第67話「異世界のロボット?」
ミラベル・アデライドとの決闘の見届人は、マグナ学園長とライナス先生に依頼した。
これでまぁ、不正を行う、というのは難しいだろう。短い期間しか話していないから、ミラベルの性格は知らないと言っても過言ではないが、何となく、そういう事をするタイプではないとは思っている。しかし、こういう事は何があるか解らないので、こちらも安全と言える保険は欲しかった。
後で知ったことだが、決闘は学園に存在する制度らしく、見届け人として教師が必ず付くようだ。決闘の内容も、俺が最初に言った一対一のものから、代理を立てるものまで様々で、今回の人形決闘というのは、代理決闘の変則的なものらしい。
まぁ、もし決闘で相手に大けがを負わせたり、万が一命を奪ったりしたら大変だからそんな措置なのだろうと思う。貴族相手とかだと、迷宮の事故のようなものと違って、こちらは未然に防げる可能性があり、人為的なぶん、クレームも多そうだ。
なんて現実逃避をしていると、何故か満足そうにミラベルが、自分の「人形」を自慢しだしていた。
「どうです。貴方のような盗人に、この人形を倒す事ができまして!?」
ドヤ顔で宣言した彼女の後ろに控えるのは、一言で言えば、「石の塊」だった。
ごつごつした大きな石や岩といったものが塊になり、人型の形状の「人形」。全高は約4メートルで、マギア・ギアと比べても遜色はない。だが、だが……
「驚くのも無理はありませんわね。この巨体!そして見た目にも解る頑丈さでは、並の人形では傷一つ付けられませんわ!」
「不細工だ」
俺は、震える声で、絞りだすようにそう言った。
「……今、なんとおっしゃいました?」
「不細工だと言ったんだ! これが人形!? 石を積み上げただけの廃材と、俺のロボットを比べたのか!? 馬鹿にするのも大概にしろ! ロボットどころか、まともな人形の形ですらないなんて……! ロボットが見れるかもしれない、とか一瞬思った俺の気持ちを返せよ!」
気づけばそう叫んでいた。堰を切ったようにあふれ出てきたのは、怒り。勝手に期待し、落胆しただけとはいえ、まさかこっちの技術が云々とか言っていた人間が、それ以前のものを出してきたのだから怒りが収まらない。
「……! 吐き出した言葉はもう飲み込めませんわよ! 後悔なさい!」
石の巨人が突然動き出し、俺に腕らしき塊を振り上げてきたが、俺はバックステップしてそれを躱す。
「こ、これ! まだ開始の合図すらしておらんと言うのに!」
「構いませんよ、学園長。大した手間は取らせませんから」
突然始まった決闘の、その開始の合図がわりに、俺は指を打ち鳴らす。
それを合図に俺の背後に爆発音と煙幕が辺りを包む。俺は、煙に隠れて魔術を展開し、マギア・ギアを呼び出した。素早く乗り込み、魔力接続を使って機体とのパスを繋ぐ。
煙幕が晴れた決闘場の中央には、膝をついた巨人が鎮座していた。
「……なっ!?」
『手加減なんてしないから、そのつもりでいてくれ。この怒りが収まるくらいには、せいぜい耐えてくれよ?』
◆◇◆◇◆◇
それは数日前の出来事でした。私は本家からの手紙を読み、わなないておりました。
私、ミラベル・アデライドは、人形使いと呼ばれる一族の者です。過去の戦の功績から、貴族を名乗る事を許されておりますが、同じ貴族の中にも、たかが人形を操る卑屈もの、と我らを馬鹿にするものもいます。
しかし、私はそれに対して、常に胸を張って堂々としておりました。言わせたい奴には、言わせておけばよい。そのようにも思っております。その思いを裏打ちさせるのは、我が一族に伝わる秘術が、他のどの魔法にも負けないと自負していたからです。
我々が操る秘術は、ゴーレムクリエイトと呼ばれるもので、魔力によって物質と己を繋ぎ、仮初の命を与え、己の僕として扱う技術。かつてこの技術を扱う創始者は、人と見紛うような人形を扱えたようですが、今の我々は世代を重ね、より戦闘に特化したゴーレムを扱っております。いつか、私も力を付け、そのような人に近い人形を扱ってみたいものです。やはり人形は愛でるもの。今は力が必要、と割り切っておりますが、本来であれば、もっと可愛らしかったり、美しかったりと、芸術的なものをこの手で作り、動かしてみたいという思いがあります。
おほん。今はそのような夢はいいのです。我が一族、戦闘ゴーレムについてです。全身石のボディは、生半可な剣も魔法も通じません。一度戦場に放たれれば、支配級の魔物と同等、いえそれ以上の脅威を相手に与える魔法人形。我々一族は、その力でもって、貴族として認められております。そんな我ら一族は変わり者と言われるような一族で、他者には寛容、言い方を変えると関心が薄い、と言えるような一族ではありますが、黙っていられない事があります。
我が一族の秘術を持ち出し、我が物顔でいるという平民がいると。本家からのその手紙を受け、手紙を届けた我が家の侍女に詳細を聞いた私は、頭にカッと血が上り、居てもたってもいられず、その人物の元に向かいました。
その平民の、なんと盗人猛々しいことでしょう! 私を前にして、悪びれる様子もなく、減らず口を叩いてくるその様子に、私はまたカッとなる思いでした。実際、淑女としては恥ずかしい事に、手を上げてしまいましたが、私の平手打ちは虚しく空を切ってしまいました。男子たるもの、自分の非を認め、男らしく受けるべきではないでしょうか? 私はその態度にも非常に腹が立ちました。
気が付けば、私は彼に決闘を言い渡しており、多少の後悔があったものの、カッかしたまま自室に戻りました。自室に戻った私は、侍女から良い香りのするお茶をいただき、少しカッかしていた気持ちが、溶けるように落ち着いたのを感じたあと、眠りにつきました。眠る直前、うつらうつらしている私に、侍女が何か言っていたような気もしますが、疲れていたのか、私は心地よい眠気に身をゆだねました。
決闘についての書類を渡した後、詳細を詰めるために彼と話しましたが、その時もカッとなった気がします。うろ覚えなのは、余りに怒りを覚えたからでしょう。侍女の言葉で決闘後の処理について了承して、リラックスできるようにと侍女からまたお茶を貰ってゆっくりし、決闘に備えました。
それから決闘が正式に学園に受理され、私は決闘場に向かいました。多くの観客がいますが、気にはなりません。むしろ、私の正当性がより多くの人間に伝わるのであれば、それは良い事でありましょう。
私に少し遅れて入ってきた彼は、目を見開いて私のゴーレムを見ておりました。その驚いている様子に、私は気を良くしましたが、この決闘はもう止めることなどできません。
目の前で震えながら、ゴーレムを見上げる平民の彼もこれで解った事でしょうね。
確か──アルドさんと言いましたか。我が一族の秘術をどのようにして知ったのか知りませんが、人形に目を付けたというのは感心です。ですが、相手が悪かったですね。
「驚くのも無理はありませんわね。この巨体!そして見た目にも解る頑丈さでは、並の人形では傷一つ付けられませんわ!」
私は勝利を確信しながら、宣言すると、彼はぽつりと、諦めと落胆と、憎悪が籠ったような掠れた声を出しました。
「不細工だ」
私は耳を疑いました。
「……今、なんとおっしゃいました?」
「不細工だと言ったんだ! これが人形!? 石を積み上げただけの廃材と、俺のロボットを比べたのか!? 馬鹿にするのも大概にしろ! ロボットどころか、まともな人形の形ですらないなんて……! ロボットが見れるかもしれない、とか一瞬思った俺の気持ちを返せよ!」
少し意味が解らない単語が混じっておりましたが、自分が丹精込めて作り上げた人形が馬鹿にされたことだけは解りました。不細工だなんて! これは無駄なデザインをそぎ落とした、機能美だというのに!
「……! 吐き出した言葉はもう飲み込めませんわよ! 後悔なさい!」
カッと昇った頭の奥で、コノ不届きもノにシを下さねばならない、そんな言葉が割れるような痛みと共に発せられます。私は怒りと、その衝動に突き動かされながらゴーレムに繋いだパスを使って命令をくだしました。
彼は私のゴーレムの攻撃を軽やかに避けてみせると、指を鳴らします。
一瞬、彼の指が爆音を放ったと勘違いするような大きな音共に煙が噴き出し、辺りを包みます。周りが見えず、どうなったのか解らない。やがて、煙が晴れると、私の目の前に
まるで、騎士を思わせるような全身甲冑を来た巨人。いえ。違う。普段から人形に触れる私には何となく解ります。あれは、巨人などではありません。人形、とも少し違う。作られたモノであると。
「……なっ!?」
今度は私が驚かされる番でした。優雅、とすら表現できるような動きで、ゆっくりと立ち上がる巨人に、思わず見惚れます。
また美しさだけでなく、武装したその姿には敵を威圧する迫力もあります。私の操るゴーレムは、手先をうまく制御できないために武器の類をもっておりませんが、目の前の巨大騎士は、巨大な剣と盾を持っており、あれが振るわれたらと想像するだけで、背筋が凍ります。
『手加減なんてしないから、そのつもりでいてくれ。この怒りが収まるくらいには、せいぜい耐えてくれよ?』
どこからともなく、彼の声が聞こえてきました。恐らく、あの巨人の中から。あの巨人は恐ろしい事に、人が乗って操作する巨大な人形であるようなのです。いったいどんな魔法を使えばそのような事ができるのか、想像すらできません。
そして、彼が先ほど言った傲慢とも思える言葉が、嘘や虚栄でなく、ただただ真実を口にしたのだという事を、私はこの後すぐに理解しました。
ゴーレムに迫る巨大騎士。さながら演劇のワンシーンのような動きでゴーレムに肉薄します。私の操るゴーレムは、相手に比べると幼子のような遅々とした動きでそれに対応しようとしますが、闇雲に伸ばされたその腕は、巨大騎士が下から振るった剣によって切り飛ばされてしまいます。
それでも必死にゴーレムを動かし、攻撃に転じようとしますが、残った腕が振るわれた先には、巨大騎士はもういませんでした。
(なんて動きなんでしょう……!)
私はその動きをみて、敵ながら感動し、心が踊るのを感じました。人形を動かす度に、人との動きの差異に悩み、ああでもない、こうでもないなどと思っていましたが、そんな次元にない動き。まるで人間。本当に巨人が鎧を着ているのではないかと疑ってしまいますが、動くたびに聞こえる軋みやこすれるような金属音が、中にそんなものが居ないと伝えてきます。
言ってみれば、これは私が追い求めていた理想形。それを目の当たりにして、心が躍らない事がありましょうか。
そう思うと、さっきまで怒りを感じていた私の胸に、彼に対する畏敬の念が生まれております。そして、自分の恥ずかしい勘違いから始まった決闘を、早く止めて謝ってしまいたい、と思う気持ちと、もう少し、この心躍る時間を堪能したい、という我儘な気持ちが生まれます。
(身勝手なものですわ……ですが、身勝手だからこそ、落胆させたまま終わらせてはいけないというもの!)
私は気持ちを入れ直し、魔力を集中させ、ゴーレムを操ります。これまで味わった事もない、深い接続に頭が悲鳴をあげ、この身が自分の身体なのか、ゴーレムの身体か解らなくなったころには、ゴーレムはあちこちを大剣で削られ、元よりも何割か小さくなってしまっておりました。
もう、長くゴーレムを操っていることができない……楽しい時間が過ぎ去ってゆく寂しさを覚えながら、私は額に噴き出た汗を手の甲で拭いました。
「これが最後です!」
これまでの私という個人の集大成。それは功を成し、ゴーレムに蓄え続けた魔力が爆発的に膨れ、残った四肢を動かしました。ゴーレムは、これまでの動きが嘘のような滑らかさで体当たりをけしかけました。
それでも、避ける事もできただろうに、巨大騎士は私のゴーレムを盾で受け止め、その盾を強引に押し返してゴーレムを弾き飛ばしたかと思うと、その盾をゴーレムに叩きつけました。
轟音。見れば、ゴーレムは盾から突き出した太い槍のようなもので胸部を貫かれ、核となっていた術式を潰されておりました。パスから帰ってくる負荷が消えると、私も立っているだけの力がなく、その場に崩れ、巨人をただ見上げておりました。
「これが、彼の人形、ロボット……?」
私は、清々しい思いで敗北を学園長に宣言しました。もちろん、悔しさはありましたが、それを含めても素晴らしい体験であった事には違いなく、私は、己の過ちを彼に謝ろうと決意したのでした。
お読みいただきありがとうございます。
今日は祝日で夕方にはこれを書きおわって、予約投稿した……という夢をみたんだ。




