第53話「強襲」
「あ、あぁあ……」
フィオナが、怯えたような声をあげた。それが合図だった訳ではないだろうが、俺たちを睥睨する《孤立種》が、再度威圧の咆哮をあげる。
「止まるな! 走れ!」
洞窟内をビリビリと震わせる《孤立種》の咆哮に負けぬよう、魔力を纏った声をあげて、威圧されている仲間を鼓舞する。足がすくんでいたアレス、グラントのパーティは俺の声に我に返って走りだした。
「俺たちは奴を足止めする! 《魔力接続》!」
それ以上はろくに確認できず、自分のパーティに向かって魔術を展開する。
これは、魔力を使って経路を作り、経路を作ったメンバーで魔力を共有化する魔術だ。これに簡易魔力炉からの魔力を俺からメンバーに流し、一時的に個人で持てる魔力量の底上げができる。
「はい!」
「いくわ!」
俺の言葉に反応できたのは、クリスとオリヴィアだ。フィオナはまだ、恐怖から立ち直れていない。何とか武器を構えて敵に向かってハルバードを構えているが、切っ先が定まらずに震えている。俺は、彼女の前に立って、《孤立種》の正面に立った。戦えないなら逃げて欲しいが、今はこれ以上フィオナに気を回してやれそうにない。
「《12の盾》!」
「《轟一閃》!」
その間に、オリヴィアが仲間に魔術の盾を展開、クリスが小手調べと言わんばかりに、全力の剣技を放つ。
ギィン!
とほとんど金属音と変わらぬ硬質な音をたて、《孤立種》の足に切りつけたクリスの斬撃が、鱗の表面を滑る。鱗が剥げ、一文字に剣閃の後が走っているが、それだけだ。
「シャァァァッ!」
しかし、攻撃を鬱陶しく感じたのか、《孤立種》が大きな斧を薙払う。その光景と、あまりの威圧に、脳裏にクリスが叩き潰されるような幻想を見たが、現実にはクリスはその一撃を良く見、素早く後ろに跳んで《孤立種》の攻撃をやり過ごした。
「刃が通らない!」
想定していた通りではあるが、一時的に仲間から借り受けた魔力も乗せた一撃が傷一つ付けられない事に、クリスは動揺気味だ。かく言う俺も、魔力を過剰供給すればあるいは、という希望は持っていたので、挫けそうになる心を何とか奮い立たせる。
先生仕込みの身体強化ならあるいは、とは思うが、俺もクリスも、実戦レベルでの完成度は持っていない。
「なら、全員で魔術を使っての足止めに専念! 効果が無くても良いから嫌がらせするつもりで!」
「……了解!」
魔法、魔術が苦手なクリスは得意な剣術で役に立てないせいか、一瞬顔をしかめたが、即座に切り替え、《孤立種》の注意を引きつつ魔力を練り始める。
こちらも、クリスが時間を稼いでくれたおかげで充分に魔力が練れた。全力で足止めをする!
「《阻む鎖》!」
魔力炉から多量の魔力を流し込み、魔術を一つ編み上げる。《孤立種》を囲むように生まれた幾何学模様は、魔力で出来た鎖を吐き出し、《孤立種》の四肢に巻き付き、締め上げた。
「ギシャアアアアア!」
しかし、これもそうは長く持たないだろう。すでにきしみをあげている鎖に、歯ぎしりしたくなる。
俺は、想定通りだろう、と無理矢理思いこみ、声をあげた。
「オリヴィア!」
「はい! 《分解》!」
オリヴィアは俺の意図を正しく理解し、《分解》を《孤立種》──ではなく、その足下に向けた。《分解》は、魔力を帯びた魔物には通用しない。恐らく、生物もだろう。魔力を発生中、あるいは内部で魔力が動いている物体は、《分解》魔術を阻害してしまう。そのため、《孤立種》に直接使うような真似はしない。
足下に使ったのは、地面を分解し、即席の落とし穴を作るためだ。
狙いは功を奏し、地面の一部が消失した事で、《孤立種》が膝ほどまで足が埋まる。突然の事態に驚き、動きを阻害された《孤立種》は、怒りの咆哮をあげた。
「うるさいわね! その口閉じなさい! 《蒼炎》!」
クリスが、時間を掛けて練った魔力を用いて魔術を紡ぐ。集められた魔力は熱エネルギーに変換され、蒼い炎を作り出した。
通常一般的に使われる初歩的な魔法《火球》を元にした同じような魔術だというのに、クリスの持つ大量の魔力と、共有化により増えた魔力炉の魔力を、術式が崩壊する一歩手前まで練り込んだ力押しの魔術。
それが、空を燃やしながら飛翔し、大口を開けていた《孤立種》の口に飛び込んだ。
耳を塞ぎたくなるような轟音と共に、離れた位置にいる俺たちの所まで肌を焼くような熱風が吹き荒ぶ。
「よし、撤収!」
俺は結果を見ないままに、そう叫んだ。これで決まった、やったか!? なんてフラグを立てて心を折られるくらいなら、さっさと撤退するに限る。
一瞬、クリスとオリヴィアが驚いたような顔をしたが、すぐに理由を悟った。
「ギシャアアアアアアアアッ!」
狂ったような咆哮。それは、《孤立種》の健在を伝えるには十二分すぎた。
「くそっ。口の中なら効くとか、そんな弱点ないのかよ……!?」
さすがの《孤立種》も傷が無い訳でない。牙は欠け、口から血を流してはいるが、かえってその中途半端な傷が《孤立種》を激昂させている。
怒りに任せた《孤立種》の動きに、《阻む鎖》が弾け飛ぶ。落とし穴からも、すでに復帰しつつある。
「《阻む鎖》!」
俺は《孤立種》に向かって再度《阻む鎖》で妨害を試みる。さっきは短時間とはいえ動きを阻害できた、時間稼ぎくらいには──そう思ったのが、失敗だった。
「アルドッ!」
クリスの悲鳴が聞こえた。全ての妨害から復帰した《孤立種》の最初の標的は、手傷を負わせたクリスではなく、俺だった。
《孤立種》は、こちらが誰を司令塔にして動いているのか、あの戦闘でちゃんと把握していた。その結果、この場で指示を出している俺に、標的を定めていた。
《孤立種》は地に頭が着くほどに身を屈め、巨体に似合わぬ高速移動で、大口を開きながら身体をうねらせて迫る。その姿は、奇襲を得意とする、鰐に似た爬虫類のように思えた。
俺は、《孤立種》からの攻撃に、魔術を使ったその状態から、動けずに居た。
さっきまでの鈍重な動きから、この速度を予想できなかった。埋められた距離が、まだ魔術を使うか、刀を使うのか、微妙な距離だった、という事もある。そして、逡巡してしまった結果、俺はそのどちらの選択肢選ばせて貰えなかった。
「《12の盾》」
オリヴィアが展開していた全ての盾が、俺の前に集まるが、足止めにもならず、硝子を破るように割られていく。
死が迫る感覚に、俺は背筋を凍らせた。その凍えた心を割るように、背後から絶叫じみた気合いと共に、俺の前に割って入る小柄な影があった。
「ああああああああああああッ!」
フィオナが絶叫と共に俺の正面に立ち、迫り来る《孤立種》に自身のハルバードを叩き付ける。フィオナの全身には、共有化によって過剰供給された荒ぶるような魔力が、巡っているのが解った。
まさに渾身の一撃、と呼ぶに相応しい一撃が、カウンター気味に《孤立種》の頭に叩き込まれた。しかし、代償としてフィオナが《孤立種》の巨体の衝撃を受け止め切れず、宙に投げ出された。
フィオナの一撃のおかげで、俺に迫っていた《孤立種》は俺を見失い、頭部に想定外の一撃を受けた事で、悲鳴をあげつつ、俺がいたすぐ側の地面を削り、壁に激突して頭を埋めていた。
「フィオナ!?」
俺は、落ちてくる彼女を何とか受け止め、彼女の様子を確認する。
「わた、し。今度は、逃げない、でたたかって……」
「うん。助かった。ありがとう。……少し、休んでくれ」
フィオナは、ダンジョンにいると嫌な記憶を思い出し、身が竦むと言っていた。さっきだって、立っているのが精一杯だった筈なのだ。俺はそんな彼女に何の声もかけず、おまけに、戦力外だと考えていた。
それでも彼女は、俺たちの為に動きたいと考え、それを身を持って証明してくれたのだろう。俺は、彼女に感謝と共に、休むように伝えた。
彼女は安堵したように、全身の力を抜き、俺に身を委ねた。
吹き飛ばされたフィオナは、目立った外傷は無かったが、それだけにどれだけダメージを受けたか解りづらい。
「クリス、オリヴィア! 今の内に今度こそ撤退する! こんなの命が幾つあっても足りない!」
「わ、解った! フィオナは、平気?」
「まだ解らない。俺が背負っていくから、先頭の露払いを頼む。その前に……」
少し、仕返ししてやる。
「《蒼炎・連弾》」
簡易魔力炉内の魔力を全て使い尽くすつもりで、先ほどクリスが使った魔術を複製する。魔力を最大限効率化するため、拳大まで収束した炎の塊を五つ、宙に浮かせる。
そして、《孤立種》が顔を埋めている場所の天井に向かって放った。
連なる轟音が耳朶を打ち、熱風が吹きすさぶが、収束された炎は俺が狙った通りの効果を発揮してくれたらしい。
一定間隔で天井に突き刺さった炎は、天井内部に潜り込んでから爆発を起こしたおかげで、天井を盛大に崩し、大量の土砂が《孤立種》に降り注いだ。
「よし、行こう」
地中を潜って進んできたような相手には、大した効果は見込めないだろうが、多少は鬱憤を晴らせた俺は満足し、フィオナを背負う。
唖然としているクリスとオリヴィアを引き連れて、迷宮脱出に向けて走り出した。
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