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恐竜日和 ウォーク・アバウト  作者: ニジヘビ
トリケラトプス編
35/138

035:ビル・フィールズ

さあ、人生が始まるよ、ビル・フィールズ。



 035:ビル・フィールズ


 僕の名前はビル・フィールズ。

 US海兵隊の少尉で、日本の横田基地に勤務している。


 僕は、ハワイのオアフ島で果樹園を営んでいる両親の間に生まれた、3人兄弟の末っ子。

 家は恵まれていて、僕たち兄弟は3人とも地元の大学まで行かせてもらえた。


 1番上の兄は自由闊達なたちで頭もよかったため、アフリカへの投資で早々と成功を納めると、地元で観光客相手のフェリー会社を始め、毎日海を眺めながら暮らしている。

 そのため、家は2番目の兄が継ぐことになり、両親と一緒にパパイヤやマンゴーを栽培し、兄の入れ知恵もあって加工食品と輸出で安定した経営を続けている。


 僕はと言うと、2人の兄のおかげで、割と自由に生きて来られた。そして、僕も兄の影響からか、若かりし頃の冒険心から海兵隊に入った。

 三男坊ということもあり、誰も止めなかった。

 アフリカや中近東での戦争の中、いくつもの基地や滑走路を造ってきて、今は日本で施設整備の仕事をしている。

 日本はハワイと似てこぢんまりとした土地なので、どの街でもすぐに行けたが、ハワイと違っていろんなものに溢れている。

 そして、いくつもの戦争の間、絶えず目にして来た宗教や民族の諍いが、ここにはない。


 そんな所が性に合ったのか、気が付けば居ついて数年が経っていた。

 そろそろ日本で暮らして行くのもいいだろう、と、この春から準備を本腰で始め、まずは日本語の勉強を本格的に始めた矢先だった。


 朝、目が覚めると、僕は恐竜のトライセラトプス(トリケラトプス)になっていた。


 僕はパニックに陥った。


 ベッドが体重で壊れた衝撃で目が覚め、暗い中で身体の大きさも扱いも分からず慌てる内に部屋を半壊させてしまい、駆けつけたMP(軍警察)のライフルから逃げようと意図せず外に走り出してしまった。

 今にして思えば、あの時はパニックと共に異様な高揚感に僕は包まれていた。

 四つ足の身体は、慣れれば身軽で、何より力に溢れていた。

 追い迫るトラックをひっくり返し、立ち塞がる壁をブチ破る、そのパワーの奔流に僕は完全に翻弄されていて、無意識に走り続けながらも爽快感の中にいた。


  おーい、ビール!ビル・フィールーズ


 それは、僕の名前。

 僕を呼ぶ声に、僕は初めて正気に還った。


  もうやめよう!帰ろうぜ!


 目の前には、男とラプトルがいた。

 男の声に、自分が巻き起こした数々の破壊と騒乱がプレイバックしてゆく。

 今まで僕が整備してきた基地を、自分で破壊してしまった愚挙に、思わず顔が熱くなる。


 飛行機が飛び立って行く滑走路。

 整然と並んだデスクで業務が取り回されているオフィスルーム。

 談笑を交わしながら食事を楽しむスタッフたちが居並ぶビュッフェ。

 僕は自分の作った設備が使われている様を、何を考えるでもなく眺めているのが好きだった。

 それなのに、僕は自分で自分の好きな世界を壊してしまったんだ。


 僕は、死ぬつもりだった。

 許される事ではなかった。

 何より、僕は自分自身が許せなかった。


 男とラプトルは、死を携えている。


 僕には、死神の前に進むことしか、自分への償いの道はなかった。

 けれど二人は、僕に死の鎌を振り下ろすことはしなかった。


 そうして、僕は今、隔離棟にある病室に充てられたレクリエーション用の部屋にいる。

 満身創痍の身体に包帯を巻かれ、床に敷かれたマットの上で横たわり、点滴を受けている。

ケガは痛むけれど、点滴に併せて鎮痛剤が投与されているのか、少しは楽だった。


 そこへ6人の人間と2頭の恐竜が入って来た。

 今朝の隊員たちだった。


「ビル。キープ・イーズィ(ビル。そのままで)」確か、カウンセリング・ドクターのジョンソン少佐、だったっけ?僕が身を起こそうとすると、少佐はそっと押しとどめた


 入って来た2頭のラプトル、それと、プエルトルカンと女性隊員は見覚えがある。自暴自棄になっていた僕を止めてくれたヒト(?)たちだ。


『ビル、具合はどうかな?』金髪の中尉が訊いてくる。それも、何だか子供みたいに目を輝かせている。ちょっと気味が悪い。

 けれど、それは置いておこう。

「ゴ、フー」"大丈夫です"そう言ったはずなのに、口から出たのは唸り声。けれどその唸り声は自分が言った通りの意味を持っていると分かるから混乱する。

「ほら、ジェシー」一方のラプトルが日本語で女性隊員に何かを促す。今朝、紹介されたメスというか女性でミハルと言っていた。女性隊員の方はジェシーだ。


 ミハルも今の僕と同じで、最初は人間の言葉を喋ることが出来なかったそうだ。けれど、隣のジェシーのおかげで人間の言葉を取り戻したと言っていた。


 一体どんな魔法を使ったんだ?


『ええと、ビル。チームみんなでお見舞いに来たの。これ、お見舞いのフルーツバスケット。お腹空いてるよね?』


 ああ。満身創痍だけれど、異様にハラペコだ。コクンとうなずく。

 それにしてもお嬢さん。それ、フルーツバスケットと言うのかい?カートに山盛りのスイカにバナナなんて。


『みんなで相談して、先生に許可をもらったらこうなったんだ。ハラが減っているから量も必要だろうと思ってね』最初に僕を説得しに来てくれたラプトル、トウヤだ。


 トウヤはカートを僕の顔の横まで押して来ると、スイカとバナナの房を取り上げて、どちらにする?と首を傾げた。

 映画によく出てくる悪役恐竜にそういうポーズを取られると笑いが込み上げてくる。


 トウヤも微笑むと『ノド乾いているだろうからスイカの方がいいよな?』と言ってスイカを持って来る。


 それにしても、恐竜の表情が分かるなんて、意外だ。

 心のどこかで、ラプトルの仲間は獰猛で手強いハンターだとアラームが灯っている。その反面で同じ部隊のラプトルたちは勇猛果敢な頼りになる戦士だと知っている。


 いや、なんだそれ?恐竜自体今日見たのが初めてなのに?


『割った方が食べやすいかな?』


 今の僕には、スイカがブドウ一粒と同じなんだ。首を振ってから、口を開ける。


『一応、洗っておいたから』トウヤはそう言うと、口の中にスイカを入れてくれた。


 スイカを丸のまま食べるなんて、なんて体験だ。

 ああ、それにしてもうまい。日本のスイカは、汁気も多く甘いから、日本に来てからは毎年楽しみにしてる。


『食べながらでいいから聞いて』ジェシーが話し始める。

『まず、先にバッド・ニュースから。

 今朝の一件なんだけど、司令がカンカンよ』


 あれだけのことをしてしまったんだ。軍事裁判でもおかしくない。


『それで、懲罰なんだけど。さっさと体を治して、施設の修繕作業に参加しろって。

 作業チームの方は、頼りになる力持ちが来るって期待してるの。

 ビル。あなたユンボの操縦オペレートが得意でしょう?その経験を今のあなたで活かせないかな?』


 え?


『損害考えると、とてもそんな程度じゃ済まないんだけれど、別に銃やグレネードを使った訳じゃないし、幸運にも死傷者ゼロ。素手で暴れた隊員が施設を壊した、その規模が4桁くらい多いだけ。

 素手で装甲ハムヴィー2台大破とトラック1台大破4台中破に第3ハンガー半壊に第2宿舎半壊に…後省略ね。アフリカゾウでもここまで出来ないわよ。

 あまりに危険だから監督官に着いてもらうハメになったわ。今選出中だから追って通達が来るわ』


 えええ?


『で、グッドニュース。

 以上の裁定は、新たにトライセラトプス用の懲罰房を建造する土地買収及び建築費用を鑑みた所、殺しても飽きたらないほどコストがかかるため、生かしておいた上で米国への奉仕活動に従事させた方が国防予算の節約になりうる、とのことよ。

 従事期間は15年。従事評定により期間短縮の情状酌量あり』

『どうかな、ビル。ハナシに乗った方が得だと思うけどな。

 何より人間語を取り戻すリハビリはこのまま軍が面倒見てくれるそうだし。

 そうですよね、少佐』トウヤがお代わりのスイカを取りながら、少佐殿に確認する。

『そうとも。それに…』

 そこへ、いきなり司令が副官と共にやって来た。それも御子息を連れて。

『ジョンソン少佐。ビル・フィールズ少尉への通達は完了したか?』

『イエス・サー』

『よろしい。ではビル・フィールズ。返答は明日一杯までだ。以上。

 では、全員、楽にせよ。

 あ~、毎度すまんが、その、息子のマイクが社会見学したいそうでな。

 ビル・フィールズ少尉、トウヤ・ヤマモト少尉、ミハル・サカツキ少尉、息子がインタビューしたい事があるそうだ。忙しい中すまないが、対応してもらえまいか?』


 トウヤがミハルに恐竜語で何か伝えている。意味は少し分からないけれど、司令殿のメッセージを翻訳しているのだろうな。


『父さん、トライセ…ビルはなぜあんな大ケガをしたの?』ジュニアのマイクが司令に話しかける。


 このボウズはハンガーでオイルをひっくり返したり色々なイタズラをしでかしてくれる。

その度になぜか僕の所にばかり後始末が転がり込んで来る。


『ああ、基地の惨状を巻き起こした結果だ』司令殿が額にシワを寄せておられる。心からお詫び申し上げます。

『スゲェ!たった一人であんなことできるんだ?』マイクはそうはしゃぎながら、僕の方に駆け寄って来た。

『…はじめまして、ビル・フィールズ。ボクはマイク・フォワード』

 君と会ったのは、これで3度目なんだがな。「フォ・フルルル(ようこそ、坊ちゃん)」

『ビル、ケガは痛い?』

「フォ…(平気です)」トライセラトプス語が分かる者が一人もいないので、少し強気の答えを返す。

『ビル。会ったばかりですまないけれど、背中に乗せてもらえる?』まあ、悪ガキの男の子ならそう来るよな。


 トウヤはニヤニヤしながら僕とマイクのやり取りをミハルに恐竜語で同時通訳している。


「ゴフ(少しだけでしたら、いいですよ)」

『うん。ありがとう』


 え?


「フー…(マイク?)」

『なに?』


 !


「ロロロ…(僕の言っていることが分かるのかい?)」

『そりゃね。だって僕、トライセラトプスが一番好きだし』嬉しいけれど、非論理的だ。子供らしいといえば子供らしいが。

「ルル…(傷口には気を付けて)」

『OK。じゃあ靴を脱ぐね』

 子供の中には時折鳥や動物と話が出来るという子がいるのは知っている。それは子供の戯れだと、僕は思ってきた。


 僕は子供の頃、故郷でネイティブ・ハワイアンのシャーマンだというおじさんに会ったことがある。

 彼は天気予報の名人で、その予報は百発百中だった。

 なぜそれが分かるのか聞いたけれど、島の周りの天気は樹や花に、そして遠くから近づいて来る天気は鳥から教えてもらっていると言っていた。

 僕は非科学的だとバカにした。

 けれど今なら彼の能力が本物で、素晴らしいものなのだと言える。

 そして、マイクの能力は本物だ。


「ゴォー、フッ(マイク、そこのラプトルが何を言っているか、分かるかい?)」

『ビルと僕のおしゃべりを繰り返してる。でも、伝えてるのは僕のセリフだけだね。何だろあのラプトル。ミハルさんだっけ?英語が分からないのかな?』

「クオゥッ」トウヤが恐竜語で何か言った。

『何?』マイクはトウヤに呼びかけられたのか答える。

「オゥッ、クルル…」

『うんそうだよ。レックス(Tレックス)やラプトルよりトライセラ(トリケラトプス)やアパト(アパトサウルス/ブロントサウルス)の方が好き。一緒にいられるなら、ずっといたいよ』マイクはラプトルと何を話しているんだ?

 トウヤはしたり顔で司令殿の方へ近づいて行き、カニンガム大尉殿も呼んだ。

 そして何やらマイクのことを話し始めた。

『ダメだ。許可できない。学校は…』

『御子息の性格は……ウシを飼わせ…』声を潜めているので聞き取りづらいけれど、トウヤは、ラプトルらしからぬ造詣に富んだ提案を出している。

『…忍耐を養うのに…』

『うーむ…』司令殿の額のシワが増えたり減ったりしている。『マイク、フィールズ少尉来てくれ』

『司令、進言させて下さい。ビルは重症ですので、彼のベッドまで御足労願えますか?』

『うむ』


 嫌な予感がする。

 ハリケーンがやってくる予兆じみた胸騒ぎだ。


 司令殿は僕とマイクのところへやってくると、膝を折ってマイクに話し掛けた。

『マイク。トウヤの提案だが、お前、学校はどうするつもりだ?』

『…休む』

『ずっとか?』

『ううん。だってトムやエレインと一緒のクラスでいたいもの』

『よし。成績を落としたら解任する。

 本音を言えば、父さんは反対だ。

 だが、ヤマモト少尉とカニンガム大尉の言い分ももっともだ。

 だから、試験的に6か月やってみよう』

『ホント?』

 司令殿はうなずくと立ち上がり居ずまいを整えた。

『マイク・フォワード。これより貴殿をビル・フィールズ少尉のアシスタントに任命する。任務内容は少尉の通訳と物理療法のアシスト。そして、作業サポートだ。詳細は後ほど通達する。以上現時刻1821より有効とする。

 少尉、息子を頼むぞ』

 つまり悪ガキの子守をしながら修復工事をするのですね?『トホホ…』

『ビル、ううん。少尉、よろしく!』

『よし、マイク。悪さしたら徹底的にお仕置きするからな?よろしいですね、司令?

 さて、マイク。初仕事だ。司令殿に今のぼ…私の言葉を伝えてくれ』

『え~…。

父さんいえ、司令殿。少尉からのメッセージです。"さて、マイク。初仕事だ…"』


ビル :ところで、そろそろ寝たいんだが。降りてくれないか?

マイク:ヤダ。お前の背中、あったかくて気持ちいい。このまま一緒に寝てもいいだろ?


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