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第70話「言い掛かりには言い掛かり」

「何? 失敗しただと」


 アデライド家当主である男は、執務室で動かしていた筆を止め、人形からの報告に眉を顰めた。

 そして、ここでの「失敗」はミラベルが失敗した事ではなく、送りつけた人形が、ミラベルとアルドの始末に失敗した、という意味だった。

当主は暫く黙考した後、呟くように言った。


「大勢に影響はないな。つまらん言い掛かりをされても面白くない。ミラベルに離縁状を出しておけ」


つまらない言い掛かり──決闘での約束を反故にするため、 男はそう言って筆を取り、羊皮紙を手渡す。


「よろしいので」


そう言った人形の言葉には感情が含まれていなかった。これは、人形だから言葉に感情がこもっていない、というより、ただの確認でしかないような、そんな問い。


「構わん……この国で暮らし続けるつもりなら、頭の痛い問題ではあるやもしれんが。……最後まで役に立たん娘であったな」


当主は不快そうな表情を浮かべ、筆を置いて立ち上がる。当主には、張り付いたような無表情しかなく、もうミラベルについては何の思いもないようだった。


「そろそろ帝国の使者が来るはずだ。持て成しの準備をしておけ。……あそこには高くこちらを買ってもらわないとならんからな」


執務室を出た当主に、人形は恭しく礼をすると、渡された羊皮紙を持ってその場を離れた。


◆◇◆◇◆◇


「ふ、ふふふ。ふふふ……そう、そう来ますか。解りました。これはもう戦争です」


そう、不穏な言葉を口にしたのはオリヴィアだった。オリヴィアがそんな言葉を口にし、怒りに肩を震わせている理由は、1通の手紙のせいだ。


「申し訳、ございませんわ……敗者としての義務すら、満足に全うできないなんて」


ミラベルとの決闘騒ぎのあと、数日経って来たこの手紙を見たミラベルが、両目に涙を湛えながら俺たちにそう言ってきて、現在その問題の手紙を見せて貰っているところだった。

談話室の一画を陣取りながら、その手紙をメンバー全員で回し読むと、読み終わったウィリアムが、俺に手紙を渡しながら呟いた。


「離縁状、とはね……アデライド家は他の貴族との交流に気を使わない、なんて聞いていたけど、まさかこんなあからさまな事をしてくるとはねぇ」


内容はミラベルへの離縁状で、ミラベルは当家と一切の関わりがないため、決闘で行われた言い掛かりに関しては関与しないよ、というような事が回りくどい言い回しで書いてあった。


「まぁ、決闘うんぬんは、向こうが関わってきさえしなければ、これでも良いんだけど」

「良いわけっ! ないじゃないですかっ!」


俺がそんな日和見な意見を言った瞬間、オリヴィアが爆発した。

まだ読んでいない人に渡そうと、フィオナに手渡そうとしていたが、彼女はオリヴィアの気迫にびくりと震え、手紙を受け取り損ねて床に落としてしまった。


「これが一貴族の取るべき態度なものですか……! こんな事が許されて良いわけありません!」


オリヴィアがそう怒っているが、俺はどう反応して良いか困る。貴族と言ってもまともに相手した事があるのはオリヴィアの父親くらいで、彼は辺境にいるせいか、あまり貴族だ何だと細かい事は気にしない。それでいて、己は貴族なのだから民を守る義務がある、と前線に立つような人物。

オリヴィアの父親は貴族として非常に尊敬する人物だったが、彼を基準にして良いものなのか。

俺は何となく、アレスに視線を向けると、アレスは苦笑しながら、俺の視線の意図を察して説明してくれた。


「俺が言えた事ではないけれど、こういう行為は貴族間でもご法度だよ。暗黙のルールといべきか。法律で明言されていないから罰則の類はないし、馬鹿をやった貴族の子息が、親から絶縁されたケースもない訳じゃないね。とはいえ、今回はこちらに非があった訳でもないし、かといって、ミラベルも多少暴走していたとはいえ、書類上で誓約された上でされたものだから普通なら許されない。処罰はないけど、他の貴族から疎遠されるし、あまり良い手とはいえないだろうな」

「表面上とはいえ、書類の契約についてはどうなるんだ?」

「この場合だとミラベルが勝手に契約した、という事になるだろうから、その支払いについてはミラベルが負うことになる。……とはいえ、アルドが請求しなければ特に発生はしないけど」


いや、そんな事するか。追い打ちをかけるような鬼ではないし、したところで自分の胸糞が悪くなるだけじゃないか。

思っていたより酷い内容に俺も不快感が拭えず、閉口した。


「そんな事、許されるはずありません!」


俺が何か言う前に、ヒートアップしていたオリヴィアが拳を握って立ち上がる。


「向こうがこういう手段に出るなら、こちらもそれなりの対応というものがあります。目には目を。歯には歯を。決闘には決闘です!」

「い、いやいや、何を言ってるんだオリヴィア。いったん落ち着こう」


あまりにヒートアップしているオリヴィアは、自分で何を言っているのか解っていないようだ。意味が解らない事を熱弁している。


「いえ、いえ。私は落ち着いていますよ。アルドさん、これは何も、ミラベルさんの義憤のためではありません。アルドさんの安全を得る、という意味でも必要なんです」

「えっと? 俺の安全?」

「そうです。考えても見てください。こんな手段を平然と切ってくるような相手です。これで相手もこりて、もう関わってこないだろう、と考えるより、次はもっと悪質な手で、充分な用意をしてからまた同じように言い掛かりを言ってくる、なんて事も考えられるんですよ。特にアルドさんは未成年な上に平民です。同じような決闘騒ぎを起こされて万が一負けるような事があれば、その技術のすべてを奪われて、死ぬまでそれを作ることを強いられる、なんて事もあり得るんですよ!?」


そこまで一気に言われ、オリヴィアに気圧された事もあるが、内容にも肝が冷えるようなものがあった。そう言われると確かに、何か先手を打つ必要がある、という気はしてくるのだけど。


「しかし、決闘……? そもそもこっちが仕掛けたところで向こうが受けないんじゃ?」


そもそも、ここまで向こうにコケにされるのは、こちらが平民で、向こうから見れば格下であるからだ。


「そうですね。アルドさんが決闘を仕掛けたりすれば、下手をすれば侮辱罪、などと言われて罰せられる可能性すらあります」


なんだそりゃ、と唖然としつつ、まだ言い切っていない様子のオリヴィアの言葉を待つ。


「ですから、私がアデライド家に決闘を申し込みます。友人であり、家臣として迎える予定であるアルドさんに誰に断って決闘などしているのかと。その落とし前はどう付けてくれる? そう言ってやりましょう。勝負は同じ人形決闘。言い訳などできない程に、相手の分野で叩いてしまえば良いんです」

「や、なんでそうなる」


俺は思わず素でそう突っ込んでしまった。無茶苦茶過ぎる。無理を通して道理を蹴っ飛ばすレベルだ。言い換えるなら、子供の喧嘩レベルじゃないのか、とも思う。家臣云々、は一応オリヴィアの父親の庇護下に入る際にそういう話がでているため、そこはまぁいいのだが。それ以外が酷すぎる。


「ははは……確かに無茶苦茶だけど、相手の先手を取るのは、ありだと思う」


オリヴィアの無茶苦茶に乗ってきたのはウィリアムだった。


「な、何を言って。俺が決闘するだけならまだしも、オリヴィアが決闘を申し込む、って事はオリヴィアと、その実家にも迷惑が掛かるかもしれないって事だろ」

「勝てば問題ありません」


すごいいい笑顔で言い切りましたよ。


「勝てる、なんて確約はできないんだ」

「そこは信じてますから」


不意打ち気味にそんな事を言われ、少し頬が熱くなる。正面切ってそこまで言われれば、鈍感な俺だってどれだけ信頼されてるか解る。それでも。


「もちろん、1人でなんて戦わせませんし、戦いません。なので、勝手を重ねて申し訳ないのですが、私からお願いがあります」

「……」


何となく、彼女が言いたい事が予想できて、俺は何と言って良いか悩む。良い言葉があったとして、彼女を止めるには足りない気がする。彼女は、それだけの覚悟を持って事にあたるつもりらしい。……何のために? 俺のために。


「アルドさん。あなたの思想は知っています。それでもなお、言わせてください。私に力をください。私専用の魔導甲冑をこの決闘のために用意してください」


これを断れば、彼女は今度はミラベルに頭を下げてでも、自分の人形を用意し、決闘に臨む気がした。

確かに、戦いに臨むだけの機械は作りたくない。アニメや漫画で憧れたロボットの一つではあるが、それが実際に血に濡れていくのを見るのは嫌だという思いもある。


俺は、迷った末にその言葉を口にした。


「……分かった。この決闘のために、専用の魔導甲冑を用意する」


但し、条件がある。俺は真っ直ぐに見つめてくるオリヴィアに負けないように視線を返しながら、その条件を提示した。

お読みいただきありがとうございます。

作者も驚きの連続投稿。


小説を書くだけの機械かよ!


そんな風になれたらなーなんてあほな事を思いつつ。

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