100:白亜紀の守護者 #3
赤帯一族のボスとターボ君の組み手。
人間と違って、恐竜は年を重ねるたびに強くなっていくもの。
100:白亜紀の守護者 #3
稽古の仕上げに、オレは大灼牙一門のターボ君を大暴牙一門の赤帯ボスに引き合わせた。
ボスはプライドが高いお方なので、ザコは文字通り歯牙にも掛けない。
オレの顔を立ててくれただけかもしれないが、それだけでも名誉といえる。
赤帯ボスは、体を揺り起こしもせずスッと立ち上がり、若いトルヴォサウルスを見下ろす。
見慣れたターボ君の巨体が小さく見える。
オレたち狩猟竜は、生きている限り成長を続けるので、オレも含めて体の大きい竜というのは、それだけ長生きしているんだ。
それも図体ばかりではなく、生き残る度に積み重ねた数々の知恵を備えても居る。
正直言えば、赤帯ボスは訓練済みターボ君が3匹ぐらい居ないと倒せないほどの強敵だ。
だが、成竜と幼竜に見えるこの体格差は、これからの緒戦としては打って付けだ。
「喜べ。相手してくれるそうだ」
ターボ君は、やりたいようなやりたくないような、複雑な顔をしている。
「付いてこい」
ボスはそう言うと、ノシノシと先に歩き始めた。
「今まで教えたことを忘れるな。生き残れば、ヤツらを倒せる」
ターボ君は身を堅くして、黙ったまま頷く。
初々しいねぇ。
「静かにしろ」ボスがオレたちに注意を促す。
若い衆への体面もあるので、ボスとオレは表面上馴れ合わないよう示し合わせている。
ボスはオレたちを連れて、一族に見つからないよう、こっそり岩棚を抜け出した。
赤帯一族の怖い所:ティラノサウルス・レックスであること。
それ以上に怖い所:狩猟ティラノ一族なので脚音をほとんど立てないこと。
ボスはあの巨体で一度もハコ抜けを見つかったことがないと豪語している。
狩猟技術の使い所を間違っている気がしないでもないが、オレもオスなんで気持ちは分かる。
ボスは住処から少し離れた開けた場所にオレたちを連れてきた。
「じゃ、始めるぞ。構えろ」赤帯ボスは無造作に正立する。
オレはミハルを抱えて大急ぎで場を離れた。
ボスはせっかちという訳ではないが、この手のことには間を置かないタチなんだ。
ボスは、ターボ君と正対したまま、ノシノシと間合いを詰め始める。
そして、突然大きく踏み出すと正面から喰い付き、バクンッ!と大きく口を鳴らせた。
ターボ君が驚いてスウェーすると、ボスは更に一歩大きく踏み込み、テール・スイングをターボ君の首に入れる。
バランスを崩しかけている所に追い打ちを掛けられ、ターボ君は弾き飛ばされるようにダウンした。
これが実戦なら、ターボ君は次の一撃でキメられていただろう。
ボスの実力なら、苦も無く仕留めることが出来る。
それにしても、ボスもあの巨体でよくもまああんな脚捌きが出来るもんだ。
ボスは今のフェイント技で、大物クビナガを何頭も仕留めている。
「どうした、若いの。この後まだ8頭も"控え"が居るんだぞ?」
ボスはバカにしたようにシッポをクネクネと振る。
「前座のロートルから一本でも取ってみんか」
ターボ君はタテガミをバリバリに逆立てながら立ち上がった。
グォォォォォ~~~ッ!!(ブコロォォス!!)
ガアァァァァァァァァァァァァァァァァァア~~~~~~~!!!(来いやァァァァァァァァア!!!)
お~コレコレ。この腹に響く重低音。
いやぁ、大物同士のバトルというのは、いつ見ても迫力だよな。
よせばいいのに、ついてくるときかなかったミハルは、大物同士の咆哮合戦にすっかりビビってしまい、オレの脚元にうずくまってしまった。
ターボ君もようやく普段のおっとりモードから抜けてくれたようで、大型狩猟竜らしい威勢を見せてくれるようになった。
オレはミハルをなだめつつ、オヤツに持って来たイムの実をモクモク食いながら、トルヴォvsティラノ第一回戦を楽しむ。
それにしても、ターボ君て実戦に強いタイプなのかね?
なんかボスに張り倒されたら、いきなり威勢がよくなったぜ。
それに、オレが仕込んだことをしっかり守って立ち回っている。
赤帯ボスの上段からの喰い付きも巧くかわし、ひねり込まれて下段からの喰い付きもヘッドバッドの応酬で返す。
動きもよくなってきたから、そろそろキメてくれるかな、とか思ってたら、さすがにボスの方が上手だった。
ボスは下段の喰い付きと見せかけ、ターボ君の股に頭を突っ込み、力技ですくい投げを掛けてくれた。
重心を前に乗せていたターボ君はたまったものじゃなかった。
ボスの背中を滑り落ち、地響きを立ててひっくり返った。
その上、転倒ショックで息が詰まったようだ。
赤帯ボスは、ターボ君の尻尾を咥えてたぐり寄せると、膝の裏にターボ君の首を挟み込み、たぐり寄せた尻尾を残りの脚で固め、横向きに倒れているターボ君の地面側の脚を咥えると、全体重を掛けてトルヴォサウルスを逆エビに固めた。
ティラノが関節技使うなんて、この時始めて見た。
敵ながら、このハメ技には脱帽ものだ。
が、それはそれだ。
カハッ…カハッ…
ターボ君は口をパクパクさせ、落ちる寸前だ。
「オジさん、ターボ君、死んじゃう…」ミハルは不安気にオレの前肢を引く。
しようがない。ちょっと喝を入れるか。
「それでいいのか!!。オマエ、ヤツらに傷一つ負わせてないだろ!!」
これで負けを認めるようなヤワなヤツなら、ティラノの賊なんて到底倒せない。
白亜紀じゃ、どこまでもあきらめないガッツとわずかに降り注ぐ運で、それなりに生き延びることが出来るもんなんだ。
現に狩猟竜のオレが言っているんだ。間違いない。
あ、そこ。今までどんだけ獲物取り逃がしたんだ、とか訊くな。
ターボ君は、赤帯ボスのアゴに固められている脚を強引に引き、ティラノよりも頑強な前肢を首を固めているボスの脚に掛け、ジリジリと脱出を始めた。
確かに、技を掛けられているのがティラノだったら、あそこからの脱出はまずムリだっただろう。
トルヴォサウルスのそれなりに丈夫な前肢は、ボスのサブミッションを崩すのにギリギリ役に立ってくれた。
ボスの膝を首から引きずり下ろすと、サブミッションが全体的に緩み、ターボ君は大きく息を吸うと一気に体を丸め、ボスの下から脱出した。
ボスは前に投げ出されるが、すぐに立ち上がる。
ターボ君は、咳き込みながら立ち上がりこそしたものの、チョーキングから立ち直っていないのか、フラフラの上に目の焦点が合っていない。
案の定、赤帯ボスは全力で突進を始め、ボディ・アタックを仕掛けてきた。
今のターボ君には、自分よりはるかにウェイトのある相手の突撃を受け切るにも避けるにも、体力が残されていない。
だが、さっきオレがティラノの若い衆に掛けたはたき込みを、彼はよく見ていたようだ。
ボスの頭がハラに届く寸前に前肢で下に押し込みつつ、ボスの体を跳んで乗り越えた。
あのタイミングを見ただけでやっつけちまうとは。
ボスは頭から地面に突っ込み、地面を削りながらスライディングして行く。
ターボ君は深く息を吸うと、ボスに向かっていった。
そのボスは、鼻先と腹をすりむきながらも立ち上がり、向かってくるターボ君に下段からカウンターでひねり込みを掛けようとした。
しかし、ターボ君は寸前で尻尾を上げ膝を落とし、スピードを相殺させてボスの攻撃タイミングを外させた。
喰い付きが空振りに終わったボスは、喉元ががら空きになった。
ターボ君は下段からボスの喉元に喰い付き、抑え込みに入った。
「よし、そこまで!」
ターボ君はオレを苛立たしげに睨むが、すぐ我に返ったようにアゴからボスを放した。
赤帯ボスは、身震いすると息を整えた。
首にポツポツと軽い噛み傷が見える。
ターボ君がマジ切れしていたら危ない所だった。
「若いの、よくやった。
一本取ったのもそうだが、ワシの固め技を破るとはな。
オマエが初めてだ」
ボスは言葉を切り、ターボ君の前肢に目を向け、次に首をひねり自分の前肢と見比べた。
「オフクロとオヤジからもらったその前肢、大切にしろ」
「はい。ありがとうございました。
トウヤさんも。
オレもボスから一本取れるとは、思いもしなかったッス」
「しかし、一体どうやってひねり込みのかわし方を覚えたんだ?
トウヤ、オマエが仕込んだのか?」
「ええ」
「まったく、大したヤツだ。
喉が渇いた。水場へ行くぞ」
ボスは近くを流れる河へ首を向けた。
水場に付くと、4頭で喉を潤す。
北に向かう緩やかな流れを前に、オレたちは腰を下ろした。
オレの体長の3倍から4倍はある2頭の気の知れた巨竜が寛ぎ、冬の昼下がりの日差しに羽毛を膨らませる。
「出入りってのはな、初戦が肝心なんだ」
一息つくと、ボスは口を開いた。
「ハンパに強いヤツらは、一発目に大ダメージをくれてやると慌てふためく。
その隙で2頭くらいまでは抜くことが出来る。
オマエは、今回そこで失敗していた。
最初のダウンな。あれはイカン。大損だ」
ボスのいい所は、組み手の後、お互いの悪い所を洗い出し、それをどうすれば手直しできるか話し合いの場をこうして設けてくれる所だ。
ボスは同じミスは二度とさせない。
繰り返すヤツは、組み手で同じミスを引き出させ、それがどれほどの痛手になるのか徹底的に体に覚え込ませる。
その殺陣の流れを作り出せる天性の才を持つ者が赤帯には多い。
赤帯一族の強さは、血筋だけではない。
血筋がもたらす恩恵を細大漏らさず活かす。
そこがおっかない所なんだ。
「オマエ自分に情けを掛けたな」
ボスは、ターボ君の目の奥を覗きながら訊いた。
「どうやって逃げれば助かるか。
その方法をどこかで考えていただろう?」
ターボ君は少し戸惑った後、うなずいた。
「二度とやるな。
次に同じ場面で同じ事やる時は、死ぬ時だと思え」
ボスは暗に手加減してやったのだと言っているんだ。
「ワシの牙をオマエは全部避けた。
あれだけの体捌きが出来るなら、ワシの最初の一撃に引き下がらず、踏み込んでこれた。
その後2手でワシは一本取られることになったな」
結局、ボスは関節技を使った時を除けば、一度もターボ君に喰い付くことが出来なかった。
確かにターボ君はボスより2回りほど体が小さいため、多少は身のこなしが早い。
しかし、その優位性を十分に相殺できる大きなアゴをボスは持っている。
ターボ君はスピードで避けたのではなく、ボスの牙筋を読んでのことだ。
ボスは、それを全て見抜いた上で、叱っていらっしゃる。
つくづく怖い、そして優しいお方だ。
「それにしても、ワシの絞め技を抜けるわ突進を抑え込むわ。師匠の仕込みがいいのか、どこで稽古付けてもらった?」
「体捌きはトウヤさんに。他は故郷で覚えました」
「まったくオマエらとんでもないバケモノだよ。ワシの縄張りを荒らしに来てくれるなよ。
今日は疲れただろう、泊まっていっていいぞ」
申し出は嬉しいが、オレは気持ちだけ受け取り、辞謝した。
そこへ、顔見知りの赤帯古株が姿を見せた。
「頭領、お迎えに上がりました」
「んむ。ではな、幻影の。
今日は久しぶりに楽しかったぞ。
じゃあな、ミハルちゃん」
「オレも世話になった」
「オジイ、またね」
「ありがとうございました」
「おい、若いの。コトが片付いたら、話を聞かせに来い」
赤帯ボスは最後にそう言うときびすを返した。
「いつも、ありがとうございます。またお立ち寄り下さい」
赤帯古株も会釈すると、ボスに続いた。
「よかったな、気に入られたぞ、オマエ」オレはボスを見送るとターボ君を見上げた。
「トウヤさん、ありがとうございます。
この何日か付けてもらった稽古。トウヤさんトコに来るまでの全部をまとめても追いつかないッスよ」
「いいよ。オレもここしばらくは狩りでラクさせてもらえたし」
「お腹空いた」
「そうだな。何か旨いモン喰って帰ろう」
嵐の前の平穏な一時。
いい、一日だった。
ターボ君の故郷を襲った賊ティラノ一味は、それからもなかなか姿を見せなかった。
オレのナワバリに時折やってくる仲のいい鳥たちに訊いてみたら、何でも隣の平原をナワバリにしているチンピラティラノ共を血祭りに上げながらフラフラ移動していると教えてくれた。
ヨユーというかムカつくというか、つくづくコロシが好きな連中だ。
それならそれで迎え撃つ準備を充実させることにしよう。
オレは、ターボ君に森の中を案内し、コースを覚えさせると、ランニングをやらせた。
なんだかんだでスタミナを付けるにはランニングが一番手っ取り早い。
オレもターボ君に付き添ってなくてもいいからな。
オレはザラ目の石を集め、太い樹の枝を見繕い、先端をザラ目石で削り、ティラノ用の銛を作り始めた。
他の武器も、ティラノ用に色々と焼き直しが必要だ。
出来たら嵐と同じでどこかよそに行って欲しかったが、オレのナワバリに居候しているターボ君の臭いを嗅ぎつけられるのは、時間の問題だった。
そうして、ヤツらの足音が、地平線の向こうから聴こえてきた。
トウヤ :白亜紀ってさ、大迫力のエンターテイメントをナマで観られたのはいいんだけど、ポテチがないんだよね。
ターボ :デイノニクスならまだフルーツ楽しめるからいいじゃないですか。オレらのサイズじゃアメちゃんにもならない。
赤帯ボス:何言っとるか。肉食っとけ、ニク。
エミ :カリカリしたのがいいならバッタもありますよ?
ミハル :ボスのところの河でカニも捕れますよね。
トウヤ :…やっぱり、スナックとドリンクは第四紀に敵わないな。
恐竜ズ :同感!(×4)




