第65話「ワーカー販売」
それから、俺たちはワーカーのテストを数日重ねた。
開発者であり、マギア・ギアでの操縦時間が長い俺は、ワーカーは動かせて当たり前、という感じなので、全くの初心者がどんな風に感じるか、問題点などはあるかなど洗いだし、修正出来る部分は修正。
搭乗者が気を付けないといけないような部分──例えば、視点の高さが上がった事による不注意事故のようなもの──はマニュアルを作成して事前説明などを密にする、という事で対応する。
と、そこまで準備し、俺たちはついに、ワーカーを売りに出すことにした。
「建築に役立つ魔導具がある、だぁ?」
背の低い、しかし身体の大きい、という矛盾したような体格をしている目の前の人物は、ドワーフのドノヴァンさんだ。それほど背が高い訳じゃない俺の胸くらいしかないのに、岩とか、背の低い壁、と思えるような横幅がある。しかも、太っている訳ではなく、筋肉で出来ているらしく、なんというかごつい。
今、俺はウィリアムとアレスを連れて、そのドノヴァンさんが仕切る工房にお邪魔していた。通された客室で、机を挟んで挨拶を交渉を始めたところである。
他のメンバーは今日は留守番である。というのも、工房に話を付ける際に、手っ取り早くアポイントメントを取るために、貴族、という肩書きを使ったからだ。とはいえ、貴族間にもルールがあるらしく、親が王都近くに領土を持ち比較的軋轢が少ないウィリアム、アレスだけにしている。表向き、俺は従者という事になるだろうか。
そのおかげか、ドノヴァンさんは話だけは聞いて貰えている。ただし、こいつらは胡散臭い。そんな表情を隠しきれずにいた。
ただ、それは事前に仲間うちでも言われていた事だった。
本来魔導具というのは、ほとんど偶然出来上がるようなものらしく、魔導具師も存在してはいるが、何故それができるのか、理論的には解らない、という状態らしい。
ただ、経験則として、この木で作った魔法の杖は、水属性の魔法を増幅する力がある、というような蓄積自体はあるため、数は少ないながら、継続的に量産はされている。
それも、主に武器となるようなものや、迷宮内で役に立つような、ランタンのような魔導具が中心となってしまうため、他の分野ではあまりみないらしい。ましてや、他に高い実用性がある、というような生活に役立つ魔導具は皆無との事。また、武器にしろ何にしろ、使える魔導具、それも一定上の、となればそれを作れるのは超一流の魔導具師、という事になるらしい。
ドノヴァンさんが胡散臭そうにこちらを睨んでいるのは、恐らくそういった常識がベースになっているのだろう。
若い。おまけに魔導具、なんて普通は建築なんかに使われないような高価で特殊なアイテム。
だが、俺たちはその常識を打ち砕くに十分な自信がある。
「ええ。信じられない、という気持ちは理解できます。ですが、我々は嘘を言ってはいない。それを今から証明しましょう」
そう言ったのはウィリアムだ。彼は自信たっぷりに説明し、アレスと俺もつっ立っているだけだったが、彼の言葉に同意するように頷く。
「今からじゃと……?」
と、ドノヴァンさんは思わず俺たちの懐を見た。ドノヴァンさんが連想したのは、手に持てるような何か。
「ここでは狭すぎてお見せできません。外の作業場を少しお借りできませんか?」
「まぁ、構わんぞ」
それだけ言って、さっさと外に向かったドノヴァンさんを追う前に、俺たちは顔を見合わせ、頷きあう。俺たちは三人とも、悪巧みが成功した、という顔をしていた。
あまり期待してなさそうなドノヴァンさんがどんな顔をするのか、今から楽しみだ。
作業場に出てウィリアムが連れてきたのは、草食竜だった。のっしのっしと歩くその後ろに、台座だけの馬車がつながれ、その上にコンテナが乗っている。
「これが、その魔導具とやらか? 竜を使う工具なら、うちにも少しはある」
主に馬車を見ながら、ドノヴァンさんはそう言った。この世界にも、牛を使った農工具のようなものが存在するらしい。
「はっきり申し上げるなら、そんなものとは比較できませんよ。……アルド、始めてくれ」
「わかった」
交渉はまかせっきりだったので、俺は少し張り切ってコンテナに近づく。そして、コンテナに手を当て、魔力を流すと、コンテナは、蕾が花開くように外壁を開いていき、その中に鎮座していたものを見せた。
「な、なんだぁこりゃ……」
呆然としているドノヴァンさんをちらりと見て、俺はコクピットを覆う装甲に近づく。膝をついて、主君に頭を垂れるようにしていた巨人の胸部が開き、俺はそこに身体を滑り込ませた。
ハッチがしまると、僅かな魔力光を発する水晶が二つあり、その上に手を乗せる。魔力を接続するための媒体となる、操縦桿の代わりの物体だ。
「魔導炉起動」
俺の音声に従い、ワーカーが魔導炉を起動させ、巨体に魔力を漲らせる。コクピット内の魔力光も高まり、暗かった内部が、明るく照らされ始める。
「魔力接続、開始」
これは俺が発動した魔術ではなく、機体に乗せた演算機が発動した魔術だ。実はこれが機体を作る上でもっとも苦心した物でもある。魔導炉本体に繋いだ低級魔石に刻印し、魔力の流れで電子回路もどきを作る。その上で、その電子回路もどきが魔術を発動するように手を加えたのが、演算機だ。
この演算機のおかげで、これまではパイロットが機体に五感を接続したが、改良を重ね、今は機体がパイロットに五感を接続してくる。そのため、パイロットの素養は関係なくなり、より多くの人間がこの機体を操る事が出来る。
もちろん、パイロットの認証機能も存在し、登録者以外が乗れないようにすることも可能だ。
ゆっくりと目を閉じ、開くと、視界はコクピットの中ではなく、地面を向いていた。ワーカーの演算機が、視界の隅に機体情報を展開させ、何の異常も無いことを知らせてくる。
『準備できた』
ワーカー頭部に設置されたスピーカーから、俺の声が響き、ウィリアムが満足そうに頷く。
『始めてくれ』
集音装置に関しても問題なさそうだった。これら五感の情報も、一度演算機に送られ、その情報量を判断してからパイロットへと返される。これのおかげで、五感の情報がパイロットの許容量を越えてフィードバックされる事はない。痛みのような情報が、そのまま返る事はないし、例えば大音量、大光量を受けたとしても、それらは制限された物がパイロットに届けられ、パイロットの安全を確保する。
『よし。じゃぁデモンストレーションといこうか』
機体をゆっくりと立たせ、高い視点から工房を見下ろす。立ち上がる巨人に気づいた工房の人間が、窓に取り付き、ワーカーを見上げていた。ドノヴァンさんも唖然とした様子でこちらを見ている。
何となく優越感に浸っていられるが、ただ動いた、というのでは有用性の証明にはならない。
『ドノヴァンさん。何か重たい、動かして欲しいものはありますか?』
「……はっ!? あ、ああ。何か重たい、動かして欲しいもの、な。おお。おお。そうじゃな。そこに木材が積んであるだろう。乾燥させてから使うもんなんだが、置く場所に失敗してな。あれなんかどうだ」
声をかけるまで、オウム返ししてくるくらい浮ついていたドノヴァンさんは、こちらが指示を仰ぐと、段々とはっきり返し、最後にはこの機体が何を出来るのか、予想を立てるくらいまでになっていた。
さっきまでは疑うような眼差しだったドノヴァンさんの目が、新しいおもちゃを与えられた子供のように輝いている。
その期待に応えなければなるまい。
『解りました。では、作業中は危険なのでこれに近づかないでください』
「わかった。おう! おめぇらも聞こえてたな! あれが動いてる間は近づくんじゃねぇぞ!」
ドノヴァンさんが親方らしい怒鳴り声をあげる。その声に止められ、今にも駆けだしてこちらに来そうだった工房の人間の動きが止まる。やがて、わいわいと騒がしくも、ワーカーの動向を見守るような形に落ち着いた。作業が完全に止まっているが、ドノヴァンさんはそれ以上は声をあげず、黙って見ている。
さて、ギャラリーも良い感じで増えているので、ちゃちゃっと作業を済ませよう。
ワーカーの目の前に積まれた大量の木材。正直、俺には重機もない世界でこの大きさのものをどうやってここに大量に積んだのか、という感じだが、肉体強化を施した人間が数人で出来てしまうのだろう。
『そっちに移動してくれ!』
『わかりました!』
ワーカーが木材を両手で抱え上げた時、ドノヴァンさんから声が聞こえ、俺はとっさに返事をして、指示された通りに行動する。ドノヴァンさんの目は、子供のような目から、鋭いものへと代わり、ワーカーの一挙手、一投足を見逃さんとでもいうように見ていた。
数分後、大量の木材を別の場所に積み終えた俺は、ワーカーから降りる。その時には、すでにウィリアムとアレスがドノヴァンさんと交渉を交わしており、かなりドノヴァンさんが熱くなっているようだ。
ウィリアムとアレスががそれを宥めながら交渉しているのを横目に、俺は何とか無事にこの交渉がまとまりそうな事に安堵した。
これで、望みへ一歩進める。
そんな事を重う片隅で、今回もまた、地味に資材を持ち上げただけのワーカーに、もっと大仕事をさせてやりたいもんだ、なんて考えていた。
だが、大仕事の前に、別の物がやってきてしまう。
工房の交渉もまとまり、一気に五台もワーカーが売れ、巨人がいる工房がある、と噂になった頃に、問題が発生したのだ。
その問題は俺たちのいる教室の扉をあけてこう言った。
「我が一族の秘術を盗んだ不届き者はどちらにいらっしゃいますの!?」




