第8話「剣の才能」
「母さん! 剣を教えて!」
俺は、ローパー狩りをした次の日、母さんにそうお願いしていた。
母さんは嬉しいような、困ったような表情で、俺に優しく問いかけてくる。
「どうしたの? 急に」
おや。ちょっと以外だ。母さんは良く、あの子が大きくなったら剣を教えるの! と父さんに言っていたので、気前良く教えてもらえると思ったんだが。
が、そこは抜かりない。俺も当然、この流れは予想していたので、用意していた台詞を言う。
「昨日ローパーをやっつけた母さんが、剣の英雄みたいにカッコよかった
から! 俺も、あんな風になりたい! それで、昨日みたいにローパーをやっつけるの!」
当然、建前である。ちなみに剣の英雄とは、絵本とかになるほど有名な英雄で、たったの4人で、街を襲った巨大なドラゴンを討ち滅ぼしたという英雄である。パーティを組むとき、その英雄にあやかって、4人パーティを作る、なんて慣習が生まれたほど、すごい人だ。
確かにかっこいいとは思うが、もはや天上の人すぎて、俺はそれを目標にしようなんて思えません。
「そ、そう。母さんかっこよかった? うふふ」
そんな俺の建前なんて知らず、母さんは頬を緩ませる。もうちょいって感じかな? 「嬉しいけど。もっと危機感を持って欲しかったなぁ」母さんは俺を抱え、撫でながら、小声でつぶやく。
逆です母さん。俺は異世界の怖さを知ったので、自衛できる能力を得るために、剣を覚えたいのです、とは言えない。
母さんは、まだ何かに迷っているようだった。昨日、俺を森に連れていった事を、父さんに怒られてたしな。父さんも、剣はもう少し大きくなってからの方が良いんじゃないか? と言っていたし。
しょうがない。もう一押ししよう。俺は母さんから降ろして貰い、精一杯の演技力を騒動員する。
「……だめ、ですか」
これでどうだ! 上目遣い+涙目のコンボ!
古今東西に存在するお姉様を落とす、現代日本が生み出した、魔性の秘技を!
俺がこの技を決めた瞬間、母さんの背景で「ズキュゥゥゥゥゥン!」という効果音が現れた気がした。
「アルドちゃん! もちろん教えて上げるわ!」
母さんがチョロい。父さん、俺はちょっと不安になりました。しっかり母さんを捕まえていてくださいね?
ともかく、俺は母さんに、剣を教えて貰う事になった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
『真の魔術師に剣などいらぬ……』
どこぞの達人が言っていそうな言葉をアリシアがふてくされたように呟く。俺が、母さんに剣を習う、と言い始めてからずっとこんな感じだ。
『昨日も言ったろー? 確かに俺は、魔術師を目指しているけど、接近戦で何もできない、なんて事にならないように、剣も覚えたいんだって』
『接近させなければ良い』
『それでもくぐり抜けてきた場合は? すでに接近されていた場合は?』
『ぐぬぬ……』
アリシアさん、女の子がぐぬぬ、なんて言ってはいけません。アリシアも、頭では解っているのだろう。ただ、気持ち的に、魔術師として素養(この世界の常識に洗脳されていない、とも言える)がある俺には、魔術を使って欲しいのだろう。
『もちろん、俺は魔術師だから、剣は隠し玉の一つかな。剣の才能に関しては、正直自信がないし』
これは本音だった。剣の才能については、正直自信がない。前世では生粋のインドア、当然、武術だのの類は、漫画で読んだ、アニメで観た程度の知識しかない。
よって、剣の練習にも、全力で魔術を使うつもりだ。
「じゃ、剣の修練を始めます。一度剣の修練を始めたら、私は師匠、あなたを弟子として扱います。親と息子だと思わないように注意しなさい」
「はい、師匠!」
母は、気を良くして頷く。
俺と母さんは、昨日、森にでた装いで、庭に出ていた。アリシアは庭の隅で、拗ねたまま、こっちの様子を伺っているようだ。
「あなたはまだ身体が出来上がっていないから、今日はまず、私の見本を見た後に、素振りだけしましょう」
その考えには異論はなかった。身体ができてない内に厳しい訓練なんてされたら、身体の成長にどんな影響があるか解らないし。背はいっぱい欲しいです師匠!
「後でちゃーんと教えてあげるからね?」
黙っている俺を、母さんは俺が不満に思っていると捉えたのか、フォローを入れてきた。俺は頷く。
「よし。……そこで、しっかり見ておきなさい」
母は真剣を構える。俺は、すかさず魔術を発動した。
「アプリケーション《アナライズ》起動」
普通に見たって、才能のない俺では理解するのにどれだけ時間が掛かるか解らない。そう思って、昨夜遅くまで起きて付くっていた新魔術、分析の魔術だ。
この魔術で、現在の母さんの状態を余さず分析する。昨日、強いってなんだ? というのを突き詰めて考えた結果、思いついた魔術だ。この魔術で、母さんがどの筋肉を動かして動作しているのか、それに連動する骨格はどうか、どのように魔力を使用しているのかなど子細に分析し、データ化して記録する。
「はぁっ!」
母さんが、気合いと共に、振り上げた剣を、振り下ろす。
ぶっちゃけ、肉眼ではいつ振り上げ、振り下ろしたのかさっぱり解らない。
サーチの魔術の方では、一瞬にして、処理が追いつかなくなる程にデータが流れ込んでくる。俺は慌てて自分で処理せず、用意した演算領域にデータを流す。危ない危ない。
どの筋肉を動かしているか、詳細に追おうとした結果、一回で200以上の筋肉が連動して動きだして、頭がパンクするかと思った。よく考えたら、骨だけでも200以上あるし、筋肉はそれに付随するように大量についてる。それを自分で一個一個処理なんてしてられる訳なかった。
「どう? ちゃんと見てた?」
「カッコよかったです!」
勿論ちゃんと見ておりましたとも。《サーチ》さんがだけど。俺の目には、ほとんど振り下ろした姿しか見れませんでした。きりっとした母さんがかっこいいのはほんとだけど。
「今のを参考に、木剣で素振りをするの。まずは自由にやってみなさい」
「わかりました!」
さっき入手したデータを元に、さらに魔術を起動する。
「アプリケーション《マリオネット》並列起動」
演算領域の余りで、魔術を起動する。これは、以前薪割りに使った失敗作、《クルミ割り人形》を元に作り出した魔術で、魔術を使用して、身体を動かす。クルミ割り人形と違うのは、同じ動作を繰り返すだけでなく、魔術を介して、自分の身体を動かす事ができるという点だ。
まずは、さっきの母さんのデータを元に、身体を動かす事に集中する。
身体を動かす、といっても、いつもの用に動かすのではなく、《マリオ
ネット》を使用して動かす。
「データファイル01を10分の1スケールでトレース」
マリオネットが動作し、入手したデータ通りに、俺の身体を動かす。呼吸一つ、俺は自分の意志ではできなくなり、先ほど母さんが動いた通りに、俺の身体が魔術によって動かされる。
「はぁっ!」
「えっ……!?」
母が、俺の動作を見て驚きの声をあげる。
あれ? 何かおかしかっただろうか。木剣の握り、気合いの入れ方、呼気。どれをとっても、再現率は高かったと思うのだが。スケールを10分の一に押さえたため、筋肉を痛める程振るってないし、魔力もそれほど使っていない。
「あれ……?」
でも、俺の身体は、全く使ったことのない筋肉を動かし、魔力運用をさせられ、過剰なまでに筋肉、骨格、魔力全てに負荷が掛かっていた。
俺はその負荷に耐えられず、剣を手放し、意識を失った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
息子が、剣を教えて欲しいと言ってきた。
ついにこの日が! 私は、小躍りしたい気持ちを抑えて、息子に理由を聞く。
「昨日ローパーをやっつけた母さんが、剣の英雄みたいにカッコよかった
から! 俺も、あんな風になりたい! それで、昨日みたいにローパーをやっつけるの!」
あら、あら! 母さんがかっこ良かったなんて……うふふ。かわいい子! 思わず抱き上げて、撫でてしまう。息子にそう言われると嬉しいわね。
でも、どうしよう。昨日、夫には叱られてしまったし。無茶はしないようにって言われた次の日に、剣を教え始めた、なんて言ったら、また怒られないかしら……
何て言って諦めさせようか、そう考えていた私は、息子の一言で陥落してしまう。
「……だめ、ですか?」
潤んだ瞳で、見上げてくる息子。
その時、私の胸に、何かが突き刺さったような衝撃が走った。こんなお願いに否と言える人間が居るだろうか? いや居まい。そう思って納得してしまえるような破壊力。
さっきまで、諦めさせようと、口べたな私なりに考えていた思考が、一瞬にして吹き飛ぶ。
思わず剣を教える、と言い切った所で、私ははっとなって正気に戻る。
まさか、夫以外にこんな風に正気を奪われるなんて……将来、女泣かせにならないでしょうね? 何にせよ、母さんは女の子を泣かせるような子は許しませんから!
私は可愛い息子を見ながら、そんな風に思った。
剣を教えるとはいえ、まだまだ息子は子供。身体もちゃんとできていないし、無理はさせられない。夫に言われるまでもなく、剣の師として、ここは無茶をさせられない。私は心を鬼にして、息子を軽く威圧するように、自分は師で、あなたは弟子、と言い聞かせる。
息子はそれに、元気良く答えた。丁寧な点も良いわね。夫に似たのかしら!
ただ、やっぱり素振りだけでは不満なのか、口にはしなかったかが、大人しくなる。後で教えてあげる、そう念を押すと息子は納得したように頷いた。
よかった。ぐずられでもしたら、その場で奥義を教えていたかもしれない。
私は、幸運と、自分の自制心に感謝しつつ、真剣を構える。
夫と結婚し、息子が生まれてから、ほとんど剣を握っていない剣は、少し重く感じる。魔力で身体を強化すれば、その感覚はなくなるが、鈍っているな、鍛え直そうか、という意識が生まれてきた。昨日、ローパーを倒した一撃も、息子は誉めてくれたが、過去の自分なら、唾を吐きかけられる程、鈍った一撃だったろう。
いけない。雑念が。私は、剣に意識を集中し、雑念を振り払う。これから見せるのは、息子の生涯で、最初に指標にする剣技。半端な一撃を見せる訳には行かない。
「はぁっ!」
気合いと共に一撃を繰り出す。満足にはほど遠いが、見本としては十分だろう。下手をすれば、息子は私が何をしていたのか、さっぱり解らなかったかもしれない、それくらいに気合いが乗り、気合いに見合うような一撃ではあった。
ちゃんと見ていたか聞くと、かっこよかった! と手放しに誉めてくれる息子に、頬が緩みかける。自制心で表情筋を全力で押さえ込み、私は、息子に木剣を振るように指示する。
その時、何も言わない。私の師が、自分で考え、剣を振るうように、と教えてくれた師であったため、当然、息子にもそのように伝えていくつもりだ。まずは何度か剣を振らせて、どういう剣を振りたかったのか? 理想と、実際の剣の差はなんだったのか? という事を考えさせながら指導しようと思ったためだ。
そんな私の思惑は、一瞬で壊されてしまったが。
「はぁっ!」
息子の気合いが、庭に響く。良い気合いだ、なんて誉める余裕はなかった。何故なら、今の一撃は、私が放った一撃そのものだったから。
剣を振る際に起こした、僅かな重心の移動、剣を動かす際に、剣の重量を使う独特の手法。そして、魔力を使った身体強化法と、それを最適に使用するための呼吸。
どれも、一部の隙もなく、私と同じ。振るった速度こそ、背の高さや、筋力の違いからか、息子の素振りは遅いものだったが、大人と比べたところで、その一振りを得るのに、どれだけの時間が掛かるか。私でさえ、この域に達したのは、結婚を決める前の事だったというのに。
私は、息子が疲労で倒れ、地面に四肢を投げ出すのを見るまで、放心していた。
私は慌てて、息子を抱え上げる。胸に抱いた息子から、かすかな寝息が聞こえて来て、私は安堵した。
息子の愛らしい顔を見ながら、思う。
天才、あるいは神童。そんな言葉が、私の頭に浮かぶ。
夫はもしかしたら、親ばかなだけ、と言うかもしれない。でも違う、勘違いでも、親ばかでも無い。
今の一撃は偶然なんかではではない。仮に偶然だとすれば、息子は剣に愛されていると言っていい。
決めた。私は、私の『剣姫』と呼ばれた二つ名に賭けて、息子を剣聖にする。
……その前に、一度自分を鍛え直さないといけないかもしれない。このままでは、すぐに教える事がなくなってしまう。
私は、焦りと興奮と共に、そう決心した。