040:フルシルク・ジャケット
トウヤがバードウォッチャー視点で古生物のウンチクをたれます。
040:フルシルク・ジャケット
いい天気だ。
オレは外を出歩くのが好きなので、天気がいいのは大歓迎だ。
こんな荒れた街並みを目にするのでないなら、な。
国道14号線。
通りの店は軒並みシャッターを閉めるか、多分、鍵をガッチリかけている。そのシャッターは何らかの体当たりか何かで歪み、ガラスもブチ割られている。
そこいらじゅう乗り捨てられた車。
車とトラックに押しつぶされ、苦し気に目を閉じたまま息絶えている恐竜。
恐怖に顔をゆがませたまま、切り裂かれている人間。
それはまだ、マシな最後…、だろうな。
「先生」オレは、無表情でハムヴィー2号を走らせるジョンソン先生(少佐)に話しかける。ほとんど曲げることができない長いシッポのおかげでシートに座れず、ナビゲーターシートを前に倒し、前席のバックレストに寄りかかる体勢で道案内をしている。障害物をよける際の度重なるロールに、バックレストにしがみつかざる負えないので、少々しんどい。
「何だね?」
「先生は何度も戦場に行かれたんですよね?」
「ああ」
「"コレ"みたいなんですか?」
先生はため息をついた。「戦争は、言うまでもなく、憎悪と恐怖の嵐だ。だがこれは違う」先生は、上半身のない人間の遺体を横目に、もう一度ため息をつく。
その先には、アロサウルスらしき恐竜が口から血を吐き、トラックと壁に挟まれて息絶えている。そのトラックの運転席はフロントウィンドウが赤黒く染まり、ドライバーはしぼんだエアバッグの上に突っ伏したままになっていた。
「前に、同じ情景をアフリカで見た。ライオンとハイエナの殺し合いだ」先生の声は、押し殺したように硬く平坦だったが、かすかに語尾が揺れている。
「"あの"生存本能が生み出す憎悪と闘争のぶつかり合いは、戦争よりも質が悪い。相手を殺さなくては自分たちが生きられない、切実な争いだった」
先生はクルマを停めた。
「これでは通れんな」
10tダンプとブロントサウルス(アパトサウルス)らしきサウロポーダ(竜脚類。主に四つ足で頸と尾の長い草食恐竜)が相打ちになり、横転したダンプから積み荷の土砂が流れ出して道を塞いでいた。
シャーシーのゆがんだ軽自動車が何台か横倒しになり、辺りの電柱や標識が叩き折られ、激しい闘いがあったことを物語っている。
倒れている恐竜にはすでに翼竜が何羽かとまり、躯をついばんでいた。その周りにご相伴に与ろうとハシブトガラスが群がっている。
道はガードレール付きの中央分離帯で分けられているので、逆方向のレーンには移れそうになかった。
「…話しかけますか?」オレはサウロポーダに止まっている翼竜を鼻先で指しながら訊く。
「一応、やっておこう」先生はマイクを取った。「ポール、襲ってきたら応戦していい」
「ヤー…」陽気なプエルトリカンのガンナーも、沈んだ返事だった。
「そこの君たち。こちらはアメリカ海兵…」
先生の声がが車外の拡声器から響き出すや否や、翼竜たちは騒ぎ出し、飛び立った。
先生はギヤをバックに入れ、ミラーを見ながら全速でバックを始めた。
「トウヤ、道案内を頼む」
「このまま後50m。交差点を、北へ」
先生は左右のミラーを見ながら、バックで乗り捨てられたクルマ他、障害物を右に左に避け、交差点に入った。
「まあ、道はアフリカよりましだな」先生はそうつぶやくと、クルマを北へ向けた。
ハムヴィーは、6リッターオーバーのV8エンジンを積んでる割に加速がとんでもなくトロいが、それでもクルマなのでそれなりに走る。
ポールはターレットを後方に廻し、M134ミニガンを追手に向ける。
「ポール、翼竜はついて来てるか?」
「8機。イヤ、8羽だ」
「ポール、撃ってないけど、なんでだ?」
「ヤツらもミハルと同じかもしれない。最後まで待たせたい」
待たせる、って、ああ。「ポール。そういう時、日本だと"最後まで粘りたい"と言うんだよ」ポールは日本語を勉強中でボギャブラリーが少ない。
「"粘る"か。ああ、そうだ、粘りたいね。サンクス」
「こちらも、ありがとうな」それが、ポールの兵士としての優しさなのか、人格なのは分からない。しかし、オレをはじめとした恐竜化シンドロームの発症者たちへの気遣いは、ホロリとくる。
翼竜たちはしばらく着いてきたが、やがて姿が見えなくなった。
鳥と違って羽ばたき飛行がほとんどできない分、スピードが出せないようだ。
結局迂回することになったので、一旦、商店街の方へ向かう。
片側2車線の道は相変わらずの惨状だったが、なんとか通れそうだ。
その道路の上を、見たことがない姿の鳥がよぎった。
趣味のせいか、飛ぶものには自然と目が向く。
それは大きなカワセミのように、一瞬目に光の妙を残した。
「センセ、あれアーケオプテリクス(始祖鳥)じゃないですか?」日本語名だと分からないかもしれなかったんで英語名を挙げて指差す。鳥サイズの飛べる恐竜だけは自信があるんだ。彼だか彼女だか、あれはイカロサウルスでもミクロラプトルでもない。
「ほう!」
始祖鳥は歩道脇のガードレールに止まり、こちらを見ている。止まっている姿は、慣れているバードウォッチャーでないと見付けるのに苦労する、見事な保護色(地味とも言う)ぶりだ。先の一瞬に綺麗に見えたのは、翼を広げるか、陽の光が当たった時だけ、羽色が鮮やかに映える羽質なのかもしれない。
ジョンソン先生はハムヴィーを止める。
「おおい、君!私の言葉が分かるかい?」先生は大声で呼び掛けた。
「フィーフィリリ。(私の言葉がわかりますか?)」始祖鳥はきれいなさえずりで応えた。
始祖鳥の言語は、どうやらオレたちドロマエオサウルス科の恐竜が使う言語と同系統のもののらしく、意味が素で分かった。
彼はミハルと同じタイプらしく、人間の言葉は話せなくなっているが、きちんと自我は保っているようだ。オレはそのことを先生に伝えると、バトンタッチした。
「ああ、分かる。もし困ってるようなら、一緒に来ないか?オレたちはアメリカの海兵隊で、恐竜になってしまってピンチになっている"人"を保護しているんだ」
始祖鳥は首をすくめ、オレたちの方を窺っている。"どうしたものか"と考えあぐねている様子がよくわかる。
「水も食事もあるし、監禁したりもしない。
何らかの感染症にかかっていないか検査を一応受けてもらうけれど、問題がなければ、一般用の避難場所を提供している」
「ギョー、ギョー(君も恐竜になってしまった人間なのかい?)」
「そう。それで、世界がこの有り様だから手伝っているんだ。
身を寄せる先がないなら、一緒においでよ。
そうだ、言葉が喋れなくなっているなら、まだ色々と調査中だけど、リハビリテーションの準備も進めているんだ」
「フィー?(本当ですか?)」
「本当だよ。
…君も、人間たちや恐竜たちに襲われたことがあるんだろう?」
どうやらこの一言が、ぐらついていた心を決心させたようだ。
「…フォロロロ(…分かりました、お世話になります)」始祖鳥はそう言うと、ガードレールから近くの道路標識に飛び移り、スルスルとてっぺんまで登る。そして、周囲をキョロキョロと確認すると、パッと飛び立った。
陽差しの下に翼を広げた始祖鳥は、シルクをまとった、生きている宝石のようだった。
やや毛羽だった暗緑色の羽毛は、おそらく蝶の翅と同様に、動いていると鮮やかだが、止まると周囲に溶け込む絶妙な保護色になっているようだ。所々にサファイヤとバーミリオンの斑がアクセントになっていたが、コレは翼肢を畳むと隠れる場所に配置されていた。
鳥が好きで、始祖鳥のことは前に調べたことがあるんで、それなりに知っているんだ。彼らのウィークポイントでもあり強みでもあるこの能力を。
始祖鳥は、鳥のように飛翔する能力はない。彼らの翼は、飛ぶためではなく、その跳躍力に自由度を付加するためのもの。
だから前肢もオレ(デイノニクス)同様に指があり、それなりに手の役割りをこなせるし、さっき道路標識を登ったように、前肢を使ってボルダリングも出来る。
そうなると、今度は話が違って来る。
鳥はあくまで飛行機と同じ軌道変化しかできないが、始祖鳥は空中で自在に跳躍軌道をコントロールできる。言い換えれば、空中で小回りが利く姿をしているんだ。
そして、このスタイルはコレはコレで進化の極みに達していると言ってもいい。
しかし、それが食料を得るためにヤブや茂みに入るときにアダとなり、動きづらくさせてしまう。
彼らと同じ食性の小型恐竜、オレのご先祖様のドロマエオサウルスやコンプソネーサスと言った、ヤブの中でも軽快に動ける種に負ける形で滅んで行ったか、あるいは競合相手に似たスタイルへ変わって行ったのかもしれない。
オレの目の前にそんな儚い運命を持った生き物が、人間が想像出来なかった美しい姿で舞い降り、ボンネットの上に止まった。
オレはクルマを降りるとポーチからタフマグを出し、キャップ代わりになっているカップに水を注ぐ。
始祖鳥は、よほど喉が渇いていたのかカップを抱きかかえるようにして口を付けると、数度に分けて食べるように水を飲んだ。
「キュルル(ありがとう。助かったよ)」
その時だった。黒い影がオレたちを襲い、始祖鳥を連れ去った。
クソッ、油断した!
トンビ(走り屋)からダチを攫うとはいい度胸だ。
オレは加速モード全開で影を追う。
それはさっきオレたちを追いかけて来た翼竜だった。クチバシにオレたちが保護したばかりの始祖鳥を咥えている。
空を飛ぶ者たちは、水平飛行だと大してスピードは出せないが、降下となると話は違う。トップスピードで有名なハヤブサも、水平飛行じゃキジバトとスピードは大差ないが、高い風圧に耐えられる羽毛と高速降下から引き起こしをかけられる強い翼は、300Km/h以上の降下速度を出せる。
ヤツはオレらの死角から、ずっと急降下の機会を狙っていたに違いない。翼竜の翼はハヤブサと比べると、はるかに原始的な構造の上、ソアリング向けの翼体だが、それでも、オレたちを出し抜くには十分なスピードを出せる。
オレもまだこの加速モード全力状態に慣れていないせいなのか、身体がノロノロとしか動かない。振り返った時点で50mは引き離されていた。
オレは走りながら、銃を使うべきかと考えたが、それでもオレの方が迅い。
その時、ポールが応射した弾丸らしいものが、煙を引きながらオレを追い越して翼竜に向かって飛んで行くのが視界に入った。
3条見える。M4ライフルのバーストらしい。とっさに高速の.223レミントン弾を選んだのはいい判断だ。
スルスルと進む弾は、翼竜の肩から胴体にかけて命中して行く。いい腕だ。
翼竜に当たった弾は、皮膚は命中箇所を中心に円錐状にたわませ、そのまま突き進んで行く。やがて身体の反対側から飛沫と共に出ると、背中側からも飛沫が上がる。
翼竜は程なく身体のコントロールが利かなくなったのか体勢を崩した。オレはすかさず跳び、空中で前に体を急ロールさせ、翼竜の翼へテール・サマーソルトを叩きつけてやる。
翼竜は、キリモミで乗り捨てられているクルマの窓ガラスに突き刺さった。
始祖鳥は投げ出されて、すぐ近くに転がっている。
翼竜は銃撃と衝突のショックで目を回したようだった。
『ケガはないか?』
始祖鳥は咳き込みながら、返事代わりに一声鳴いた。
様子がおかしい。
始祖鳥は浅い息でかすかに『胸…苦しい』と言った。
オレはそっと始祖鳥を抱きかかえると、クルマまで戻った。
「先生、胸をやられたようです。診てもらえませんか?」
「触らん方がいい。始祖鳥の骨格がどれほど強度があるのか分からんのでな。ちょっと待て、考える」先生は、始祖鳥の容態をしばらく見ると、無線のマイクを取った。
「アルファ、カミン。ディシズ・ベータ(アルファ、応答しろ。こちらはベータだ)」先生は待機しているターク隊長たちを呼び出した。
『リスン、アルファ。ディシズ・ダン(こちらアルファ。ダンです)』通信兵のダン中尉が応答した。
「ジェシー・コール(ジェシーを呼んでくれ)」
『ウェイト・セカン(ちょっと待て)』
『ハロー、ディシズ・ジェシー』
「ジェシー、アユ・キャン・エグザミン・アルケオプテレクス(ジェシー、キミは始祖鳥は診られるかね?)」
『アルケオプテレクス?、ハウザッツ・カンディション?(始祖鳥ですって?容態はどうです?)』
「ソー、ヤー、アイスィン・チェスト・コンプレフラクチャ(そうだ、ああ、見立ては胸部圧迫骨折だ)」
『コンプレフラクチャ?OK、アイル・トライット(圧迫骨折?OKやってみるわ)』
「アア?OK?オライ、ウィールバック。プレペアリン・レントゲン。オヴァ(ああ?OK?よし、私たちは戻る。レントゲンを準備しておけ。以上)」
「すぐ戻るぞ。ついでにあのバカドリをフン縛って連れて来てくれ」
「先生、レントゲンなんか持ってきてるんですか!?」
「あたりまえだ。ついでに言っとくが放射線技師の免許も持っとるぞ。わが部隊を買いかぶってもらっちゃ困る」ジョンソン先生のドヤ顔がまぶしい。ホント頼りになる人だ。
一方のポールはロープとファストエイドキットをひっつかんで飛んで行き、種別不明の翼竜にとりあえず血止めを始めた。
「トウヤ、ヒア!(トウヤ、来てくれ!)」応急手当を済ませたポールが、苦笑いで手を振ってくる。
「ライ!」オレは、相方を手伝いに走り寄る。
翼竜に大技キメたのは大失敗だった。
クルマに突き刺さった翼竜のクビが抜けねぇ…。
ポールとふたりがかりで翼竜を押したり引いたり持ち上げたりで、ようやくスッコ抜くと、ポールが瞬く間にロープ・ミイラに仕上げた。
翼竜は大して重くなかったが、それでもハムヴィーの屋根に担ぎ上げるのは一苦労でイラ付く。
何より、さっきのブロントサウルスだかなんだかをたらふく喰らった共食いヤロウだと思うと、一層ムカっ腹が立つ。
オレは、タバコを一本出すと火を着け、深々とケムリを吐いた。
ジョンソン:このハナシ、どちらかというと「地獄の黙示録」ではないか?
ポール :逃げるヤツは自我なしの恐竜だ。逃げないヤツはどっちか分からん恐竜だ。
トウヤ :それよか、シート何とかしてくれ。ハムヴィー、トロいくせしてロールはストック・カー並みなんで疲れた…。




