第6話「友達ができました」
「そうだよ。そんな簡単なのもできないなんて笑っちゃうね」
自分で、そう言われると予想していたはずなのに、その少女はさっきまでの威勢をなくし、途端に泣きそうな顔になった。
「ほら」
ちょっと言い過ぎか。俺は少し焦って魔法を発動する。少女の前に差し出した掌に乗せるように、光玉を作り出す。鮮やかに色を変えるその魔法に、少女は目を見開いた。
「ふぁ……」
泣きそうだった顔いっぱいに、驚きが広がる。少女は一時、それを食い入るように見つめた。
「はい、終わり」
魔法が消えると、少女は露骨に残念そうな顔をした。意地悪したつもりはないが、あまり長時間維持して目立ちたくない。シスターと、何人か気づいていたが、無詠唱かつ、明かりの魔法のはずなのに、イルミネーションみたいに色を変えた事を指摘してくる奴はいなかった。
「ね、ねぇ! もう一回みせて!」
「やだよ」
即答で返すと、少女は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「なんでよ! ケチ!」
「ケチじゃない。自分でやりなよ。そう難しい事じゃない」
そう言って、視線を外して、窓の外を眺める。最近では、脳内に魔力で作った演算領域内で色々作業している事が多い。魔術で思いついた事、ロボットの事。特に、魔術関連、科学関連は項目に分けて管理する程書き込んでいる。魔術関連は思いつきや、前世で科学を使って行っていた事を魔術に応用できないかメモして、科学関連は前世で覚えた事をひたすら思い出して記入している。
その作業を再開しようとしたところで、視線を遮られた。
「ちょっと! まだ話は終わってないわ」
ちょこちょこと動く手が、俺の視界に入ってうっとうしい。俺は、そんな邪魔をしてきた少女に、非常に迷惑だ、という思いを込めて視線を投げた。
さっきまで涙目だった少女一瞬ぐっと息に詰まったが、最初に予想した通りに勝ち気な表情を浮かべなおし、俺の前に仁王立ちしていた。
「私にさっきのを教えて!」
教えなさい! と、命令口調ではなかったのは評価が高いが、それは人に教えを請う態度ではない。俺は素っ気なく返した。
「教えてください、でしょう?」
「教えて、ください」
少女は素直に頭を下げてきた。俺は少し驚く。てっきり、口答えしたりするのではないかと思ったからだ。これでごねたり、ちゃんと頭を下げなかったりしたら、教えないつもりでいたが、ちゃんと頭を下げられると逆に困る。教えない、という選択肢がなくなるから。
「……解った」
「ほんとう!?」
「でも、絶対に使えるとは保証はしないよ」
「ほしょう? それでもいいわ!」
絶対保証の意味分かってないだろ。そう思ったが止めた。一応言質はとったんだし、と自分を納得させて、少女に前の席に座るように促した。席はいつも余ってるし、今は好きなグループで好き勝手集まっているので、迷惑がる奴はいない。
「まずは自己紹介しておこうか。俺はアルド。よろしく」
年を言おうか、一瞬迷ったが言わなかった。同い年に見えたし、あまり年を言っても意味がない気がしたからだ。
「私はクリスティン! みんなはクリスって呼ぶわ!」
元気に自己紹介され、握手を交わす。クリスは不思議そうにしていたが、友好の印、と伝えると、「ゆうこうのしるし!」と何か嬉しそうにしていた。何が嬉しかったのだろうか。
「で、どうすればいいの!?」
クリスはもう我慢できないらしい、その様子を俺は、少し笑って見ながら、さてどうしようかと考える。
「クリスはさ、魔力って解る?」
「まりょく……えっと、私の中にあるすごい力!」
うん。まぁ、すごい力なんだけども。ちょっと聞きたい事とは違ったな。俺の聞き方が悪かったか。俺は話を進めるために、少し会話を誘導する。
「そうそう。で、その魔力なんだけど、自分で引き出したりできるかな?」
「ひきだす……?」
魔力が自覚できていないなら、結構難易度があがったか! と内心思ったが、想定済みだ。
しょうがないな。さっきはもう一度は見せないと言ったが、見せながらの方が説明しやすい。
「じゃ、一回体感してみようか」
息を吐くように自然に、俺は指先に魔力を集め、それが明かりに変換されるイメージを強くもつ。すると、蝋燭の明かりよりも強い光を放つ小さな玉ができる。LEDほど強くはないが、豆電球なんかよりは明るいそれを、クリスに見せながら話しかける。
「はい。これ持ってみて」
「ほぁ……えっ!?」
返事を聞かず、指を振ってはいっと手渡す。クリスはゆっくりと近づいてくるそれをわたわた手を動かしながらも、しっかりと受け取る。
「うわぁ……」
さっきのように色が変わったりしないが、クリスはその魔法を食い入るように見つめていた。その表情は、さっきのように怒ったみたいに強気な表情よりもずっと自然で可愛らしいのだが、ずっとそうさせて置くと話が進みそうにない。俺は心を鬼にして話しかける。
「今、手元に魔法がある訳だけど、何を感じる?」
「すごいわ!」
「もっと詳しく、細かく言葉にしてみようか」
根気よく、根気よく。俺は自分にそう言い聞かせながら、クリスにどう感じているか詳しく聞く。これは、クリスが自分で魔法を使う時に、イメージを強く持たせるためだ。
「えっと……なんかぽかぽかする。近くにある手がね。暖かいの。でも、蝋燭の火と何か違う……気がする」
「うん。オーケー。よく解ってるね」
おーけー? と首を傾げるクリスに、説明するのは放棄して話を進める。今維持している魔法は用済みなので消します。消すときにクリスがあぁ……と声をあげたが、これも無視した。
「さっきのぽかぽかした感じが魔力。それは君の中にもちゃんとあるものだよ。今度は自分の中から、ぽかぽかした感じを探してみよう」
「私の中の、ぽかぽかした感じ……?」
この世界の人間は多かれ少なかれ、魔力を持っている。そのため、自覚するのは難しくないだろう。魔力の感覚を掴んで、意識的に使用できるかどうかだけでも、魔法の質は変わる。
「ん……。お腹の辺りにぽかぽかしたのがある」
前世では、丹田と呼ばれていた辺りだろう。ちゃんと魔力を自覚できたらしい。
「それが魔力。魔法を使う時は、そこにある魔力を使う事を意識してね。ただ、一度に全部は使わないこと。すごい疲れるし、体調が悪くなったりするから」
クリスが素直に頷くのを確認し、次のステップに進める。魔力が自覚できたなら、次はイメージを固めてやればいい。
「じゃ、次が最後だよ。今確かめた魔力を少し取り出すようにしながら、魔法を使ってみよう」
「魔法は精霊さんがつかってくれるんじゃないの?」
あぁ、そう思っているのか。魔言でもそんなような事言っているしな。ただ、あの一文は正直要らない。魔術師に言わせると、非効率の一言につきる。まぁ、魔術を教える訳ではないし、今回はそのイメージで固めて貰おう。
「そうだね。ちょっと言い方を間違ちゃったよ。精霊さんは、どんな精霊さんだったかな?」
「どんな精霊さん……?」
この世界の神は、姿形がない、あるいはこちらで形づくるのはよくない、という観念が根強くあるため、その使いであるとされる精霊もまた、姿がない。
が、魔法を使う上ではこの観念は邪魔だ。明確な姿──つまり、イメージがなければ、魔法は発動しない。
「そうだよ。精霊さんはたくさんいるから、ちゃんと誰にお願いしたかっていうのが解ってないと、魔法を使ってもらえないよ。誰かお願い! って漠然とお願いするんじゃなくて、誰々さんお願いします。って形にしないと。でも、精霊さんは名前がないから、ちゃんとどんな精霊さんにお願いしたか、その姿を頭に思い浮かべておかないといけないんだ」
半ば以上こじつけだが、まだイメージしやすいだろ。そう思ってクリスを見ると、何かに納得するように頷いた。
「顔を見てちゃんとお願いしないといけないのね!」
そうだよ、と答えると、クリスはぱっと笑顔を浮かべ、席に座りながら、真剣な表情を作り始める。
「さっき、俺が魔法のお願いをした精霊さんを思い浮かべてみようか。精霊さんはどんな姿だった?」
クリスは答えない。でも、イメージはこれまでよりもずっとできているのだろう。魔力がクリスの中から少しづつ動きだし、胸の前に出している両手の間に集まってきているのを感じる。あとは、きっかけかな?
「思い出したら、ちゃんとお願いしてみようか。《精霊さん、お願いします》って」
《精霊さん、お願いします!》
それは、拙く、即席のものながら、ちゃんと魔言として機能した。集まった魔力は、魔言をきっかけに魔法となって世界に顕現する。
「……! できた! できたよ!」
「よかったね」
短く伝えたが、適当に言った訳ではなく、本心からの言葉だった。クリスはアルドの祝福の言葉に、最上級の笑顔を浮かべ、
「ありがとう!」
と言い、最初にいたグループの元に戻って言った。魔法ができるようになった! と嬉しそうに仲間に報告し、さっき、魔法を教えようとしてくれていた者に怒鳴った件を謝っていた。相手はそれを受け入れ、元の鞘に戻る。
『アルド、振られちゃったね。寂しい?』
大人しくしていたアリシアが、俺の首に腕を回しながら、耳元でそうささやいた。
『ち、ちげーし! それに最初から1人だったから、何にもかわらねーし!』
自分で言っていて、ひどく凹んだ。
魔法の授業の一件から、俺はまた1人で過ごすようになっていた。
ま、まぁ、学校で1人で過ごすのは週に二日程度ですし? 授業中は俺も魔術を新しく組んだり、有意義に過ごせてますし? そろそろロボットの件を具体的に進めていきたいと思ってるから、1人で集中できるこの時間は有意義なんですよ?
『アルド、必死……』
『俺は1人だって過ごせるんだ! 大人だから! 身体は子供、頭脳は大人だから!』
『……』
もう、アリシアさんが哀れみの視線を投げて来たって、大丈夫です。何も感じませんとも。ええ。
そんなやり取りをしながら、俺は空を背景に、演算領域内でメモをまとめていた。実際のところ、友達云々は現状、いようが居まいが俺はそこまで気にしないので、そろそろロボット作りに関して、具体的に動きたいと思っていた。そのメモをまとめている所である。
そんな感じで授業を適当に過ごしていると、横から声をかけられた。
「あの……少し、よろしいですか?」
丁寧な口調で話しかけられ、俺はおやっと思う。話しかけられるのもだ大分久しぶりの感覚だが、丁寧な、とつくとさらに久しぶり、いや異世界では初体験かもしれない。
驚きを顔にださないようにしながら、声が聞こえた方に振り向く。そこには、二人の少女がいた。
1人は見知った顔だった。クリスだ。今日は借りてきた猫みたいな感じがする。赤銅色の髪と瞳のように、ほんのりと頬を赤く染めており、なんだかいつもと違う感じだ。付き合いが浅いため、何がどう違うのかはさっぱりだったが。
もう1人、丁寧に声をかけてきた女の子は、教室で顔を合わせる事はあったが初めて話す。確か、クリスといつも一緒で、俺がクリスに魔法を教えた日、俺が教える前にクリスに魔法を教えようとしていた……はず。
黒髪を肩の辺りで切りそろえ、睫の長い黒い瞳。楚々としていて、男性の少し後ろをついてきそうなその佇まいは、前世の大和撫子という言葉を思い起こさせた。
「オリヴィアと申します。今日はアルドさんにお願いがあって参りました
」
「お願い……? 俺にできる事だったら構いませんよ。あ、あと、オリヴィアさん。俺の事は呼び捨てで結構です。敬語も要らないですよ」
思わず敬語で返す。するとオリヴィアは、
「わたくし、敬語の方がなれておりますので、できればこのままで。それとわたくしのことは呼び捨てにしていただいてかまいません」
「そう……? あ、それで、お願いっていうのは?」
俺が問いかけると、オリヴィアは少し下がり、クリスに耳打ちした。
「ほら、クリスちゃん、がんばってください」
その様子を見て、なるほど、付き添いですか。クリスが俺に用があるんだな。と理解したが、そこで疑問が浮かぶ。はて。彼女はお願いするとき、仲の良い友達に付き添って貰わないと人の前に立てない少女だったろうか。勝手なイメージだが、そういうタイプではなかったように思う。
「え、えっと……」
少し立って、もじもじしながら、クリスが切り出す。オリヴィアはその後ろで、声には出さなかったが、がんばれクリスちゃん! という用に手を握って見守っていた。
「アルド! わ、私、私が……」
いつもの彼女にしては、歯切れが悪いな。そんな事を思いながら、根気強く彼女の言葉を待つ。せっかく何か勇気を振り絞っているのに、途中で水を差したりしたら、後々面倒そうだしな。
「私が、アルドの友達になってあげるわ!」
俺は驚いて目を見開く。そして、少し笑う。
「どうして笑うのよ!」
いや、だって。お願いしに来たって聞いていたのに、命令口調だからさ。俺は、そんな言葉の代わりに、手を出してこう言った。
「俺でよければ。友達になってください」
俺がそう言って手を差し出すと、彼女は嬉しそうに破顔し、俺の手を握り返した。