031:ランチタイム・ミーティング
精神科医と獣医のガチバトル。
「癒し」についての視点の違いが今回のテーマ。
031:ランチタイム・ミーティング
食事を済ませると、オレはミハルとジェシーから、ミハルが言葉を取り戻した時の話を聞かせてもらう。
オレは場面ごとのミハルの心情を訊きながら、マインドマップでメモを取る。
結果としては、昨日ジョンソン先生の問診で聞けた以上のネタは出てこなかった。…ように思う。
「どうにも納得行かないんだな。
本当にジェシーとのスキンシップがきっかけなのか。
オレはハナから(最初から)人間とコミュニケーション出来ていた。別に誰とも交流があった訳でもないのに」
オレはマインドマップを見下ろしながら、どうも何かが足りていないような、どこか合点のいかないものを感じていた。
『何かが足りていない。それは何?』
「ねえトウヤ。少佐(ジョンソン先生)呼んで来ようか?」メモをにらんで唸るオレにジェシーが訊いた。
「そうだね。お願い出来る?」大事な事を話そうという時にジョンソン先生不在で事を始めるクセが付いているな。気を付けよう。
『ミハル。2つほど訊きたいことがあるんだ』ジェシーが席を離れてから、オレはデイノニクス語でミハルに話しかけた。
『ええ、答えられることなら…。でも恐竜語でなんて、どうしたんですか?』
『恐竜になった当事者同士の意見交換で、人間に聞かれたくない事柄なんだ。それに、こっちの方が早いしね』デイノニクス語はかなり高度な内容を日本語の1/10程度の時間で表現出来る。多分、狩りのために進化した言語なんだろうな。
『そういえばそうですね。日本語で考えているよりかなり早く考えもまとまるし。じゃあどうぞ』
『自分が人間であることに疑問を感じたり、人間をやめたいと思ったことはないかな?』
『…トウヤさん。この会話の内容はオフレコなんですよね?』
『可能な限りなかったコトにする。この話の内容が、ビル・フィールズを始めとした恐竜化したヒトたちの心理療法につながりそうな場合、内容を巧いことごまかして先生に伝えるつもりだよ。
ちなみにオレは割とよくあるね。"人間やめたくなる"の。ソフトウェア作るのにお客さんから要件を聞いている時とか』
『…これは警察官として口外してはならないことなので秘密にして下さいね。
答えはイエス』クギ打ちまくりですね、坂月美春巡査。
『やはりね。
じゃあもう一つの質問だけれど、それでも損得感情抜きで人間を助けようと恐竜になるまでは考えていた?』
『それもイエス。それは今でも変わってませんよ。
人間に対して今まで何度も落胆して絶望もしました。
それでも私は警察官をやっている。あ、今は軍人か。ともかく、手を貸さずにいるお利口さんにはなれないし、溺れている人を見殺しにできるような人間にはなれないし、なりたくもないから』
『そうか、…ありがとう』
『トウヤさん、どうしたんですか?がっかりして』
『予想出来ていたことだけれど、オレと同様に不器用なんだな、と思って。
気を悪くしないで欲しい。
これでお互いの内面の共通点が見つかったんだ。後はビルに裏付けを取れば確定だな』
『どういう事ですか?』
『オレもキミも、人間の闇を嫌悪している。その上で人間を好きでいる。
そうだろう?』
『面と向かって言われると恥ずかしいけれど、そうですね』
話も終わろうと言う時、ビュッフェの入り口にジェシーと先生が現れた。まだ1分も経ってないのに早いな?
オレは話を締めくくりにかかる。『今朝の捕り物の時、キミはビルのプロフィールを聞いて"消防団の頼れるお兄さん"と評価した。多分ビルも似た者同士なんだと思う。
ミハル。キミがヒトの言葉を取り戻したのは、自分がヒトを好きなんだって事を思い出したから。その心の力が壁を破ったんだと思うよ。
"人間でいろ。姿が恐竜でも人間でいろ"ターク隊長の言葉だよ。昨日、基地へ移送される時に言われた。
ビルにどんなことをしてあげられるか、先生と話そう』
『賛成です』
「すぐそこで少佐に会えたわ。少佐もランチだって。デイノニクス語で何話してたの?」
「ジェシーお帰り。トウヤさんとビル・フィールズのケアの事」
「もったいないな。白亜紀の古代言語のネイティブなのに、学術的価値がどれほどになると思うんだ?ワシも混ぜろ。
ついでに、出来ればオープンな場所では少佐と呼べ」
「じゃセンセ、じゃなくて少佐、コーラお代わりしてもいいですか?」
「キミはチープサイドか?まあ、食後診察の結果が問題なければ許可する。こればかりは医者として譲れん」先生は血圧計と採血機材をテーブルの上に置きながら釘を刺して来た。「だがアイスドティー(アイスティー)なら許可する」
「それで手を打ちます。センセ、ランチはこれからですよね?一緒に取りに行きましょう」オレはミハルに目配せしながら立ち上がった。
「で、ジェシーや他の人間に聞かれたくない内容というのは何なのかね?」ジョンソン先生がランチのトレーを取りながら訊いて来た。
「オレとミハルとビルの共通点を話し合っていました。少なくともオレもミハルもどうしようもないお人好しってことですね。
あ、ガムシロ(ガムシロップ)入れてもいいですか?」
「いいが、飲むのは採血検査してからだぞ。
そうか。言われてみればビルもお人好しで軍人には向かんタイプだ。ビルの療法のアイデアは出たかね?」
オレは言葉を選びながら、心理状態変遷に関してのみ見解を告げた。「ミハルの"人間の闇に対する嫌悪"と"話さないとならない"という意識下の拮抗状態がバリアになっていたのでしょうね。それがジェシーのハグがきっかけで緩んだのではないかと思います。平たく言えば、好きとか嫌いとか、そんなのどうでもよくなった、と言う所だと思います。
高確率でビルも同じ心理状態だと思います。
と、ここまでがミハルと話し合った上での見解です。
ここからはみんなで考えましょう。ビルに何をしてあげられるのか。
ビルは多分朴訥で、言い方悪いけどノリが悪いタイプだと思うんですよ」
「言い換えればガンコな所が引っかかる、と言う所か。
ふ~む。このタイプだとパーティーやら人を集めてどうにかなるものではないからな」
オレは先生に食後診察してもらい、嬉々としてアイスティーにガムシロを垂らしてからアジャイルに加わる。
先生がボイスレコーダーを出して『録音していいか?』と目配せしてくるので、OKと頷き返す。
先ずはミハルに了解を得てから先生とジェシーにオレの推察を説明した。
そして、先生にビルの性格分析を簡便に説明してもらう。
その上で何をしてあげられるか?
「役に立つ事をやらせてみてはどうでしょうか?」ミハルが思案気に提案して来た。
「ええっと、仕事をやらせるって事?」ジェシーが問い掛ける。
「ううん、そうじゃなくて…ボランティア活動的な位置付けのものですよ」
ああ、なんか分かって来た。
「自分が社会的に役立つ事で自信を付けさせるのだな?」
「そうです。
その、警察と言うのは腕力のない者や学歴のない者にとって居場所が見付けづらい所なんです。で、公募で入って来た新人さんの5月病対策というのが、ボランティア的な仕事なんですよ」
「ミハル、ゴガツビョーって何?」
「イッツ・メイ・シック。ルーキーズ・メランコリック・シンドローム(メイ・シックのことだよ。新人がかかる憂鬱症ね)」
「オ~・アイスィ。(あ~、アレね)」ジェシーにも覚えがあるのか、ウンウンとうなずいている。
「そう、メイ・シック。これが抜けなくてそのまま離職する新人さんも多くいるわ。そこで効果があるのが、自分が社会の役に立つ人間なんだと実感してもらうことなのよ。警察は万年人手不足で、新人さんが増えてくれるだけでも結構助かるんですよ。そこで、日本の警察にもそうしたボランティア的な仕事が割とあるのでそれをやってもらって自信を付けてもらうの」
「確かに効果がある処方だな。しかし在日アメリカ軍ではトリケラトプスに特に振れる仕事はないのだが」
「あるじゃないですか。ビルが壊した建物の復旧作業が」
「なるほど。だが医師として最低でも1週間は療養させる義務がある。ケガが治る頃にはそれなりに復旧してしまうよ」
「あ~、いいアイデアだと思ったんだけどな」
「いくら体が大きいとは言え、縫合が必要な裂傷があちこちにある。それに失血の影響もある。輸血か増血剤の投与が出来ればまだ少しは治りも早くなるだろうが、君たちと同様にトリケラトプスの血液ストック自体ないのだから。増血剤も然りだ。
だから体を動かさずに済むことしか許可出来んのだ。スマンな、ミハル」
先生の話にオレとミハルは目を合わせて、お互いにため息を漏らす。
「ドクター」ジェシーが話しかける。
『イヌがどれほど散歩が好きかご存知ですか?』
『それは…食事の次ではないのかね?』
ジェシーと先生が英語で話を始めたので、オレは声を下げてミハルに通訳を始める。それにしてもなんでワンコの話なんだ?
『いいえ。命よりも大事にしているんです。歩けなくなって食事も摂れなくなっても、それでも散歩に行きたがるんですよ。立っただけで心臓発作を起こしかねなくなっても』
『そんなに?』
『この話はターミナル・ケアと関わりがあるので例として出しましたが、今のビル・フィールズも近い状態にあると思います。
人間はイヌやウマのターミナル・ケアは大昔からやっているのに、人間に対しては20世紀の終わりになって初めて認知されるようになるほど鈍感です。
好きな事をずっと続けたい。自分の本分を通したい。そう思うのは人間も動物も変わりありません。
だから、少佐。ビルが望むことが自分の命に関わることだとしても、少しでもいいからやらせてあげてもらえませんか?』
オレはジェシーの言葉をミハルに伝えながら、鼻をすすらずにいられなかった。
一方のミハルも目に涙を浮かべていた。
そして先生はと言うと、腕を組んで苦い顔をしていた。
『15分ごとに休憩。作業は1時間まで。傷口が開くような事は決してさせない。ビルの監督を専任で付ける。
と言う所だ。
これ以上は譲れん』
『感謝します!ドク』
『おいおい。まだビルと話もしていないし、監督にしたところで当てはあるのかね?』
『やりたがっている人は居るんですけどね。あいにくその人明日から任務に復帰しないとならないんですよ』
多分ジェシー本人かジョージ副長のことだろうな。
『でもなんとかなると思うんです。
ミハルが言葉を取り戻したり、トウヤがレックスをKOしたり。強い意志を持って行動すれば案外出来ると思うんですよ』
「全く君という娘は。見てみろ、デイノニクスまで感動しておるぞ」
うっ!気付かれてしまった。オレはポケットティッシュを取り出し、2~3枚抜き取るとミハルに回した。
ミハルもティッシュを抜き取り、仲良く鼻をかんだ。
イロイロあるだろうけど、妥当な解のひとつにはなってる、と思う。
小児科医と産科医が加わればもっといろいろとサジェッションがだせるんだけど、ココは戦線なんでムリ。




