046:尾羽の穂を揺らす風
トウヤたちはようやく隊長たちの元へ戻ってきて、始祖鳥さんの治療です。
そして、ちょっと困った現状が明るみに。
046:尾羽の穂を揺らす風
瓦礫とスクラップと屍を縫い分け、ようやくターク(カニンガム大尉)隊長たちの待つハムヴィー1号にたどり着いた。
ジェシー(シャルビノ少尉)たちは手術の用意をしてくれていたようだ。1号の後部に色々と装備を広げている。
隊長たちもオレたち同様イロイロあったようだ。
捕縛された"自我なし"らしき数頭の恐竜に、撃墜された翼竜。
それに、数頭の発症者(以下、恐竜)を保護している様子だった。
オレに似た姿のやけにスレンダーな種、小さ目のトリケラトプス、ワニのような口のアロサウルスサイズのセロポーダ(獣脚類)、コンプソネーサス他がいた。彼らは前肢にウチが供給しているIDバンドを巻いていた。
トリケラ(トリケラトプス)の方は、ワルイが全体的にコロコロしていてカワイイ。2m程度のサイズの方もそうだけれど、まだ仔供なのが一目で判る。見ているだけでハグしたくなる。これが大きくなると、ビル・フィールズ少尉のような莫大な破壊力を持つのかと思うと、なんだか異次元の存在のようだ。
一方のワニ口恐竜さんの方は協力してくれているのか、さっき殴り倒したステゴサウルスを見張ってくれているらしい。
みんな一様に、悲しげな目だった。
「先生、あれレントゲンですか?」
1号から少し離して、2枚の1m四方の分厚い板が向かい合わせにセッティングされている。引き出されている太いケーブルは、それが大電力を必要とすることを知らしめている。
「そうとも。わが部隊が誇るポータブル・レントゲン撮影システム。戦車の中でもスキャン可能な逸品だ」ジョンソン先生(少佐)は自慢気にのたまった。
うん、まあ、ウチは救護部隊ですしね。医療機器を自慢するのは妥当かもしれないけど、ツボがどっからどうみても軍隊じゃないですよ。
それにね。
「そんなパワーのあるシステム、ドライブする電力はどうするんですか?」
「コイツだ」先生はハムヴィーのハンドルをポンポン叩いた。「21000VAのジェネレーターを積んでおる。もちろん定格でな。1号の方はちと少ない13000VAになる」先生はミニガンを握った某戦闘アンドロイドみたいな顔になっていた。「小規模の野戦病院なら半日の間電力供給ができるぞ」
「2万って、ちょっとしたコ・ジェネレーター並みじゃないですか。それにワットじゃなくてVAってことはインバーターも搭載してるってコトですよね?」
「命に比べればオモチャみたいなもんだ」
先生はハムヴィー2号をレントゲンシステムに横付けした。
「藤沢さんをジェシーに引き継いでくれ」先生はそう言いながらコントロールパネルのスイッチをいくつか操作し、クルマを降りた。
エンジンの回転数が上がり、何やら聞きなれないデバイスの回転音がしだす。これが自慢のジェネレーターか。
オレが始祖鳥の藤沢さんをそっとクルマから降ろしているとジェシーが引き取りに来た。
「後は頼むよ」
「ええ、任せて。この方のIDを見せて」オレが藤沢さんの脚を向けると、ジェシーは例のID登録ターミナルでIDバンドをスキャンした。「藤沢さん。へえMATH(数学)の先生か。大丈夫、すぐに治るわ」ホント頼もしい娘だ。
「水と弾薬の補給を受けた。1号に積んでおくよ。あと、保護している方に水を出していいかな?」
「両方お願いね」
一方の先生は、レントゲンのパワーコードを2号のジェネレーターに繋ぎ、防護服を着ると、早速始祖鳥の藤沢先生のレントゲン撮影に入る。車を降りてから1分程度しかかかっていない早業だった。
「被曝しないよう下がっていてくれ」
先生はX線照射の被爆警告を出すと、藤沢さんのレントゲン撮影を開始した。
藤沢先生は、やはり胸骨中部が圧迫骨折をしており、切開手術で接合する必要があった。脊椎をやられていなかったのは不幸中の幸いだった。
二人は野外手術用のエア・ドーム(携行用無菌テント)を展開し、獣医師免許を持つジェシーが執刀で先生はアシストとして中に入った。
オレは手伝えることがなくなったので、2号から1号に弾薬を積み込むと、ミネラルウォーターを降ろし、保護した恐竜たちに配ることにした。
「ずっと心配してたんですよ」近づいて来たミハルに、なんだかホッとする。
小脇に下げているライフルと顔から漂う硝煙の強い臭いが、幾度もの戦闘があったことを物語っている。
「ゴメンゴメン。女の子をヘリに引き上げてもらうのに手間取っちゃったんだ。
でも、キミもよく頑張ったね」我知らず、ミハルの頭をグルーミング(羽繕い)してしまう。
「もう、気が気じゃなかったんですよ、2時間半も」
「町の方ね」
「はい?」
「血の池地獄だったよ」オレはハムヴィー2号の鼻先を指した。
「…じご…って」2号のコンディションを見たミハルは、目を見開いて身を固くする。
ジムカーナのコースじゃないんだ。避けられるように倒れてくれているわけじゃない。
先生もよくやった。オレでもあの程度で済ませられるか自信ない。
2号のバンパーとフェンダーは飛び散った赤黒い帯をいくつも引いていた。
「まだ序盤なんだ。行く宛てのない人が大勢いる。特に、人間は早く保護しないと、"自我なし"の餌食になる」
「ええ、そうですね。
あの見張りを手伝って下さっているバリオニクスの方、それとあちらのトロオドンの方とトリケラトプスの子。避難所への入所を断られたそうです」
「そう、か。オレも"その話"は聞いたよ」
やりきれないよな…。「ちょっとタバコ吸ってくる」
今日はいろんなものを見る。
そして、オレは悲しくなった。
今、うなりを上げて電力を生み出しているハムヴィーも、先生とジェシーが緊急手術に使っているエアドームも、ハイテクの賜物だ
それらを生んだ現代文明が、今、崩れそうになっている。
そして、変わり果てた姿になってなお人の心を失わずにいる者を、切り捨てる人間がいる。
涙が出てくる。
オレがまだ人間だったなら、半泣きの顔になっているだろう。恐竜になったおかげで、少なくとも泣き笑いをせずに済む。
オレは、所在なくうずくまる発症者たちに声を掛けながら、ミネラルウォーターのボトルを配り、トリケラの子に水を飲ませる。
「お疲れです。ミネラルウォーターはいかがですか?」オレは捕縛したステゴ(ステゴサウルス)を見張ってくれているバリオ(バリオニクス)に声を掛け、ペットボトルを差し出す。
『助かります。喉が渇いていたんですよ』ホッ。よかった、ネイティブが通じる。
オレはキャップを開けるとバリオに手渡した。
『お代わりありますよ。よかったら、あちらで少し休んでいて下さい』
『ありがたい。いただきます』それが種族的なものなのか今の気分のせいなのか、どこか物憂げに見える。
オレはもう1本封を切り、バリオに渡すと、タバコを出した。
『よかったら1本もらえませんか?』
『ええ…』そして、オレはバリオの前肢を見て、ちょっと考え込む。『ちょっと待っててください。あと、もう少し見張りを頼みます』
オレは部材調達に、焼け落ちている手近な家に入らせてもらう。
酸っぱいニオイ。廃屋の中に横たわるご主人だった方らしき遺体は、あちこちが食われ、ハエが黒くたかっている。
手の施しようがない。
オレは前肢を合わせるだけにする。
延焼で焼け落ちている部位から水道の塩ビ管をちょっと失敬。ナイフのソー・ブレード(ノコギリ刃)で50センチ程切り取り、さっさと出る。
パイプの切り口を面取りし、一方をライターであぶり、熔解させながら絞り、最後に手ごろな針金を絞った口にはめ込んだ。
即席のシガー・パイプ。まあ、悪くない出来だ。
オレはパイプの絞った方にタバコを刺し、バリオに渡した。ツメはその巨体に併せた大きなもので、紙巻きタバコを簡単に覆い隠してしまうほど。これで紙巻タバコをつまんだらヤケドしてしまうからな。
オレはバリオニクスも知らないが、前に観た恐竜パニック・ムービーに出てきたスピノサウルスから背びれを取って小型化した姿をしている。ティラノに似ているが若干小振りでワニに似た顔付きをしている。潮干狩りの熊手かフォークのように真っすぐなツメとワニのように太く真っすぐに伸びたキバは、狩猟竜ではあるが、オレたちドロマエオサウルス科やティラノサウルス科のように、他の恐竜を狩る種とは違ったニッチに位置していると見える。
『おお、これは…』バリオは受け取ったパイプに感銘を受けたのか、しげしげ眺めてから、1mはある大きな口に咥えた。
『タバコ、寄せてもらえます?』オレはライターを出しながら言った。
バリオはパイプを咥えながら、タバコの先を近付けて来る。
オレは、バリオのタバコに火を着け、オレのにも着けた。
フ~
『ああ、旨い』バリオは目をつむり、しみじみと唸った。
『ああ、イイですな』
バリオは煙を吐き出す。『いい天気だ』
風が気持ちいい。
なんかイロイロとバカらしく思えてくる。
でもまあ、少なくともこの一服のために頑張るのは悪くない気がしてきた。
『そういえば、タバコやめるチャンスだったんじゃないですか?』
バリオは、苦笑いすると煙を吐き出す。『もう吸っちまいましたよ。それに、こんな心尽くしをプレゼントされたんじゃ、やめるわけにいかないよ』
『使い心地は?』乱杭歯状に生えるキバのおかげで、パイプは噛み潰されず落ち着いて咥えられているようだ。
『悪くない』バリオはパイプを眺めながら微笑む。
『バカやっちまったか、オレ』笑いが込み上げて来る。
バリオも横目でオレをチラ見すると笑い出す。
2頭でひとしきりゲラゲラ笑っていると、他の恐竜たちが何事だ、とぞろぞろとやってくる。
『なにかあったのですか?』女性らしきトロオドンが訊いて来る。オレより体格が小振りのセロポーダ。スレンダーな体型に淡いグレーのコートが貴婦人のように見える。
「いや、何ね。こちらのバリオニクスのダンナが、せっかくの禁煙のチャンスをフイにしたところで」みんなに伝わるよう、日本語に切り替える。
皆さん、バカ話にケラケラ笑い出した。
「いやいや、チェーンスモークしたい所だ。もう一本もらえるかな?」
「やっぱり、肺活量デカ…って、あんた、言葉が!」
「…あれ?」バリオは喉を押さえながら、何か2言3言つぶやく。「あれだけ、出なかったのに…。うぉぉぉぉ~~治った~~~!いや、治ってネェか。まあ、ふ~~~、ははは」バリオニクスは胸に前肢を当てる。「これでセリに出られるな…」そうつぶやくと頭を垂れ、祈るように目を閉じた。
「ありがとうございます。あの、名前を聞いていいですか?」
「山本登也。チームではトウヤで通ってます。あなたは?」
「平彰浩です」
「タバコ吸うと治るんですか?」
「治りません!ダメ絶対!。って君もか!?」声を出したのはトリケラの子だった。
他の恐竜たちも喉を押さえながら、口々にあれ?とかつぶやいている。
「ひとまず、おめでとう、を言わせてもらいますよ」
「ああ、よかった。復帰のチャンスだわ」トロオドンの女性がオレの前肢を握って礼を言ってくる。
「復帰、ですか。お仕事は何を?」
「私は風見 真利と申します。弁護士なんです」ナニぃ!?
風見さんは手を広げ、大事に握りしめていたものを見せる。それはキクかタンポポか何かの花を模した金色のバッジだった。中央に天秤のシンボルが浮き彫りにされている。
そう言えば、なんだったっけ?何かのTVドラマで観たことあるよ。弁護士会員のバッジ。
確か裏に登録番号と名前が刻まれているはず。日本では実質、弁護士本人を示すほどの効力を持つ記章だ。
後で調べたら、ヒマワリを模したものなんだそうだ。陽の光の下で法が正しく効力を持ち、同時に法が人権を侵すことがないよう見張るシンボル。
「あ、ええと。そうそう、子供にタバコ吸わせたりしませんよ。受動喫煙に関しては皆さんから離れて吸っていたんだし…」
「まさか!」風見さんはコロコロと笑う。「告訴なんてしませんよ。"声の恩人"さんに。それに、きちんとマナーをわきまえておられますし」
ホッ。よかった。スモークヘイターじゃなかった。
「それに、今手術を受けている方を、あんなに大事そうに抱え来て。容体はどうなんですか?」
「ろっ骨を骨折しているそうです。内臓と脊椎は無傷だそうなので大丈夫、治りますよ。
あの、失礼ですが、教えてもらえませんか、避難所の状況を」
「…ええ、ひどいものです。3.11の時は、人間しかいなかったのに、それでも混迷を極めていました。今回は、もっとひどいですわ。ヒステリーを起こした避難者たちが、私たちを締め出しています」
「僕は石を投げられたよ」少年トリケラだった。「自衛隊の人は止めてもくれなかった」
「私もだ。まあ、痛くはなかったけどな」平さんもだ。
ふ~ん、石なんか投げてくんだ?
「自衛隊の対応は?」
「やむなし、という所なのでしょうね。退去を言い渡されました。あの時、言葉が話せていたら、まだ対処できたのですが…」風見さんは悔しそうに目を伏せる。
「どうした、楽しそうに笑い声が聞こえたが?」ターク隊長がやってくる。
「はい。会話能力が回復した方がおられます」
「何だと、本当か?」
「こちらの平さんと風見さん、え~と君、名前を教えてくれるかな?」少年トリケラに名前を訊く。
「遠藤 光希、13歳です」てことは中学生か。
「ありがとう。遠藤君他、まだ確認中です」
ターク隊長は目を丸くして、保護した恐竜たちを見回した。「ワッツ・ミラクル…(奇跡か…)」
「隊長、この方たちはどうされます?基地で保護しますか?それならシーナイトかオスプレイ呼んでおかないと」
「この人員規模ならオスプレイだろうが、もっと増えるかもしれん。君たちの道中の移送の件は少佐殿から定時連絡で聞いているが、そう何度も応援を呼ぶ訳にはいかん。ミスター・アルケオプテレクス(始祖鳥の英語発音)の手術が終わってから話し合う算段なのだ」
「近隣の避難所は、どこにも受け入れてもらえないんですよね?」
そう話し合っている所へ、ハムヴィーに似たビークルで、自衛隊さんがやって来た。
ターク隊長は話を切り上げ、ジョージ(レナード大尉)副長と応対に出た。
クルマから降りて来た隊員は、石山 浩司一尉と大迫 拓磨二尉と名乗った。
近隣在住の民間人から通報があったので、即時退去要請を伝達に来たのだと言う。
う~ん、完全武装したアメリカ海兵隊が恐竜たちとタムロってるんだ、ムリもナイやな。
隊長と副長は一尉相手に一歩も譲らない。
当然だ。
保護した恐竜に加え手術中なんだ。
見て分かれよ。
「それに、避難所への発症者たちの入所を拒否している現状だが、了見をお聞かせいただきたい」ジョージがキレかかっているのが分かる。
「その点については説明させていただきたい」
一尉が言うには、人間の避難者たちが発症者を恐れるため、日本政府は人間と発症者をそれぞれ分けて避難所を設立することにしたと言う。しかし、発症者用の避難所にも人間が勝手にやって来て、発症者たちを追い出しにかかっているという。
そんな現状に対処中だそうだ。
日本の『穢れ』の思想か。完治したハンセン病歴者を、未だにイビリ続けている連中をはじめとしたクソ根性どもが、矛先をオレらに向けやがったワケだ。
アメリカ人に日本人の根深い闇を説明するのはムリか。
「よろしいでしょうか?」オレは隊長たちに割って入る。
「なんだね君は?」一尉は、轢かれたネコでも見るような目付きでオレを睨んでくる。
「山本少尉です。失礼ながらご覧になっていただきたいものがございます。御足労下さい」ムカ付いたので、慇懃に命令する。
「何が、見えますか?」オレはエア・ドームで奮闘している二人の医師と施術を受けている藤沢さんを見せた。
「鶏鍋でも作っているのか?」そこまで言うか!?コイツ、潰そう。
「一尉、我々は作戦行動中ですので、記録していますよ。軽率な言動はここまでにしましょう。あなたは今、国民を料理の食材呼ばわりしたのですよ。
今あそこで発症者の重傷患者を緊急手術しているのは、我が隊の少佐殿です。
曲がりなりにも作戦行動中の少佐の元に一尉(米軍の大尉に相当する官位。ターク隊長と同格で少佐の一つ下になる)がやってきて、少佐殿が日本国民の治療に手を尽くしている最中にもかかわらず即時退去とは、大した礼節ですね。そして、治療中の患者を鶏呼ばわりするのは、余程の大義あってのことでしょう。
それは、何なのですか?」
「聞こえてましたよ」
「ああ、オレも聞いた。鶏鍋だとよ、学校の先生に向かって」
おや、思わぬ側面支援が来たね。
平さんたちだ。風見さんのアドバイスか、威力妨害にならない距離をとってくれている。
「後に正式に申し入れさせていただきます。国民を切り捨てるに至った、その理由について。
併せて文部科学省にも報告の際、一言添えさせていただきます。
気に入りませんね、言葉を平気で武器にするエリートは。
行き場のない中学一年の男の子を独りぼっちで避難所から弾き出しておいて、タダで済むと思うなよ」オレはそこで一息入れて、冠羽を寝かせた。一尉も平さんたちに完全に気圧されている。
「それに当方もラジエーターの修理が済めば移動できます。出来る限りのご協力を願います」
「修理の部品が必要なのか?何なら…」
「日本の高機動車はトヨタか日野のエンジンでAMゼネラルのノックダウン品ですらない。そもそも別モノなのだよ」先生がようやくエア・ドームから出てきた。
「使うカードを間違えるな。
ワシたちが欲しいものは何もない。
彼らに居場所を提供する義務を果たすのだ。いいな、一尉?」
「…用件は済んだ。失礼する」一尉はあっさりと踵を返した。
大迫二尉はバツが悪そうに居残る。
「あの、あの、申し訳ありません。ウチの部隊でも人的被害が多数出ておりまして、その、発症者の方に、その、いい印象を持っていない隊員も多くおるのです」え~と、なんだろ。うだつの上がらなそうな、どこかの係長さんみたいだよ。
「辛いのはお互い様ですぞ、二尉。そちらの心情は汲むが、武官としての一線は守るのだ」
「はい、そうですよね。失礼しました。
あの、山本少尉、でしたよね?
あなたはなぜ海兵隊でしかも救援活動が出来るのですか?」
「状況的なことをお訊ねでしたら、オファーを受けた上で業務契約を締結しているからです。
思惟的なことをお訊ねなら、毒を以て毒を制すための用心棒役なのですよ、私は」少しは話が分かりそうな相手だが、オレは態度を崩さずにおく。
二尉は、平さんたち発症者を見回してから訊いてくる。「この方たちは、その、言葉を取り戻せたのは…」
「まだデータ収集中ですので、明確な返答は返せません」
二尉は懐から手帳とペンを出すと何か書き付け、ページを破いて寄こした。「あの、私の携帯です、プライベートの。その、私が見ている方向に、一尉殿は目を向けては下さいません…」
二尉はもう一度平さんたちを見回し「あの…」と言いかけ、言葉を濁す。そしてピッと敬礼をすると、乗ってきたクルマへと小走りで帰って行った。
「…人間という定義が崩れておるのだ。自衛隊と言えど盤石とはいかなくなっておるのだろうな」
「藤沢先生のオペはどうでしたか?」
「キミがジャマを入れさせなかったのでパーフェクトだ。1時間もすれば目を覚ますよ」
「あの…」遠藤君だった。
「何だい?」
「日本は、僕たちを見捨てるのかな?」
「さあね。それならそれで平成の自由民権運動を始めるだけだろ?」
「それ何ですか?」
「あ、まだ中1じゃ習ってないか、ゴメンよ。
オレたちは好き勝手にされる謂れのない自由な存在なんだってことを130年ほど前に政府に認めさせたことがあったんだ。
その流れで憲法や法律が整備され、君も好きな学校に行って好きな仕事をすることができるようになったのさ。
いいか、遠藤君。人が何を言ってきても、君が間違ってると思ったら、はねつけるんだ。
そうしないとさっきの自衛官がしたように動物扱いされることになる。
石を投げられても、つらいだろうが、耐えてくれ。
後は君次第だ。君が生きたいように生きられるよう祈ることしか、オレには出来ない」前に、絡んできたヨッパライを殴り倒して問題になったことは話したっけね?オレも、あの時は若かった。
「じゃあ、私もそのお祈りに、ちょっと手をお貸ししましょう。携帯お持ちでしたらお貸し下さる?」風見さんだった。
「綺麗な魔女のお姉さんが何をして下さるのでしょうね?」オレはテンキーパッドを表示させて、風見さんにブラックベリーを渡す。
「すてきな魔法よ。へぇ変わったのお使いね…」風見さんはオレからブラックベリーを受け取ると何回か電話をし始めた。時折、手のひらのバッジを大事そうに見つめている。
オレはふと思い立って、また瓦礫の山に戻る。
オレが戻ると、風見さんは一仕事終えていたようだった。
「ありがとうございました。うまくいくと思います。音のいい携帯ですわね。お返しします」
「ホントに?じゃあ、これはお礼に」ナイフのメタル・ソー・ブレード(金属ノコギリ刃)でオーバルに切り出した、小さな金属プレートのネックレス。メタル・チェーンはさすがに用意出来ないのでレザーのストラップだ。オレは風見さんから弁護士記章を預かり、プレートに取り付けると、風見さんの首に掛けて返す。
「ええ!?これ…」
「これならなくしませんよね」記章をシンプルに飾るだけのホルダーだが、今はこれで十分だろう。
胸元の白い羽毛の中に、緑地の金のネックレスは清楚に映える。トロオドンのスレンダーな姿と淡い羽色に似合っていた。
「うわぁ、いいなぁ。すてきです」
「フォーマルドレスを着たレディーみたいよ」
オレの感想を、ミハルとジェシーが代弁してくれた。部材がメロンソーダの空き缶と革張りソファーの端切れなのは内緒だ。
「ID写真、撮り直しましょう」ジョージもIDターミナルを持って来てくれた。「備考欄に弁護士会の登録番号も追記しますね」
「ありがとう、こんなにすてきなものを。大事にします」風見さんは目を潤ませていた。
冬がやって来る。
オレたちが失ったものはあまりにも大きい。
科学の力か自力で闘うか、そのどちらかでしか取り戻すことは出来ない。
今、日本の社会意識は150年前に戻ってしまったのだから。
ジェシー :石投げてきたって?サイテー。
トウヤ :う~ん。日本って表に出てこないだけで、結構この手の問題抱えてるんだよね。
ジョンソン:地方を徹底的に締め付けてやめさせるか、独立分権させて放置するか、どちらかしかないからな。イギリスは前者の方策を取ったのだよ。
ジョージ :それにしてもあの一尉ムカつく。
風見 :心情は解りますけど、やり方が確かにえげつないですね。お灸を据えてもらうよう話を着けときましたわ。こればかりは辛抱強く訴えていくしかないので、頑張りましょう。




