第54話「地上へ」
クリス、オリヴィアが走る後ろに、フィオナを背負いつつ俺も続く。脇目も振らずに11層に入る。
「あれ、直接ぶつけたら効果あったんじゃない?」
走りながら、背後を気にしているクリスが俺にそう言ったが、俺は首を振って答える。
「厳しいと思う。天井崩したから派手に見えたけど、岩を裂くくらいならクリスと俺の刀でも出来るだろうし。鱗に刃が通らなかった時点で、あの魔術じゃどうにもならないよ」
《孤立種》を避けて天井を魔術で攻撃したのは、きっちり崩して相手を埋めたかったからだ。斬撃だと刀の長さ分しか切り落とせないので、魔術を……と単純な考えからの行動だったが、魔術が爆発したあと、どの程度天井が崩れるかが予想出来ていなかったので、今思うと冷や汗ものだ。11層がフロアごと崩れる事がなくて本当に良かった。
「何か有効手段はないんでしょうか……?」
「ありそうではあるんだけど、今は難しいな」
オリヴィアも聞いてきたので、俺は答えるが、希望的観測が含まれるので、明言は避ける。
《孤立種》を実際見た感じから考えるに、有効そうなのはライナス先生の身体強化を実戦レベルで使える人間。それと、魔導甲冑だろうか。だが、どちらも今ここにはない。
「とにかく今は地上を……!?」
悠長に話して居られたのは、そこまでだった。離れた位置ではあるが、背後の方で破砕音と共に、《孤立種》が階段を押し広げながら現れたためだ。
「地面潜ってくるくらいだから、気休めとは思ってたけど、早いな……!」
俺は愚痴を漏らしながら速度を緩めずに走り続ける。
腰に付けた簡易魔導炉の明かりを頼りに洞窟内を進んでいくが、似たような景色に道を迷いそうになる。
走っているせいでちらつく明かりの中、オリヴィアが何とか地図を見ながら、先導する。俺も《探査》でそれを補助し、すれ違う魔物をクリスが一刀両断にする。
しかし、《孤立種》一定距離以上引き離す事は出来ていない。10層まで駆け上がって来たが、このままだと地上まで引きつけてしまうことになる。
また魔法で足止めするか? それとも成功確率は低いが、身体強化を使った一撃で対抗するべきか? 誰かが、ここで足止めしなければいけないなら、俺は……
そんな考えが何度も浮かんでは消え、思考が堂々巡りした時、前を走るオリヴィアが、突き出ていた岩に躓き倒れた。
「オリヴィア!? 立てるか?」
俺とクリスが慌てて倒れたオリヴィアに近づき、倒れていたオリヴィアに手を貸して立たせる。
「はい、大丈夫で……っ」
立ち上がった時、彼女は顔をしかめて自分の左足を見る。一瞬、悔しそうな、恨めしそうな顔をしたが、俺たちに向き直ると
「すみません、やっぱり、駄目みたいです」
何かを諦めたような、そんな笑顔でオリヴィアが言った。その言葉に隠された意味に、俺は頭がカッとなるのを感じた。
「私とアルドが、フィオナとオリヴィアを運ぶわ」
有無を言わさないような強い口調で、俺の代わりに、クリスがそう言った。オリヴィアは、我が儘を言う子供に言い聞かせるように言った。
「このままでも、直に追いつかれる。クリスだって解っているでしょ? 逃げきるには、誰かが、足止めをする必要があるって」
それは、俺も考えていた。しかし、それなら、
「俺が」
「俺が残る、私が残るは無しですよ? 誰がけが人二人を上に運ぶんですか? ここは、足手まといな私が、足止めするのが一番なんです」
今まさに言おうとしたことを回りこまれ、俺は言い掛けた言葉を飲み込むしかなくなる。
「なら、私とオリヴィアで残る」
「な!?」
これには俺とオリヴィアも驚き、クリスを見つめる。
「私と、オリヴィアで時間を稼ぐわ。そうすれば一人よりも長く時間稼ぎできる。その間に、アルドが地上に行って、応援を呼んできて」
「そ、そんなの承諾できる訳ないだろ!」
俺はそう言ってクリスを睨むが、一歩も退きそうにないその目を見て、なんと言えば説得できるのか、逡巡してしまう。そこに、オリヴィアが追い打ちを掛けた。
「いえ、案外良いかもしれません。確かに、私一人ではまともに動く事も出来ないですが、クリスが私の足になってくれるなら。時間稼ぎくらいはできると思います」
「お、オリヴィアまで!」
「アルドさん、もう考えている時間はなさそうですよ」
問答している間に、再び《孤立種》が俺たちを視界に捉える。クリスは、走れないオリヴィアを背負い、階段とは別方向に向かって走り始めた。
「お、おい!」
「アルド、待ってるから!」
思わず、俺はクリスを追いかけようとするが、《孤立種》が、巨大な斧を振り下ろして来たため、俺はそれを避ける。問題なく避けることができたが、俺はクリス達と分断されてしまった。
「こっちです!」
クリスとオリヴィアが魔術を使い、《孤立種》に向かって攻撃を仕掛け、注意を引く。俺も上層への階段に向かって走り出した事で、《孤立種》は俺とクリス、どちらを追うか悩んだようだが、クリスとオリヴィアが執拗に攻撃を加えた結果、そちらに向かって歩き出した。
俺はそれを横目で見ながら、悪態をついた。
「くそ。死んだりしたら許さないからな、二人とも……」
俺は簡易魔力炉に残った魔力を全て二人に譲渡し、フィオナを担ぎ直して、俺は地上に応援を呼ぶために足を動かし続けた。
◆◇◆◇◆◇
「ライ、ナス先生、が……いない?」
どれくらい走っただろうか、息も絶え絶えに地上に戻ってきた俺は、ふらふらの俺を心配して近づいてきたウィリアムに事情を話していた。ここまで運んできたフィオナは、未だに意識が戻っておらず、ウィリアムの指示で、他の生徒がギルドの治療施設へと運んでもらった。
「火急の用とかで王城に呼ばれたらしい」
「はぁ、は、くそ。ウィリアム、頼みがある」
「おいおい……俺たちじゃ、《孤立種》なんて相手にできないぞ?」
「そんな事、頼む訳ないだろ。ギルドに事情を話して、救援をお願いしたいんだ。途中、はぐれたグラント達も、浅い層まで来ている筈だから回収してやって欲しい」
俺は、呼吸を整えつつ、そう言うと、ウィリアムが怪訝そうな顔をした。
「それは構わないけど……当事者のアルドが説明した方がいいんじゃないか?」
「そうしたいのは山々だけど……時間がない。俺は、《孤立種》をどうにかできそうな伝手を辿る」
「そんな伝手が……? ってアルド!」
「ごめん、ほんとに!」
俺はウィリアムとの話を打ち切って、その場を離れ、街の外れ、倉庫に向かった。商人達が荷を一時的に預ける倉庫区画の一角に、借りている倉庫の一つがある。
その扉をあけ、俺は明かりのない倉庫内に横たわる、人型のそれを見て息を吐く。
「頼むぞ。お前の出番だ」
◆◇◆◇◆◇
「アルドさん、ちゃんと上まで戻れましたかね?」
「うん。大丈夫だよ、きっと」
オリヴィア、クリスは《孤立種》に牽制を入れたあと、入り組んだ洞窟
を地図を頼りに隠れつつ、この9~10層から《孤立種》が離れないように足止めをしていた。
足止め、といってもまともに対抗手段がないために注意を引いては隠れ、逃げる続けるだけだ。
しかし、それも限界に近い、オリヴィアを背負い続け、ほとんど休み無く走り続けているクリスの体力はとっくに底を尽きている。アルドに譲渡された魔力のおかげでここまで騙し騙しやってこれたが、その魔力もほとんど残っていない。
すでに《魔力接続》の魔術は範囲外になったためにリンクが切れ、供給がない状態。クリスもオリヴィアも、助けがくる、その一心だけで何とか逃げ続けられている。
もう何度目か、二人の位置を察知した《孤立種》が壁を壊して二人の前に現れた。
「もう少し、休ませてくれてもいいのに……」
「本当です……」
クリスはオリヴィアを背負い、オリヴィアはクリスの背で魔術の展開を始める。
「帰ったらおいしいもの食べたい」
「アルドさんに交渉して見ましょう。私はケーキが良いです」
「決まりね! 私はクッキーが良いわ!」
二人は先の見えない戦いの、重い空気を払拭するようにそう言い合い、《孤立種》から逃げるために、再び死力を尽くし始めた。
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