第61話「学校の七不思議」
新兵器のテスト結果に概ね満足した俺は、休日を使って寮の自室にこもり、取ったデータから大型化の準備を進めていた。
進める、といっても演算領域に作ったディスプレイの数値と睨めっこしながらサイズを大きくしていくだけなので、マギア・ギアへの実装は極めて短期間に終わる。
ただ、バランス調整とかあるのと、実際に動かした時の動作確認などあるので、時間はかかる。しかし、今一番問題なのは、資材だ。
こればっかりは購入しないといけないため、かなり金がかかる。
「まぁ、金は足りるけど、やっぱり時間かかるな」
そう呟いて、頭を切り替えにかかる。その間にアイディアをまとめてもう実装方法を変えよう。結論から言えば、俺はマギア・ギアをFA黒騎士さんにする機はない。あれは黒騎士さん、というベース機はあるが、原型が何となく残ってるだけのテスト機だ。あれを単純大型化してマギア・ギアに……というとカスタム機というか新型機になる。
それでも良いと言えば良いが、ちょっと太った感じが……おまけに、太らせて強度をましたのに、最後に打ったキャノン・ロアの威力が多すぎて支えていた全身の関節に負荷がかかりすぎている、魔力消費が多すぎて一撃必殺のロマン武器……
「威力を殺して小型化? でも、それで《孤立種》みたいな堅い相手の装甲を抜けませんでした、だとお話にならないからな……逆に大型化……は、魔力で強化しても全体の強度に不安が出る。魔力で強化する、で誤魔化すと魔力消費が追いつかない」
思いついた事をどんどんディスプレイに書き込んでいく。増強度、増火力。それをしようとすると、消費魔力が増える。
「いっそ、マギア・ギアの『外』にそれを求めるか? 魔力炉を積んだ武器、とか追加装甲……手に入れた魔石も余ってるしなぁ」
浮かんだアイデアを一通り書き込み、一段落付ける。資材が手元にくるには最短で二週間。まぁ、余裕があるからその間にまたテストしようかな。
そんな事を考えながら、椅子を傾けて何となく天井を見ていると、突然ばたばたという音が部屋の外から聞こえてきた。
「アルドっ!」
「うわっ」
ばぁん! と勢いよく開けられた扉に驚き、俺はバランスを崩し、椅子ごと床に倒れ込む。固い床にしたたかに背中を打ち、涙目になりながら、身体を半分だけ起こし、扉を開けた人物に目を向けた。
「何? 何事?」
「私に勉強を教えて!」
教科書を前に突きだし、その人物──クリスはそう言った。
◆◇◆◇
期末試験が迫っている。という事実を、俺はすっかり忘れていた。
最近バタバタしてすっかり忘れていた。それと同じくらいの理由で、期末試験を落とす気がしない、というのもあったが。
勉強なら図書室でやろう。そう言って図書室に向かう途中で、オリヴィアにばったりと出会う。
図書室でクリスに勉強を教える事になった、というのを伝えると、オリヴィアの目が少し鋭くなった。
「お二人で……ですか?」
「うん? そうなるかな。俺は試験に対して不安はないから、たぶん教えてるだけになると思うけど」
そんなような事を伝えると、オリヴィアは少し考え、何かまとまったのか、一つ頷いてから口を開いた。
「では、私も一緒にご一緒してよろしいですか? 授業内容のおさらいをして起きたいと思いますし、クリスさんに勉強を教える時、科目を分担したら楽でしょうし」
「ああ。それもそうだね。もし時間があるならお願いしたいな」
そういう流れでオリヴィアにお願いしたのだが、今度は隣にいたクリスの目が鋭くなった気がする。どうかした? と聞くと、別にと答えられたが、いったい何だと言うんだろうか……。
せっかくだから他のみんなにも声をかけるか。
フィオナ、ウィリアム、グラント、アレスにも声をかけ、結局いつものメンバーで図書室に押し掛ける事になった。
「勉強に関しては全く手が出ない状態だったから助かる」
「わ、私もです……」
グラントとフィオナも勉強が苦手組だそうで、クリスを入れた三人に、俺、オリヴィア、ウィリアム、アレスが講師役として入る。といっても、勉強しながら解らない事があったら受け付ける、という形なので、図書室の一角を陣取って思い思いの教科書を開いている。
俺は羊皮紙に確認用のテスト問題を書き込んでいる所で、これは試験範囲の復習が終わったら解いてもらおうと思っている所だ。
「ん……ちょっと歴史の本探してくる」
と、問題を作っていると気になる点も出てくる。問題作りはこうやってこちらの理解度も確認できるので、一石二鳥だ。
俺は問題作りに参考に関する本を探すため、席を立った。
この図書室は前世の図書館などに比べると、流石に蔵書量は少ないが、学校の規模からすれば十分に大きい。本がぎっしりと詰まった本棚がいくつも並んでいる。
「なんか禁書とかそう言うのないのかな」
学校のそんな解りやすい所にそんなもの置いてあるわけないだろ、と思いつつも、魔法を教えている学校の図書室、というとついそんなロマンを期待してしまう。
目的とは違う本に目移りしながら移動し、奥へと進む。途中魔法に関する本があったが、何というか、普通だった。開いたら叫び出したり、呪われたりもしないし、魔法についてかかれているが、誤りばかりで参考にならない。俺はため息をついて本を棚に戻す。
歴史に関する本の類は、古い独特の匂いが漂う一角にあった。
「と、問題に使うのはこの辺りでいいか」
タイトルから適当そうなものを何冊か見繕い、皆がいる場所に戻ろうとすると、本棚と本棚が不自然に空いている一角を見つける。
「ん?」
あそこに通路が続くようなスペースがあったろうか。向こうは図書室の端だし、図書室自体、学校の端にある。
「あ、こんなとこにいた。結構時間かかってるけど、目的のものは見つかったの?」
興味がそそられて、そちらに行こうか、という所でクリスの声が聞こえ、そちらに振り向く。
「ん? ああ。見つかったよ。ちょっと他にも気になる本があって、目移りしちゃって。……クリスは、もしかしてサボり?」
「え? いや。ちょっと参考になる本が無いかな~って思って!」
クリスはそっと目を逸らした。俺が席を立つまでは、クリスは確か計算問題を解いていたはず。参考書、なんて教科書で充分だったと思うが。
「ま、まぁ私のことは良いのよ! アルドはもう戻るのかしら?」
あからさまに話を逸らしに来たクリスにじと目を送るが効果はなく。俺は仕方なく、その話に乗っかることにした。
「いや、最後にあそこの通路にある本を見てから戻ろうかなって思ってる」
「通路?」
「そう。そこの通──路?」
そう言って俺が指さした先には。
本棚が壁となって存在するだけで、先程みたような通路は存在しなかった。
「それは、学園の七不思議の一つ、《見えざる階段》ではないでしょうか」
クリスについさっきまで通路が、という話をしたが実際に通路はなく、信じて貰えなかった俺は、自分が見間違えたのだろうか? というもやもやを抱えたまま皆の所に戻り、自分が体験した出来事を話した。
「そ、それって、《動く鎧騎士》《啜り泣く少女の肖像》とかと同じ……?」
七不思議なんてものがあったのか、と思っていると、フィオナが他の七不思議について付け足す。そういえば、西棟の廊下には全身鎧が飾られていたはずだし、美術室には儚げな少女の絵が飾られていたはずだ。
……というより、動く鎧騎士の噂の元って俺じゃないよね? 西棟の飾られてる奴のことだよね? いつの間にか七不思議の一つを量産してましたなんていったら、恥ずかしすぎる。
「七不思議、ねぇ……魔法なんてものを扱っているとはいえ、そんなものあるのかねぇ」
そう呟いたウィリアムに俺は全面的に同意──したい所ではあるが、思念体は存在するし、それを見た人間が幽霊をみた、なんて勘違いしないとも言えない。そういうオカルトがありふれている以上、七不思議なんてものが会っても変ではない気がする。
ただ、何かの見間違えではないだろうか、とも思うが。
「何かの見間違えじゃないのか?」
「の、割には複数の目撃情報はあるみたいですよ?」
まさに俺の言いたい事をグラントが代弁してくれたが、オリヴィアは困ったような表情を浮かべて、情報源が複数ある事を説明した。本人は見たことがないので、信じるか微妙だが、目撃情報はあるので、虚言や見間違いと言い切るには材料が足りない、という感じか。
そして、学園七不思議とは、その中でも状況の再現率が高く、複数の目撃情報があるものを指すらしい。ただし、原因を解明されたものはない。らしい。
噂話に盛り上がり、がやがやと騒がしくなった俺たちが図書委員に注意を受けた所で、勉強会はお開きとなった。
「でもまぁ、一人で来ちゃうんですけどね!」
明かりもない真っ暗な図書室で、俺はそんな事を呟いた。変にテンションが高いのは、夜の学校に忍び込んだ興奮のせいだ。
べ、別に夜の学校の雰囲気に気圧されて、無理矢理テンションあげて誤魔化そうとしてる訳じゃないから!
……心の自己弁護が終わった所で、俺は簡易魔導炉に明かりを灯し、光量を絞って図書室内部を照らす。
「……やっぱり、雰囲気あるな」
正直な所、ビビっています。暗さで言えば、迷宮の方が暗いし、危険度で言えばやっぱり迷宮の方が怖いのだが、オカルトは何が起こるか解らないので、胸に何かもやもやとしたものが残る。
怖じ気付いてばかりも居られないので、通路だと思った階段を探す。《見えざる階段》というのは地下へと続く階段らしい。この学園には地下がなく、そもそもそこには階段がないため、その階段は地獄に通ずる、とかそんな噂の七不思議だ。
しかし、俺はそんな噂の真実が知りたくてここに居る訳ではなく、禁書のような、何か隠された情報があるのではないかと期待してここにいた。
「ここだっけ?」
夜と昼では見え方が違う図書室を進み、目的の場所までやってくる。その一角は、昼間最後に見た通り、何もない。
とりあえず近づき、何か手がかりがないか、棚に注目し、《解析》の魔術をかける。
「んー……ん?」
まず疑ったのは、魔法による偽装だ。消したり、出したりが容易であるものを無いと偽るのが簡単にできる。
《解析》をかけると、案の定結界がある。少し予想と違ったのは、結界を発生させる装置の他に、通路、通路奥の地下への階段自体を隠せるように、棚が動く仕掛けになっていた。
「なるほど。結界を解除しても、棚を開けなければ奥には入れない、と」
結界は通常時では認識阻害のようで、ここに棚があっても近づかないような処理がされている。また、棚が開かれている時は、棚が開いていない、棚に近づかない、といった認識阻害の術式が組まれている。この認識阻害は人によっては効果が薄い場合があるので、昼間は誰かが使用中、ここが見えたのだろう。
「結界は放って置いてOK、棚はそこの本を動かすのか」
認識阻害の結界が俺には巧く作用していないようなので、結界は放置して棚にある本を動かす。すると、ずずっ……と本棚が横にずれ、隠されていた階段が露わになった。螺旋状に地下へと続く階段が、魔導炉の明かりに照らされている。
ひんやりとした空気にさらされながら、俺は地下へと続く階段を降りた。
地下へ降りた階段の先には、研究室のような空間があり、資料が散乱する机、効果の解らない液体や、何の生物か解らないようなサンプルがある。
そんな乱雑な部屋の中央に一際大きな机があり椅子が備えられており、そして、そこに人が座っていた。
机に置かれている燭台に灯った蝋燭の明かりが揺れ、その動きに、机に向いていた人影がこちらに気づいた。
「深夜に客人。珍しい」
聞き覚えのある──、もう聞けないと思っていた声。
魔導炉の明かりと、蝋燭に照らされたのは紛れもない銀の髪。視線があったその瞳は、夜の月を思わせるような金色をしている。
記憶にある見知った姿とは、少々異なる、それでも見間違えたりはしないだろう、その容姿に、俺は思わず呟いていた。
「……アリ、シア?」
そう、そこに居たのは、俺の命の恩人であり、師匠であり、一番最初に友人となった人、アリシアだった。
遅れてすみません…
お読みいただきありがとうございます




