第50話「迷宮探索最終日」
迷宮探索最終日の朝、俺たちは今日の行動予定を立てるために、最後のミーティングを行っていた。
「今日は午前中いっぱいを使って10層まで探索、仮に10層行かなくても引き返す、って事でいいよね?」
最初の目的と変わってないので、特に問題はない筈なのだが、形式的に俺は全員にそう聞いた。
「問題が起こらなければそれで良いんじゃない?」
クリスがそう言ったが、それ、何かフラグっぽいからやめて欲しいです。
「そうですね。私もそれで良いと思います。もし、問題が起こった場合はどうしますか?」
オリヴィアがクリスに追従し、俺は少しだけ考える。問題が起こらないに越した事は無いが、やっぱり起こった時にどうするか、というのを先に決めておくのは必要だ。
「んー。状況を見て、ってなるだろうけど、問題が起こったら基本は迷宮から脱出を考える、って事で。迷宮内の探索としてはもう充分成果があるだろうし、安全第一に動こう」
俺の答えに満足したのか、クリスとオリヴィアは頷く。
「フィオナは? 何か気になることある?」
「帰り時間は、足り、ますか?」
「地図はあるし、10層もあるとは言え、午前中に探索を切り上げて帰ることに集中すれば夕方には帰れる予定かな。なので、あとちょっとで10層全部見れる! って場合でも、欲を出さずに時間が来たら離脱しよう」
三人の質問に答えると、三人とも満足したのか、それ以上の質問はでてこなかった。
「よし。そしたら残りは移動しながらか、問題が出た時にしよう。探索開始!」
俺の一声でオリエンテーション最終日、8階層の探索が始まった。
荷物は最小限、8階層の敵は、ゴブリンのような小物の魔物から、蜥蜴亜人のように少し大きな魔物に代わっているが、前衛を任せているクリスには物足りない、と言わせる程度の相手のようだ。
中衛を任せるフィオナは、移動中や休憩中に時々怯えるような仕草を見せる事があったが、最終日に入って動きに堅さが取れてきており、むしろ初日より良くなってきていた。獸人の特性か、音や臭いで敵の位置を把握し、俺の《探査》よりも先に敵を発見する事もあるので、こちらが奇襲を掛けるのに貢献している。
後衛には俺とオリヴィアがおり、正直に言うと出番が無い。前衛が敵を相手にしている際に背後、横から出てきた敵を対処するのと、連携の練習をするために、数が多い敵相手に参加した程度だ。俺とオリヴィアは主にマップと敵データ集めに回っている。
「効率考えるとやっぱり、こんなパーティ構成になるんだよな……」
「? アルドさん、何か言いましたか?」
「いや、独り言」
前衛三人も要らないので、俺は後ろに下がるしかない。が、俺は実は、下がるとまともに防御くらいしかまともに援護できない。遠距離で攻撃する手段に乏しい。
俺自身の魔力量が少ないため、使い時がピンチの時だけだし、魔力を使った遠距離攻撃──つまり、魔法、魔術といった攻撃は、下手をすると魔力を捨てるだけになってしまうので、刀で切る方が早いのだ。
ライフルを使う、という手段もあったが、閉所で跳弾の恐れもあったし、おまけに荷物がかさばるために選択しに入れてなかった。
「はぁ、後衛だと役立たずだなぁ」
そんな事を考えられる程度には余裕の状態で、俺たちのパーティは、9層まで進めていた。
問題が起こったのは、9層も半分は回っただろうか、というところだった。
「……すんすん。血の、臭い」
「え、血……?」
突然、フィオナがそんな事を口にした。クリスが思わず鼻を使って臭いを嗅ごうとしてみたが、そんな臭いは感じられずに、首を傾げただけだった。
「……フィオナ、方角は解る?」
勘違いじゃないか、なんて事は聞かなかった。この中で臭い、音といった五感が優れているのはフィオナだ。俺は疑わずに臭いの発生元について聞く。
「こっち、です」
「臭いの発生元を確認しよう。なるべく遠くから。危険そうなら即撤退。時間は多少あるけど、そのまま迷宮離脱もありえるって頭に入れておいて」
「わかった」「はい」「うん」
三人がそれぞれ返事をしたのを確認したところで、緊張感を高めてフィオナが示した方向に向かった。
「う、ぅぅ……」
フィオナが血の臭いがする、と言った方に進むと、かすかにうめき声が聞こえた。
「あ、あそこ!」
フィオナが指を指した一角に光を当てると、そこには岩陰に隠れるように、ぼろぼろな姿の少年が倒れていた。どこか見覚えが──と思ったが、ぼろぼろで解らなかっただけで、オリエンテーションに参加していた生徒の一人だと気付く。
「う……き、君たちは……?」
血に塗れた腕を抑えながら、少年が俺たちに気付き、身体を起こす。
「おい。大丈夫か!? クリス、フィオナ、辺りの警戒頼む。オリヴィア、彼の傷口を洗うからアルコールと、包帯を出してくれ」
各人に指示を飛ばし、俺は倒れた少年の手当をする。オリヴィアが荷物を《物質化》している間に、少年の破れている服をはぎ取りようナイフで切り裂き、傷口が見れる状態にした。
オリヴィアからアルコールの入ったビンを受け取ると、俺は
「うぐっ……」
「傷口をそのままにすると化膿する。我慢してくれ……!」
痛みに暴れそうになる少年にそう言って、俺は傷口をアルコールで洗って傷の深さを確認する。太い血管までは傷は届いていなさそうだが、獣の爪に削られたような、幾筋もある傷は、中々深い。
縫合するべきなのだろうか? 一瞬そんな知識が頭を過ぎるが、縫合なんて裁縫くらいしかない。傷に関しては血も止まっていたようなので、包帯をきつめに巻いておくに止めた。
「喋れるか?」
他の怪我も同様に、一通り処置が終わったところで声を掛ける。少年は、弱々しくも何とか頷き口を開いた。
「ああ……た、頼む。仲間を助けてくれ!」
これは、半ば予想していた。オリエンテーション参加者は、全員パーティを作っていた。ゲームなんかでは、数人くらいソロ、と呼ばれるような人間がいるかもしれないが、現実であるこの世界では、当然といえば当然だろう。一人では休息すらまともに取れない。敵に囲まれた時、多少強い、程度では数の力に対抗できない。
そんな中で、一人でいるのには、何か理由がある筈だった。
「まずは状況を教えてくれ。話はそれからだ」
「ああ……実は……」
痛みに呻き、途切れ途切れに話す少年の話を聞き終えた時、俺は思わずため息をついた。
「最悪な状態だな……」
そう呟かずにはいられなかった。結論から言うと、彼のパーティは12層で散り散りになったらしい。
詳しく話を聞くと、彼が所属していたパーティは、オリエンテーションを始める原因を作った、アレスのパーティにいたらしい。いや、そこは良いのだが、問題はアレス達のパーティは、3~5層で敵と戦い、迷宮でも充分戦えると手応えを感じたらしく、当初の予定になかった10層を目指したらしい。
一挙に下ったが、敵にはそれほど合わなかった事で、まだ余裕があると判断し進んで居たところで、グラント達のパーティと遭遇。グラント達はすでにそこで充分戦っており、アレスはそれを見て、俺たちも更に下に降りて活動し、実力があることをライナスさんに証明しよう、という事になったという。
この時、少年の実力敵には蜥蜴亜人を一人で相手にするのもいっぱいいっぱいだったらしいが、アレスが難なく戦えた事、リーダーであるアレスに逆らい切れずに11層に踏み切ったらしい。
「10層以下は、ギルドの許可が必要なのは知っていたのか?」
「ああ、だけど、それは形式的なものだ、とも聞いて居たんだ……」
それは、迂闊として言いようがない。俺は苦い表情を作ることしかできなかった。
それでも、11層ではまだ敵の分布も代わっておらず、散発的に蜥蜴亜人を倒していたらしい。そこでもアレスは自信を付け、12層の階段を見つけ、降りる判断を下してしまった。
その12層で、問題があったらしい。
「あれは、あれはきっと《孤立種》だ」
少年が、あえぐようにそう言った。怪我をした時を思い出したのか、腕を押さえ、呻く。
「12層では、魔物が一匹も居なかったんだ。だから、油断してた。そいつが現れた時も、敵は一人だからって戦う事にしたんだ。そしたら、そしたら……」
「もう、話さなくていい。落ち着いてくれ」
「グラントのパーティも、い、居たんだ。俺たちを助けてくれて……あの魔物に向かっていって……」
話している途中で、震えだし、歯を打ち鳴らし始めた少年の肩に、俺は手を置いて、ゆっくり話しかける。
「アルド」
クリスの言葉に、解ってる、と視線を送る。解ってる。この後の行動をどうするか、クリスは、いや仲間達は俺の判断を仰いでいる。しかし、俺は悩んでいた。
助けに行くか。
助けずに戻るか。
リーダーとして決断しなければならないだろう。正直な所、当初決めたように事を運ぶのなら、少年に肩を貸しながら、迷宮を脱出する、というの以外に無いだろう。12層には危険な敵がいると事前に解っているのだから。
しかし、それはアレスのパーティと、グラントのパーティの命を無視する場合だ。
俺は、仲間を見回す。三人は、表情険しく、俺を真っ直ぐ見ていた。
「今後の方針を決める。今から、俺たちは──」
俺は、この場にいた全員に、それを伝えた。
お読みいただきありがとうございます
ぐぬぬ……引っ張るつもりはなかったのですが、前回駆け足の最終部分を補足しようとしたらこの始末……未熟!
遂に連載50話達成いたしました!感無量でございます!これも皆様のご声援のおかげです。
これからもロボ厨をよろしくお願いいたします




