037:強襲偵察ピクニック
今、会いに行きます。
037:強襲偵察ピクニック
ある朝、人間が恐竜になってしまう現象が世界を襲った。
恐竜になってしまった人間たちは自我を失っていて、本能のままに他の人間たちを襲っている。
当の恐竜-デイノニクスになってしまったオレこと山本登也は、なぜか人間の時の自我と記憶を失わずにいた。
オレは、状況収拾の作戦行動中だったUS海兵隊のターク・カニンガム大尉チームとの共闘を経て、生け捕りにした恐竜になってしまった人間の自我を取り戻すことに成功した。
その功績から、オレは、社からUS海兵隊に派遣され、ターク隊長のチームに編入されることになった。
-横田基地 US海兵隊 恐竜化シンドローム発症者隔離施設 早朝 DAY3
ランチボックスにタフマグ(水筒)と、タバコとライター、愛用のスマフォ(ブラックベリー)にスマフォ防水ケース。
服は、デイノニクス用に仕立て直されたMARINEのロゴの入り防弾ベストにシャツとカモフラパンツ。シリ丸出しじゃないのはいいけれど、なんだか早くも着たきりスズメの予感がする。
ジェシーがメンテナンスをばっちり済ませてくれたハンドガンと、ジョージ(レナード大尉)副長にロードしてもらったスペア・マガジン。弾丸はソフト・ロードのeブレット(火薬を減らした電気ショック弾)。充電済みのハンディ無線とヘッドセット。
そして、補給さんから届けられた、デイノニクス用の試作品防弾ゴーグル。
愛用のアウトドア・ナイフ。
今はこの鼻面のおかげで使えなくなってるけど、愛用のスワロフスキーポケット双眼鏡。
そうそう、携帯用の灰皿も持ってかないとな。
キバは真っ白、ツメは深く黒光りとバッチリお手入れ済み。
今日はお茶会なんだ。
東京の江戸川区にいらっしゃる恐竜化シンドロームを発症して体長10mのトルヴォサウルスになってしまった石田 貴大さんと、彼の現後見人のリモさんこと森 郁満さんちへ強襲偵察および石田さんの検査。
当然、検査担当は"先生"ことボスのジョンソン少佐。
恐竜化シンドロームの発症者で人間の時と変わらないコミュニケーション能力を保っていられるケースは非常に少なく、オレを含めてまだ2例しか確認されていない。
そこで精神科医のエキスパートであるジョンソン先生が向くことになったんだ。先生を焚き付けたのはオレだけど、恐竜化シンドロームの原因を少しでも早く解明するデータ収集がその目的ね。
そしてリモさんのトコに生活物資、主にター坊こと石田さんへの食料を届けるのがもう一つのタスク。
ター坊のレポートだと江戸川区界隈は、自我を失い身も心も恐竜になってしまった人間の成れの果てがウヨウヨいるとのことだった。
そこでターク隊長とジョージ副長と先生は悩んだ末に、装甲強化型のハムヴィーを江戸川の河川敷までヘリで空輸し、そこから陸路で行くことにしたそうだ。
「レーションどれにする?3コ選んで」ジョージが訊いてくる。
レーションとは携帯野戦食パックのことで、アメリカ軍の場合はバリエーションが何種類かある。
オレ、アウトドア趣味なんで、前からレーションのこと気になってたんだよな。それに、アメリカのレーションは結構ウマいと聞く。今回は5種類あるけど、どれにしよう?
そこへケビン(ローイン大尉)がやってくる。「トウヤ、ミハル!お弁当持ってきたよ」
「レーションじゃなくていいの?」
「少佐殿から提示された内容でメニューを考えた。肉タップリ塩分控えめだよ」そういや、肉食恐竜だとカリウムの摂取がほとんど出来ないからな。塩分摂取制限は気を使わないとダメか。
「メニューはなんですか?」レーションを味見できないのはちょっと残念だが、ケビンのランチメニューには勝てるはずがない。
「Aはトリのベシャメルソース煮込みとコーヒーとバナナケーキ。Bはコンビーフハッシュとコーヒーとケーキバー。Cはトンポーローとワインとコーヒーとワッフルとゼリー。
それとこれは私からのお願いだけれど、残っても遅くとも明日の朝までには食べ切って」
「あれ?返却しないでいいんですか?」
「ふたりのお弁当だよ?それに試作の簡易パウチだから保存はむりなんだ。ウケがよかったら、今後レーション・メニューとして採用されるかも」
包みの中から漏れ出る匂いは、実に美味しそう。早弁しちまいそうだよ。
で。
「装備に差がありすぎっすよ!」あれ?なんか昨日も言った気がする。
人間の皆さんはバトル・ドレス(防弾戦闘服)を着込み、それぞれ得意の銃を携えている。
ジョンソン先生(少佐)は聴診器の代わりにMP5(西独H&K社のサブマシンガン)を吊っていて、一昨日からの医療業務中の姿を目にしていなければ、このオジサンはお医者さんだ、と言われても誰も信じないだろう。
オレと同じくデイノニクスになってしまったミハルはM4アサルトライフル。ジェシーは愛用のレミントンM700ライフルとMP5、デジカメ・コンバーション装備の年季の入ったニコンF3/Tに80-300mmズームレンズ。
オレの相方のポールと隊長はM60GPMGショーティー(M60多目的機関銃の短銃身モデル)にボックスマガジン。
他の面々はM4アサルトライフルにドラムマガジン。
先鋒と後衛の両方に強火力を配置したフォーメーションだった。
つまり、恐竜に囲まれて、全滅するリスクもあるお出かけなんだ。
オレはというと防弾ベストに装弾数7発の.45オート1丁(しかも基本設計なんか100年前なんだぞ?ってこれも昨日言ったか)。
「心配するな。少なくとも恐竜で銃を扱えるのはキミとミハルしかいない。恐竜がAK(旧ソビエト時代に設計されたロシアのアサルトライフルシリーズ。発展型やデッドコピー品のおかげで、多分、生産台数とキルカウントが世界一の凶銃)やRPG(同じくロシアの携帯式小型対戦車ロケットランチャー)を撃って来ることはない。
私たちはか弱い人間なんだぞ。ハンデが付いて然るべきだろう?」ターク隊長ぉ…。
「…銃よりも金属バットとか槍の方が効果あるんじゃないですか?」
「そうとも。そのためM60はそういう使用方法も想定されている。いわばマシンガンの機能がある金属バットなのだよ」
「オレとポールはポイントマン(先導斥候)なんですよね?」
「援護は任せろ。少佐殿をお守りするため、しっかりと露払いを頼むぞ」隊長、今日のオレは、完全にK9(軍用犬)役なんですね。
小さなタメ息が漏れる。オレの契約は『リーダー支援業務』なんだがな。
「ガバ(ガバメント)用のドラマガ(ドラムマガジン。円筒型の多弾倉)とかないですか?」気持ちを切り替えて、装備強化の相談と行くことにする。
じゃあ、ということで隊長とダンとポールがガバのスペアマガジンを2コづつくれた。7発×6で計42発上乗せになるけど、あんまりイミなさ気…。まあ、とりあえずコレで頑張るか。
基地に帰ったらドラマガ自分で作ろう。
とりあえず、補給さんからもらえたゴーグルだけでもありがたい。
今日の空のアシは、タンデムローターの大型ヘリ、ボーイング・バートル社のCH-46 シーナイトとCH-47 チヌーク。日本でもチヌークは自衛隊さんの空挺部隊で大活躍している。ムカシは単に旧社名のバートルと呼ばれていたけれど、バートル社がボーイング社に吸収された後も生産されている、人気のあるモデルなんだな。
今日はヘリなので、パイロットはシェパード中尉じゃなかった。けれど、ジェイコブ・コールと名乗って来た大尉は、日に焼け、見るからにベテランパイロットという風格にも関わらず気さくな方で、親し気な挨拶を取り交わす。輸送機のパイロットって気のいい人が多いのかね?
ともあれ、シーナイトとチヌークにハムヴィー2台吊るして出かける。
そして、なぜか機体左右の銃座に着くコトになった。
もちろんガンナーは相方のポールで、オレはアシストね。
なんでも翼竜が出始めたそうで、追い払う必要が出たのだそうな。
もちろん、相手が自我を失っている恐竜であっても元は人間なので襲って来ないかぎり殺すことはできない。
そのため、銃座のマシンガンに装填されているのはゼンブ射線確認用の曳光弾だという。
実際、離陸するとすぐにヤツらはやってきた。
オレが知ってる翼竜はプテラノドンだけなんで、とりあえず相手はプテラノドンじゃないことだけは分かった。
何と言うか…空飛ぶ風呂敷から槍のようにアタマが突き出た姿で、体全体はスカイグレー(淡い灰色)にいくつかストライプが入っている。
多分10m以上ありそう。小型の飛行機並みのサイズだ。
「副長、アレ何て恐竜ですか?」こういう時はジョージに訊くのが一番だ。
「オオ、ケツアルじゃないか!」
副長は目を輝かせると飛んでる相手をスマフォでバシバシ撮り始めた。
その横で、ジェシーもニコンでシャカシャカ撮り始めた。
「えーっとケツァール?メキシコの?」メキシコのジャングルに住む、瑠璃色と赤のきれいな鳥なんだ、ケツァール。元々はアステカのカレンダーと農耕の神様の名前ね。
「名前はタマタマ同じだがアレはケツアルコアトルと言うんだ。うわ~ホント飛んでる!」
ダメだ。ジョージは恐竜少年モードになっちまった。
「そこを飛行しているキミ。こちらの言葉が分かるか?」機外の拡声スピーカーからジョンソン先生の声が響く。先生は、飛んでいる翼竜に話し掛け、こちらに帰順するよう説得を始めた。
しかし、翼竜は高度を下げるでもなく、付かず離れず付いてこようとする。
色々と話し掛けてみたが、どうも、自我なしらしいという結論になった。
「ポール、センダウェイ(追い払ってくれ)」ターク隊長は名残惜しそうだった。
「…ヤー」ポールも気乗りしないのか浮かない返事だった。
ガガガガガガガ…。
ポールが威嚇射撃にトリガーを引くと、花火みたいな弾丸が音を引きながら飛んで行く。
なんか面白い。
射線はケツアルの大分上をかすめ、鼻先の方を押さえるように回り込んで行く。
「ヒョーー!!」
ケツアルは脅威を感じたのか、一声鳴くと、ヘリから離れて行った。
「しかし骨と皮だな。何喰って生きてんだか…」
「ああ、コンドルみたいな習性だという話だ。もっとも体がデカいから小さな恐竜を餌食に出来るだろうな」ジョージがケツアルの解説をしてくれた。
「じゃあ、オレとかミハルとか?」
「僕たち人間も襲われる危険性があるんだよ」
「じゃあ、捕獲しておいた方がよかったんじゃないんですか?」
「オイオイ、もう高度は1000フィート(約300m)はあるんだよ?下手に手出ししたら墜死させちまうよ」
荷物満載のハムヴィーぶら下げた旧式のシーナイトに、これ以上ムチ打つのはムリあるか…。
まったく、始末に負えない。
オレは早くも今日1日が思いやられた。
ツーリングも山登りも、はじめの1時間がチト辛いのよね。




