第51話「孤立種(スタンドアローン)」
「俺たちは、12層にいってアレス、グラント両パーティの生存を確認する」
助けに、とは言えなかった。本来ならこの行動すら、最初に決めた動きとは違う。安全を期すならやはり、ここで引き返すべきなのだろう。そして、ライナスさんに助けを求める。それがベターだろう。
だがそれは、最善とは言い難い。助けを求めに地上に戻れば、それだけ二つのパーティの生存率は落ちる。
まだ、助けられる可能性があるなら、今行くしかない。しかし、もし仮にすでに二つのパーティが全滅していれば、それはいたずらにパーティの危機を招くだけだ。
「……これは、半ば俺のわがままだから。嫌なら、彼を連れて地上に戻って、ライナス先生に事の経緯を説明して欲しい」
「答えなんて最初から決まってるわ」
「ええ。いつでも準備はできてますよ」
「……大丈夫、です」
たぶん、こう言ってくれるだろう、とは思っていた。
「……ありがとう」
だから俺は、万感の思いでそれだけ言った。そして、倒れていた少年に手を貸し、立つのを手伝いながら聞く。
「ごめん。本当なら、人数を分けて君を送り届けるべきなんだろうけど、救出する場合に人手がいるし、何より、道案内がいる。君たちが襲われた場所まで、案内を頼めるかな」
「……ああ。それくらいやってみせる」
恐怖を感じているだろうし、負傷だってしている。しかし、仲間を助けたい一心か、少年はそれらを呑み込み、そんな風に言った。俺は無言で頷き、肩を貸しながら全員に告げる。
「なら、12層目指して進もう」
危険がある、と聞いた後でも、そこに悲壮感はなかった。ただ、決意に満ちた仲間を引き連れて、迷宮の浅層を越え、12層を目指して進む。
「君たちは、《孤立種》についてどれだけ知ってる?」
少年の荷物は途中で捨てる事になったらしく、武器以外は持っていなかった。しかし、こちらも手ぶらのため、けが人がいるとは言え、それなりの速度で進んでいる。
「強い個体らしい、って事くらいは」
迷宮では、かなり有名な単語らしい、というのは調べ始めてすぐに解った。群れを率いるリーダー個体、あるいは統率個体と呼ばれるような《支配種》これもまた強い個体ではある。
戦った事もある《支配種》だが、迷宮ではそれとは他に、《孤立種》という魔物がいるらしいのだ。
会ったら逃げろ、命が惜しくば挑むな、と冒険者の間で口々に言われる存在。
「《孤立種》ってのは、簡単に言うと特異個体だって話だ。頭が良かったり、強かったりする魔物は普通、群れを作る。そのリーダーが《支配種》だ。でも迷宮では逆に、周りの個体を全て殺し、自分だけのテリトリーを作る特異個体がいるんだ。そいつが《孤立種》だ」
「特異個体……。《支配種》とはそんなに違うのか?」
話だけ聞くと、確かに習性は違うようだったそこまで、という感じはしない。
「俺も、そう思ってたんだ……実際に見るまでは。でも、あれは、リーダー格、とかそういう感じとはどうも違う気がする。上手く、口にできないが……」
「そうなのか……。12層の奴は、どんな奴?」
《支配種》とは違う、と言われても、正直実物を見るまで何とも言えない。俺は、もっと他に情報が無いか聞いてみる事にした。
「たぶん、蜥蜴亜人だと思う」
「たぶん?」
もうちょっと正確にくれ、とは口にしなかったが、顔には出ていたらしい、困ったような顔をして、少年は補足の説明をしてくれた。
「ああ。二倍くらい大きくて、でかい斧を装備してたんだ。あまりにサイズが違うから、蜥蜴亜人っぽかったな、としか解らないんだ。……遭遇後はろくに戦闘もできずに、グラントのパーティに助けられる形で逃げ出したんだ。俺のこの怪我は、斧を振られて、地面に刺さった時の衝撃で破片が飛んできてこうなったんだ」
俺はそれを聞いて絶句した。それが本当なら、その蜥蜴亜人の大きさは、三メートルはある。おまけに、武器を振った余波でそれだと言うなら、もしそのままくらっていればミンチになるレベルだ。
もう少し詳しく聞きながら進むが、これ以上は大した情報を持っている訳ではないようだった。彼だけこの階層まで戻ってこれたのは、攻撃を受けたとき、たまたま上の階層に続く階段側に分散された彼だけが上ってこれたかららしい。
「済まない。もう少し、役に立つ情報があれば……」
「いや、倒しに行くわけじゃないし、相手にするだけ危険だ、って解っただけでも充分だよ」
何せ、事前情報がなければ同じような強力な魔物に奇襲を受けるかもしれないのだ。最悪、その奇襲一回で全滅もあり得る。
情報を鵜呑みには出来ないだろうが、予測も立てられないような状態よりは良いと言えるだろう。
「この先だ」
11層奥、最後の階段で震える声で少年が言った。
「……最初から戦闘は捨てて、二パーティの生存確認と、生存者の救出を目標に動こう」
俺は、12層に入る前にそうメンバーと確認しあう。優先度を間違えれば、こちらが奇襲に合い、全滅もあり得る。
階段からは無言で、明かりも抑えた状態で12層まで降りる。階段が終わると、自然洞窟のような風景は変わらないものの、天井が高い位置にあった。それに、所々穴のようなものもあり、上下に広くは感じるが、足場は悪くなっている。
「12層は、元々土竜が住んで居るという情報でしたね」
「ああ。12層から出るっていう土竜は強いらしいから、それを見て、あわよくば鱗でもはぎ取って帰ろう、って話をしてたんだ」
穴を見ている俺に気付いたオリヴィアが、そう口にした。そうか、順路以外に見える大きな穴は、その巣穴や通り道だったりするのだろうか。
つか、土竜って、もぐらじゃなくて土の竜、って意味だったのか。ドラゴンなんて名の付くものは見たこと無いので気にはなったが、今は後回しだな。
「じゃあ、こっちだ」
案内に従って、奇襲されたという現場まで進もうとした所で、オリヴィアが声をあげた。
「あの、このまま現場に向かうのは危険ではないですか?」
確かに、一理あるように思う。このまま行けば、下手をすれば奇襲をしたという《孤立種》の魔物に遭遇する。
「いや、どうだろう。下手に回り込んで、そこに《孤立種》の魔物がいたら危険だよ」
と、俺は反論を出した。結局の所、敵の位置が解らない時点で、どこに居ても危険な事には代わりはない。なら、注意深く進み、まずは現場に向かい、死体が無いかの確認をすべきだ、と俺は答えた。もしそこに人数分の死体があるようであれば、探索はそこで終了、全力でこの迷宮から脱出する。
辺りを警戒しつつ、そう説明すると、メンバーはその嫌な想像に固い表情をしながらも頷き、納得した。
「ここだ。あそこに、斧が叩き付けられた場所がある……」
そう言って、震える指で示した場所には、クレーター、と言えるような抉れた地面が存在した。
「これ、魔物が……?」
クリスが呆然と口にする。無理は無いだろう。離れた位置、明かりに照らされ、視認性が落ちているにも関わらず、抉れていると一目見て解る地面。そして、壊れた武器に血痕、荷物が散らばっていた。
「こ、この荷物……アレス達のだ」
青ざめ、今にも崩れ落ちそうな様子で、少年が荷物の確認を行い、周囲を警戒しながら他に何か手がかり無いか探す。
すると、血痕が一方向に続いているのを見つけた。そして、その方向に向かう、轍のような、太い何かを引きずったような後も、一緒に続いている。
「これ、は……」
俺はその引きずったような後が何か思いいたり、裏返った声を上げてしまう。
「こ、これって、誰かが引きずられて……?」
「……いや、たぶん違うよ」
オリヴィアが最悪の想定をしたが、俺はそう思わなかった。誰かが殺されて引きずられたとしたら、この血の量は少なすぎる。
「これは、魔物の尻尾だ。こんな大きな尻尾を引きずる大きさの蜥蜴亜人なら、確かに同じ種類なのか、疑いたくもなる……!」
そんなおり、大人しかったフィオナが、焦ったような声をあげた。
「な、何か来ま、す……!」
つっかえつっかえの言葉だったが、一点から目を逸らさない彼女が、何が言いたいのかはすぐに解った。
「まずい……! みんな、隠れてやり過ごすんだ……!」
俺は全員に指示を出し、予備のランタンを一つ、光量を最大にしてわざと残し、怪我のせいで足の遅い少年に肩を貸しながら、奥まで続く適当な横穴を見つけて隠れる。息を潜め、フィオナが示した横穴の一つを見張った。
やがて、ずるっ、ずるっと何か大きく、重たいものを引きずるような音が聞こえてきた。
「あ、あれが、ここであった《孤立種》だ……!」
眩いばかりのランタンに照らされたのは、全高三メートル、全長でいえば、10メートルはあろうかという、二足歩行の蜥蜴だった。その大きなとかげ、のそりと一歩進むたびに、太い尾が引きずられ、不安を煽るような音を立てる。
もはや、蜥蜴、なんて表現はおかしいだろう。なぜならその《孤立種》は、高さだけでなく、横幅も相当あり、どこか鍛えられた戦士のようであった蜥蜴亜人の肉体が、モヤシか何かのように思える容姿をしていた。
頭も、蜥蜴亜人は文字通り、蜥蜴のような頭をしていたが、その《孤立種》は、鋭利な刃物のような鱗に覆われ、巨大な牙をはやしており、もはや同じ爬虫類とは思えない。近しいところで、無理矢理表現するなら鰐のようにも思えるし、見たことはないが、想像上のドラゴンなら、こんな顔をしているようにも思える。
確かに二倍くらい大きい、とは聞いていたが、縦横二倍なら単純二倍なんてものじゃないじゃないか、と悪態をつきたくなる。
「あんなのが振れるのかよ……!? 確かに、あんなのが地面に落ちたら、爆発したみたいにもなるか」
極めつけは、斧だ。斧を持っている、とは聞いていたが、はっきり言えば詐欺だと思った。木を切る斧は見た事があるし、使った事もあるが、あれは以外と刃が小さい。しかし、《孤立種》が持つ斧は、巨体に似合った巨大な斧であり、刃の長さだけでも俺の腕の長さはありそうな両刃の斧だった。長い柄を太い前足が人間の手のように斧を掴んでおり、ただ持っているだけの飾りでは無いことを伺わせた。
「こんな奴、相手にできるか。みんな、遠回りして別の場所を探そう」
ランタンの明かりが気になったらしい《孤立種》が、ランタンに近づくのを見ながら、俺たちは横穴を使って、別の場所を探索する事に決めた。
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