第64話「作業用魔導甲冑」
土木建築に、と言った辺りで、皆の顔に疑問が上がった。
「なんで建築? 傭兵とか、軍に売るんじゃないの?」
クリスの疑問は、その場にいた全員の疑問を代弁しているようだった。誰も彼もが首を傾げたり怪訝な顔をしてこちらを見ている。
それは半ば予想していたので、俺はまずそこから説明する事にした。
「そっちも考えてない訳ではないけど、まずは建築。その理由を今から説明するよ」
俺たちは訓練場に集まっているが、もはや訓練する雰囲気ではなく、輪になって座り込み、話し込んでいた。
「まず、魔導甲冑がどういう意図を持って作られてるか、っていうところから話そうか。魔導甲冑は、使用者の動きの増大を意図して作ってる。例えば、筋力、大きさによる動作範囲の広さ、とか。ここまでは良いかな?」
「戦闘するため、って訳じゃないんですね」
オリヴィアそう呟く。俺は苦笑した。まぁ、これまでそうとしか用途を出していなかった俺の責任なのでしょうがない。
「戦闘は福次的なものなんだ。どちらかといえば、魔導甲冑っていうのは、戦闘もこなせる、っていう言い方が正しいかな」
全員の反応を見ると、皆理解したのか頷いている。
「で、話を戻すと、この動きの増大っていうのが、簡単に生かせる場所が幾つかある。その一つが、戦場だ」
「だろうねぇ。魔導甲冑程大きく強くなくても、あの黒い騎士の人形のようなものが沢山戦場にでれば、それは驚異だ」
ウィリアムが俺の言葉を補足する。死を恐れず、一定以上の技量を持った人形兵は確かに驚異だろう。魔力、なんて摩訶不思議エネルギーがあるため、度々、数を凌駕する個人、という存在がいるようだが、それも捨て身が出来る人形兵なら、打ち取れてしまう可能性はある。
俺はウィリアムにその通り、と付け加えながら話を続けた。
「ただ、俺はこの方面で活躍させたくはないと思ってるんだ。なぜなら戦場で名を馳せるような事があれば、魔導甲冑は恐怖の代名詞になる」
前世で戦場のあり方を変えてしまった歴史の節目に存在する武器の数々。例えば銃。中世以前までの剣や槍、せいぜい弓で相手を倒す戦場とは違い、より離れた位置からより安全に、より多くの人間の命を奪うに至る武器となったように、魔法が使えなくても使えてしまい、並の魔法や武器よりも強いとなれば、戦場はこれまでのような形を保ってはいられない。
「魔導甲冑は戦いの在り方を変えるだけの力がある、と俺は考えてる」
だからこそ、軍や冒険者といった魔導甲冑の使用=戦闘、という職種の人間には最初に売り込まない。
かつて、フェリックスさんに最初に魔導甲冑を説明した時、兵士に使わせようと思ったのは、売り込む簡単さと、需要や、フェリックスさんにパトロンになって貰う、という事を考えての事だったが、今回は魔術というものを広める、という理由があるので、そっちは後回しにしたい。
「だからこそ、魔導甲冑が恐怖の代名詞みたいにならないように、もっと広くイメージを定着させて起きたいと思ってる。その最初の一歩が、建築なんだ」
「何となく解ったけど、建築で、その魔導甲冑は役に立つのか?」
アレスの言葉に、俺は待ってましたとばかりに頷いた。
「なら、それを今度証明しよう。流石にすぐには出来ないし、今度の試験後の休み、売り込む用の魔導甲冑を見せてやる」
こっちも構想はある。後はそれを形にするだけだ。マギア・ギア用の新装備も作らないといけないし、忙しくなりそうだ。徹夜も覚悟せねば……
え、学園の試験は良いのかって? 魔力演算領域という名のカンニ──もとい、頭の中の教科書に全て入っているので問題ない。
◆◇◆◇◆◇
期末試験明けの休日、俺たちは七人は試験ストレスからの開放感を存分に味わいながら、訓練場に集まっていた。
ちなみに、テストの結果はというと上々だ。当然ではあるが……。解けなかった問題は二問。その二つも時間切れが大きな理由だった。
問題の内容は、「魔術について知りうる事を述べよ」で、そんな問題ありかとか、どこまで書いて良いのかとか、考えながらつらつら書いている内に残りの問題を解くことができなかったのだ。更にちなみに、この問題を作ったのは魔法を教える例の先生だった。
「皆集まったね。じゃ、これから始めようか」
と、味気ない学園の試験についてはこれくらいにして、俺は意識を切り替える。今日は先日皆に伝えた通り、この試験期間を使って土木建築用に作った、土木工事用魔導甲冑のお披露目である。
「これが、その魔導甲冑?」
膝をつく機械の巨人を、皆が思い思いの場所から見上げていた。ぐるりと一周見回してみたり、膝を突いた部分を叩いてみたりと、興味津々だ。
「これが、例の《孤立種》を倒したのか?」
「それとは別。これは新しく用意したんだ」
グラントがそう言ったが、否定しておく。
「新しく、用意した……?」
酷く驚いているようだが、これも魔術のおかげである。簡易魔導炉内に素材の情報を記録、その情報をいじっているだけで複数素材を使用した建造物も作れてしまうので、3Dプリンターよりお手軽だ。ただし、記録している情報を改変するのには魔力が必要になるため、実際に作るよりはお手軽とはいえ、コストがかかっていないわけではない。
固まってしまったグラントをそっとしてやり、俺は機体に不備がないか、機体周囲をぐるりと回って確認する。
ワーカーはマギア・ギアからかなりの改変を加えていた。
量産を前提に汲み上げているために、機体の各部をブロック化して人型に汲み上げる事で、人力での整備性を向上させている。
また、マギア・ギアに使っているような大型の魔導炉を作る良質の魔石が無いため、簡易魔導炉を各関節設置、その魔力を直結させる事で保有魔力量を増大させ、魔導炉に出力で及ばないまでも、継続時間と言う点においては魔導炉に劣らない性能をださせている。この方式は、動作的にも問題がなさそうであれば魔導炉を積んでいるマギア・ギアにもフィードバックする予定だ。
また、外観は素体フレーム部分──パペットフレームと呼ぶ事にしている──の上に装甲を着させる事で、操り人形のような味気ない外観を飾り立てている。現在は土木工事用、という事で関節に高負荷がかかる事を想定しているので、胴回りより四肢の負荷軽減を目的とした装甲を装着している。四肢だけ見ればマギア・ギアより太いくらいなので、見た目はマッシブだ。
そして、決定的に違うのはやはり、肩装甲より延びるクレーン。全高としてマギア・ギアと同サイズの4メートルあるワーカーだったが、それよりも高所に建築素材などを吊り上げができるように、クレーンを装備させている。クレーンには本体固定用としてアウトリガ(機体支持用の固定器具)がついており、このアウトリガを使ってクレーン操作時の機体を固定、その後にクレーンでの重量物が吊り上げ可能となっている。
「それじゃ、動かすから、皆離れてて」
ワーカーの装備も含めて確認が終わった後、俺はワーカーに集まっている全員に声をかけ、離れるように支持する。
「おっとその前に建材出しとこう」
事前に簡易魔導炉に入れておいた建材を、ワーカーから少し離れた所に出す。
積み上げられた木材と、インゴットというには大きすぎる鉄材だ。実際建築現場で使われるような建材とは違うが、今回は大きさや重さが重要なので気にしない。
ワーカーに乗り込み、目をつぶって機体に意識を接続して様子を見る。問題なし。
「視界も良好」
意識を接続した時点で、俺の視界はワーカーの視覚と接続されていた。
ゆっくりと機体を立たせ、高くなった視点から皆を見下ろした。
「おお……ちゃんと動いてるねぇ」
「こんなに大きいのか……オーガよりも大きくないか?」
「しかし、これでも《孤立種》より小さい。それでも対抗できるなんて……」
ウィリアム、グラント、アレスがそんなことを言っているのをセンサーが拾い、自分がその場で聞いているかのように伝えてくる。この辺りもどうやら問題なさそうだ。ちなみに、女性陣はクリス、オリヴィアがすでにマギア・ギアをみた事があるために反応が薄い。フィオナは目を白黒させて驚いていたが。
「じゃ、起動実験を始める」
俺の声がワーカーによって拡声され、辺りに響きわたる。結構大きな音だが、これくらい大きくしないと、ぼそぼそと聞き取れなくなってしまうので仕方ない。
「よっと」
まずはワーカーを動かし、木の建材を持ち上げる。ワーカーの腕部がその重さに僅かに軋み、重量物を持ち上げたフィードバックが俺の身体にも返ってくる。
重い、とはいえ感覚としては木箱に積めた小物を持ち上げたような感覚か。フィードバックは強すぎると幻痛を起こしそうだが、無いのはないで、自分が立っている、腕を動かしているという感覚が無く、操作に影響するためこれくらいで良いだろう。
建材を抱えるワーカーに以上なし。重いものを持っているが、まだ余裕がある。装甲は防御を考えていないため、マギア・ギアに比べて軽い。その分の余裕があるようだ。
「結構簡単に持ち上がるもんだね」
「ただ、あれくらいなら人が数人居れば何とかなるんじゃないか?」
そんな話し声が聞こえてきた。ごもっともな意見である。もちろん、ここからがワーカーの真骨頂だ。
鉄の建材は重量があるため、ワーカーでもそのまま持ち上げるのは少々つらい。それに、クレーンのテストをしたいために無理はしない津もらいだ。
ワーカーが抱える木の建材をゆっくりと地面に降ろし、背部に折り畳まれたクレーンを開く。
4つのアウトリガがワーカーを中心に四角形を作り、クレーンを固定。クレーンの先端が伸び、10メートルを超える長さになった。おお、なんて皆の驚きを見ながら、俺はワーカーを動かし、建材にフックとワイヤーを取り付ける。
「よし、吊り上げるよ」
建材がクレーンによってゆっくりと上昇を始める。吊り上げられただけの建材は、地面から離れる際に僅かに揺れたが、ゆっくりあげながら、揺れをよく見てそれを最小限に抑える。
そうして高く吊り上げられた状態でクレーンを固定して、皆に声をかけた。
「どう? すごいでしょう!」
「どうって……」
「何ていうか、地味ね」
オリヴィアとクリスがそんな風に言い、俺はがっくりと肩を落とした。
「解ってるよ。見た目地味だって事は……」
グラントとフィリアは見た目以上に力があることに驚いているようで、ウィリアムとアレスはその先、ワーカーの価値を考え、真剣な様子だ。
その後、建材とワーカーを片づけ、ウィリアムとアレスに慰められた俺は、皆とこれからについて話を詰めるたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
余談ですが、私が知っている過去最高の公式の試験内容は、とある学校の期末テストに出されたと噂の「関節について述べよ」と書かれただけの試験用紙です。
なんでも、関節とは何か? どんな関節があるのか? 関節の種類はこれで、それぞれの特徴は何か? というような教科書に載っている事を全て自分で書けないといけないらしく、その年のテスト受験者は悲惨だったとかそうでないとか……




