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第69話「ミラベルの事情」


 人形である侍女は、俺の問いには答えず、代わりにナイフを突きだしてきた。刀で弾く。返す刀で一撃いれてやろうと動くが、察知した人形が、刀を躱す。

 自分の身を守ろうという動き、というより、任務に支障があるため躱した、という感じの動きに、やっかいだという思いが強くなる。


「に、人形……」


 侍女が人形だという真実は、ミラベルも知らなかったらしい。

 確かに精巧に出来てはいたが、人形と言われると、さっき気配を極端に感じなかったなど、納得できるような点もある。

 ミラベルが気づけなかったのは、そもそもあれほどまでに人間のように見え、動く人形がない、という前提がこの世界にあるのと、簡単には気づかせないように、魔法による偽装がされていた可能性が高い。

身内にすらそれを気づかせないという事は、それだけ実力のある術者が背後にいる、という事だろう。


「事情を知られたからには、ますます生かして置くことはできませんね」

「人形だって解れば、もう手加減は要らないな!」

 

 相手が人形だと解り、刀を鞘に納めた俺は、一切の手加減をしないことに決めた。


「諦めましたか!?」


 無防備だと見て、人形が声をあげる。手加減をしない、とさっき言ったじゃないか。とすれば、人間ならばそれは罠だと警戒するものもいるだろう。実力あらばそれでも押し入ると考えるかもしれない。人形はどちらなのか、再度真っ直ぐに、俺の間合いに踏み込んだ。

 迫る人形を前に、俺はギリギリまで間合いを図り、人の形をしている人形が、構造上回避も防御も難しいタイミングを見計らって、技を放つ。


「《轟一閃》」


 銀光が斜めに走り、およそ刀が振るわれたと思えないような轟音が、その尾を引くように狭い談話室に響き渡る。

 人形は反応しきれないのか、そのままナイフを突き出してきたが、それを持っていた腕と胴体ごと、刀が人形を切断し、人形は支えを失い倒れ始めた。


「な……」


 表情のない人形が、一瞬呆けるような声をあげた。無機質な、作り物であろう瞳が、信じられないとでも言うように宙を舞う自身の腕と、ナイフを見ている。

 どさり、と重たい音を立てて人形が崩れ墜ちる。血肉が飛び散ったりしないので、生々しさは無いが、人の形をしたものがばらばらになっているために不快感があった。


「うっ……」


 ミラベルには刺激が強かったらしく、真っ青になって人形を見つめている。俺は刀を鞘に納めてから額を拭った。


「勝てませんか。わたしでは」

「こっちもそれなりに修練は積んでるんだ。素人に毛が生えたくらいの相手に負けはしないよ」


 実際は素人に毛が生えた、なんて生優しいレベルではなかったが。全く防御を意に介さない攻撃がこれほど恐ろしいと思わなかった。中途半端な攻撃では止められず、相手は怯みもせずに突進をかける。こっちも黒騎士さんの操作をする時は、そういった事を考慮すべきだろう、と考えさせられた。


 もう四肢もないためろくに動く事もできないだろうが、それでも何をしてくるか解らないために、核を見つけてとどめを刺してやろう、と思い近づいた所で、人形は再び声をあげた。


「しかし、任務の遂行には支障ありません」

「なっ」


 人形の内部から急激に魔力が高まり、視界を真っ白に埋め尽くす。

 

 その一瞬後、談話室から爆発音が響き渡った。


◆◇◆◇◆◇


「それでこんな風になった、っていうんですか」


 不機嫌そうなオリヴィアが、談話室を見回しながら言った。正確には、元談話室だろうか。人形が機能を停止する最後の一瞬、己の動力となっている魔力を暴走させ、自爆を試みた。こちらは慌てて防御用の術式を展開し、標的とされたミラベルも俺も事なきを得た、という所だった。

 オリヴィアが不機嫌なのは、決闘までした相手に不用意に会っていたうえ、襲撃まで受けた俺の間抜けさに対して怒っているようだ。


「怒ってくれるのは嬉しいけど……。それくらいにしてよ。こうして怪我はなかったんだし」


 そういって非難の目を向けるオリヴィアを宥めようとしたが、それどころか眉を吊り上げ、ますます不機嫌になり、怒り出した。


「反省してないようですね……」

「うっ……いや、反省はしてるよ」

「本当ですかね……」

「ほ、ほら! ここもいつまでも封鎖できないし! さくっと修復して戻ろうか!」

「そうですね。このお話はゆっくりといたしましょうか」


 ゆっくりと、の辺りを強調され、下手に逃げられない事を悟った俺は、肩を落としながら壊れたものを調度品や壁の一部を簡易魔導炉の中に入れていく。

 今現在、ここには俺、オリヴィア、ミラベルしかいない。理由は、談話室近かくにおり、異変に──結界が張られている、という事に──気付けたのがオリヴィアで、更に、人形の自爆でも他者から隠蔽を行っていた結界を壊さずに入ってこれたのが彼女だけだったからだ。他のメンツは、一応結界近くに人が来て不審がられないように監視して貰っていた。

 そんな状況なので、一応今は見逃して貰えるらしい。

 先を思うと気が重かったが、手を止めると目の前の惨状はそのままで、これが誰かにばれて騒ぎになると思うとさらに気が思かった。俺は切り替えて、作業に集中する事にした。途中、オリヴィアには簡易魔導炉の使い方をレクチャーし、≪物質整形≫の魔術を覚えてもらう。


「こんな形……でしたっけ?」

「うーん。こうかな」


 オリヴィアが眉を顰めながら指さしたのは自分で再現した壊れた燭台だった。ぱっと見、確かにそれ程問題なさそうに見えるが、魔力演算領域内に確保していた記憶を漁ると、三本の蝋燭を立てられる台座部分の、左右についていた装飾の形が逆になっていた。

 俺は自分担当の壁を直しながら、その燭台を直してオリヴィアに見せる。


「なるほど……」


 そんなこんなで作業をしながら、2人で作業を進めていった。途中、放心状態から戻ったミラベルが手伝いがしたいと言ってきたが、オリヴィアは警戒心も露わに威嚇しており、作業どころではなさそうなので、休むように言っておいた。作業自体が特殊なので、手伝ってもらおうにも手伝える部分もない、というのもあったが。


 2時間程して、元通りになった談話室をみて、安堵の息を吐く。取りあえず表面上は問題なさそうだ。新築のようにいやに綺麗になってる床や、爆発によって粉々になり、簡易魔導炉の中に入れていた適当なもので補完したため、見た目同じだが全く別物、というような調度品ができてしまっているが、これは仕方ないだろう。新築っぽくなってしまった床はカーペットで隠し、調度品は汚れ加工を施してそのまま置いておいた。人間、そこまで注意を払っている奴は少ない。と図らずも実証されたし、そう思っておきたい。

 日も暮れてきたので、直した燭台に火を灯し、結界を解除する。


「あ、終わったんだ?」

「やっとね……疲れた」


 そう言って談話室に入ってきたクリスにそう返す。オリヴィアも終わったらお説教! という姿勢を維持できず、今は疲れたように直したソファに座っていた。ミラベルはその横に、離れて委縮して状態で座っている。

 何はともあれ、オリヴィアが大人しいのは好都合だ。このままうやむやにしてしまえれば、などと言う幻想は一撃で打ち砕かれた。


「さて、それじゃあ話を聞かせて貰いましょうか」

「ではアルドさんは私と。こちらでゆっくりとお話しいたしましょう?」


 クリスはミラベルに、オリヴィアは俺に向かって。咄嗟に、助けて欲しいという視線をグラントやアレス、ウィリアムに送ったが、グラントは視線が合うや否や高速で逸らし、アレスは済まなそうな、同情するような視線を送っだけだった。ウィリアムに至っては、


「うん。もう出来る事もなさそうなら、後はお任せしてもいいかな? 僕らは一度部屋に戻るよ」


 と言っていの一番に撤退した。薄情ものめ! オリヴィアとクリスは些末事だというように、彼らが部屋に戻るのを許可し、俺はそれを恨みがましい目でいつまでも見ていた。え、フィオナはどうしたって? 彼女はクリスの後ろに居ますよ。彼女は変に絡んで来たりせず、中立を保っている。しかし、結構非難するようにこっちを見ているので、潜在的な敵というか、今は中立、という立場に思われる。

 あ、これダメな奴だ。咄嗟に、逃げる場所がないかと視線を巡らせると、がしっと肩に手を掴まれる。


「どこへ、行こうというんですか?」


 思わず、ひっ、と声が漏れたのは仕方ないと思いたい。後ろに修羅が見えるようなオリヴィアのその笑顔。

 そこから俺とミラベルにとっては長いOHANASIタイムが始まったのは言うまでもないだろう。


◆◇◆◇◆◇


「やっと、やっと終わった……」

「はい……ようやく終わりましたわ……」


 俺とミラベルは揃ってため息をついた。つい先刻までは決闘までした相手だったというのに、今ではいくつかの戦場を潜り抜けてきた戦友かのような、そんな奇妙な連携感がある。

 夜も随分と良い時間になっていた。本来であれば、俺とオリヴィアが話をし、クリスがミラベルの事情を聴き、俺はついでに説教を受けるくらいで済んだのだが、途中、夕食も持ち込んだ程の長丁場になったのは訳がある。


「絶っっっ対に許せませんっ!」


 主に、こう叫んでいる彼女のせいで。

 そう憤っているのはオリヴィアだ。なぜ彼女がこうも怒っているのかをかいつまんで説明すると、ミラベルの事情に同情したオリヴィアが怒り心頭になっているという状況。


 もう少し詳しく説明しよう。まずは決闘騒ぎの経緯から。

 ミラベルは侍女人形に操られていた、というのが確定らしい。より正確に言えば、侍女人形のバックにいるであろう、ミラベルの実家に、という事になるが。ミラベル家は人形を使って戦果をあげ、それを認められて貴族となった中級の貴族らしいのだが、他とは異様な戦い方からあまり貴族内で認められていないらしい。

 最近は武功を立てられるような戦争もなく、それで今回俺に難癖を付け、未知である技術を奪えないか、と画策しての事だったらしい。やり方が杜撰であったのは、ミラベルが思考を誘導された結果暴走したのと、そもそも成功してもしなくてもよい、という投げやりな部分があるらしい。


「でもさ、なんでそんな事に?」

「私は、アデライド家の中ではそれほど優れている訳ではないので……」


 彼女の実家での地位は、かなり低いらしい。なんでも、両親ともに魔法に秀で、その中でも直系である母が歴代でも指折りの実力者であると。その母に常に比べられることで、ミラベルは家で肩身の狭い思いをしていたらしい。


「あの石のゴーレムが? 確かに酷い事をいったけど、用途がしっかりしてれば優れた術だと思うけど」


 決闘では廃材とまで言ってしまったミラベルのゴーレムであったが、実はそこまで過少評価はしていない。あれは単純に自分のロボットと比べて作りが稚拙だったからああ言ったまでだ。強度その他ではむしろ、マギア・ギアを上回る部分はあり、俺はそう言った部分では優れた人形である、と思っている。特に、戦闘のような限定条件下であっては。

 それに、生身であのゴーレムを相手にしていたならばもっと苦戦しただろうと思う。何故なら魔力を帯びたあれだけの質量を持った石材で出来ているので、自分の刀で切りつけた所で、傷をつけるのが精々、といったところで魔術で全て吹き飛ばすには魔力が足りない、という強敵必至の相手だったのは間違いない。


「……あ、ありがとうございます。ですが、母は身内のひいき目に見ても、優れております。アルドさんのゴーレム──マギア・ギアでしたか。母のゴーレムはあれに匹敵すると思うのですわ」


 マジか。いや、戦闘力って意味でなら上を見ると生身でマギア・ギアを破壊で出来そうな人間は居そうなので、そういう意味では驚きは少ないが、人形、という視点でマギア・ギアを上回るというのはちょっと驚く。


「しかし、そんな事で我が子を捨て駒のように扱うのですか!?」


 と、オリヴィアがまた再燃してしまったようだ。そして、俺も彼女の気持ちには同意できる。

 オリヴィアはミラベルに対する理不尽ともいえるような立場が気に入らない。自分も貴族であるから、政略結婚のような、「駒」のような扱われ方もあるだろうと考えてはいたらしいが、それでもまだ、政略結婚には人としての営みがあり、道具のように結婚したとはいえ、幸せな家庭を選べる可能性もある。

 それに対して、ミラベルは完全な捨て駒扱いだ。道具のように使われたあげく、今回、仮に成功していたところで、別の場所で、別の問題で使い潰されていたのがオチだろう。ミラベルの話を聞くにつれ、そんな内容にオリヴィアの怒りゲージが溜まっていく。


「こうなったら、私に考えがあります」

「えっと。聞きたいような、聞きたくないような」


 完璧な笑顔を浮かべるオリヴィアに、俺はひきつった笑みを返す。


「聞きたいですか? 聞きたいですよね? どんな考えかと言いますと──」


 語られた内容は、やはり聞きたくないようなものだった、とだけ言っておこうか。

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