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010:キミの好きなこととキライなこと

デイノニクスが色々とネガキャンします。



 010:キミの好きなこととキライなこと


 検疫が済んだ後、オレは心理カウンセリングを受けに診療室に出向き、軍医のボブ・ジョンソン少佐にお茶を振る舞われた。

「さて、まずはプロフィールから確認させてもらうよ」

 ジョンソン先生はパソコンにカルテを表示させ、問診を始めた。

「名前は山本 登也。年齢は39歳、8月生まれ。職業はソフトウェア・エンジニア。で、合ってるかな?」

「そうです」コーヒーブレークでの雑談で、その程度のことはターク隊長たちに話しておいた。

「じゃあ、まずはキミの好きなこととキライなことを聞かせてもらえるかな。できれば、その理由も」

 なるほど、行動学サイドから見立てを進めて行くのか。「例えば?」

「趣味や休みの日にやっていること。見たり聞いたりしてイヤだな、と思うこと。…そんなところかな」

「生き物と歴史は好きですね。休みの日はバードウォッチングに出かけたり、散歩や史跡めぐりとか。それが高じて自転車やクルマ、バイクを乗り回すのが好きになりました。あちこち食べ歩いたり。後は、シゴトと趣味を兼ねて、コンピュータサイエンスの勉強をしてます」

「バイクね。キャンプは行くことはあるかな?」

「あるといえばあるんですが…、山奥をぶらぶらとほっつき歩いて、景色のいい所でテント張って、しばらくノンビリ過ごします」

「う~ん、日本的に言えば自由闊達だね。アメリカ的に言えばワイルドか。…キミは、この世界を見て歩くのが好きなタイプなんだろうね。時代が時代なら名狩り人か、腕利きの旅商人になったかもしれないな。今の仕事はエンジニアだったっけ?専門は?SE?」

「プログラマー。個人的な趣味では電子工作をやりこんでいるので、ロースペックならコンピューターを回路設計できますよ」

「セニア・プログラマーか。厳しいだろう、プログラマーは。ルーキーの仕事になっているのが実情の日本では?」

「その点に付いては慈悲のない国ですね」

「仕事は好きかい?」

「分かりません。…いや…、どうなんだろう、分かりませんね。その、解決されていない問題を見つけると直さずに居られなかったり、人の書いたコードを読んで、その人が何を考えてコードを書いたのか考えたり」

「他に仕事があるなら、転職を考えたことは?」

「イロイロ出来ることはありますが、それで食べて行くのは難しいので、ほとんどあきらめてます」

「じゃあ、ネガティブな話題に入ってきたことだし、君の嫌いなことは?」

「自然を大切にしない人間。そして手抜き仕事で書かれたプログラム・コードを読んだとき、怒りを感じます。コソコソと陰口たたいている連中とか関わりたくはありませんし、後は無闇に威圧的な人間、かな」

「そうか、ありがとう。後プライベートなことなんだが、結婚はしているかな?」

「いいえ。彼女とかもいませんね」

「う~ん、もったいないな。ウチのカミさんが聞いたら…、いや、ナニ、何でもない。

 じゃあ、最後の質問だ。

 姿が変わってしまったことに対して不安や恐怖は?」

「もちろんあるに決まってます。

この先食い扶持を稼ぐ事が出来るのか、好きに生きて行けるのかという不安。

 そして、人間たちの無知から産まれる偏見や迫害への恐怖」オレはそこで一呼吸入れる。「最初に出会えたのがターク隊長たちでよかったと思います」

「大尉からの報告を聞く限りでは、お気楽な性格というインプレッションを受けたが、案外深い考えをもっているんだな。少し安心したよ。

 さて、今日のところはこの辺にして、少し基地の中を案内しよう」

 ええ!?佐官クラスの人物に施設の案内してもらえるの?「それは光栄です。しかし、仕事の方はいいのですか?」

「なに、君に興味が湧いたのだ。

 精神科医としての側面もあるが、人間としてもう少し君を見てみたいのだよ。

 健全で強靭な精神を持ち、世界を客観的に捉えその上で物事に囚われない。そんな人物と遅めのランチを同席するのは有意義な事だ」

「そういえば、食事やトイレはどうなるのでしょうか?」

「取り敢えず、キミが寝泊りする部屋は用意されているよ。ああ、一度部屋に寄って来たようだね。案外とスタイリッシュなんだな。スーツは自分で直したのかね?」

「はい。ざっくりですが。そういえば軍の方が手直ししてくれたようですね。

 後で紹介してもらえませんか?もう少し手直ししたいので手伝ってもらいたいのです。それに、お礼も言いたいですし」

「いいとも。では後で引き合わせよう。

 さて。食事の方は、後で一緒に栄養士と相談になる。大尉の報告だと、フライドエッグ(目玉焼き)とソーセージを食べたそうだね?」

「すいません、正直、ハラペコなんです」検疫や検査のおかげで、なんだかんだと午後3時近くなっている。

「では、先に栄養士に会って、食事にしよう」

「ショウガ焼きがイイんですが、ムリでしょうか?」

「う~ん、ソーセージを食べて平気なようだから、肉類は大丈夫なのかも知れん。しかしショウガを始めとしたスパイスや野菜類が君の体にどんな影響を及ぼすか、まだ未知数だからな。例えばステーキとかハンバーグとか、その辺りが無難かも知れんよ」

 言われて見ればそうだ。今の自分は肉食恐竜なんだ。それもデイノニクスは1億年程前の地球の食べ物を食べていた生き物なんだから、現代の人間の食事がそのまま食べられるとは限らない。「イヌとタマネギの組み合わせのように、毒になる危険性が大いにありうるワケですね」

「そうなんだ。医師としては、出来れば少量の食事を毎回異なる献立で色々と食べてもらって、セーフゾーンを調べて行くことをオススメするよ」

「匂いかいで、旨そうならOK、とかダメでしょうか?」

「さてねぇ。現代では旨そうな匂いがする猛毒というのも割とあるからね。それにアレルギーの出る食べ物もないとはいえないだろう」

「単純に肉だけ食べていると言う訳には行かないでしょうか?肉食恐竜ですし」

「それもアリといえばアリだな。毎日肉を食えるだけの経済力があれば、だが。スパム(ランチョンミート)で我慢しておいたらどうだ?」

「どっちかって言うとマツボックリの方が好みなんですが…。あ~あ、自伝でも書いて出版しようかな?仕事も続けられるかどうか分からないし」

「ほう。書けたら読ませてくれ。…または、恐竜としての生活記録を交えたハウトゥー本というのはどうかな?私たちとキミとの、検査記録だよ」

「そうか、それもおもしろそうだな」

「キミと同じ、人間の意識と自我を保ち続けていられる他の恐竜たちの励みになるかも知れん」

「他にもオレと同じタイプのにんげ…恐竜はいるんですか?」

「まだ報告はないな。しかし、これから現れる可能性は十分に考えられる」

「隊長たちが生け捕りにした恐竜はどうなりました?出来れば会ってみたいんですが」

「ああ、この棟に居るよ。すごいものだ。無傷で生け捕りに出来た初めての恐竜だな。君の事を見て興奮するかも知れんから、あまりオススメは出来んが、少しくらいなら許可するよ」

「初めての、って…。じゃあ、他の恐竜は…」

「…仕方あるまい。民間人どころか、わが軍にも死傷者が出ている」そう答える先生の顔は固かった。

 オレは複雑な気持ちだった。「そんなにひどいことになっているんですか?」

「君と大尉たちが戦ってくれたおかげで、あの地域の人たちをかなり助けることが出来た。ケラトサウルス(体長約5m)以上のサイズになれば、家を破壊して中に侵入できる。我々人間には、他に方法がないのだ」

「…その、何と言うか。すいません」

「なに。君が謝ることではない。人の心を失ったことが、ただ不幸だっただけだ。

 なあ、トウヤ。君は、なぜ同族のあの恐竜を殺さなかったんだい?」

「さあ、なんでだろう?殺されるかもしれなかった。けれどそれを圧してでも止めたかった」オレは立ち止まって自問する。

「多分、ものすごく腹が立ったからでしょうか。見境なしに周りに襲い掛かる醜態に我慢がならかったんだと思います。

喝を入れる、と言うのでしょうね」

「喝、か。

 それではケビンに引き合わせよう、サムライ・ダイナソー。

 食事をしながら、もっと話を聞かせてくれ」


ジョンソン先生(少佐)は外科と内科と精神科、つまるところ、戦地で必要な医療スキルをそつなく修めている名医なんですね。

それが中近東やアフリカで経歴を重ねて、今の官位に来た方だったりします。


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