった竜に答えた。「思い出したよ。どうやら、転移システムにバグがあったようだな。オレもそうだが、記憶が引き継がれていない者が多くいるようだ」
「なに、これでも上々の首尾といえるだろう。それに、今の私は新しい能力を得ている。別段、目的に支障はない。君もこちらに来て変わったことがあるのではないかね?」
オレが『加速モード』と呼んでいる、あの能力のことか?
丘の下の方で銃声がした。音が高いので拳銃か。
「さて、君の記憶も戻ったようなので、本題に入ろう」
「人間たち、か?」
白亜紀でプレコグナイター(予知能力者)たちが霊視した地球の未来。そこでは、人間たちに破壊され、アステロイドベルトになってしまっていた地球の成れの果てが見えた。
「そうだ」
「ムカリ、あんたはいいヤツだ。ボスとしても信頼している。だが、人間たちを問答無用で根絶やしにするのは乱暴だ。いただけないな」
そう。ムカリは、反人間派の有力者だった。
時空転移システム開発プロジェクトコアシステム開発部門の部門長、オレの直属のボスだったブラキオサウルスだ。
結局、オレは、ムカリと折り合えないまま、第四紀(約258万年前から現代までの地質学年代)に来るしかなかった。
「このまま捨て置けば、彼らは地球を消し去ってしまうのだぞ。それが分っていてもか?」
「ムカリ。オレたちが見通せなかった未来もあるとは、考えないのか?」
「あるいはそうかもしれん。だが私は、こちらの世界へいざなった同胞を守らねばならん。そのために、確実な方法を選択するまでだ」
「なあ。白亜紀にオレたちが見た未来は、第四紀に来る前の時間軸のものだと分っているか?」
「いいや。不確定要素が増えたと言うことか?」
「そうだ。もう分岐がどうなっているのか、オレ程度では見分けられないが、少なくとも人間を滅ぼす以外の道を模索できる余地はありうる」
「私を納得させる決め手を持っているかね?」
「残念だが今はない」悔しいが、今のオレには、切れるカードが何もない。
「なら、当初のプランを進めるのが妥当ではないかね?
今の私は、記憶を失っている者を精神支配し使役する能力を得ている。部下なら選り取り見取りなのさ。使えるかどうかは別問題だがね」
「さっきの銃声は、お前が?」
「そうとも。配下の竜に襲わせている。
なかなか練度の高い人間たちだ。それに、君が救った竜たちも抵抗している。
だが、もう半分ほどに減った。なに、君と話している間に、カタはつくだろう」
「何人死んだ。竜も人間も合わせて」
「今は進捗以上の状況を見る時期ではない。だが人間の方はほぼ半分まで減っているようだ」
「ムカリ、頼むから止めてくれ。そして高位スキルのプレコグナイターを探すサポートをしてくれないか?」
「ここまで来て、別のプランに路線を変えろというのかね?」
「出来るならそうして欲しい。いずれにせよ、現状確認をする必要性があるとは思わないか?」
「先に答えているが、今の君は、私を納得させる決め手を持っていないのだぞ?私が手を緩めると思うのか?」
「どうしてもだめか?」
「だめだ。なあトウヤ。君こそ、なぜそこまで人間の肩を持つのだね?さっき君を一時的に支配下に置いた時、今までの君の記憶を見させてもらった。君こそ人間などどうでもいいと思っているではないか」
「そうとも。人間なんてオレにはどうだっていい。けどな、義理を欠くことを強要する上司というのはどうだろうな?
オレは行くよ。隊長やみんながピンチなんだ」
「デイノニクスが1頭行った所でパワーバランスを崩せるとでも思っているのか?」
「なあ、あんたこそ思い出せよ。そのたった1頭のデイノニクスがいたおかげで、オレたち竜は白亜紀で凍え死なずに済んだんだぜ。
じゃあ、またな、元ボス」
「行かせると思うか?」
ムリだね。
オレは、加速モード全開で、銃声がした方に向け、森へと走り込んだ。
少しアタマが重い感じがしたが、特にムカリの精神支配の影響はないようだ。
時間自体はほんの数ミリ秒しか経っていないはずだ。だが、閑散とした森の中は何も動くものがなく、まるで素で走っているのと変わらない感覚だ。
ようやく木々の間に、横倒しになったトラックや装甲車が見えた。
そして人間たちは、クルマをバリケードにジリ貧に追い込まれていた。
自衛隊勢の普通科隊員たちは、惜しいことにあらかた倒されているようだった。
もう弾薬もないのか、銃声は消極的に時折響くだけになっていた。加速モードに入っている今、間延びして低く聞こえるそれは、巨獣が上げる末期の咆哮にも似た、悲壮感に満ちたものだった。
最後に見た寒冷化に黄色く萎れて行く、白亜紀の森が思い浮かぶ。
オレは出来るものなら、多くの幸を恵んでくれた、あの森を救いたかった。
あの森で穫れる、イムと呼ばれていた早生のモモに似たあの果物が、オレは好きだった。
あの森は、もうなくなってしまっただろう。7000万年近くも前のことなんだ。
けれど、ジョンソン先生(少佐)やターク(カニンガム大尉)隊長は、まだ助けられる。
それにオルニトレステスのエミ(渡辺)さん。彼女も、さっきまでのオレと同じく思い出せないままだろうけれど、オレはよく彼女に頼んで、木の高い所に成る果物を穫ってもらっていた。
トルヴォサウルスのターボ(石田)君。姪のミハルと同じく、ラボの警備をしてくれていた、気の好い巨漢。
まだ記憶の全てが整理出来た訳ではないけれど、オレがこの数日に出会った恐竜は、多くが白亜紀で親しかった者たちだった。
もちろんこの記憶も、ムカリが植えた擬似記憶の可能性がある。
だが、記憶の欠片は、そのどれもが作り出したものにしては、相手の表情が自然で生き生きとしたものだった。
それに、ムカリはエミさんとオレとの交友を知らないはずだ。
「ウォラァァッ!!」オレは樹々の枝を足がかりに跳び、ムカリに精神支配されているカルノタウルスの横面にドロップキックをお見舞いしてやると、トラックの上に降り立った。
ソニックブームを引き連れての轟音に、ムカリ側の恐竜勢は浮き足立ち、崩れ落ちるカルノとその後の静寂に怯え始めた。
カルノは、頭を振りながら起きようとするが、足をふらつかせその場にしゃがみ込む。
ギャリギャリギャリ…
バリケードの上で羽毛を逆立てて威嚇を始めるオレに、振り向くムカリ勢は、化け物にでも会ったような様子だった。
「トウヤ、生きていたか!」ターク隊長の疲れた声が、足下から聞こえた。
「遅くなりました、隊長!。ちょっと、旧い知人と話していたもので」
目の隅に見えるターク・チームはまだ健在だった。
保護恐竜勢もバリオニクスのタイラさんとトルヴォサウルスのターボ君の鉄壁の防御力に持ち堪えているようだった。
だがその誰もがあちこちにカギヅメの痕や歯形が付けられ、赤黒い筋を垂らしていた。
「…隊長、かなりヤバそうですけど、何かプランはありますか?」
「アモ(弾薬)があればまだなんとかなるんだが」
「あと14発あれば足りますか?」
「ムリだろうな」隊長は、オレのギャグネタを苦笑しながら流した。
「隊長、先生、オレに策があります。サポートしてもらえるなら、ヤツらをすぐ全滅させます」
「…お前のことだ、ウソとは言わんが、にわかには信じられん」
「日が沈むまで、後15分て所でしょう。それまでに敵を全滅させるか、オレたちが全滅するか、どちらがいいですか?大隈三佐、どうされます?」
「出来るならやってくれ。で、ウチは何をすればいい?」
「消毒薬、オキシドールの在庫はありますか?」
大隈さんは医療班のリーダーにすぐに確認してくれ、12本ある、と答えてきた。
「ウチのは、後10本ほどある」
「では、負傷者用に最低限取り置いて、残りは全部出して下さい」
「よし来た」
「ポール(エストラーダ中尉)、ジェシー(シャルビノ少尉)、大迫(二尉)さん、君たちの腕が必要だ。アモはあと何発ある?」
「オレは1マグと…半分。44発ある」ポールは89式からマガジンを抜いて調べてくれた。。
「私は.308が9発とSMGがマガジン半分よ」今回はジェシーのスナイパースキルが欲しいんで9発。
「私はライフルゼロ、SIGが1マグ手つかずで残ってます」いいね。タクちゃんの腕なら、それだけあれば間に合うな。
「先生、(ハムヴィー)2号のジェネレーターに火を入れられますか?」
「援護があれば可能だ」それは重畳。このプランのキモなんでね。
「タイラさん、ターボ君、あのライトバンをヤツらの上に投げ上げることが出来るかな?」
「まあ、二人で力を合わせれば。多分40m位はいけるかな。どうよ?」
「積み荷を降ろせば、もう少しいけそうかな?」
バリオニクスとトルヴォサウルスは、お安いご用だと言わんばかりに相槌を交わす。
「じゃあ、小野さんたちに手伝ってもらって、ブン投げる準備を頼んます」
「あと大隈さん。設備科さんたちは電源延長ケーブルのタイコ(コードリール)は持って来ていますか?最低でも30mが4つは欲しいんです」
「ああ、50mを6つ持ってきている」
「先生、レントゲンシステム、使ってもいいですか?壊すかもしれませんが」
「…分った、好きに使え」先生は渋い顔をしたがOKしてくれた。
「じゃあ、今言った部材全部集めて、2号の周りに10分後に全員集合。歩けるヤツは、動けないヤツのサポートをよろしく。
ミハル、まだ走れるならオレと来てくれ。時間を稼ぐ。チャカ(銃のスラング)はいらんからジェシーに預けておいてくれ」
「コピー!」
「ヤツらをなるべくひとかたまりに集めたいんだ。オレの反対側をたのむ」
「了解です」
隊長たちが反撃の準備を進めやすくなるよう、ミハルとムカリ側恐竜勢を抑え込み、ひとまとめにする。
元気いっぱいのオレの姪。白亜紀でもオレのガード役をそつなくこなしていた狩り友。
オレたちは、包囲が崩れかかっているムカリ側恐竜勢を、牧羊犬のように追い回し、ひとまとめに集める。
オレが足止めする大物たちの足下に、怯えた中~小型恐竜を追い込めばいいので割と簡単だった。
戦いは数だよ
これは太古からから変わることがない摂理だ。
それを知略で覆すのが軍師。
そして、テクノロジーで覆すのがオレたちエンジニア。
ムカリ。あんたは堅実なリーダーだ。それが好い所であり、竜望を集めたゆえんだ。オレも、そんなあんたのことを気に入っているし、信頼している。
だが、堅過ぎる。
オレが人間として生きて来たこの40年ほど。白亜紀での40万年分にも相当するテクノロジーやアイデアを吸収してきたオレに、あんたの動きは愚策もいい所だ。
それにあんたは、オレという竜の記憶を、ただのログとして読んだに過ぎない。
オレにとっての人間てのは、毎年咲く桜や秋の祭り程度に、どうでもいいモンなんだよ。
樹が枯れそうになっていたら、水をやったり、祭りがショボそうだったら、知り合いの香具師やロケンローラー(ロッカー)に声を掛ける程度に、な。
「ミハル」
「はい?」
「スマンがこいつらを見張っていてくれ。オレが合図したら、すぐに全力で逃げるんだ。いいね?」
「はい」
「そう。出来れば、オレたちのいるバリケードの方に来た方がいい。見晴らしがいいぞ」
「何やるんですか?」
「あまりにムカッ腹立ったんでね、カミナリを落としてやるのさ」
「トウヤさんならやるんでしょうね。楽しみにしてます」
オレは、みんなが待機しているハムヴィー2号へととって返し、作戦をざっと説明した。ジョンソン先生とドロマエオ・コンビに設備科さんの何名かは「その手があったか!」と理解できたようだった。しかし、ほとんどの面々は「よく分からんけど、手伝えばなんとかなるのね」という様子だった。
ま、それはそれでいいや。
オレはバリケードの上に立つと、指示を始めた。
ジョージ副長(レナード大尉)と大隈さんが投げるオキシドールのボトルを、ポールとジェシーと大迫さんが次々射貫いて行く。ボトルは空中でブチ割れ、中身が恐竜たちの周囲に振り撒かれる。
ジョンソン先生が、空中に霧散したオキシドールに強力なレントゲンを照射しエリア一帯をイオン化して行く。
そして、ジェネレーターにつながった電源ケーブルのタイコを、自衛隊設備班の皆さんがムカリ側恐竜勢を包囲するように次々投げる。
オレはタイラさんとター坊にアイコンタクトで合図。
レントゲンシステム用の高スケア(高容量)ケーブルを溶接してあるライトバンもジェネレーターに繋がっている。
巨竜2頭が、放電側電極となるライトバンを咥え上げ、豪快に投げ上げた。
みんな必死なのか、一糸乱れぬ滑らかな連携だった。
「テイク・イット!!(喰らえ!!)」オレは隊長とダン中尉に合図。
その瞬間、恐竜たちを抑え込んでいるミハルの姿が消え、瞬時にオレの横に現れた。
隊長がハムヴィー2号のジェネレーターをフル・ドライブさせ、ダン中尉がライトバンにつながっているケーブルをジェネレーターにコンタクト。
光の柱がムカリ側恐竜勢を呑み込み、轟音を上げた。
雷電に包まれ、声にならない悲鳴を上げる恐竜たち。
体表を撫でる電流は、みるみるうちに羽毛や皮膚を炭化させると、フィラメントのように灼き、黄金色に輝かせ始める。
オレとミハルは、目を細めて見守る。
無慈悲で美しい、圧倒的な光景だった。
電極代わりに放ってもらったクルマが地に落ちると同時に、ブレーカーが落ちたのか、ジェネレーターがダウンした。
オゾン臭が漂う中、ムカリ側恐竜勢は、落雷にほぼ黒焦げになって斃れ、電極代わりにしたクルマは、通電熱でプラスチックが全て蒸発し、赤熱して煙を上げていた。
恐竜勢のいるエリアにオキシドールを散布し、そこへ戦車の装甲も透過するほどパワーのあるレントゲンを照射して周囲の空気をイオン励起状態にし、電気を流れ易くしてやる。そこへハムヴィー2号のジェネレーターをフル稼働させ、ビル一つ丸々稼働できるだけの電力を流し込んでやったんだ。
黒焦げになったのは、多分気化した過酸化水素水の影響だろう。
天然物の雷ではないので、威力の上では遙かに及ばないだろうけど、思ったよりも威力が強かったな。
生き残った人間勢と保護恐竜勢は、酸鼻極まる光景を前に、呆然と立ち尽くすばかりだった。
「隊長、残ったアモかき集めて一緒に来て下さい。こいつらのボス仕留めに行きます。先生、まだ生きているヤツらがいたら、おまかせします」
「お、おお…、急ぐか」
隊長はじめ、まだ戦闘可能なメンバーと一緒に丘を登る。
やはり、ムカリの姿はなかった。
残照の中に残る巨竜の足跡をたどれば、追うのは難しくない。
だが、オレたちも満身創痍だ。
この辺りが潮時だろう。
ハムヴィー1号は、直したばかりだというのに、もうズタボロにされて、ひっくり返っていた。みんなで起こしてやると、エンジンはかかった。
ハムヴィー2号は、ジェネレーターがオーバーヒートで動かないだけで、同じく走行可能。
自衛隊さんのトラックは、3台ともヨレヨレになっていたがどうにか走れそうだ。
さて、これからどうしたもんかね?過去と未来を知ってしまった今。オレは人間たちとどう付き合っていったものか、考えどころだな。
そこで突然、世界から音がなくなった。
あれ?と思う間もなく、視界が暗くなり、何も分からなくなった。
ターク :とっさによくあんな作戦を考えついたな。
トウヤ :失敗は成功の元、という言い回しが日本にはあるんですよ。
ジェシー :アンタってばホント壊してばっかね。
タイラ :火事とケンカは江戸の華。中々いなせな花火だったぜ。
ジョンソン:トホホ…ワシのハムヴィーが…。




