第55話「反撃の狼煙」
「どれくらい時間が立った……?」
「わからない……」
クリスが漏らした言葉に、オリヴィアは地面にうずくまったまま、力なく答えた。
これでもう、10回は同じやり取りをしたんじゃないだろうか。クリスはもう、それを意識してないだろう。それくらい、神経は擦り切れ、目立った傷こそ無いが、酷使している身体はボロボロだった。
オリヴィアはクリスに背負われ、庇われるようにしているために、ダメージこそ無かったが、《孤立種》との交戦の度に魔力が削られ、今にも意識を失いそうだった。
残った思考も、さっきから同じ所をぐるぐると周り、止めようにも止められない程に、嫌な考えが浮かんでは消えていく。
自分たちはどれくらい戦っている?
あとどれくらいで、助けがくる?
本当に、助けなんてくるの?
何であの時、見栄を張って置いていくように言ったのだろう、なりふり構わず助けて欲しいと言えなかったのだろう……
「嫌な奴です。私……」
「何が?」
「クリスさん、ごめんなさい。巻き込んでしまって。やっぱり、私だけあの時残っていれば、クリスさんは助かったのに」
「何を言ってるの?」
オリヴィアは、疲れた顔でクリスを見る、明かりに照らされたクリスは、疲れてなお、目に力があった。
「みんなで生きて帰るってアルドは言ったよ」
否、オリヴィアの言葉を聞いて、息を吹き返していた。
そんなクリスを見て、オリヴィアは不思議に思う。何故、彼女はあそこまで希望を失わずに居られるのだろうか、と。
「あいつは絶対戻って来る」
少し遅いとは思うけど、そんな風に愚痴を吐きながら、クリスはふらふらと立ち上がった。オリヴィアも気づく。ずん、と地面が震える振動。が、断続的に伝わってくる。そしてそれは、近づいて来ていた。
オリヴィアはも動こうと体に力を入れるが、魔力が無くなった身体は鉛のように重く、思うようには動かない。そんなオリヴィアをクリスが手を貸す。
クリスも似たような状況の筈なのに、オリヴィアの手を取り、無理矢理立たせ、肩を貸して歩きだす。背負う程の体力は、もうクリスにも無かった。
「ギシャアアアアア!」
《孤立種》が二人を視界に納め、何度と無く聞いた咆哮をあげた。
オリヴィアは、《孤立種》が見えた時には、もうこれ以上逃げるのは難しい、そう思い諦めていたが、クリスは違った。
切羽詰まった状況の中で、クリスは前を見ている。オリヴィアは、それが眩しく、羨ましかった。
《孤立種》がすぐ後ろに迫り、もうこれまでか、と覚悟を固めようとしたときそれが起こった。
「うわっ!?」
少し情けない声と共に、《孤立種》と二人の間の天井が崩れ落ちる。そして、その瓦礫の上には見知った少年がいた。
幼なじみの少年。アルドだった。
「うん。やっぱりそうだよ。あいつがきっと何とかしてくれるから、諦めないでいられるんだ」
クリスが小さく呟いた言葉が、やけにオリヴィアの耳に残った。
◆◇◆◇◆◇
俺は崩れた天井の瓦礫の上に何とか着地した。
流石に迷宮の床を分解してショートカット、というのは中々無茶な方法だったか。しかし、10層近い階層をモノの数分で戻るには、これしか方法は無かったんだから仕方ない。
ショートカットした事で二人に近づけたおかげで範囲外だった《魔力接続》が復帰し、二人の正面に降りる事ができた……まではよかったんだけど。
「シャアアアア!」
目の前には《孤立種》もいる。俺はぎりぎり間に合った事に安堵した。
「遅くなってごめん」
「ほんと、もう、駄目かと思った」
ずっと気を張っていたらしいクリスが、その場にへたり込む。ボロボロの様子だ。対してオリヴィアはほとんど傷も無いが、ほとんど魔力が残っていないのが解る。彼女もまた、クリスに寄り添うように、へたり込んでしまった。
「二人は休んでて。こいつは何とかするから」
と、その為にはまずは安全確保だ。
《孤立種》は天井が崩れた事に警戒していたようだが、俺が姿を見せた事に気づいた様子で、斧を振り上げている。
「おっと。ここは狭いし場所を変えるよ《分解》」
簡易魔導炉から魔力が溢れ、俺と《孤立種》の足下を照らし出す。
最初は手間取ったが、流石に何回もやってくると慣れてくる。分解の仕方もようやく形になり、上手いこと俺と《孤立種》が立つ地面を消失させた。
振り上げられていた斧は空振り、《孤立種》は仰向けになりながら、11層まで落ちていく。
広い11層に落ちる感覚は、はっきり言って恐怖だ。高層ビルから下を見る、なんてレベルでは無く実際に落ちているし。
「《物質化》!」
落下の数秒。俺はただ黙っている積もりはなかった。
簡易魔導炉はキーワードに即座に答え、宙に幾何学模様を描く。そして、そこにはむき出しの魔導炉が現れた。
「《物質化》!」
更にキーワード。今度は、魔導炉が起動する。簡易魔導炉とは比べものにならない程に大きな魔力が動き、大きく、そして複雑な模様を描いた。
その中心を割るように、金属で出来た巨人が現れる。
コクピットハッチとなる、開いている胸部装甲に手を掛け、中に滑り込む。
《魔力接続》で自分と機体を繋ぐと、全身に漲るような魔力を感じた。魔導甲冑──マギア・ギアからのフィードバック。機体全体に淀みなく巡らされた魔力が、唸る。
機体が吼えるように起動すると同時、俺はマギア・ギアと共に現れた剣と盾を装備し、迷わず剣を振るった。
「グギャアアア!?」
落下と、突然現れた剣の一撃を受け、宙で無意味に暴れていた《孤立種》が驚きの悲鳴をあげる。そして、マギア・ギアの巨体の下敷きになるように調整する。
ずん、と腹の奥底に響くような衝撃と共にマギア・ギア、《孤立種》が地面に叩きつけられる。
すぐに立ち上がり、脚部で《孤立種》を押さえつけ、両手で剣を構える。
剣表面を走る魔力刃が、ジィィィィ! と音を立てる。俺は速攻で決めるつもりで、剣を突き刺した。いや、突き刺そうとした。
「がっ!?」
突然の衝撃に、意識が飛びかけ、コクピット内に身体を打ち付けられた衝撃のおかげで、何とか意識を繋ぎとめる。
ちかちかする視界を、何とか制御して整えると、《孤立種》の長い尾がゆらゆらと動いているのが見えた。
《孤立種》は立ち上がると即座にこちらに狙いを定め、すぐさま突進してきた。
がつん、と慌てて構えた盾に、《孤立種》の巨体が当たる。
「予想はしてたけど、想定以上に重い……!」
体当たりを受けた途端、軋みをあげる関節に、こちらが悲鳴をあげたくなる。
機体からのフィードバック自体は大した事は無いが、長く支え続けると機体全体に致命的な歪みが発生しかねない。おまけに、下手に動くと体格、体重差に押し潰される。
「させるか! 《分解》!」
すぐさま《孤立種》の片足分だけ地面を崩し、ぐらついた《孤立種》に攻勢を掛ける。だが、相手も黙ってやられてはくれなかった。
「ジャアアアアア!」
何度も足元を崩してきたせいか、《孤立種》はすぐに尾で身体を支えて
きた。
「良いから、倒れてろ!」
俺は剣を振るって、足掻く《孤立種》に叩き付ける。
《孤立種》の肩口に深く剣が当たるが、文字通り当たったとしか言えなかった。
肩口に当たった剣は、通常なら刃表面を走る魔力刃によって、チェインソーの様に触れた物体を削り飛ばす。だが、堅い鱗に覆われた《孤立種》相手だと、金属同士が擦れるような異音を立てて、激しく火花を散らせるに止まった。
「くっ……こっちはどうだ!?」
盾をかちあげ、隙間を作り、盾の先端に備えられた杭を《孤立種》の腹部に押し当てる。
轟音。そして爆発の推進力を得た杭が、盾内部から射出される。
「ギュアアアア!?」
これにはたまらず《孤立種》が退がる。パイルバンカーを打ち込んだ場所には、上手く杭が刺さっている。が、少々浅い。堅牢な鱗の鎧に舌を巻く。
主武装の効果がこの程度。目減りしていく魔力と、この結果に焦りを感じながら、俺は手傷を負って怒り狂う《孤立種》を前に、剣と盾を構え直した。
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