050:ティアーズ・オブ・ザ・ダイナソー
トウヤが石を投げられた腹いせに、人食いになります。
050:ティアーズ・オブ・ザ・ダイナソー
オレは、ジョンソン先生(少佐)が援護に投擲してくれたサウンド・グレネードが立てる耳を聾さんばかりの騒音の中、加速モード全開状態で一団の上へ跳んだ。
人質と一緒に固まっているテロ実行犯の発症者(以下、恐竜)を切り崩すためだ。
こっちが撃って出たからには、相手の恐竜も、報復に人間をキバにかけるだろう。
サウンド・グレネードの効果が切れるまでに、カタを付ける必要がある。
出来ませんでした、じゃ済まされない。
一団が騒音に身動き出来なくなっている僅かな時間。
人間たちの逃げ道を作るため、オレは外周の小~中型の恐竜への緊急対応をした。
そのために、ガバ(米コルト社の半自動拳銃、ガバメント。使用しているのはUS海兵隊カスタム仕様のため、正しくはM.E.U.ピストル。)を高速動作させる必要に迫られ、スライドをショットガンのポンプアクションのように無理矢理強制装填させたら、薬室がスライドごとパンパンに膨れ上がって固まり、使えなくなっちまった。
ブローバック速度を通常の800倍くらい"クロックアップ"させて撃っただけなのにな。
そう言えば、銃の寿命縮めるから、連射には注意しろとジェシー(シャルビノ少尉)に言われてたっけ。
ゲンコツ覚悟だけど、後で壊れないようにしてもらおう。
ともあれ、撃ったeブレット(電気ショック弾)が徐々に命中を始めてくれている。
入射口から赤身を帯びたスパークがふわっと走り、花が咲いたように見える。
きれいだ。
不謹慎だけれど、そう感じてしまった。
弾丸は全てシッポの付け根を狙ったので、しばらくは全員足腰が立たないだろうが、死にはしないだろう。
オレは、一団の中心で、比較的恐竜が集まっている個所を探し、そこに降りることにする。
オレは腕を広げ、羽根を展開した。ぶっつけ本番ではあるけれど、オレの腕が翼としてどこまで使えるのか試してみることにする。
後はデイノニクスとしてのオレの小脳が、どこまで空中戦の学習を積んでいるかだ。
腕と腰とシッポの先の羽根が大気をつかみ始めると、羽根を動かし、動作確認開始だ。
縦姿勢制御は腕と尾羽、横姿勢制御は腰と尾羽、回転姿勢制御は腕でそれぞれコントロールできるようだ。
腕を動かして羽ばたいてみたけれど、デイノニクスの腕の羽根は、残念ながら推力を発生させることは出来ないようだ。
デイノニクスは空を飛ぶには体が重いが、ジャンプによる上昇中と落下中の方向制御と減速制御は出来るらしい。
ステップか足場があればもう少し早く動けるものの、今は空中なので、エア・ブレーキを掛けないように注意しながら重力落下して行く他ない。
とは言え、空中でここまで姿勢制御ができるなら御の字か。
オレは最初の標的の頭、選んだ大物にツメを立てないようにして降り、そこを足場にして次の標的の頭に跳んだ。
踏み台になった恐竜は、わずかに頭を沈ませる。
今は加速状態なので、オレが生み出す運動エネルギーは全て通常時を遥かに超えている。まだこのレベルで実際の攻撃をしたことはないので、相手に与えるダメージは概算しか分からない。多分、最低でも気絶と首のネンザは免れないだろう。注意しないとな。
そうして、さっき交渉の場に応じたリーダーらしき恐竜も含めた、3頭ほどの大物恐竜の頭を飛び移り、地面に降りた。
後は、小物の掃討。
人間も恐竜も突然の騒音に呆然と立ち尽くす中、音速を超えないように注意してスルスルと駆け回り、恐竜たちの頭をかなり力を抜いた八卦掌でポンポンとはたいて行った。
そして、脱出と上空からの状況確認を兼ねてもう一度跳び、加速モードをスローに落とす。
恐竜たちは、糸の切れたマリオネットのように、次々にゆらりと崩れ落ち始める。
仕事が終わったので、加速モードをオフにする。
と、サウンド・グレネードの音が止む。
オレは着地すると、イヤー・バッフル(耳栓)を外した。
拉致られていた人間たちは、サウンド・グレネードの騒音にヘロヘロになっている。
人間の負傷者は…ゼロか。
上々の首尾。
そこへ、視界の隅に、何かがオレに向かって飛んでくるのが見えた。
石か何かのようだ。
オレは、敢えて避けず、受けることにして、石を投げて来た人間に顔を向けた。
ボスン
石は、オレの背中、防弾ジャケットの上に当たり、こもった音を立てると落ちた。
相手は、アゴの張った、見るからに頑迷で頭の悪そうなオヤジだった。
オレの耳に、トリケラトプスになってしまった少年の言葉がフィードバックしてくる。
-僕は石を投げられたよ。自衛隊の人は止めてもくれなかった…。
いいだろう。
じゃあ、面白いから、もうちょっと人間を混乱させてやろう。
オレは自衛隊の方にいる、逃げおおせた人間たちの集まりの方へ跳び、20m程手前に降り立つ。着地の直前でエア・ブレーキを掛け、派手に砂埃を巻き上げた。
そして、人間に向かって、羽毛をミノのように膨らませ、牙を剥き大きく口を開け、前肢(手)の鉤爪を振りかざした。
ミハルがステゴ(ステゴサウルス)を威嚇した時の"フリ"を見ているので、それなりにサマにはなっているはずだ。
ギャリギャリギャリギャリ
オレは、獲物を追い詰める時の威嚇の唸り声をあげる。ジェシーに、ジャングルの中で絶対に聞きたくない、と評された声だ。
人間勢は一斉に身構える。
ざっと150人ほど。
自衛隊員たちはライフルを向けて来る。
そんな豆鉄砲がオレに利くかよ。
仮に撃ったとしても、そんなものは"オレには"当たらない。
オレの周りが、ムダに巻き添えを食うだけだ。
校舎の屋上でオレを狙っている狙撃屋にも、スコープ越しにニンマリと笑って見せる。
オレは、人ごみの中の子供を何頭…じゃなくて何人か見繕い、"オマエにしようか?"とジッと目を合わせる。
アゴオヤジは真っ先に逃げ出そうとしたが、周りの人間に取り押さえられ、生け贄のつもりなのか、オレの前に突き出された。
オレは、目を爛々と見開き、ヨダレを垂らしながら睨み付ける。
わりい子はいねが~
オレのセリフに、オヤジを締め上げている人間たちが、あっけに取られるのをちょっと待つ。
そして、バクンっ、と音を立てて、オヤジに喰い付く振りをした。
実際に町の惨状を見知っているらしい子供たちは、一斉に半泣きになる。
オヤジは、その場にへたりこんだ。その醜態は、出来ることなら写メに撮っておきたいほど見事なものだった。
オヤジを取り押さえていた人間は、溜飲が下がったのか、笑いを押し殺している。
ギャリギャリギャリギャリ
恐竜たちいじめるわりい子はいねが~
オレは人間たちを睨みながら、わざと砂をにじらせてジュリジュリと音をたてながらいざり歩く。
こういう意識下に響く音っていうのは、後々まで残るんだよな。
ギャリギャリギャリギャリ
大声で騒いで父ちゃん母ちゃん困らせるわりい子はいねが~
ギャリギャリギャリギャリ
イタズラして隊員さん困らせるわりい子はいねが~
ギャリギャリギャリギャリ
スキキライして隊員さん困らせるわりい子はいねが~
ギャリギャリギャリギャリ
オレは声を荒げる。
泣ぁいてる子はいねが~
あ、やべ、チビっちゃったコが出たらしい。かすかに臭いが漂ってくる。
ともあれ、次は低く低く、ほとんど唸り声と変わらないまで声をおとす。
いねが~?いねが~
最後は悔し気な落胆した調子だ。
こさ(ここには)わりい子はいねぇ~~
オレはポールとハムヴィー2号のジョンソン先生に目配せすると、獲物を探すフリをしながら学校の塀までいざり歩き、塀の上に跳び乗った。
そして、少し間を置き、バッと振り向き、最後の演技だ。
わりい子はいねぇが!!
子供たちは今にも泣き出しそうになりながら必死に涙をこらえ口を押さえている。
オレが塀から学校の外に飛び降りると、塀の向こうからいくつもの安堵のため息らしきものがし、なぜかまばらな拍手が聴こえて来た。
-大丈夫よ。怖い恐竜さんはもう行っちゃったから。
-ああ、静かにしていないと、恐竜さんがまた来るぞ。だからいい子にしているんだぞ。
風に乗って、子供たちがシクシクすすりあげる声に交じり、そんな大人たちの声も聴こえて来た。
ふふ、いいねぇ。
オレはタバコを咥え、愛用のライターで火を着けた。
ふ~、旨い。
多分、ジョンソン先生は、負傷した恐竜たちの手当てをしてくるだろうから、しばらくは来れまい。
30分て所だろうな。
オレは辺りに気を配りながら、ガードレールのパイプに腰掛けた。
若葉の間を流れてくる風が、ソメイヨシノ(桜の品種)の甘い香りを運んでくる。
好い風だ。
桜の葉蔭にヒヨドリが舞い、陽の光が揺れる様を楽しみながら、オレは先生たちを待った。
やがて、ドロロと聞き慣れたV8のエンジン音がして、ハムヴィー2号がやって来た。
先生とポールが手を振って来る。
その後ろから自衛隊の装甲車とトラック2台が随伴してくる。
「トウヤ、ご苦労だった。部隊俳優顔負けの演技だったぞ」先生は、ハムヴィーをオレの前で止めると手招きしてくる。
「大黒さま。"打出の小槌"、助かりましたよ。ありがとうございました」オレはポールにも敬礼を送る。
「何、ウチの毘沙門と竜神デュオのためだ。
さあ、乗れ。戻ることになった」
「隊長たちのトコにですか?どうしたんですか?」
「こちらの方々がな、ウチの発症者たちを迎えに来てくれることになった」
オレがクルマに近付くと、ナビ席と後席に誰かが乗っているのが見えた。
「すみませんでした。助けて頂いた方に石を投げるなんて」ナビ席から、見覚えのある男性が身を乗り出してワビを入れて来る。
ええと…。オレは顎に手を当ててチト思い出す。「…ああ、あの男を突き出して来た方ですね?」
「ええ。見事な"ナマハゲ"ぶりでしたよ。
あなたの、人質を取っていた発症者(恐竜化症発症者)たちとの交渉、そして、最後の一幕に、私たちもやっと確信を持てるようになりました。
発症者の中にも、心を残している者がいるのだと。
私たちは、あなたたちに取り返しのつかないことをしてしまった」
信じられなかった者たち。
発症者たちに最後に残されていた一片、人としての尊厳を、剥ぎ取ってしまった者たち。
鋭いキバとカギヅメ、他を圧倒する巨体。
言葉はまったく理解できない。
惧れを抱かない方が、むしろおかしい。
仕方ないことだ。
けれど、何か手立てがあったのではないか?
なんて考えちまうのは、オレのエンジニアとしての職業病かね?
「少佐殿、こちらはどなたでしょうか?」オフィシャルな場なので、先生を官位で呼ぶ。
「自治会長の和田 勝之さんだそうだ。オマエに話があるそうだ。そして、こちらの二人も、だ」先生は、後席の同乗者を指した。
「このたびはありがとうございました、山本少尉」大迫二尉がにこやかに会釈してくる。
そして二尉の隣の自衛官は、初見の方だった。
彼は車から降りてくると、オレの前に足を運んで来た。
がっしりした体格。日焼けした四角い顔。体格に似合わない軽い足取りと忍耐力のありそうな顔付きは、オレと同じフィールド系のアウトドアマンか。
「大隈 智也三佐です」相手が先に名乗る。
「山本 登也少尉です」上位の武官に先に名乗らせるのは礼に反する。オレは敬礼で返した。
「今の我々が、少尉に敬礼してもらえるなど、慚愧の念が増すばかり。
どうか、敬礼は収めていただきたい。
我が隊が貴官に銃を向けた事、深くお詫びする」三佐は頭を下げて来た。
「滅相もありません」ああ忘れてた。どの道、ムカついた人間をからかっただけなんだから。
「大迫二尉の行動と報告があるまで、本部からの通達に我々も確信を持てなかった。
それが周り巡って今回の事件になってしまった」
「大迫二尉の行動、ですか?」想像にかたくないな。
「詳しい所は二尉が話すと言っている。道中で聞いてくれ。
今回は本当に助かった。
借りが、出来たな。
あの場をたった二人で対応してしまったのには驚くばかりだ。
それに、最後の一幕。まるで歌舞伎のようだった。あのタイミングでの人を食ったような演技、よく思い付いた。
あれにはウチの隊員も毒気を抜かれ、発症者たちへの認識が一気に変わった。
では、私は指揮車に戻る」
三佐は、微笑みを浮かべながら敬礼をすると、後続の装甲車へ踵を向けた。
何にせよ、上官がようやく現実を認識出来たってことだ。
オレはハムヴィーのドアを開ける。
中は大迫二尉と自治会長さんが乗り込んでいる。
どう乗ったものかね?
デイノニクスがクルマに乗ると、人間1.5人から2人分のスペースを取っちまう。
「どうぞ」オレが逡巡していると、二尉は席の隅の方へ移り、デイノニクス用にスペースを広げてくれた。
「ありがとうございます」オレは後席に入り込み、シッポをラゲッジスペースの方へムリクリ曲げて何とか乗り込むことができた。ドアは自治会長が降りて来て閉めてくれた。
「襲撃して来た発症者の方々とは、和解の方向で詰めて行こうと思います。
その、私たちにも非はあったのですから」自治会長が窓越しに話し掛けて来る。
「人質を取っていた者たちだが、幸か不幸か、全員命に別状はない。よくやってくれた、少尉」先生が補足してくれた。
「光栄です。
ところで、グランドに元から倒れていた恐竜たちは、どうなりましたか?」
「ああ…6人、手当てが間に合わなかった」
「そうです…か」誰とも知られないまま、か。「会長さん。彼らを手厚く供養してもらえますか?」
「はい。すぐには無理ですが、確かに承りました」
「そして、聞き及んでいるかもしれませんが、後ほどこちらに到着する予定の発症者ですが、そのほとんどが会話能力を回復しております。
その中には敏腕の弁護士がいらっしゃるので、相談されてはいかがでしょうか?」
「弁護士、ですか?」
「ええ。恐竜の身になって避難所を追われても、それでも記章をずっと握りしめ続けていた芯の強い方です」トロオドンの風見さんが、石山一尉に意見に出て来た時の、凛とした姿が思い浮かぶ。「きっと、お互いの妥協点を示してくれると思いますよ」
「…そんなことが」
「清算はゼロには出来ない。それはあなたたちも同じです。
ああ、それと、米海兵隊員の私に石を投げて来た犯人ですが。威力公務執行妨害罪で、あの学校内の全便所掃除半年の刑にして下さい」口でナメてキレイにさせろと言いたいところだが、情状酌量にしてやろう。国際問題の方も不問にしてやる。ああいうアホにこれ以上構うのもメンド臭いからな。
「その程度ですませていただけるのでしたら、無理にでもやらせます。今度は"恐竜さん"が本当に喰い殺しにくるぞ、と言えばイヤイヤでもやるでしょう」
「はは、お願いしましたよ。じゃ、やっちまったことはもう仕方ない。もう行きましょう」
「はい」
会長が乗り込むと、先生は後続のトラックに合図し、笑顔でハムヴィーを発進させた。
-その後、恐竜に石を投げると、魔物化した恐竜を呼び寄せるという、都市伝説が生まれた。
その恐竜は、悪さをした人間や恐竜の前に風のように現れ、鳥のように空を舞い、悪事をはたらいた者を情け容赦なく喰い殺すという。
そして、"わりい子はいねが~"と唸りながら、今もこの世をさまよっているのだそうだ。
発祥は東京都江戸川区。
それが江戸川区の新しい伝統となり、後に秋田県の男鹿市と姉妹都市提携を結ぶまでになろうとは、その時は思っていなかった。
ジョンソン:なんてことだ。遺憾ながら、ついにウチの恐竜が"人食い"になってしまった。
ポール :いや~、ホントホント、カナシ~よな~。
トウヤ :全くだ。またヘンな二つ名が増えちまった。
ダ~~~ハッハッハッハッハ~~~!!!!!(×3)




