056:ロード・オブ・ダイナソー
トウヤが虹を眺めていると、その向こうから友人が現れます。
056:ロード・オブ・ダイナソー
翼竜となった発症者(以下、恐竜または翼竜)たちとの戦いは、熾烈な総力戦になった。
1mはある巨大なクチバシを武器に、ミサイルの雨のごとく急降下攻撃を絶え間なく続ける翼竜たちをことごとく返り討ちにした。
オレとポール(エストラーダ中尉)は、弾薬の補給に来てくれた上ローダー(装填手)まで買って出てくれたドロマエオ(ドロマエオサウルス)の小野さんのお陰で、どうにか生き残ることが出来た。
撃墜した翼竜の大群は、オレたちが陣取った十字路の周りにうず高く折り重なり、ちょっとしたクレーターを形作っていた。
ポールと小野さんと、翼竜のクレーターを越えると、海兵隊と自衛隊さんの本隊が見えた。
みんな無事だった。
みんないる。
頑張って、生き残った。
オレたちに手を振ってくる。
バリオ(バリオニクス)の平さんと少年トリケラ(トリケラトプス)の遠藤君はガタイがあるのですぐ目に付いた。自衛隊員たちと一緒に、撃墜した翼竜の後片付をしているようだった。
ターク(カニンガム大尉)隊長はジェシー(シャルビノ少尉)とデイノニクスのミハルと一緒。
ジョージ(レナード大尉)副長は自衛隊の大迫二尉とオルニトレステスの渡辺さんとトラックの脇で。
保護した翼竜勢は、他の恐竜勢と一緒に集められ、自衛隊員が護っている。
オレたちも手を振りながら、アスファルトへ降りて行った。
オレはクレーターを見上げながらタバコを出して、愛用のライターで火を着ける。
登ってこんなにつまらん山は初めてだよ。
硝煙と翼竜たちの血と断末魔の垂れ流しの臭いおかげで、タバコが旨くない。
たかがコトバが通じないだけで、大したもんだ。
殺しも殺したり、ざっと1000人。
彼らが元は人間だったとしても、果たして自我を保っていたのか、正気を失っていたのかどうか、今はもう確かめようがない。
オレは生き物は好きだ。
けれどそれは、オレに敵対してこないうちだけ。
野辺に生きるものたちは人間と接する際、いつも考える。
この人間は、何かうまいものを隠してないかな?
おとなしく喰われてくれるかな?
オレも同じように相手を見る。
オレの場合、相手を食べることもあるけれど、ジャレて遊んでもらうことがほとんどだ。
その考えを持てない人間も種属的に持てない生き物もいる事は分かっている。
それでもオレは懲りずに、じゃあまたな、と言い合える相手を探すんだろうね。
「どうした、トウヤ?」
「今回は残念だったな、と思ってさ」
「ああ、…そうだな」
3人でクレーターを見上げ、彼らの冥福を祈る。
そこへ黒い影がよぎる。
トサカを赤く染めたプテラ(プテラノドン)のタカさんが、本隊への着陸侵入にオレたちの上を通ったのだった。
橋本さんは、翼をすぼめ脚を下すと翼膜をたわませ、エアブレーキと揚力を加減しながら翼体を引き起こし、失速寸前で翼を羽ばたくと、ストッと着陸した。
そのあまりにも洗練されたフォームは、熟練パイロットが駆る艦上戦闘機のようだった。
「きれいなランディングだ…」ポールは目を見張り、ため息をつく。
「あのボディサイズで、きれいに舞うもんだな…。
2~3日でよくあそこまで上達したもんだ。カラスのヨウさんだっけ、師匠は?」
「鬼教官なんじゃないか?」
実際、橋本さんの練度からは、師匠の厳しさが窺えた。
野鳥でもそうだが、幼鳥期に親や兄弟と長い間暮らした鳥は、飛び方が上手いヤツが多い。
バイク乗りやドライバーも、やはり家族や親戚でドライブの巧い者と多く走った経験のある者は、コーナリングでは綺麗なラインを描き、ストレートではまるで止まっているようにフォームやシルエットを全くブレさせないテクニシャンが多い。
今日は朝から山ほど翼竜を目にしたものの、そのどれもが見る価値もない拙い飛び方ばかりだ。
襲撃して来た翼竜たちも勢いに任せて突撃して来るばかりで芸の一つもなく、それだけに撃墜するのも割と簡単だった。
そんな中で橋本さんの見せた翼捌きは、眼福と言えた。
「行こう。冷えたコーラがある。飲みながら話し聞かせてもらおう」小野さんが促す。
「いいね」
本隊に戻ると、ターク隊長とジェシーとデイノニクスのミハルが出迎えてくれた。
「よくやった。報告を聞こう」ターク隊長は脂が抜け切った顔をしていたが、口元は微笑んでいた。
居住まいを正して隊長に敬礼をすると、ポールが報告を始めた。
「報告します。来襲するプテラス(翼竜たち)を撃退。撃墜数は不明。概算で500。負傷者ゼロ。残弾数は5.56が120ほど、.45が40ほど。以上」
「ごくろう。やはり(弾丸を)かなり使ってしまったな」
小野さんは5.56mmNATO弾の200発入りを3ケースに.45ACP弾の100発入りを2ケース持って来てくれたが、あらかた使ってしまった。
いつの間にやらeブレットも使い果たしていた。
手付かずで残っている弾丸は、ミニガン(M134ミニガン。車載の7.62mmガトリング砲)とポールのGPMG(多目的機関銃)だけになった。
ここから先はあまり手加減出来なくなるな。
「ライフルの調子はどうだった?」
「やはり日本はいいモノを作ります。よく当たるし全くジャムりませんでした」小野さんにレシーバーをカスタマイズしてもらったことはスルーした。
「そうか。三佐殿に礼を言っておけ。残ったタマはマガジン一つのみ手元に残し、副長に返却しろ。自衛隊さんの残弾と合わせて再分配する。下がっていい」
「おつかれさま~」
残った弾丸を返しに副長の所へと脚を向けると、ジェシーとミハルが付いて来た。肩にM700(米レミントン社製。高級ハンティングライフルのロングセラー。)を背負ったジェシーと小脇にM4(米コルト社M16の発展型アサルトライフル)を下げたミハルの女性コンビは、疲れた様子ではあるものの、威風堂々としていた。
「お疲れ。チームの二つのバックアップ大変だったね」
本隊が無事だったのは、ミハルの八面六臂の援護による所が大きかった。オレとポールの周りに翼竜が積み重なって視界が切れるまでは、海兵隊チームと自衛隊チームの両方に気を配り、援護や撃ち漏らしを片づけていた姿が印象深かった。
「ありがとうございます。自衛隊さんも最初は苦戦してましたけど、一旦コツを覚えたらバンバン墜としてましたよ。
トウヤさんたちもあの山、よくケガ一つしないで生きて帰ってこられましたね」
「ああ。タカさんが上がるまで大変だったよ。
コーラ冷えてるってさ。いただこう。
そう言えば、タマはどれくらい使った?」
「150発くらい。さすがにあの数はしんどかったわ」
「私は覚えていません。マガジンポーチを4回か5回取りに戻った覚えはあります」
「ジェシーのライフルってマガジンの装弾数は何発?」
「4発よ」
「…え?てことは40回近くマガジンチェンジしながら戦ったってコト!?」
「ええ。ずっとコレでやって来たからね。
ここまで数が多いのは初めてだったけれど、ミハルの援護と佐野さんがマグ・ロードしてくれたから、楽だったわよ」
「アフリカでも同じライフル使ってたの?」
「ええ。ずっとコレ」ジェシーはM700をゆすり上げた。
さっき見ていたけれど、マガジンチェンジなんてやっているように見えなかった。それくらいジェシーのシューティング・ワークは無造作で流れる水のようだった。
アフリカでポールと一緒に戦っていたエピソードを昨日聞いたばかりだけれど、百聞は一見にしかずということだ。
朋友の竜に護られた、曠野の癒し手にして無敵のライフル使い。
まるでライフルの女神だ。
「また武勇伝が増えたね」
「あなたたちもね」
自衛隊さんのトラックの方に回ると副長ズ(ジョージと大迫二尉)が残弾の集計をやっていた。会話能力を回復したオルニトレステスの渡辺さんが異様にテキパキと男二人を切り盛りしている。
「お疲れさまでした、ポールさん、山本さん。指示を受けておいでと思いますが、残弾の返却をお願いします」渡辺さんがにこやかに応対してくる。
小野さんがラジオフライヤーから弾の箱を出して渡し、ポールもフル・ロードされているマガジンを残して、渡辺さんに全部渡した。
オレもガバ(コルト社の半自動拳銃、ガバメント。使用しているのはUS海兵隊カスタム仕様のため、正しくはM.E.U.ピストル。)のマガジンをフル・ロードされているものに交換して全部出す。
「はい、…5.56が320発に….45が112発。確かにお預かりします」数えるの早っ!
「山本さんは装備がハンドガンだけですので7発弾倉を4つお持ち下さい。
集積した弾はこの後すぐ分配しますので10分ほどお待ち下さい」
「渡辺さん、慣れてますね。なんだか総務のお姉さんみたいだよ」
「はい。総務課に在籍していますから」
「そりゃ…大助かりだ。大迫さん、逸材じゃないですか」
「…ええ」
「戦闘中の弾薬配送の指揮を買って出てくれて助かった。ミニマムなロジスティクスは小隊規模だといない存在だからな」ジョージ(レナード大尉)副長も、スタッフが恐竜嬢ということもあり、いつもよりニコニコ倍増だった。
ロジスティクス、この場合は兵站と言った方がいいだろうね。
簡単に説明すれば後方支援のもっと大きな括りで、作戦行動支援全体を担うアクティビティ部門になる。物資の調達から輸送および分配を幅広く受け持つ。
日本の企業でもポツポツ存在するけど、コレがガタガタの会社さんは組織運営もガタガタで社員も覇気がない所ばかりだ。
オレもハケン野郎なんで大きなコトは言えんけどな。
それ位重要な組織システムなんだ。
実際、副長クラスにありがたがられている現状だしね。
「はい。及ばずながら助力させていただきました」渡辺さんはジョージの褒め言葉に照れたのか、冠羽を逆立たせると、首を竦めて目を伏せる。羽毛に隠れて見えないけれど、多分、頬が赤らんでいるだろうね。
それにしても、日本女性のたおやかさにオルニトレステスのしなやかさが加わると、男衆にとって破壊的だな。
オヤジデイノニクスのオレでも流石にグッと来たし、副長ズはメロメロになっている。
「あなたさえよければ、海兵隊で働きませんか?」案の定、ジョージが早速スカウトを持ち掛ける。
「え…」渡辺さんは絶句すると、困ったように大迫さんを振り返る。
「その、レナード大尉、渡辺さんは自衛隊で保護しましたので、その…、ご遠慮いただけないでしょうか?」
「すみません。私も自衛隊がいいです」渡辺さんは冠羽をペッタリ寝かせ、そっと大迫さんの方へ身を寄せる。
初々しいね。忍れど 色に出けり…。
「え~、副長やめましょうよ。ウマに蹴られちゃいますよ?」ミハルが二人に助け舟を出した。
「実家にたくさんいるわよ、ウマなら。連れてきましょうか?」ジェシーも加わる。
「副長、日本人(竜)というのはヘラヘラしているように見えますが、その実、義理堅いんですよ。
ウチらのタイミングが遅かったみたいです。諦めませんか?」
なんだかんだでいいヤツだしな、二尉は。それに馴れ初めも聞いちゃったことだし。
人間と恐竜でど~すんだ?、というのもあるが、ここは日本。
龍や狐と人間との間に子が生まれる、種の境界があやふやな土地なんだ。
山幸と豊玉や安倍保名と葛の葉とかな。
なんとかなるだろう。
そこへジョンソン先生(少佐)と大隈三佐がやって来る。
「ごくろう。ライフルの調子はどうだ?」
「ありがとうございます、三佐殿。プレミアム(最上)です」
「ちょっと見せてみろ」
ポールは大隈三佐に無期限借り受け中の89式(豊和工業社製5.56mm自動小銃。米アーマライト社製AR-18を手本に独自開発された。)を渡した。
「ほう…。見かけと裏腹に取り回ししやすいな。他には何かいじったか?」
「レシーバー(トリガーメカ)に高精度化を兼ねてトリガープルコントロールを追加しています」
「ふむ…」
大隈三佐はマガジンとチェンバーのアモを抜くと、空撃ちした。
「…小野さん、私のライフルも同じカスタマイズは出来るかね?」
「パーツ作成だけなら10分もあれば」
「パーツ交換は大変か?」
「オーバーホールと同じ程度です。トリガーとディスコネクターカムのボルトオン換装だけですので、自衛隊さんなら誰でも出来ます」
「これから作ってもらえるか?」
「一息入れてからでいいでしょうか?」
「30分後に出発する。それまででは?」
「使われているライフルの整備はどうされますか?」
「今は手持ちの銃がないのでな。避難所に戻ったら自分でやる」
「承りました」
そこへ今度は、バリオの平さんが近付いて来る。
撃墜した翼竜の後片付けが終わったようだ。
平さんは、ユンボのフォークよろしく翼竜を咥え上げては道路わきに片づけていたので、口の周りが赤黒く染まっていた。
「うがいがしたい。バケツか何かないか?」
「あるよ」小野さんは佐野さんと一緒に店の奥へ姿を消すと、クルマ用の高圧洗浄機とホースリールをコーラと一緒に台車に載せて運んで来た。
小野さんと佐野さんが2匹がかりでノズルガンを構えたが、トリガーを絞った途端、ドロマエオ・コンビは逆に水圧で吹っ飛ばされてしまった。
平さんと一緒に作業していた"床抜けトラック"の自衛隊勢がやって来て、作業を代わった。
さすがに大物を洗い慣れているのか、隊員さんたちはノズルガンの扱いが巧い。バリオはあれよあれよという間にきれいに洗浄されていく。
午後の陽の中、噴き上がるしぶきに虹が差す。
オレはキリッと冷えたコーラを楽しみながら、虹ウォッチングと洒落込む。
バリオはきれいに洗浄されていくものの、ジェット水流の圧はかなり強そうだ。
「平さん、痛くないの?」オレはコーラ片手に訊いてみた。
「うあ?げんげん。こおあばあくがいがけんあっかかあおおいい(うん?ぜんぜん。ここしばらく歯ぁ磨けんかったから気持ちいい)」何を言っているのか分からないけど、平さんは気持ちよさげに目を細める。
ついでだから、と、他の保護恐竜勢とハシボソガラス夫婦もケアすることになった。
何せこの3日間、風呂どころか食事もままならない状況だったんだから。
羽毛恐竜勢は、ジェシーとミハルの指導の下、体の洗い方と分泌脂の塗り方が伝授された。
例によって湿っている状態で羽繕いがてら脂を塗り広げてゆく。
口に続いて体を洗い終わった平さんを、隊員さんたちはタオルで体を拭き上げる。ついでに、と少年トリケラトプスの遠藤君の体を濡れタオルで拭き始める。
バリオは額から背中を撫でられるのが気持ちいいらしく、平さんは猫のように喉を鳴らせ始めた。
トリケラはネックフリル(えり飾り)の首側の根元と腹を撫でられるのが気持ちいいのか、遠藤君はゴロンと横になり、その内"うきゅうきゅ"と鳴きながらヘソ天になった。
「今回はちょっと堪えたよ。オレも気晴らしにモフっておくれ」今回は定点からの迎撃任務だったので体はあまり疲れていない。しかし、押し寄せる悪意と殺意はかなり堪えた。
「わたしも~」ミハルもため息交じりだ。
オレとミハルは、バディにモフってもらい目を細める。
「それ、気持ちいいのか?」オレとミハルのありさまに、小野さんが生温かいまなざしで訊いて来る。
「どれ」ジョンソン先生が膝をつき、ドロマエオをモフり始めると、小野さんはすぐに気持ちよさそうに体を擦りつけながら喉を鳴らせ始めた。
そうこうするうちに、なぜかフリーハグ・タイムになった。
むしろ人間の数が足りず、恐竜が人間に群がって体を擦りつける状況。
ターク隊長はトロオドンのマリさん他。ジョージ副長は多数の小型セロポーダ。ダン中尉と自衛隊員たちはなんとなくという様子で新しく保護した翼竜勢。
大迫さんは言うに及ばず。
大隈三佐は先生と一緒にドロマエオコンビをモフり、床抜けトラックの自衛隊員勢は平さんと遠藤君をナデナデしていた…。
「うわ~、コイツはスゴいね、おばちゃん」
「一体何が起きたのよ?」
翼竜のクレーターの向こうから、聞き慣れた声がして来た。
見ていると、クレーターの上に大型セロポーダの厳つい顔がヌッと現れた。
慌てたのは自衛隊勢と保護恐竜勢だ。
「総員、戦闘態勢!急げ!!」大隈三佐が血相を変えて大声で指示を出す。
自衛隊勢がライフルの遊底を引く音が、リズミカルにチャカチャカと鳴る。
「いや、慌てんでも大丈夫ですぞ、三佐」ジョンソン先生がまあまあと押しとどめる。
大隈三佐は"何を呑気な"と言わんばかりだ。
「大丈夫だ。銃はいらない」
先生は、錯乱した患者をなだめるように自衛隊勢に手を広げ、よく通る落ち着いた声で言い聞かせた。
オレは、虹の向こうからやって来た、初めて会う顔見知りの前へ進み出る。
「初めまして、山本です」
話したいことはたくさんあったけれど、リモさんと石田くん(ター坊)の顔を見たら、どうでもよくなった。
二人とは、この後長い時間をかけて、エピソードを一つづつ代わりばんこで話して行くことになりそうだったからだ。
「初めまして、山本さん」
トルヴォサウルスとその肩越しに顔を覗かせる女傑は、微笑みながら会釈してきた。
トウヤ:スンマセン、迎えに来てもらっちゃって。
ター坊:いや~ようやく出てこれましたよ。
リモ :結構かかったわね。




