浦島太郎(独自解釈)
ジェミニに読ませるために書きました。
300年ほど前でしょうか、浦島太郎という優しい漁師がいました。ある日、わたくしの亀が陸に打ち上げられ、心無い人たちにいじめられていたところを助けてくださいました。
わたくしは、助けられた亀の、その命と同じだけ、彼に恩をお返ししようと思い、その亀を彼のもとへ遣いにやりました。幸いにも、此度は無事に、彼を竜宮へお連れすることができました。
竜宮には、人はおりません。東海をすべる竜王たる敖光様の二番目の娘がわたくしです。そのままの姿では、驚かせてしまいますので、人の形になってお目にかかります。
太郎様は、わたくしのことを「絵にうつして持ち帰りたいほど、美しい」とおっしゃって、喜んでくださいました。太郎様のような優しいお方にそのように言われて、わたくしも嬉しゅうございました。
さて、何しろ平均寿命1万年の「亀の命」に相当するおもてなしですから、わたくしも気合を入れました。山海の珍味(竜宮では陸地の食材は希少です)やいろいろの魚の踊り、さらに竜宮の秘宝の数々を使って因果を歪め、水中で呼吸ができるようにし、地上の環境や動植物を再現し、時間を操作して四季を自在に変えさえしました。
太郎様もそうだったでしょうが、とても楽しく幸せな日々でした。わたくしが地上のことをお聞きし、太郎様は海の中のことを。お互いの在り方の違いや、世界についての考え方、どのようなことを美しいと思うかなど、いろいろなことをお話ししました。亀を救っていただいたことについても、太郎様は「わたしはただ、人として当然のことをしただけだ。生き物をいじめるような人もいるけれど、それが人の本性ではないと、どうか信じてほしい。」などとおっしゃって……とても優しい方でした。
しかし、そうした日々はあっという間に過ぎ、太郎様がお帰りになる日が来ます。そもそも、急にお誘いしてしまったのですから、仕方がありません。
ある日、「この感謝を言葉に表せないほど、これまでの歓待をありがとう思っている。しかし、故郷に残してきた父母や友人のことが気がかりで、うちへ帰りたいと思うようになったのだ。」とおっしゃいました。
実のところ、年経た竜と人間の時間感覚は、大きく異なります。こちらに滞在するために、太郎様の感覚は、竜に近いものとなっておりました。
地上は、大きく様変わりしているものと思われましたが、それを告げるに心苦しく、わたくしは、つい、このように申してしまったのです。
「きっと戻ってきてくださいね、お待ちしておりますから。しかし、お気持ちが変わっても仕方のないこと。もし、そのまま地上に残られるようでしたら、この玉手箱を開けてください。中には、わたくしからのお気持ちが、この箱を開けるその時に、あなたが必要とする力が入っています。」
そうして、太郎様は、永遠にわたくしのもとを去ってしまいました。彼は、地上で箱を開けたのだそうです。そして、老人となったのだと。
なんということでしょうか。竜宮の宝重は、その力を遺憾なく発揮してくれたようです。ですが、わたくしは、呪いを込めたわけではありません。
箱の中には、強く思いを込めて箱を開けたとき、その願いに応じてその者の心身を変容させる力が込められていました。まったく新しい環境で生きるとき、彼には、それに適応するための心と体が必要でしょうと、そう思ってお渡ししたのですが、思っていた通りには、使われなかったようです。
彼は、残りの余生を地上で過ごしたようですが、わたくしのことも想っていてくださったのでしょうか。時間の経過のことをきちんとお話ししておかなかったことを、口惜しく思います。
わたくしは、今、年老いた太郎様の亡骸を抱いて、竜宮の奥へと向かっています。此度のことは、わたくしの勝手で行ったことですが、お父様もご存じのこと。わたくしの行いが彼を亡くならせたのですから、お父様にもお話しして、彼を弔うまでは、わたくしが行わなければなりません。
大きな扉の前に来ました。この部屋の中までは、太郎様にもお見せすることはありませんでしたね、とそんなことを思いながら、扉に手を掛けます。「お父様……」