第71話「その条件」
「条件、ですか」
結構脅すようなつもりで言った言葉だったが、オリヴィアはどんな条件でも飲んでやろうと言わんばかりに俺を睨みつけた。強い意志が奥に見えるその瞳には、引き退るような弱気は見えない。
「そうだ。まず、決闘は2週間は先にしてくれ。開発期間がいる」
「父に連絡を取らなければいけませんので、問題ありません」
もっと急がないといけないのかと思ったが、やはり貴族は何かと細かい調整が必要らしい。それを踏まえても、あっさり要求の一つを飲まれた事に俺は少々怯みながら、それを出さないように何とか言葉を出した。
「次に魔石を用意してくれ。そもそもこれがないと魔導甲冑を用意しようにも出来ない。《孤立種》程で無くとも、最低で三頭餓狼の魔石が無くては満足なものが作れない。出来てから習熟訓練をする、って考えると、決闘が最短2週間後に行われるとして、1週間後くらいに会った方がいい」
高純度で大きな魔石は中々出回らない。そもそもの討伐数が少ない上に、戦闘の結果破損する場合もある。心臓、脳に次いで魔物の弱点でもあり、心臓に近い位置にある場合が多いため、積極的に狙われやすい事が原因だ。大型の魔物程その危険度から短時間に決着をつけようとし、心臓または頭部を狙ってこうげきが集中しやすいため、ますますその傾向が強い。
次に開発期間。《物質成形》の魔術のおかげで、驚異的を通り越して、非常識なレベルで短い開発期間で形にできる。しかし、形にできる、というだけで、動力炉となる魔石との運用テスト、機械の慣らし、パイロットの習熟訓練を考えると、1週間でも短すぎると言えた。
大分無理を言っているはずだが、オリヴィアはそれらに頷き、了承の意を伝えてくる。
「最後に。魔石を期間内に用意できない場合は、俺が1人ででる」
この最後の条件だけは、オリヴィアは認められないとばかりに目を見開き、何か口にしようとしたが、俺はそれに被せるように言った。
「もともと、これは俺が原因だ。なら、最終的な責任を持つのは俺だよ。そうでないなら、魔導甲冑を作る話はなしだ」
「……わかりました。その条件で問題ありません。最後の条件は、私が他の条件をクリアすれば問題ないのですから」
不満そうではあったが、オリヴィアは最後にそう言って納得し、俺たちはアデライド家との決闘に向け、準備を行うことになった。
◆◇◆◇
「それで、どんな物を作ろうとしてるんだい?」
「簡単に言えば専用機、かなぁ」
ウィリアムにはそう言うと、彼は何を当たり前の事を、という表情だった。
日を改め、俺たちはそれぞれ行動を開始していた。オリヴィアは実家に手紙を出して決闘についての相談をしつつ、魔石獲得に向けて動き出しているようだ。購入するのだろうと思っているが、早々都合良くは手に入らないので伝手を当たったり、商人達と交渉するらしい。金額については、ワーカーの売り上げから出す事になっている。
自分で倒す……というのはあまりにリスクが高いので俺の方で釘を刺しておいた。そうでもしなければ自分でいきそうな勢いだったので、そうさせないために魔石の購入額をこちらで持つ事にしている。
そんな感じで動いてもらっているなか、俺は 図書室の大机で羊皮紙を広げ、ウィリアム、ミラベルと共にその羊皮紙を囲むようにして、どんなロボットを作るのか、という話をしていた。
ウィリアムはワーカーの販売などを主導するくらいには興味があったらしく、いい機会だから製作の方も手伝って貰おうと思った次第だ。ミラベルは最初から興味津々で、他にする事もないので同席させていた。
「彼女が使うんだから、それは当然なんじゃないのかい?」
「ちょっと違うかな……より正確には、専用にカスタマイズしたものを作るんだ」
これは個の力が強く、量産、と言っても数百、数千の規模である事が多いこの世界では、かなり異質な考えと言えた。
何故なら、彼らの思う道具や武器と言ったものは、一品物で個人専用のもの。鋳造のような量産ものがあっても壊れやすい、性能が低いという事もある。
前世の高品質な上、数万数億規模で生産される量産品とは、天と地ほどの差がある。
もっといえば、この世界では量産品とは「場繋ぎのその場凌ぎの道具、装備」を指し、俺が求める「誰もが少々の習熟である一定以上の性能が出せる道具、装備」ではなかった。
「あまり、大きな違いがあるようには思いませんが……」
ミラベルもウィリアムと同じ意見なようで、首を傾げていた。俺は2人に苦笑を返しながら、更に説明を加える。
「まぁ、言葉遊びみたいに聞こえるけど、違いはあるよ。単なる専用機、といった場合は再現性とか度外視で本人専用に作る、なんて事もできるけど、それだと修理するのだって一から作り直すレベルの大作業になる。
その点、量産機を専用機にカスタマイズ、って形なら互換性が減ったとしてもフルスクラッチした機体より修理しやすいし、運用データを量産機に生かす事もできる」
前者の専用機は、市販されないコンセプトカー。後者の専用機は販売されたパーツで組み上げた市販車、と言えば伝わりやすいだろうか。
「ん? ちょっと待ってくれ。って事はアルドは量産機と専用機の2機作ろうとしているのかい?」
「正解。この機会に戦闘に耐えられる量産機を作るつもり。ワーカーは土木用だからね……戦闘用の機体ができたら、それをベースに専用機を組み上げるつもりだ」
「そんなの……いくらなんでも間に合いませんわ!」
ウィリアムとミラベルが揃って驚き、大きな声をあげる。静かな図書室にその声は予想外に大きく響き、辺りにいた生徒達の注目を集めた。
俺たちは頭を下げて謝意を伝えると、注目していた生徒達もちらほらと解散していき、再び図書室は静謐さを取り戻した。
「んんっ。……素人目に見たって、それが無茶なんてものじゃないと解りますわ」
「もちろん。解決策はあるよ。それに、もう量産機のテスト模型は出来てる」
そういって、俺は懐から量産機の模型を取り出し、2人に見せた。
マギア・ギアを騎士、と表現するなら、こちらは兵士。装飾を減らし、よりシンプルになった装甲と武装をした機体で、剣、ライフル、盾のみの基本的といえるような出で立ち。
大机に置いて、魔力を通すと複数のポーズを取らせる。機体の動作チェックも兼ねた模型のため、内部構造完全再現の16分の一スケールだ。
「これは……」
「すごいですわ!」
2人とも食い入るように見つめ、ミラベルに至っては自分の頭の位置を何度も変えて、上から見たり、下から見上げたりと色んな角度で動く模型人形を見ている。
「ワーカーをベースにしてるから、形はね。もうちょっと時間いっぱいまで使ってブラッシュアップする予定。で、ここからが本題」
俺は2人を見ながら、言葉を選び、2人の反応を見る。
「2人には、ここからの量産機のブラッシュアップと、専用機の作成を手伝って欲しいんだ」
「ここまで出来ているなら、手伝いなんて必要ないんじゃないかなぁ?」
面倒事を回避したいらしいウィリアムが
「手伝ってもらう理由は一応あるんだ。俺だけがこれを作れる、っていうのは後々問題になるからね。この機会に増やそう、って思ったのが理由。別に今回じゃなくてもいつかは確実にやってもらうつもりでいるよ」
「そうだねぇ……興味がないわけじゃないし、販売の時に中身を理解できてるっていうのは、売り込むためには便利だからねぇ……わかったよ。手伝う」
「是非手伝わせていただきますわ!……あ、でも……」
ミラベルは対象的に顔を輝かせていたが、すぐに曇らせて、言葉が尻すぼみになっていく。
「別に、あんな事があったから、っていうのは気にしなくていいよ。というより、あんな風に言われなければ、別に技術を隠している訳ではないから」
「それはそれで……微妙な気持ちになりますわね」
突然決闘! なんて流れではなく、ロボットを見せて欲しいとかなら普通に見せただろうし。ただ、部外者にはあまり細かく内部まで解説しないだろうが。それに、このゴーレムを見て意見が欲しい! というような内容であれば、喜んで意見を言っただろう自信がある。
「本当に、よろしいんですの?」
上目づかいにそんな事を言われると、ちょっと断ってみたい気持ちが出たりしたが、頷き返す。それを見て、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「じゃ、意思確認できた所で早速やってみようか。まずは、事前準備としていくつか魔術を覚えてもらう」
そんな説明をはじめると、笑顔を浮かべていたミラベルでさえ、段々と顔を引きつらせていくのだった。




