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第62話「アリシアの真実」

 端正な顔立ちをしたその少女は、ぴくりと眉を潜め、警戒心を芽生えさせた。


「どうして、私の名を?」


 俺はその言葉にこそ驚いた。目の前にいた少女は、自分の知っている少女ではないのか? 何故、そんな事を言うのか。

 俺は思わず、縋るように彼女の名前を口にする。


「アリシア、だよね?」

「確かに、私の名はアリシア」


 更に混乱した。何を言っているんだ、と思うと同時に、疑問もある。何故アリシアがこんな所にいる? という疑問。自分の近く、宝石の近くか、生まれた故郷でもない、この学園の地下にいる理由。

 それに、そもそも目の前のこの少女は肉声だ。俺の知っているアリシアは、思念体。こうして実際に鼓膜を震わせ、声など聞こえた事はない。

 それに気づくと、答えが一つ浮かんだ。


「えっと、アリシア、さん。質問があります。あなたはずっとここに?」


 赤の他人、他人の空似。そんな考えが浮かんだ。余りにも似ている、が、決定的に違う何か。気が動転していたから気づくのが遅れたが、頭が冷えると、俺の知っている彼女とは、少し違うように思えた。

 幼い、という表現が似合う俺の知っているアリシアと違い、目の前にいる「アリシア」は、大人びている。女性、というには若いが、少女というには大人、そんな曖昧な所だが。

 ツインテールだった髪は、流してロングになっていて、服も白衣に似た白が基調のローブ。体型も子供っぽいものから、スレンダーで女性的なものだ。


「……そう。長い時間ここにいる」


 何かを考えるように、彼女はそう言った。やっぱり、と思うと同時に、落胆も芽生える。彼女は、アリシアでは無い──少なくとも、俺の知っている、彼女では、ない。

 笑いたくなる。自嘲するような。普段は意識しないようにしているのに、彼女の事を思い出さないようにしているのに、目の前で彼女に似た女性が現れたら、彼女が居る事を期待する、なんて。


「……そうですか」


 それきり、俺は何を言って良いのか解らず、黙ってしまった。彼女は僅かに警戒した様子を見る。

 何か口にしようかとも思うが、面倒だった。大して話してもいないのに、衝撃が大きすぎて疲れを感じている。後は少々の恥ずかしさか。知人だと思って話しかけたら、違う人だった。ただ、衝撃の方が大きくて、恥ずかしさは顔に出るほどではなかったけれど。


 何か考えている様子だったアリシア──さんが、口を開いた。


「私からも質問」

「何でしょうか」

 

 当時は念話だったとは言え、聞けば聞くほど彼女の声に似ている。彼女が生きて目の前にいる、と勘違いしそうになる程に。

 俺はそんな幻想を投げ捨てて、どんな質問がくるのか、と少しだけ身構えた。


「客人は、私を知っている。客人が知っているのはどのアリシア?」

「はい……?」


 ゆらりと、彼女の側にある蝋燭の火が揺れる。俺は意味もなく、その火の揺らぎを目で負い、呆ける。そして、今の言葉を反芻した。「どの」アリシア。彼女の言う「アリシア」は、複数いる?

 なんて答えれば良いのか、俺は少し迷った。ここで、人違いだった、と誤り、この部屋から去るのは簡単だ。そして去った後は関わらないのがベストだろう。まだ何も指摘されていないが、俺はここへ不法侵入を果たした事には変わらないのだし。

 ただ、彼女はこちらを多少警戒しつつも俺に質問してくる程度には、話をしようという意志がある。ここは、俺は正直に話してみる事にした。


「……10歳くらいの容姿をしたあなたを知っています」

「……そう」


 彼女はそう言って黙った。

 あれ、なんか間違えただろうか。思わせぶりな彼女の台詞に、あなたの幼い姿を知っていると言った自分。


「……」


 俺はアリシアさんから視線を逸らした。そして、頭を抱えたくなった。

 それって何というか、自分が変態だと暴露したようなもんじゃね? 特に自分の言葉だけ見れば。

 あなたを幼い時から影から見てました、「俺は」あなたを知っていますよ、というような。え、違うよね? そんな変態発言を高度にこなしたような事態ではないよね? 違うと言ってよ! 

 急に喉がカラカラに乾いて来た。沈黙が、さっきよりも重いのではないかと思える。アリシアさんの方をちらっと見ると、さっきよりも何故か警戒が薄れているように思える。思いたい。


「もう一つ、質問」

「は、はい!」


 そんな事を考えていたせいか、上擦った声で返してしまい、不思議そうにするアリシアさん。


「? 客人はどうしてここに?」

「えっと……」


 これは正直に言って良いのだろうか。階段があったから気になって……は苦しい。苦しすぎる。せめて日中であればもう少し信憑性があった。

 それに、今更隠しても、不法侵入した事実は変わらない。俺は、これも正直に答える事にした。


「昼間、ここに階段があるのを見かけて。隠し階段があるのかも、って気になって、夜に忍び込んでみようと思って……」

「それでここに来た?」

「そうです。何か秘密にするような本があるのか。あるなら、見てみたいという興味がありまして」


 嘘は言っていない。興味本位、というのが一番大きい。昼間来たらいいじゃん、という思いは多少あるが、わざわざ隠されているようなものを昼間来て探るより、人目の少ない夜やろう、という考えだった。


「そう。確かに、ここには秘密にするような本がある」


 アリシアさんはあっさりとそう言った。しかし、それで終わりではないらしく、続ける。


「でも、客人に見せるつもりはない。ここの書物は重要」


 ちょっとがっかりする。まぁ当然だろう。という思いはある。さっきの衝撃の方がよっぽど大きかったので、俺の反応としてもそうなんだ、暗いの軽いものだ。しかし、次の言葉には流石に、驚かずには居られなかった。


「ここの書物は、アリシアの魔術書」

「えっ!?」


 アリシアの魔術書。確かに、魔術といった。アリシアの、とも。つまり、目の前にいる女性は他人の空似などではなく、俺の知っているアリシアとも、深い関わりのある人物。

 俺は、聞かずにはいられなかった。


「あなたは、魔術師アリシアなんですか」

「そうとも言えるし、違うとも言える。私はアリシアと呼ばれた魔術師が作った人形」


 人形。イメージ的には、ゴーレムやオートマトン、と呼ばれる存在なのだろうか。人形、と言われても全く信用できないレベルの動きに、俺は彼女のつま先から頭の先まで凝視する。


「見すぎ、失礼」

「ご、ごめんなさい……」


 俺は慌てて目を逸らし、反射的に謝った。しかし、人形と言われた後でさえ、それを疑ってしまう。受け答え一つ取っても、人形とは思えない。言葉に人間味があるようにさえ思える。

 アリシアさんは仕切直すように


「ここにあるアリシアの魔術書の閲覧は許可できない。けど、私たち《アリシア》についてなら、少し、教えてもいい。ただし、条件がある」


 アリシア、について。思えば、俺は彼女についてどれだけ知っているのだろうか。俺は、彼女の事が知りたくて、頷いた。


「あなたの知っているアリシア。何を知っているのか教えて欲しい。何をしてる? 今どこにいる?」


 俺は顔をしかめる。


「彼女は今──」


 俺は、俺の知っているアリシアについて全て語った。話している途中に用意された椅子に座り、同じように対面で椅子に座っている彼女に長い事話していた。


「そう」


 俺が話し続けている間、静かに聞いていた彼女が、語り終わった時にいったのは、そんな言葉だった。

 その言葉には、何の感情も伺い知る事はできない。彼女が人間ではないから、というよりは、彼女は努めて何も反応をしないようにしている気がする。俺も、何か言われるよりは良いと感じていた。


「これがその、彼女の宝石です」


 俺はそう言って、これまで貰った両親以外には見せた事のない、彼女が宿っていた宝石をアリシアさんに渡す。

 大事そうにそれを受け取った彼女は、宝石の表面を一撫でし、何かを確認するように頷くと、俺に言った。


「ん。大丈夫。休眠中なだけ。この子は生きてる」

「ほ、本当ですか!?」


 思わず大きな声を出してしまったが、アリシアさんはイヤな顔せずに、本当、とだけ返してくれる。これまで何の反応もなく、自分では調べて見てもよく解らなかったために、彼女の言葉は非常に嬉しかった。


「放って置いても、いつか目覚める」

「いつか……ってどれくらいですか?」

「んー……10年か、20年先……?」

「じゅ、10年……そうですか……」


 上がったテンションが一瞬にしてだだ下がる。ただ、彼女が死──消滅というべきか──してしまった訳ではないとわかり、安心した。

 アリシアさんから宝石を受け取り、大事に預かる。これまで以上に大切に扱おうと決めて。手荒に扱ってそれを覚えられでもしたら、目覚めた時に文句を言われそうだ。


「今度は、私の番。私たち《アリシア》について」


 俺はアリシアさんの言葉に、居住まいを正して聞き入る。


「私たちは、アリシアと呼ばれた女性が作った記憶装置。彼女が作った魔術や、彼女の記憶を持ってる」


 そう語り始めた。俺も頷いて、聞き入る。

 聞き入るが、それ以上にいつまで経っても続きが話されない。


「えっと、それだけ、ですか?」

「ん。それだけ。それが全て」


 実に端的だった。単純すぎて逆に謎が深まったレベルで。少なくとも、アリシアと呼べる、ここにいる彼女や、宝石の思念体だった俺が知るアリシアのような存在が、複数いるのだろう、という事くらいが解っただけだ。

 俺は黙っていられずに叫んだ。


「いや、もっとあるでしょ! 何となく言いたい事はわかったけど!」

「むぅー。面倒」

「ちょ!?」


 結局、俺は彼女に何度も質問を繰り返し、《アリシア》という人物について教えて貰うのだった。

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