第52話「救出・脱出」
圧倒的な存在感のある《孤立種》の魔物を遠目に、俺たちは当初の目的である二パーティの生存確認に向かう。現状だと、状況証拠から生きているだろう、という希望は持てたが、予断は許されない状況だ。
「こっちから、匂い、します」
今は、フィオナの嗅覚に頼り、血の匂いを追っている。道中は先導を努めるフィオナ以外、皆無言だった。無理も無いし、俺も気が重い。しかし、このままにしておける筈もない。
俺は、そのまま先導をフィオナに任せながら、声を潜めてクリス、オリヴィアに話しかけた。
「クリス、オリヴィア。さっきの蜥蜴亜人、戦うとしたらどう思う?」
「……正直、そもそも戦うっていうのがナンセンスだと思ったわ」
「私も、逃げる事に専念した方が良いと思います」
まったくその通りだ。しかし、逃げるにしろ戦うにしろ、一度刃を交える事にはなりそうだ。と俺は考えていた。これから二パーティ分人数が増える。となれば、それだけ発見される確率があがる。
「俺もそう思う……けど、最悪の事態は想定しておきたいんだ。もし、仮に戦闘に入った場合、まともに戦えるのはこのパーティだけだと思ってる」
あんな相手に襲われる、それを意識しながら逃げるだけで、抱えるストレスと、そこから来る疲労は計り知れない。
となれば、救出に向かう二パーティは戦力として数えるのは難しいだろう。
「……魔術での足止めが無難だと思います」
俺の考えを汲んだオリヴィアが、提案した。クリスも、少し考えてから口を開いた。
「そもそも、手持ちの武器で蜥蜴亜人に傷を付ける事ができるのか、自信がない……」
「確かに、それだとまともに時間稼ぎすらできるか、って話になるな……戦う以前の問題だ」
思えば、現場に散らばっていた武器。あれは蜥蜴亜人を攻撃しようとして壊れてしまったモノかもしれない。
「うん。やっぱり、魔術を使って足止めに専念しよう。最悪、横穴を一つ潰してでも、生き埋めなり分断なりしたい」
横穴を潰すのは最終手段だと思う、魔術で穴を潰す程の攻撃をすれば、その衝撃が洞窟全体にどう響くか解らないからな。
「その時は、私が魔術を使って足止めします」
「なら、その時間稼ぎくらいはこっちでやるわ」
直接戦いはしない、と明言したためか、オリヴィアが少しだけ緊張を解し、クリスも軽口を叩くように請け負った。
「まぁ、逃げるだけだし、帰り道で会わなければ問題ないから! 気楽に行こうよ」
この時の俺の顔は、強ばっていたかもしれない。しかし、聞いていたメンバーはぎこちないながらも笑顔で返して、いったん落ち込んだムードは多少マシにはなった。
◇◆◇◆◇◆
慎重に蜥蜴亜人の気配を読みながら奥に進むと、ついにグラント、アレスのパーティを見つける事ができた。
横穴の一つが部屋のようになっており、そこで休憩……というより、力つき、うずくまるようにしてそこにいた。
「……お、おい、大丈夫か!?」
俺たちについて来ていた少年が声をあげ、うずくまっているアレスに声を掛ける。
「お前……生きてたのか。良かった……」
アレスがそう呟くが、そこには力がこもっていなかった。向こうは彼に任せるとして、俺はグラントのパーティに近づく。
「グラント、大丈夫か?」
見た目にはボロボロでところどころ出血もあるが、意識がはっきりとしているグラントにそう話しかける。
「ああ。怪我も見た目程じゃないから動けなくはない。だが、俺はともかく、パーティの仲間は限界だ」
グラントはそういって、視線を俺からずらす。俺もそちらを向けば、同じようにボロボロになったグラントの仲間が、疲労困憊の様子で地面に突っ伏しているのが見えた。
オリヴィアが俺の視線に気付いて、率先して手当を始める。手当はそちらに任せて、俺はグラントと話し、状況を聞く事にした。
「そうか……状況を聞いても良いかな?」
グラントの話は、アレスの仲間の少年から聞いた事を補完するような内容だった。グラントは、アレスが10層より下に行ったのを匂いなどの痕跡から気づき、注意するために追いかけて来たらしい。12層でようやく追いついたが、追いついた時にはすでに蜥蜴亜人に見つかり、散り散りになっているような状態で、グラントのパーティが助けるために介入、しかし蜥蜴亜人が強かったために倒すはおろか、逃げるのもままならない状態になった所で、残っていたアレスのパーティと協力し、何とかここまで逃げるに至ったらしい。
「……あの蜥蜴亜人は、そんなに強い相手なのか?」
「見てきたのか? なら解るだろうが、あれは強いなんてもんじゃないな。次元が違う、とでも言うのか……先生程の格は感じないが、それでも俺ではかなわん」
「先生はちょっと別次元というか、別宇宙というか。そんな存在だからな……」
「宇宙?」
何でもない、と答えると、そうか、と疲れた感じに返された。本人は動ける、とは行っていたが、かなり余裕はなさそうだ。
仲間を守るために気を張っているようなので、それで動けているだけかもしれない。切れたらあっと言う間に限界を超えそうだ。
「皆、聞いて欲しい」
俺はこの場にいる全員に向かって話かける。
連れてきたメンバー以外は反応が薄く、顔をあげたのは、グラント、アレスくらいだ。
「これから全員で迷宮脱出を目指す。疲労はあると思うが、残り少しだから頑張って欲しい」
もっと奮い立つような何かを言えればいいのだが、上手い言葉が浮かばない。冴えないリーダーって感じか。自分自身、リーダー、というガラではないし、リーダーっぽい振る舞いをしては居るが、いつも間違っていないかと不安になる。
「ほんとうに、帰れるのか……? 12層入り口を守るように、あいつがいる。あいつに見つからずに出るのは、無理だ」
「そのために俺たちが来た。せっかく生き残ったんだ。全員で迷宮を脱出しよう。そのためのプランもある」
アレスが弱弱しく、そう言ったのを、俺ははっきりと断言した。
正直、道中でクリスとオリヴィアと話していたくらいにはノープランだ。しかし、例えノープランでもプランがあると、希望を持たせてここから動いて貰わなければ、助かるものも助からない。
「どうする気だ? まさか、あいつを倒すのか?」
「それこそまさか、だね。わざわざそんな危険を冒す必要はないよ」
現状倒す目途なんてないからね! とは言えないので、聞きようによっては倒す手段があるような、少しもったいぶるようにそう言っておく。
「今は逃げる事だけに集中する。場合によっては戦うどころか見る事もないね」
戦わない、と聞いて皆目に見えて安堵の息を吐いている。
「さぁ、ダンジョンを脱出しよう」
俺のその言葉に、うずくまっていたメンバーがよろよろと立ち上がった。
先頭は変わらず嗅覚、聴覚に優れるフィオナに頼む。殿は俺とグラントが務める。どうやら、最初の遭遇以降、何とか逃げられているのは、グラント含め、彼らのパーティメンバーが鼻と耳が良い事に起因するらしい。獣人はその辺りが普通人種より優れているようだ。
彼らを頼りに、遠回りしながらクレーターができていた辺りまで、遭遇することなく戻って来た。現場がすぐに見えるような位置に隠れつつ、辺りを警戒しながら全員を集める。
「フィオナ、どう?」
「何も、感じません。匂いも、音も……」
聞きつつ、俺も≪探査≫の魔術で辺りを確認するが、そちらでも何も感知できない。しかし、フィオナは不安げにしており、グラントもフィオナの言葉を否定しこそしないが、しきりに鼻と耳を動かし、辺りを警戒している。
「おかしい。何度も脱出を試みた時は、常にこの辺りにいたんだ」
「俺たちを探しに、別の穴に行ったのか……?」
グラントが疑問を口にし、アレスが希望的観測を言った。
グラント、フィオナの警戒の様子から、気のせい、と断言する気にはなれない。
しかし、ここを避けてこの層を抜ける事はできない。来るときに確認した他、グラント達にも裏を取ったが、別のルートは見つけられなかったらしい。俺たちが見落としている可能性はあるが、それに期待をかけて別のルート探索するだけの余裕は今このメンツに無い。
俺、クリス、オリヴィア、フィオナはまだ余裕があるが、他のメンバーはすでに限界だ。もし他のルートが無かった場合、ここを切り抜けるだけの体力が残っているかどうか怪しい。
「アルドさん……」
近くにいたオリヴィアが、不安そうな声を俺にかけた。全員の視線を感じ、俺は少し考え、ひりつく喉が、震える声を出さないように気を付けながら声を出した。
「このまま行こう。他を回るだけの余裕はないし、居ないならそのまま抜けさせて貰おう。ただ、全員警戒は更に強めるように」
俺の言葉に全員が頷き、一同は再び、慎重に進み始める。
クレーターを通り過ぎた辺りでも何も起きず、本当に別の穴に向かったのか、と俺の頭によぎった所で、それは起こった。
「! クリス、オリヴィア、そこから離れろ!」
クリスとオリヴィアは、弾かれたように反応を示し、左右に跳んだ。
つい一瞬前までクリス、オリヴィアが居た足元が突然盛り上がり、殻を破って生まれるひな鳥のように、固い地面をぶち破り、蜥蜴亜人が現れる。
くそっ! このタイミングで!
「ギシャアアアアアアア!」
巨体が洞窟内を震わせるような咆哮をあげ、ついに俺たちは12層の≪孤立種≫蜥蜴亜人と相対することになった。
一日遅れて申し訳ありません……
お読みいただきありがとうございます。




