048:プライベート・ラーメン
タマにありますよね。メシ食ってて泣けてくるときって。
048:プライベート・ラーメン
オレたちはハムヴィー1号のレッカーを呼びに、町の中をハムヴィー2号で移動中だ。
町の惨状は、相変わらず。
ふと鼻先を、ラーメンスープの好い匂いがかすめた。
「おかしいな?」
「どうした?」
「ラーメンの匂いがするんですよ。ポール、ラーメンの匂いがしないか?」オレはターレットでM134ミニガン(車載の7.62mmガトリングガン)を握る、相方のポール(エストラーダ中尉)に訊いて見た。
「…わからない。オマエだから分かるんじゃないのか?」
「どこか避難していない世帯が家でラーメンを作っているのではないかね?」
「これはインスタントじゃありません。ラーメン屋で作られている醤油や脂を入れる前のベーススープの匂いです。
…あ、そう言えば。でもまさかね」
「おいおい、どうしたんだ?」
「今朝ドロップポイント(着陸地点)でダン中尉と話していたラーメン屋がこの近くなんです」
「まだ避難していないと言うのか?」
「おそらく。ほら、あそこです…」
『ラーメン円山』のカンバンの下。
ご丁寧に赤いのれんが出されていた。
当然、白文字で"ラーメン"の4文字。
風に時折はためいている。
う~ん、出来れば食って行きたいよな。昼メシ時だし。
「先生、様子を見て行きましょうか」
「よし」
店の前はそれなりに片付けられていたのでクルマは止められた。
店の脇には出前用のカブが鎮座している。
オレはのれんをくぐって店に入った。
「何の用だ?」店の大将は、オレを見るなり木刀を突き出してくる。
「のれんが出てたもんで。
あの、たまにお邪魔しに来る者ですが、店が大丈夫か確認に来たんです。2~3ヵ月に1度くらいですが、千葉からデカいオフロードバイクで来る…」オレは、鉤爪を握り、小さくホールドアップしながら話をする。
「………ああ!。あのニイさんかい!。あっと~恐竜に…?」
ステゴ(ステゴサウルス)を殺さないでおいた御利益かね?
店の大将は、少しやつれてはいたが、ケガもなく元気そうだった。
「ええ。おとといに」
「そうか、苦労するな」
「ええ。で、オレよりも大将の方ですよ。
避難指示が出ているはずですが、避難しないんですか?」
「そうするべきなんだろうが。
避難出来ない人もいるんでな。
これから出前なんだ。
それにスープも"返し"かけないと味が落ちちまうし」
「出前してるって言うんですか!?」
「そうだよ?」大将は、さも当然と言う口ぶりだった。
「…出前は一日中やってるんですか?」
「いや。昼時だけだ。さすがに危険なんでな」
「何件回るんですか?」
「もう1回目を済ませたから後1回、3件」
「先生、護衛には…」
「それはダメだ」即答だった。仰る通りです。
「ホントに旨いんですよ。それにもうすぐランチタイムですよ?OKしていただけるのでしたらオゴります」
ポールも、食べたそうに先生をチラ見している。さすがラーメンを食べるために、わざわざ日本に来るだけのことはある。
店内にはラーメンスープのいい香りが満ちている。何せ、バイクで道を走っていても鼻に届くほど、旨そうな匂いなんだ。この店は、そうして見つけたんだよ。
「護衛をするに値するか、まずは、確認が必要だな。3人分頼めるか?」話せる上司って大歓迎です。
「チャーシューが切れたんでシナチクしかないですよ。それでよければ」
「構わん。頼む」先生はカウンターにMP5(西独H&K社のサブマシンガン)を置くと、スツールに腰掛ける。
オレとポールも先生に倣った。
そして、スツールはデイノニクスというか獣脚類向けの家具と言えることが分かった。
何も考えずにシッポを垂らして座れるのでラクでいい。
ついでに言うと、カウンターに胸を寄りかからせると、それなりにくつろげる。
帰ったら自分用に安楽イスを考えてみよう。
などなど考えていると「お待ちどうさま」とカウンターの上にラーメンが出された。
ラーメンは、澄んだ醤油スープの中に金色の麺が落ち着き、シナチクと大将の心尽しらしきナルトが載っていた。
先生はレンゲを取り、ポールは直接ドンブリから、それぞれのスタイルでスープを口に運ぶ。
ポールは辛抱タマらんと言わんばかりにハシを取り、慣れた様子でズゾズゾと麺をすすり始めた。
先生は、無言で麺を食する。
オレはちょっと外の様子をチラ見確認してから、ドンブリに口を付けた。
ああ…、シンプルな鳥ガラ醤油のスープ。
釣りならフナに始まりフナに終わる。カメラなら50mmに始まり50mmに終わる。
どんなに多くの技巧や食材を費やしても、ベーシックなポイントをしっかりと押さえたモノには敵わない。まして災害や戦時下で、人の心の拠り所となる食事を、質を崩さずに出せる技を会得している者は、それだけでも護るに値する価値がある。
フー。
真っ先に完食したポールが、満足げにため息を付く。案の定、ドンブリはスープの一滴まで飲み干されている。
ややあって、先生も完食し、かすかなため息を、満足気に洩らした。
で!
オレはメンと格闘真っ最中。
前にジェシー(シャルビノ少尉)に言われたことがあったけど、やっぱり肉食恐竜の口でラーメンをすすることは出来なかった。
キバに引っかかる上、熱くてすすれない。
やむなく麺をフーフーと冷まし、ハシで口の中に手繰り込むが、これが結構面倒だ。
旨い一品だけに、なんとももどかしい。悔しい限りだ。
「食べるのが大変そうだな?」二人がハシを伸ばして来る。
「エルルル…(コレはオレの)」
大将が肩を揺らして笑う。
そこへ、表にクルマが停まる音がし、見た顔が店の中に入って来た。
自衛隊の石山一尉(マイクロアグレッション野郎)と大迫二尉(お人好しの係長)だった。
一尉は、何やっとるんだコイツら、という顔をし、二尉はオレの食べかけのドンブリをうらやまし気にチラ見し、軽く会釈してくる。
「もう何度も通告していますが、避難してください」大将に話し掛ける一尉は、言葉づかいは丁寧だが、相も変わらずの上から目線だ。
「ウチの女房と息子は避難所にやっています。店を空けるワケにはいかないので」
「先程こちらの店主にお聞きしたが、避難指示に応じられない世帯があるそうだが、対応はどうしておるのだね?」先生が慇懃に問いただす。
「可能な限り巡回している」
「それだけかね?」先生は、しばらくの間、一尉の言葉の続きを待った後、訊いた。
「"それだけ"とは?」
「ただ御用聞きにまわっているのではないのだな、と訊いておる」
「この状況で他にナニをヤレと仰る?」
「なあ、頑張るのもいいけど、一杯食べて力付けて行ったらどうだ?」
「こちらは、早く避難してもらえればいいだけだ」
「いやぁ、店を空けられないんで、どうかご勘弁を」大将は、すまなそうに頭を下げる。
「ふん。恐竜にエサを食わせる店に長居はしない。もう好きにしろ」一尉は、捨てゼリフをのたまって出て行った。
助けられる者だけ確実に助ける、という方針か。
これも、発症者(以下、恐竜)を避難所に受け入れない意志に等しい。
「さあ、店主殿。出前に…ではなく輸送作戦に出撃しようではないか」先生なら、そう言って下さると思っておりました。
「助かります。チャッチャッと作るんでもうちょっと待っててください」
大将は、具がほとんど入ってないラーメンと、同じく具がほとんど入ってない中華丼モドキを仕上げ、それぞれにラップを掛け、オカモチに仕舞う。
そして、表に出ると、カブを出し、オカモチを出前機に積み、エンジンを掛ける。
黄色ナンバー。
ちらりと見えたバッテリーカバーのステッカーは70。エンジンは70ccのようだ。風情としてはナンバーの白い50ccが欲しい所だな。
50ccは昔ノーヘルOKだった。そしてクルマと一緒に走ってもナアナアで済んでいた。それが今じゃヘルメット着用義務に二段階右折と締め付けが厳しく、スピード違反狙いの警察官にカモにされる時代。
トドメに安全義務でオカモチを手で持って乗るのもNG。
故本田宗一郎氏がわざわざオカモチ出前の為に付けた自動円心クラッチも、ウィンカースイッチレイアウトも、低重心エンジンも、意味を奪われた時代。
町で出前を請け負うラーメン屋やソバ屋は、姿を消しつつある。
大将は愛用の木刀をニーカバーにくくりつけメットをかぶると、"頼むぞ"とサムズアップしてくる。
オレたちはラーメン輸送の直掩として、ハムヴィー2号で随行する。
70ccの出前カブに付き従うV8 380CID(キュービックインチ。約6200cc。ちなみに70ccは約4CIDになる)の2号は圧巻だ。
時折ちょっかい掛けたそうにじっと見つめて来る小型の恐竜も、大将がガンを飛ばすと、そそくさと姿を消す。
寝たきりの老夫婦世帯。
人混みに耐えられない人。
数こそ少ないものの、それでも自宅から外に出られない人はいる。
顔を出す住人は、ボソボソとした話しぶりではあるものの、それでも嬉しそうに笑顔をこぼす。
最後は、また、ご主人が寝たきりで避難所に行けない老夫婦世帯。
狭いながらも楽しい我が家だ。
大将は、オカモチからラーメンと盛りの少ない中華丼らしき皿を出すと「すぐ戻る」と言ってヒジで玄関チャイムを押した。
しかし出てきたのはボロボロと泣き崩れるおばあさんだった。
開いた玄関から、流れ出して来る。
甘いションベン、ぬるくなったバナナヨーグルト、乾いた汗の粉、苦くて冷たい病の、臭い。
静かに腑が硬くしぼんでゆく、死の臭いだった。
「先生、ヤバい臭いがします。糖尿病か腎臓障害の末期患者じゃないでしょうか?」何度か見たことあるんでね。
「ああ、ワシにも分かる。手伝え」
土足で悪いが、オレたちは急いで家の中に入った。
廊下、居間の前では大将が呆然と突っ立ち、足元ではおばあさんが「おとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさん」とエンドレスで泣き叫んでいた。
オレたちも居間を覗いた。
そこでは、すえた臭いのするシミだらけのセンベイ布団の上で、下着姿の痩せ細ったおじいさんが、手足を体に引き付けて強ばらせたまま、ガクガクと痙攣していた。
「押さえてくれ。一刻を争う」
先生にそう言われるまで、オレは何も考えられなかった。
今まで、それなりにマジな修羅場を見ては来たが、悪いが、コイツには魂がトンじまった。
オレとポールは、先生に言われるまま、おじいさんの肩を押さえる。
先生は、アンプルから薬液を注射器に吸い出し、ポールが押さえているおじいさんの腕に射った。
そして聴診器を着け、血圧計を開く。
プレシャー・ダズンライズ。イッツ・ウォング。(血圧が上がらん。マズイぞ)
血圧計のカフをポンピングしながら、先生が微かにつぶやく。
先生には悪いが、オレにはおじいさんの中の、最後の火が消えて行くのが分かった。
心音の間隔が急激に伸び始めている。
程なく痙攣が止み、おじいさんは手足をポトリと落とした。
そして、ゆっくりとオレの方に顔を向けた。
ああ、竜が来て下さったよ。
おじいさんの目は白っぽく濁っていたが、なぜかオレの顔を真っすぐ見つめていた。
静かな、けがれのない目だった。
竜神さまがいらっしゃったよ。
おじいさんは、ゆっくりと頭を巡らせ、先生とポールを見つめる。
大黒さまを連れていらしたのか。
毘沙門さままで。
ああ、竜神さまの相方なんだねぇ。
嬉しいねぇ。
日本がどうなるかと心配だったんだよ。
は~。
おじいさんは、見えないはずの目で、おばあさんをしばらくのあいだ見つめていた。優しそうな目だった。
これなら安心…だ…ねぇ…。
おじいさんはそういうと、バッテリーの切れかかったコンシェルジュ・ロボットのように、オレの方に小刻みに震えながら顔を向けて来た。
…妻…と…孫…たちを…お守り下さい…。
その言葉を最後に、おじいさんの匂いが、"獲物"から"食い物"に変わってしまった…。
先生は、おじいさんの胸に聴診器を何度か当てると腕を取り、腕時計を見ながら、12時10分、とつぶやいた。
「クルマで待っていてくれ。診断書を書いたら戻る」
オレは先に家を出た。声もなくつぶるその目からボロボロと涙を流すおばあさんを、見ていられなかった。
「ラーメン、余ったから食えってよ。メン伸びてるけど」ポールが、ラーメンと中華丼を持って出て来た。
「うん」オレは、ポールの顔を見ないで、ドンブリを受け取った。
オレみたいな恐竜を勝手に神サマ呼ばわりして、死んでんじゃねえよ。
ウマいラーメン届けに来たのに、もう、食ってもらえないなんて、つまんねぇじゃねぇか。
「なあ。あのじいさん、なんでオレとオマエが相棒だって分かったんだろうな?」ポールが訊いてくる。
オレは答えられなかった。
答えを言えば、伸びたラーメンを、もっとしょっぱくしてしまいそうだったからだ。
「このライス、味がしない。味がないのに旨い。なんだこのソース?」
「あのおじいさんのだよ。大将が作った。塩なしでも美味しく食えるようにしてる、特製のアンだよ」
大将、おじいさんのこと思って、いろいろ考えたんだと思う。
五穀米に、ダシだけで塩を使ってないかけ餡。
涙が、零れた。
もう、抑えられなかった。
泣きながらラーメンを食うデイノニクスの背に、相棒はポンポンと優しく手をかけてくれた。
ジョンソン:大黒さまか。
ポール :ビシャモンってなんだ?
トウヤ :グス…、七福神の1柱で、戦いと繁栄の福の神だよ。
ジョンソン:弁財天と同じくドラゴンを連れてるそうだ。それで相棒と勘違いしたのだな。結果的に合ってはいる。




