041:鬼電車Tレックス
踏み切り待ちって退屈ですよね。
041:鬼電車Tレックス
恐竜に会う度に、声を掛ける。
言葉は解りますか?
帰る家はありますか?
飲み水や食べ物はありますか?
オレはその度に、バカな提案を軍にしたんじゃないかと、だんだん憂鬱になってきた。
なぜって、恐竜たちは、こちらが呼びかけるなり、逃げ出すか襲って来るかの二択だからだ。
地元のタヌキやイノシシと大差ないリアクションに、さすがにウンザリしてきた。
カンカンカンカンカンカン…
耳障りな懐かしい昭和サウンドが鳴り響き、ジョンソン先生はクルマを止めた。
この辺りは私鉄が通っている事もあり、踏み切りがある。
差し掛かった時に警報が鳴り、遮断機が降りて来たのだった。
オレは保護した発症者、深手の始祖鳥さんの様子を見る。
まだ名前も訊けてない。
屋根に積んでいる翼竜(有時犯罪者)に攫われたんだが、その時に強く咥えられたため胸をつぶされ、骨折してしまったらしいのだ。
ジョンソン先生に少量の鎮痛剤を皮下注射されているので意識は朦朧としているようだが、浅い呼吸はそれなりに規則正しい。
狙撃手兼獣医のジェシーに診てもらうため、本隊が待機している中破して走行不能になったハムヴィー1号車まで急いでいる所なんだが、なんとももどかしい。
「日本はすごいものだな。この状況でも電車が運行されているとは」気晴らしか、先生は雑談を持ちかけて来る。
「ええ、オレもビックリです」
だが、いつまでたっても電車は来る様子がない。
「やっぱり、ノロノロ運転してるのかな?」
「だろうな」
しかし、もういい加減来てもいいだろうという頃になっても、電車は来ない。
「ワシはこの辺は初めて通るのだが、コレが話に聞く"開かずの踏み切り"というものかね?」
オレは腕時計を見てみる。朝の7時半を少し回った所だった。
「時間的にはアリですね」
「これで救急車が通る必要があった場合どうするのだ?」ジョンソン先生は骨の髄まで医者なんだと実感する。
「線路を境に搬送エリアを分けている、と聞いたことがあります」
「それもそうなんだが、今は急患を抱えておる」その急患は、オレの腕の中で虫の息なんだ。
ジレたオレは、ブラックベリーで首都圏の運行状況サイトを開き、目の前の路線を検索した。
そこに表示されたのは、赤いボールドの"運休"の2文字だった。
「おい、ありゃなんだ?」銃座に着いているポールが屋根を叩きながら話し掛けてきた。
「何が見える?」
「ザッツ・ディナソーッ!サー、エスケープ・ナウ!!(恐竜ですっ!少佐殿、すぐ退避して下さい!!)」
ガ~~~~~!!!
ポールの警告にかぶさるように、大型恐竜のものらしい叫び声が近付いて来る。
すぐに背中を血塗れにした種類不明の恐竜が、ティラノっぽいのに追われながら現れた。それも線路の上を…。
「線路の上で狩りなんかしないで欲しい」踏み切りが閉じっぱなしだったのはコイツらのせいか!
先生はクルマを20mほどバックさせた。
「サー。ディド・アタッキン・ゼム?(少佐殿、ヤツらを攻撃しますか?)」ポールがターレット越しに先生に訊いて来る。
「うーむ。線路を塞がれては鉄道会社も困るだろう。ちょっと待て」
先生はマイクを取り、拡声器から話しかけた。
「そこの君たち。何があったか知らないが、休戦にしないかね?」
え~?そのアナウンスは、どうなんだろ?
内容はともかく、ハムヴィーの軍用拡声器は踏切内の恐竜たちに訴えかけるパワーを持っていたようだ。恐竜Aさんとティラノはこちらを振り向いた。
Aさんは、必死の面持ちでこっちに逃げて来た。もちろんキバを剥いたティラノも一緒だ。
Aさんは何と言うか、恐竜なのは分かるんだが、特徴がまるでない。イグアノドンぽいが前肢にスパイクがない。困ったヤツだ。
「トウヤ、患者をしっかり支えてくれ!」先生は有無を言わさずハムヴィーをバックさせる。
オレ、シートに座ってる訳じゃないからかなりムズかしいんですが…。仕方なくシートを抱えるようにしがみ付いた。
「ポール!エイム・レックス!!ファイア!!(ポール!レックスを照準!!撃て!!)」先生の凛とした命令が車内に響く。
屋根の上で轟音が響き、カート・キャッチャーに排莢された空薬莢がヂャカヂャカと積もってゆく。そして、ティラノへ細い煙の筋が伸び出すと、ティラノの頭が血飛沫を上げながら削れ出した。
程なく、プロ(ポール)が扱うM134ミニガン(車載の7.62mmガトリングガン)の集中砲火を受けたティラノは、頭を半分吹き飛ばされ、その場に崩れ落ちた。
カラララ…。
ミニガンの回転銃身が空転する音が静まって行き、車内に硝煙の臭いと熱気が流れ込む。
フルオート連射のアサルトライフルを遥かに凌ぐ、圧倒的な火力だった。
「トウヤ、ブレット・ボックス(弾帯箱)取ってくれ」
スゲー。こんなの喰らったら、オレみたいなチビ恐竜なんて瞬殺で消し飛んじまうな。
「おい、大丈夫か?しっかりしろ!」ターレットの上からポールの声がする。
逃げて来た恐竜Aさんは、ハムヴィーの脇にうずくまり、荒い息を付きながら屋根の上を見上げている。
窓越しに見えるその顔は、アヒルに似た横広がりの口元に、つぶらな目をしていた。なんというか、ご近所の人の好さそうなご主人、という面持ち。見た目9割、つまり、どっからどう見ても、攻撃性のない草食恐竜だった。
「少佐殿、援護します。被害者の治療をお願いします」ポールは、オレが渡したブレット・ボックスから弾帯を引き出し、オレを見ながら上をツンツンと指差すと指先を水平にクルリと回した。
ああ、弾込めするから見張っててくれ、ってことか。
オレは、抱いていた始祖鳥さんをそっとシートに寝かせ、ターレットから屋根の上に出る。そして銃を出し、スライドをチャカッと引いて弾丸を装填した。
ハムヴィーの上から周囲を見回しつつ下をチラ見すると、Aさんはティラノに何度も背中に喰い付かれたらしく、血塗れで辛そうだった。
ハムヴィーよりも体長がわずかに長く、多分7mくらいか。全体的にポッチャリとした体形で、なんとなく愛らしさを感じる。
先生は自分の医療鞄を出すと、クルマから降りた。
「先生、この恐竜さんは何て種類ですか?」
Aさんは、オレの声に、オレを怯えた目で見上げた。おっと、立ち位置が悪かったか。
「ハドロサウルス科の一種なのはわかるが。詳しくは分からんな。多分、ハドロ(ハドロサウルス)かマイア(マイアサウラ)ではないかな?」
「サンクス、トウヤ。もういいぞ」ミニガンに追加の弾帯を繋ぎ合わせたポールは、ターレットから身を出して来た。
オレは、銃のハンマーをハーフコックに下ろし、ホルスターにしまう。
「先生、水を飲ませてもいいですか?」
「ああ、飲ませてあげてくれ。ワシはしばらく施療で手が離せん」
ポールにアイ・コンタクトすると、オレにアゴをしゃくった。銃座で周囲警戒しているから、オマエ行ってこいということだ。
オレはミネラルウォーターの2リットル入りペットボトルを出し、Aさんへ持って行く。
「ノド、乾いてる?」
Aさんはオレに怯えながらも、コクンと頷く。
「口を開けてもらえるかな?」
Aさんは不安そうにオレを見つめる。
「心配しないでくれ。オレたちはアメリカ海兵隊。オレはこの隊の用心棒でね。今はこんな状況なんで救護支援活動中なんだ」
オレはボトルのキャップを開けると、酒盃を勧める感覚でAさんの口元に持って行く。
Aさんは、オレから目を離さず、恐る恐る口を開けた。
「ちょっと上を向いて」オレはAさんの口にミネラルウォーターを注ぐ。
2リットルはほんの一口だった。
「お代わりはどうです?」
Aさんはコクンと頷く。
オレは今度は4本ほど一気に持って来た。
すると、通りの陰からこっそりとこちらを窺っている恐竜が目に止まる。
ティラノっぽい顔だが、かなり小ぶりのセロポーダ(獣脚類)。アロサウルスだ。この種も有名なんで一応、知ってる。
オレはAさんの前に立つと、様子窺いの恐竜に話しかけた。「おおい、コトバは分かるか?」アロは、オレの声に少しクビを引っ込め、上目使いでこちらを窺う。
メンドくさいので様子窺いのアロさんの方をBと仮称することにして、対話を続ける。
「喉は渇いていないか?水、あるよ」
オレはふと気が付き、ハムヴィーの屋根を見上げる。やはり、ポールはミニガンをBさんに向けていた。
「ポール。ちょっとの間だけ、ミニガン下げてもらえないか?」
ポールはミニガンを上に向けた。
オレはBさんの説得を続ける。
「襲ってこないなら、オレたちも撃つ気はないんだ」
「ヴォロルル…(本当に何もしませんか?)」Bさんが自我を保っている事が判り、一安心だ。それに、アロサウルス科の言語も、オレたちドロマエオサウルス科と同系統のようだ。
「クォ~~~~!(オレたちはアメリカ海兵隊で、主に恐竜になってしまった人たちの救護活動をしているチームなんだ)」Bさんを安心させるために、ネイティブで話し掛ける。
「グォロロロロ…(私、一体どうしちゃったの?なんで恐竜なの?)」
マズいな、トラウマ喰らってる。
「クォルル…(先ずはこっちで一息いれなよ)」オレはペットボトルを差し出しながら持ちかける。
Bさんはオスオズと姿を現した。
なんか、学生カバンみたいなの前肢に持ってるんだが…。
えっと、ひょっとしてBさんってJK(女子高生)かなにか?
アロサウルスって、もっとこう、狩猟恐竜らしいマッチョな体形だと思っていたんだが、Bさんはほっそりしている。メ…じゃなくて女性ということを差し引いても、かなりスレンダーだった。ユタラプトル(ドロマエオサウルス科の最大種)を二回りばかり大きくした体格。
キバ抜きでガチンコやらせたら、多分Aさんが勝つだろう。
そのBさんは、うつむき加減にトボトボと近付いて来る。学生カバンを大きな両前肢で握っている姿が痛々しい。
「グォ…(あの…)」Bさんは話し掛けながら、目を見開いて身を固めた。
Bさんの視線を追うと、さっき倒したティラノに向いていた。うう…、ナマナマしい側がコッチ向いちゃってるし。
「まずは座って。オレはトウヤ。ポール、周囲の状況は?」
「上空、地上とも、敵影なし」
「キミ、名前は?」
「…グォ(…中崎梨音)」
「まずは口を開けて。ミネラルウォーターならたっぷりある」
オレは都合6本ほど中崎さんに水を飲ませ、Aさんの続きに戻った。
Aさんはさすがに自分を襲った同類の恐竜に不安そうにしていた。
「言葉は判らないかもしれないけど、彼女も君と同じで、どうしていいか分からないんだ。注意するのは構わないけど、できれば嫌ったり憎んだりしないで欲しい」
オレがそう言うと、Aさんはコクンとうなずいた。利発な人のようだ。
「そうだ、まだ、名前を聞いていないかったね。オレはトウヤ。君の名前は?」
「フォフォ」Aさんはハドロサウルス科のネイティブ言語で答えざる負えないので何と言ったのか分からない。あ~、司令ジュニアのマイクがいてくれたらな。
「先生」
「あ~、なんだね?」ごめんなさい、忙しいのは判ってますが。
「マイクにデンワかけていいですか?」マイクは恐竜マルチリンガルの耳を持つ。
「司令がいい顔せんぞ。後で話通してからにしよう。今は、フォニクス・チャート使って聞き出せ」
ああ、アレね。アルファベッドの発音表か。この場合は五十音表になる。コックリさんで使うヤツ。
「紙、あったらもらえますか?」
「ああ、ワシのカバンの中に診察票がある。使ってないヤツの裏紙を使うといい」
「ありがとうございます」
オレは先生のカバンから紙を一枚失敬すると、愛用のボールペンを出し、ハムヴィーのボンネットでなるべく大きめの字で五十音表と数字を書いた。まさか、この姿になってからも字を書くことがあるなんて、人生分からんな。面白いもんだ。
書き上がった五十音表をAさんの所に持って行き、名前を聞いた。
みしま まなみ、それが彼女の名前だった。三本?山付きの島?真ん中?並木?奈良と美しい?波?質問を繰り返す。
三嶋 真波さん、それが彼女の名前だった。年齢は16歳。彼女もJKっすね。
「ついでに始祖鳥さんの名前も訊いておいてくれ」
先生の指示に、同じように始祖鳥さんにも問いかけた。
藤沢 幸男。男性。35歳。数学の高校教師だそうだ。
「トウヤ、悪いが二人にIDチップを着けておいてくれ。登録ターミナルとリストバンドをカバンに入れてある」
先生のカバンをまた見てみると、タブレットといくつかのサイズのゴムのリストバンドが見つかった。色は蛍光ライムグリーンで、目に留まりやすい。オレは自分のクビくらいのサイズのものと指輪サイズのものを取った。
なんだか指先仕事が多い日だが、ポールも周囲警戒で手が離せない。
ターミナルを起動すると、フェアやコンベンションでよくある事前登録みたいな画面が表示された。"Regist"を選ぶと、デジカメが起動し、画面隅に"QR Code"と表示されている。リストバンドを見てみるとQRコードが刷り込まれているのでカメラに映してみると、認識された。
ターミナルはデジカメモードのまま、続けて"Face Photo Front"と表示されている。ああ、QRコードと顔写真を登録しておくのね。
「三嶋さん、IDを登録したいんで、顔写真を撮らせてもらえるかな?」
三嶋さんはコクンとうなずき、OKしてくれた。
三嶋さんの顔を撮ると、続けて"Face Photo Right"と表示される。右からの顔写真か。多分あと何枚か撮るんだろうな。
順次右側からと左側からの写真を撮ると、"Photo Misc"になる。"その他"ね。
「三嶋さん、君の特徴を撮影したいんだけど、全体像を撮ってもいいかな?」恐竜とはいえ、女の子だ。大ケガして治療中の様を撮られるのを嫌がるかもしれない。
しかし、三島さんはこれもOKしてくれた。物怖じしないコなのは大助かりだ。
少し下がって三嶋さんの全体の姿を撮り、それで撮影は終わりにした。
続けてプロフィールの入力になったが、何分、英語のシステムなんで名前の欄が1つしかない。仕方ないので"Mishima,Manami(三嶋 真波)"と入力し、あとは性別と年齢だけ入力して登録した。
ターミナルには"Now Send Regist"と表示され、しばらくすると"Registed"とメッセージが表示された。
う~ん、便利なもんだな。
オレは三嶋さんに前肢を出してもらってIDリストバンドを巻いた。
「軍や自衛隊から身分証明を求められたら、このバンドを見せて。IDチップが埋め込まれているから、君が三嶋さんだとすぐに判るようになっている。なくさないように注意してね」
三嶋さんは、コクンとうなずくと、腕(前肢)のライムグリーンのリストバンドをしげしげと眺める。
オレは残りのふたりも順次登録していった。藤沢先生は始祖鳥なので指輪サイズのバンドを鳩の認識票のように脚に付けてもらった。
困ったのがアロサウルスの中崎さんだ。とにかく顔写真を撮られるのを、嫌がった。
オレは先生に確認して、中崎さんの写真撮影をスキップすることにした。
「ID確認の時に手間取ることになると思うけれど。少なくともこのリストバンドだけはなくさないように気を付けていて」そう言いながら、オレは中崎さんの嫌な予感が確信に変わるのを感じた。
「センセ、この後ど~します?」ヤレヤレなキャラに気疲れしたので、オレも水飲んで一息入れる。
「トウヤ、この近くで開けた場所に心当たりはないかね?ヘリが着陸できそうな、広い場所だ」三嶋さんの治療もまもなく終わりそうだ。
「十字路の近くにあるコインパーキングなら何か所か知ってますが。後はガッコの校庭とか」どっちにしても、重症の三嶋さんをあまり歩かせられない。この近くで人間にも、他の恐竜にも襲われないピックアップポイントは…。
「その前に"みんな"をどうしたものかな」
"みんな"?
先生の視線を追うと、いつの間にか周囲の物陰から、大小さまざまな恐竜がオレたちのことを窺っていた。
ジョンソン:34頭めだったらカッコがついたかもしれんな。
トウヤ :センセ、雑談やってる場合じゃナイですよぉ!
ポール :タマならたっぷり用意してあるぞ。




