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恐竜日和 ウォーク・アバウト  作者: ニジヘビ
レイクサイド・トレッキング編
118/138

118:ガールズグリーティング #2-3

肉食竜のガントレットと草食竜の一騎打ち。

保身に損得を追う者とぶれずに行く先を見据える者。


COVID--67Mを漏らしたのはどこの一門なんだろうねぇ?



 118:ガールズグリーティング #2-3


 白角岩しらづのいわの回りは、多種多様な竜がまばらに集まっていた。

 三日月爪デイノニクスのトウヤの呼びかけで、疫病禍の問題を話し合うためだ。

 会合にやって来た最後の竜が到着すると、集まっていた草喰いの中から三本角トリケラトプスが進み出る。

 体が大きく攻撃力もあり数も多い種は、良くも悪くも"民主的"だ。


『今広まっている疫病の対策を話し合う、という事だったが、具体的には何を協議するのか?』

 トリケラは集まっている竜に呼ばわった。


 トウヤは、大暴牙ティラノサウルス・レックスの赤帯ボスに「ホレ、出番だ」と促され、進み出る。


 大型竜というものはおしなべて頑迷だ。

 強気で強い言葉を選ぶ必要がある。

 反面で、小型竜たちはわずかなことにも動揺しやすい。

 場にいるものはリーダー層や有識者層のため、まるっきりの能なしという訳ではないものの、言葉のさじ加減を考える必要がある。

 そして声色こわねも。

 その点でデイノニクスは、スポークスマンとしてはうってつけの一門だ。様々な声色を作ることが出来る。

 狩りで"寄せ猟(寄せ餌や寄せ鳴きなどで獲物をおびき寄せ、待ち伏せする猟法)"をやる際に、声色で寄せ鳴きをよく使うからだ。

 トウヤは、スピーチに殺伐としたイメージを持たせるため、耳障りな少し乾いた声で話し始めた。


『私たちは疫病禍に見舞われ、乾いた大地のようになりつつある。

 このままでは、この夏を越えることはおそらく出来ない。

 渡りに就いた者は道半ばで倒れ、この土地の者も"疫病"か"飢え"のどちらかで枯れ果てることになる。

 この点について齟齬そごはないな?』


 素直にうなずく竜も居たが、"言われてみれば…"と顔から血の気がひく竜が大半だった。

 恐竜は基本的に未来のことに頓着とんちゃくしない。

 いつティラノに喰われるか分からない世界では、先のことを考えないのが一般的だからだ。

 ごく一部、腕のいい狩猟竜や渡り竜の優秀なリーダーが、狩りや渡りの長期的な予想を立てるくらいだ。それらの竜は、時の移り変わりに伴い世界が変化してゆくさまを想像できる知力があり、中には大なり小なりの予知能力を備えている竜もいた。


『疫病にかからなくなるか、罹っても症状を弱くできる見込みがある。

 集まってもらったのは、それについて話し合うためだ』


 場がどよめく。


『そんな方法があるのか?』

『今までに罹ったことのない病に耐えた者には、その病に対抗する力が備わるというのは、ご存じか?』


 場の竜は全員、一度罹った病に再び罹ることがないことを知っていた。

 トウヤは、場が静まるまで待ち、今度は落ち着いた固い声で話し始めた。


『その力を、命を落とした仲間から分けてもらう。

 …仲間を食べることによって』


『ふざけるな!』

『死んだとはいえ仲間を喰えと言うのか?これだから肉喰いは!』


 さすがに草喰いに限らず非難囂囂ひなんごうごうだ。

 禁忌中の禁忌を実施しようと呼びかけたのだ、ムリもない。


 恐竜たちは、同族同士のケンカ出入りがごくごくまれに殺し合いへエスカレートすることがある。

 しかし、それでも共食いはしない。

 1億年以上も闘争に次ぐ闘争を繁栄につなげてきただけあり、同族同士で一線を超えると、一門が滅ぶリスクがあることを身を以て知っているのだ。


 だが、倫理的な線引きはさておき、議論好きな竜や疫病抑止のノウハウに興味を持った竜が言葉を注ぐ。


『病気で死んだ竜を食べて、疫病がうつったりしないのか?』

『疫病に罹らなくなる可能性があると言うだけだろう?効果がどの程度あるのか分かっていないのか?』


 悪くない反応だな。


 トウヤは少し安心した。


『同族でなくとも、効果はあるそうだ。

 そして、すでに罹ってしまった者を救うことは出来ない』


 トウヤは、一度言葉を切り、場を見回す。

 大事なことは告げた。

 ここからは説得交渉だ。

 心情ハート理性ロジックのせめぎ合いになる。

 トウヤは、相手をなだめる時に使う落ち着いた声で話し始めた。


『病に罹ったものを群れから放逐ほうちくする流れを止める手立てだ。

 気を落ち着けて、考えて欲しい』


 竜たちの群社会はかなりリベラルだ。リーダーに逆らおうとケンカを売ろうと、正当な理由がある限りは負けてもそのまま群れに居続けることが出来る。

 そんな中でも例外と言えるのが、常に群社会を乱す行いを続ける竜や、今話題にしている流行病はやりやまいに罹った竜だ。

 それらの竜は、群から放逐される。

 日本でも近代までは、治療法の分からない疫病に罹った者は隔離され、場合によっては、村や町をつなぐ道や橋を落とし、地域ごと封鎖したほど。

 治らずに命を落とした者は、戸板やふすまに乗せられて人気のない山や谷に運ばれる。人心のある内は埋葬され、対処が難しくなってくるとうち捨てられた…。

 山を歩くとたまに見かける草に埋もれた小さな墓碑や道祖神には、そんなエピソードが付いていることがままある。


『放逐された家族が独り野辺のべで最後を迎え、野ざらしになって行く運命を、少しは変えられる。

 仮に病に倒れた者を癒やすことが出来なくても、すぐ側に付いて見守ることは出来る。

 それだけでも、救いにならないか?』


 トウヤは、居並ぶ竜全てに問いかけた。


 すると、肉食側から見かけたことがない一頭の中型竜が立ち上がった。

 中型の狩猟竜で、鼻先と目の上に平たい角を3本頂いている。二本脚(獣脚類セロポーダ)には珍しく、前肢が四本指だ。


『旅の者だが、何やら有益な話が聞けそうなので参加させてもらった。

 もう知っていることなので黙っていたが、声を上げたものたちは、効果の程を知りたいのだな?』

 三平角みつひらづのの竜は、場を見渡した。

 落ち着いた声や仕草からすると年嵩としかさのようだった。

『なら、言わせてもらおう。

 効果はある。

 私は方々を渡り歩くのでな。

 この三日月爪の言う方法は、すでに試している。

 そのおかげか、問題の疫病に罹らずに済んでいる。

 私が食したのは同族ではないが、どうやら効果はあるようだ』


 旅の竜の言葉に、場は水を打ったように静まりかえった。


 草喰いは、実は完全植物食という訳ではない。

 間違えて小型の哺乳類や魚を食べてしまうこともある。草に張り付いている昆虫も同様だ。サラダのベーコン・チップやクルトンと同じで、味のアクセントに過ぎない。

 肉のみをむさぼり食うと言うのでなければ、薬代わりに少量を食べることも可能だった。

 しかし、肉食を百歩譲ったとして、防疫ぼうえきのために同族なかまむくろを異種族に提供するというのはまだ抵抗がある。

 それは肉喰いたちも同じ思いだった。


『では、ワシから一つ提案と行こう』


 赤帯ボスが立ち上がった。


『オマエたちこの場にいる草喰いがこの方法を試すというならば、ワシら肉喰いは月が満ちるまでの間、オマエたちに手出ししないことを約束する、というのはどうだ?』

 その途端、肉喰いたちから抗議の声が上がった。

『この冬は不猟でカツカツだったんだ。この上まだ半月も食い上げだなんて、もう持ちこたえられない!!』


 抗議の叫びを上げる竜を、赤帯ボスは憐れに思った。

 目の前の肉と生き残りの可能性。

 折しも冬の終わり、飢えで痩せ細った身に残酷な選択なのは百も承知している。

 大暴牙クラスの大型種なら、水さえ都合付けられれば数ヶ月は持ちこたえられる。

 しかし、小型種やスレンダーな種はそうはいかない。

 すぐに飢え死にしてしまう。


 赤帯ボスは目を閉じると穏やかな声で、誰と言うではなく話を続けた。


『もう50以上も冬を越えて来た。

 その昔、今回と同じく流行病はやりやまいで草喰いもワシらも数が減った。

 その上、獲物が少なくなったと、見境なしに生き残りを狩るバカ者が出おったわ。

 そのツケを負ったのが、ワシらの世代だった。

 折しも、獲物が完全に姿を消した時期に、夏の水不足が重なった。

 周りが飢えと渇きにバタバタ倒れていくのをまた見るのは、御免だ』


 赤帯ボスは、そう言うと周りの肉喰いに向き直った。


『ワシは、オマエたちから獲物をかすめたこともなければ、ワシの縄張りを侵したもの以外に牙を向けたこともない。

 このまま行けば、この場にいるもの全てが滅ぶことになる』


 赤帯ボスは同伴の古株を下がらせた。


『それを押し止めるためのこの願い。聞き入れられんと言うなら、オマエたちの"話"、聞かせてもらおう』


 同胞への宣戦布告せんせんふこくにも等しい言葉を発した赤帯ボスに、いくつかのパックから気の荒そうな竜が立ち上がる。

 豊かな猟場を持つ赤帯ボスへのやっかみを持つものもいたが、勝手な意見を挙げたことへの怒りからだ。

 いずれも中型種から大型種だった。

 一斉に赤帯ボスに襲いかかる。

 だが、赤帯ボスは前肢をすぼめて身を固めるだけだった。

 そして大きく身震いすると、体に牙を立てている竜を振り飛ばし、巨体から繰り出すテール・スマッシュでなぎ払い、ボディ・プレスで圧し潰した。


 文字通りの血切り投げだった。


 赤帯ボスに弾き飛ばされた竜はほぼ無傷で身を起こすものの、全身に牙を受けなお立つ赤帯ボスの気迫に、それ以上意見を通そうとするものはなかった。


 赤帯ボスは場を見届けると、草喰い陣営に向き直った。


『見苦しい所を見せたが、ワシの意見はそういう所だ』


 草喰いたちは、シンと静まりかえった。

 このまま行っても、命を落とす仲間は増える一方。

 そして、効果があるか分からない方法を試すことで疫病禍を乗り切る代わりに、半月後にはおそらく今まで以上に狩られることになる。

 どちらを選んでも救いはない。


 だが、トウヤの声に家族を思う心を気付かされ、赤帯ボスの体を張った説得に心を固めた竜が進み出た。


 鬼岩槌(パキリノサウルス・ラクスタイ。以下、パキリノ。)のご隠居だった。


『確かに肉喰いの言うことだ。

 それも、三日月爪の言で確証もない。

 だが、ひょっとしたら効果があるのかも知れない。

 このままでは我々は数を減らして行くばかり』

 ご隠居は苦渋の決断に目を閉じる。

『病に罹った者を群から放逐し、無事な者だけが難を逃れる以外の、細い道が出てきたのだぞ?

 やってみる価値はあるだろう』


瘤鼻こぶはなはさがっていろ』草喰い勢を仕切っていた三本角は、鬼岩槌一門を卑称ひしょうで呼び吠え立てる。

『おぬしに指図されるいわれは、ない』ご隠居はまるで意に介さず、振り向きもしない。


 トリケラは意向を真っ向からはねつけて来たパキリノに怒りを露わにし、フリルをみるみる赤く染めて行く。

 そして額の角を下げ、鼻息を荒げ身構えた。


 一方、トリケラ・リーダーより二回りほど体の小さいご隠居は、相手に向き直ると後脚を折り片膝を突き、もう一方の脚は前に投げ出すように一杯に踏み出す。

 そして前脚も一杯に前に踏み出し、顔を脇に一杯に反らせた。

 その姿は、まるで主人に怒られている犬が、腰を落とし顔を背けておびえているようにしか見えなかった。


 草食勢から、ご隠居へ野次やじ罵声ばせいが飛び交う。

 いずれもトリケラに異見を通そうとするご隠居へのブーイングや言葉と裏腹な仕草への野次だ。


「ミハル。今から一生に一度見れるかどうかという技が見られるぞ」

 草食勢が上げる騒々しい野次の中、トウヤはそっとミハルに耳打ちする。

「今まで伝授したことを全て思い起こせ。

 ご隠居があの体勢からどう動けるか、まずすじを読んでみろ。

 その上でどう動いたか、目と耳と肌全てを使って感じろ」


 ミハルは叔父からすばしっこい獲物を狩る技を散々仕込まれ、その修行のおかげで、生き物が次に取るアクションを予測出来るようになっていた。

 樹にとまっている鳥は、クビが向いている方にしか飛び立たない。

 魚は、わずかでも体が沿っている方向の逆に逃げる。

 動物や虫は、とっさの行動を起こす場合に特定のパターンに従う。

 だが、十分に準備を整えた者は、二つに一つしかない。

 一方は、身を緩ませている者は多くの状況に対応するべく、もう一方の身を固める者は一点の動きのみ力を注ぐため。

 ご隠居が取るかた

 それはきんの張り具合から明らかに後者だった。だが、これでは突進してくるトリケラの角をただ受けるために立ち上がることしか出来ない。

 トリケラが息をため終え、全力で突撃を始める。

 一方のご隠居は、トリケラが走り始めたのを見届けると、地面の一点を半眼で注視し、身動き一つしなくなる。

 そのポイントは、ご隠居の間合いより少し遠い所だった。

 敵を見てすらいない。

 それが繋がった時、ミハルにはこれから起こることが、全て手に取るように見えた。


 その刹那せつな


 勝利を確信し猛突進して来たトリケラの角が天高く折れ飛び、巨体が弾き飛ばされるように横倒しになり、勢いに乗ったまま滑って行った。

 ご隠居は闘牛士マタドールのように身をひるがえして避けただけに見えた。


 ミハルは詰めていた息を、ふぅ、と漏らした。


 倒れたトリケラは頬を腫れ上がらせ、白目を剥いたまま身動き一つしない。


 先の一瞬。ご隠居は体全体をバネにして一歩踏み出し、鼻先の大槌ハンマー虚空こくうの一点を全力で振り抜いたのだった。

 その間合いに突進して来たトリケラの顔が重なった時、頬から角の根元が抉られた。


「『居合い』の神髄だ。

 見えたか?ミハル」

「ハイ!」ミハルは鼻息荒く答える。


 鬼岩槌って凄い!


 ミハルは目を見開きながら、遅れて背中を走ったうそ寒さに身震いした。


『こちらも見苦しい所を見せてしまった。以上がワシの想いだ』


 ご隠居は肉喰いの陣営に向き直り、赤帯ボスとトウヤにかすかにうなずくと退しりぞいた。

 会合はそれを潮目しおめに、物別れに近い形でお開きとなった。


「ダメだったか」

 帰って行く竜たちを見送りながら、トウヤがつぶやく。

「やることはやったんだ。とりあえず、ワシらだけでも予防しておこう」

「そうッスね」


 完敗だった。しかし、竜事じんじを尽くしてのためか、5頭ともなぜかすがすがしい気分だった。

 疫病禍の渦中なのだ。"薬"はそれなりに見付かる。


 今年の夏は食い扶持を稼ぐのに苦労しそうだ。テを考えておかないとなぁ…。


 トウヤは青々とした空を見上げる。


『残念な首尾だったな』

 声に振り向くと、パキリノのご隠居だった。

 反鳥冠(そりとさか/パラサウロロフス)や一角嘴(ひとづのくちばし/マイアサウラ)も一緒だった。

『今日は遠い所をありがとうございます。

 望んだ結果にはなりませんでしたが』

 ため息交じりのトウヤに、ご隠居は含み笑いで応じる。

『こちらはワシの知己ちきだ。

 肝心な話がこれから、という所で横槍よこやりが入ったからな。

 よければワシらに続きを聞かせてもらえんだろうか?』

 ご隠居はそう言うと、連れの竜を前に出した。

 いずれもお互いに何度か見かけたことがある地元竜で、トウヤも何度か襲撃した事があるポッドのリーダーだった。

『馴れ合うつもりはない』

 進み出たパラスは、宿怨しゅくえんから険しい顔つきをしていたが、トウヤに向ける眼は救いを切望していた。

『しかし、それでもいいのなら、ぜひ話を聞かせて欲しい』

 一方、マイアは半信半疑という面持ちだが、どこかお互い様という様子で柔らかな物腰だった。

『群れや家族を思う気持ちは肉喰いも同じなのですね。

 私たちも話に入らせて下さい』

 パラスとマイアが地元で最悪の狩猟竜たちと顔を合わせ、無事に済んだのをきっかけに、居残っていた竜たちもおずおずと近付いて来て、『もし聞かせてもらえるなら』と座に加わった。

 その中には、角を折られたトリケラ・リーダーお付の竜もいた。


 みんな家族や群れの仲間を守りたい。その一心からだ。


 トウヤは、話を聞きに集まってきた竜をまとめ、防疫策の細かい点まで説明した。

 特に喉元のどもと排泄口はいせつこうの内側にある部位は"病み肉"と呼ばれ、高い効果があると教えた。

 もちろん、重篤化じゅうとくかして助かる見込みがない竜の"行く末"についても。

 心苦しくはあったが、車座に集まった竜は納得してくれた。


 そしてトウヤたちは肉喰いの"病み肉"を喰らい、落ち着くまで2日ほど体を休めると、計画プロジェクトをスタートさせた。

 赤帯ボスとターボ君と共に、まもなく命の火が消える者を巡る。

 死神として命を摘み取り、生き残っている草喰いたちに"病み肉"を供じるためだ。

 ダメ元で罹り始めで症状が軽い竜にも食べさせた。

 地域を一通り巡ると、赤帯ボスは一族を引き連れクビナガ(竜脚類サウロポーダ)を何頭か狩り、少ないながらも地元の肉食竜たちに振る舞う。

 トウヤとミハルもターボ君と共同でクビナガを狩り、同じく地元の肉食竜に振る舞った。

 そして赤帯ボスの下、月が満ちるまでの間、地域の肉喰い勢総意の元、狩りを止めることになった。

 白角岩で赤帯ボスに牙を向けた竜たちも、そういうつもりだったなら先に言え、と苦笑いで協力を約束してくれた。


 重篤だった竜は助からなかった。

 しかし、それ以上病を患う竜が増えることはなく、意外にも症状が軽かった一部の竜も持ち直した。

 角を失ったトリケラはというと、その後もかたくなに病み肉を口にすることをこばみ続け、ついに病に罹り、独り群れを去った。風の噂では、クチバシ一門の群の近くでひっそりと息絶えていたという。


 ……………………

 …………

 ……

 …

 .


「そんなことだったの?」ジェシーはミハルの話が終わるとしたり顔で感想を言う。

「そんなことって、ヒドい」

「ううん、驚いたのよ。

 野生の動物でも、そう言うのやるの。生ワクチンを食べる訳ね」

「…ワクチンを食べる?生って?」

「生体ベースのワクチンや血清のことよ。ポリオ・ワクチンとかヘビ毒の血清けっせいとかね。

 腐敗ふはいしたり自然分解してしまうから鮮度が大切で、その…出来たての内に使うのがベターなんだ。

 野生動物でも流行病が出た時、死んだ仲間の抗体と寿命間近で弱毒化した病原体を生きている内に食べて、体内で抗体を作るようにしていることがあるのよ。

 経口摂取こうけいせっしゅになるから、量を食べる必要はあるけれど。

 彼らがそれをどうやって知ったのか、まだ解明されていないのよね」

「そんなことがあるんだ!?」

 ジェシーはうなずく。

「それに、トウヤが言っていた、首の周りとお尻の奥って言うのは、それなりに当たっているの。

 現生鳥類と一部の現生爬虫類の場合だけど、ファブリキウス嚢(英:bursa of Fabricius)っていって、哺乳類で言う胸腺きょうせんに相当する器官が直腸の横にあって、そこでB細胞リンパ球(英:B lymphocyte)、つまり抗体ね、が育つのよ。

 恐竜も同じ場所にある、ってことなんでしょうね」

 ジェシーの、獣医としてのオピニオンだった。

 ミハルは驚きと感動の入り交じった表情で冠羽をボウボウに立て、ジェシーをまじまじと見つめた。

「ずっと、気にしていたんだ?」

「うん」

「これで、気は晴れた?」

 ミハルは満面の笑みを浮かべた。


 白亜紀ではあの一件以来、襟付きやクチバシの間で流行病が広まった時、群れの識者の依頼で体力のあるものに密かに息絶えた仲間を取り込ませ、効果を試す試みが広まった。

 それは一定の成果をもたらし、おぞましくも一門が生きて行くための知識として、一部の識者の間に受け継がれることになった。


 そんな、小さなことだった。


 だがその結び付きが、やがてやってくる終焉カタストロフィに恐竜たちが一丸となって立ち向かういしずえになっていたことを、トウヤもミハルも知ることはなかった。


ジョンソン:野生動物がワクチン摂取目的で共食いを行うエピソードはワシも話に聞いたことがある。恐竜たちもやっていたとは驚きだ。

ジェシー :けど、誰がこの方法見つけたのか、謎のまま。

ターク  :歴史のミステリーか。

トウヤ  :アメリカ中旅していた中で聞いたコトなんだ。細かいとこまで覚えてないよ。

ターク  :まるで外宇宙探査機ニュー・ホライズンズ深宇宙探査機ヴォイジャー・シリーズだな、オマエは。

ジョージ :そう言えば三畳紀末のコエロフィシスの共食いって、学者の検証不足から出た誤りだったって知ってた?

ジョンソン:別の獲物だったそうだな。


参考論文

鳥類以下の脊椎動物における造血組織の系統発生学的研究:特にリンパ球及びリンパ組織の分化について 兼定 彰 1956

爬虫類及び鳥類の肝並びに骨髄に出現するリンパ組織 兼定 彰 1956

動物の腸管付属リンパ組織の形態と機能 保田 昌宏 2009

Prey choice and cannibalistic behaviour in the theropod Coelophysis. S. J. Nesbitt, A. H. Turner, G. M. Erickson & M. A. Norell 2006.


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