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第57話「ん? 今何でもするって言ったよね?」


 戦後処理、というと少し物々しい表現だろうか。

 しかし、ここ数日の忙しさと慌ただしさはそう表現したくなるようなものだった。


 《孤立種》討伐後、12層という浅い階層での《孤立種》出現に慌てた。最初に報告を受けたギルドは、半信半疑であったらしい。強力な魔物が出現した、《孤立種》かもしれない。この情報がもたらされたのは、昨日今日初めて迷宮に潜ったビギナーだ。

 この情報を受け取った受付は、その情報自体を疑いはしなかった。強力な魔物がでた。それは、学生にとって強力な魔物がでた、という事ではないかと情報の正確性を疑ったのだ。

 毎年、同じような事を言う学生や、新人冒険者がでる。彼らは相手の実力が図れないために、往々にして己より強すぎると判断するか、己より弱いと判断を下す。結果、勝てるチャンスを逃し、赤字を出し続けて身持ちを崩したり、逆に勝てぬ相手に無謀にも突撃し、その一度で儚い命を散らしてしまったりする。

 そんな事例が多いため、ギルドはビギナーの言葉を信じない。情報がない、と断言するのではなく、その確度に信頼を置かない。

 そんなギルドにとって当たり前の判断を下した受付は、受付の権限で即座に依頼でき、準備が即座に整う、あるいは既に準備ができている様な条件にあう適当な冒険者を見繕う。


 この時、受付が《孤立種》発見の報告に来た学生──ウィリアムの言葉を鵜呑みにしていたら、ギルドが迎える結末は違ったのかもしれない。


 適当に見繕われた(と言ってもベテランの)冒険者達は、依頼を即座に完遂した。

 

 《孤立種》を討伐した生徒を回収、という形で。迷宮の2層にも入っていない。自力で迷宮入り口まで来ていた生徒を向かい入れただけである。


 この結果に慌てたのはギルドだ。《孤立種》はどんな魔物であれ、強力であり、過去には《支配種》が引き起こした《氾濫》よりも危険な魔物である。

 そんな危険を知り、情報を得てなお、ギルドは何の行動も起こせなかったのだ。

 実際はギルドは何の落ち度もないのだが、外聞の問題だった。《孤立種》が実在し、ギルドはその際、何の行動も取らなかった。

 これはギルドの責任が問われかねない問題であった。


「なら、討伐者の権利を冒険者に売りましょう」


 事情聴取という名の尋問にうんざりしていた俺は、受付とギルドマスターにそう言った。


「魔物の核と血、一部の鱗だけください。後はお売りします。それと、この件は口外しないと契約書に落とし込みましょう」


 俺の様な子供が倒した! と騒いでも信じられない。しかし、現に魔物は倒され、死体が目の前に存在する、という異常事態に、受付は混乱の極みに至り、ギルドマスターを呼んだ、と言うのが流れだ。

 ただ、倒した方法などは口にしていない。また面倒な事になりそうな予感がしたし、説明だけでも長くなりそうだ。《孤立種》を持ち込んだ方法が特殊だったために、それも聞かれたが、


「では交渉は決裂ですね、これ以上は時間の無駄ですので失礼いたします」


 と言ったら手のひらを返された。契約書に見聞きしたものを口外しないこと、これ以上詮索しないことを書かせ(すでに何人かに見られているので、大きな意味はないが、余りに鬱陶しかったので念のため)最初に提示した内容に少々条件を付けさせ呑ませた。


 結果、迎えに来ていたベテラン冒険者が倒した事になり、実力に合わないランクアップを果たした事で悲鳴とも歓声とも付かない声を上げたとかあげなかったとか。


 そんな交渉をしていたのが数日前。

 ようやく学園に戻れた俺は、クラスメイトに囲まれていた。


「《孤立種》と戦ったってホント!?」


 話題はそれで持ちきりらしく、隣のクリスとオリヴィアは、既に何度も聞かれてうんざりしているらしい。彼女たちには俺がマギア・ギアで倒した、という情報は伏せて貰っているが、どんな風に戦ったのか、というのをここ数日何度も聞かれて疲れていた。

 俺もそれを追体験する事になり、尋問でも似たような事を聞かれた事もあって少々うんざりしていた。

 

 しかし、クラスは騒がしいが、その人数は減っていた。


 迷宮オリエンテーション終了後、迷宮に対して恐怖を覚えたり、怪我を理由に生徒が学園を去った。今回、死者が出なかったために、これでも離脱者は少ない方なのだそうだ。

 酷い時など、クラスに数人しか生徒が残らない、という事もあるらしい。 


 そうして、クラスに変化がありながらも、学園の雰囲気は次第に落ち着いていった。

 

 また、俺の交友関係にも多少変化があった。

 その変化とは、グラント、アレスと良く話ようになった。同年代、かつ同性の気軽に話せる友達の少ない俺にとっては嬉しい事──なのだが。

 グラントはともなく、アレスはちょっと様子が違った。

 アレスは迷宮からの帰還後、仲間として連れていた友人が学園を去ってしまったらしい。それで、色々考えた結果、


「いったい何の真似……?」


 アレスは寮で、俺に向かって土下座していた。土下座ってこの世界でもあるんだ、とか現実逃避したくなった。


「これは、東の国に伝わる最上位の謝罪形式です」

「や、それは知ってるんだけど」


 この世界にもあった、っていうのは知らなかったけど。


「……! 知っているんですか。流石です。実戦でも臆さない胆力とそれを支える実力。それに見聞まで広いなんて……感服しました」


 すごい持ち上げに、嬉しいというよりむず痒く感じる。それに、なんか裏があるんじゃないかと疑問の方が先に立つ。

 アレスは、顔をあげないままに、続けて話した。


「俺は、気づいたんです……! 己の未熟に! 俺が変な意地を張ったばかりに、付いて来てくれていた仲間まで命の危険にさらして……俺、こんな事を繰り返さないように、強くなりたいんです」

「ライナス先生の授業をちゃんと受けようよ」

「ライナス先生は、確かに英雄ですが、その、教えが難解で……」


 まぁ、見て覚えろ実戦で覚えろ、己で考えろ、って感じなのはあるからなぁ……気持ちは解る。

 でもその気持ちに答えてやるつもりはなかった。次の言葉を聞くまでは。


「頼のみます! 俺にできる事なら何でもします……! だから俺を、強くしてください!」


 ただ面倒だ、と思っていたアレスの言葉だったが、最後のその一言で吹き飛んだ。


「今、何でもするっていったよね?」

「はい、何だってします! 雑用をしろと言えばするし、靴を舐めろというなら舐めます!」

「いや、そういうのは求めてないから」


 そんな事されて喜ぶ特殊な性癖は俺にはないし、そんな大した価値のない行動をして貰うくらいなら、もっと別の使いみ……もとい、価値がある。


「くく、くくく……」

「う……いや、待って。何をさせようっていうんだ……?」


 おっと行けない、顔に出ていたみたいだ。だけどそれはもう遅いんだよ。アレス君。


「ん? 今何でもするって言ったよね? 大丈夫。誰にでもできる簡単な事だよ」


 俺は、営業スマイルを浮かべながら、安心させるようにそう言った。

 そう、この業界ではその言葉はご褒美だよ。アレス君。

 ちなみに、ここでの簡単な事、というのはお仕事情報誌に《簡単! 軽作業!》と書かれている重労働もびっくりな内容になる予定だから楽しみにしていてくれ。ちょうど、試したいと思っていた事が、この迷宮探索で色々出てきた所だったから。


 こうして、俺は新しい友達モルモットを手に入れたのだった。


お読みいただきありがとうございます

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