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第5話「ぼっちですが何か?」

「ねぇ。学校に行ってみない?」

「えっ学校?」


 そんな母の言葉に、俺は素で驚きの声をあげた。その理由は

 あるんだ、学校なんて存在。

 だった。ちょっと異世界文明嘗めすぎてた。


「学校っていうのはねー」


 母はそんな俺の驚きを、学校っていうものが何か理解できていないものだと勘違いしたらしく、楽しそうに俺に語ってくる。ここは大人しく話を聞いておこう。

 適度に相打ちしながら聞くと、この世界にある学校は、前世の言うところの日曜学校らしい。教会に行って文字を習ったり道徳を説いたりするところのようだ。違うと言えば、初歩の初歩とはいえ、魔法を教えているくらいか。生活魔法、と呼ばれる日常的に使われるような魔法を教えているらしい。

 また、専門的な魔法や、高等教育みたいなものは王都にある魔法学院という所で教えているらしく、こちらは12歳以上の人間が入学可能となっている。

 ってことは、教会の学校は、幼稚園から小学校みたいなとこか、と俺は考えていると、母は優しく諭すように、


「友達いっぱい作れるわよ」


 と言っていた。正直そこに魅力は感じていない。


 当日、俺は母に手を引かれ、初めて街の中を歩いて回る。アリシアは俺の後ろを大人しくぷかぷか浮いてついて来ていた。

 この街は結構大きいらしく、下層街、中層街、上層街に分かれているらしい。

 下層街は母は言葉を濁していたが、一言でいうとスラムのようで、ここには近づかないように言われた。また、上層街は貴族の住む地区で、人はそれほどいないものの、許可の無い者がいると罰せられる事があるらしい。ここもやはり、近づいてはいけないと言われた。

 中層街は綺麗に整備されて、簡易ながら水道も通っているらしい。俺は目に付くものを指さしてはあれは何? と母に聞き、母その度に足を止めて説明してくれる。

 そして、俺も母も目的をすっかり忘れた頃に、アリシアが助け船を出してくれた。


『アルド、教会は? 学校見たい』


 大人しくしていたが、アリシアは学校に興味があったらしい。完全に目的を忘れていた俺は、同じく目的を見失って、にこにこ街の散策をしている母に向かって、それとなく目的を思い出すように誘導する。


「お母さん。教会っていうのはどれ?」

「はっ……あ、うん。教会はね、あそこのおっきな建物だよ」


 正気に戻った母が、今度は迷わずに目的地に案内した。


 

 教会に付くと、その門の周りには俺のような子供が何人もいた。自分と同じくらいの年齢から、10歳くらいまでの子供たちだ。年の高そうな子供は、門を素通りして教会の中に入っていくが、小さい子供がぐずって親の手を取り、親を困らせている。ほんとに幼稚園みたいだな。

 ちなみに俺はというと、


「アルド、夕方になったら迎えにくるからね、その間は寂しくても我慢するんだよ? 絶対絶対迎えにくるから、泣いたりしたらだめなんだよ? それと、シスターさんや神父さんには、ちゃんと挨拶してね?」


 門の前であっさり別れようとしたところで、母に捕まり、母にぐずられている状況だったりする。


 つーか逆だろ! なんであんたが寂しがるんだよ!


 と思わないでもなかったが、そこは空気が読める元日本人、俺は口にすること無く、黙って肩を揺さぶられ続けた。親なしでもこれる、少し年齢の高い子供たちが、興味深そうに俺と母のやりとりを見ているし、中には笑いを堪えている奴もいた。


「あの、お母様ご子息はちゃんとお預かりいたしますので……」


 見かねた年嵩のシスターさんが、助け船を出して母を引きはがすまで、その羞恥プレイは続いた。


 引き離された後も、木陰からひしひしと、ビシビシと視線を感じていたが、これを無視。結構な精神力を持って行かれた気がする。ようやく教会の敷居をまたいだ所で、


『あれ? アリシア?』


 アリシアがいない事に気づいた。念話を飛ばすと、姿は見えないが返事が返ってくる。


『アルド、早く。教室にいる』


 どうやら、待ちきれずに中に入ってしまっていたらしい。彼女は分類的には思念体らしいが、今みたいに別行動できたりする。本体が俺が肌身離さず持っている宝石なので、街から離れる事はできないらしいが、ちょくちょくこうしてふらふらと出ていってしまう。教会なんてさまよっていたら、浄化されたり、強制成仏させられたりしないんだろうかなんて思ったが、大丈夫なんだろうか。


 教会の中は入ってすぐが礼拝堂となっており、神を象ったらしい像がおいてある。中性的で、男性か女性かも解らないその像は、法衣のようなものをまとっている。

 顔が、かろうじて人のようだと解る以外に彫り込まれていないのは、人類で初めて神の造形に挑んだと言われる彫刻家が、唯一神である神の姿を彫るのは恐れ多いと彫るのを拒絶したためらしい。以来、他の教会でもそれに習い、表情は彫り込まず、性別もそれと解るような造形にはしないらしい。

 へぇーと思いつつも、さほど信仰心がない俺はあっさりと視線を外し、教室となる一室に向かう。そこは黒板のようなものと(前世と何か違いがあるかもしれないため、黒板、と断言できなかった)机が整然と並べられており、前世の記憶の学校の教室を彷彿とさせた。


 懐かしいなぁ、と思いつつ、適当な窓際の席に座る。さっきまで姿の見えなかったアリシアは、いつの間にやら俺の後ろにつき、無表情ながら、どこか興味深そうに視線を巡らせている。

 俺はといえば、懐かしいなぁ、と思ったのもほとんど一瞬で、次の瞬間には騒がしいなぁ、という憂鬱な気分になっていた。

 そうそう。もう10年は学校ってものに行っていないから忘れていた。休み時間とか、確かにこんな感じだった。

 まともに席に座っているのは俺くらいで、年齢がまばらで、おまけに小学生以下の年齢も混じっているためか、辺りは混沌と言っていい。奇声をあげる奴がいるわ、物を取り合って喧嘩している奴はいるわ、誰一人として大人しくしていない。20名弱いるようだが、誰一人として、だ。

 ちょっと低すぎる精神年齢に、俺は早々に現実逃避を始め、窓から空を眺める。あー今日は天気がいいなー。


『アルド、シスター来た』


 アリシアの言葉を聞き終わると、ちょうど先生役のシスターが教室に入ってくる。すると、辺りはさっきの喧噪が嘘のように静かになった。これが魔法……! とか一瞬アホな事を思った。単純に、そこのしつけはしっかりしているだけなのだろうが。まぁ、シスターは教室に入った瞬間、一際煩い子供たちを睨みつけていたので、あながち的外れな予測ではないはず。


「今日は新しい子が入って来ているので、まずは自己紹介から始めましょう」

 

 半ば予想はしていたが、この流れも憂鬱だった。

 

 自己紹介、という羞恥プレイは、別段何事も無く済んだ。前世なら転校生イベント! 的な盛り上がりを見せるが、ここでは割と頻繁に人が入ってくるためだろう。変に盛り上がりを見せる事はない。が、


「好きな食べ物は!?」

「ミートパイ」

「俺も好きー!」


 みたいなやりとりがあった時は、ほんとにどう返答して良いか困った。

えっ、いやだからどうした。それで俺にどんな反応してほしいんだ。そう思ったが、そいつは聞きたい事を聞いて、自分も好きだと宣言できて満足したらしく、以降は大人しくしていた。

 コミュ障では無いはずだが、正直上手く馴染める気がしない、という不安をこの時初めて感じた程だ。


 そんなフラグがたったのか知らないが、俺は今日も一人でいた。

 今日も、というので予想が付くだろうが、もう何回か俺はここに足を運んでいる。

 べ、別にぼっちな訳じゃないんだからね! 子供相手に話しかけられないとか、あるわけないんだから! 1人だからって寂しくはないし。孤独にだって耐えられるから! 大人だから!

 やばい。なんか泣けてきた。俺は何に言い訳してるんだろう……。


『アルド……』

『や、やめて! 本気で同情するような目で見るのだけは!』


 アリシアさんもからかったりせず、本気で心配するような目を向ける。これならからかわれた方がマシだ。

 そんな風にしながら、俺は今日も、退屈な授業を受ける。

 座学。これは正直、小学一年生レベルか、幼稚園の高等部くらいのレベルで、アリシアからこの世界の文字を習っていた俺にとっては、復習くらいの意味合いしかなかった。役に立ったな、と思ったのは、アリシアから習った文法が200年近く前のものだったために、古い言い回ししか知らなかったことだ。しかし、それも内容が解ってしまえば、大した問題でもなく、習える内容がなくなってしまった。

 数学も、数学、と言っているが内容は算数。かけ算すらない。商人でもない平民の子供にとっては、それで十分なのだろう。大学は卒業している俺には、ここもすぐに習える内容がなくなった。

 勿論、日曜学校の授業の中には、俺の興味を引く物もあった。生活魔法、という分野だ。

 生活魔法とは、ざっくり言ってしまえば、戦闘に直接的な使用をしない魔法。代表的なもので言えば、《灯火》の魔法や、《種火》の魔法だった。これは、シスター曰く、


「この《灯火》の魔法は、火の精霊様から力をお借りして、灯りをおこしすのです」


 という事だった。精霊さま、というのは神の使いであるらしい。そんなものはいない、少なくとも、火の精霊さま、というのに力を借りて魔法は行使されないと、魔術を習った俺は知っている。勿論その考えは異端だと理解しているので口にはしない。


「では、みなさんもこの魔法の練習をしてみましょう。仮に使えなくても、焦る事はありませんよ。精霊さまは気まぐれですから」


 最後の部分はシスターの優しい嘘だと思う。この魔法は初歩の初歩。どんなにしょっぱい量の魔力ても、イメージさえできていれば、簡単に形にできる。呪文のたぐいがなくても。

 ただ、それすらも異端だと、俺は知っている。


「では、私の言葉を復唱してください。《火に宿る聖なる者よ、我が魔力を糧に、我にわずかばかりの灯りを授け賜え》」


《火に宿る聖なる者よ、我が魔力を糧に、我にわずかばかりの灯りを授け賜え》


 教室中の子供たちが声を揃え、魔言──俺に馴染みのある言葉で言えば、呪文や、言霊だろうか──を唱える。俺も形ばかり声をあげていたが、漏れ出る魔力で魔法が発動しそうになり、むやみに発動させないように気を使った。

 現に、周りを見ても、誰も使用できていない。教室で浮くような真似はしたくなかった。ただ、そこまでピリピリする必要は無かったかもしれない。発動しなかったとはいえ、途中までは成功している子が何人かいたようだ。


「では、各自練習してみてください」


 そういって、半ば自習となった。子供たちが、数人の仲の良い者と集まってグループを作る。俺はそんな仲間は居ないので、自習になった瞬間にそっぽを向く。ただ、シスターに見つかると、無理矢理誰かと組まされる可能性があったので、近くにいた数人のグループの影に隠れた。


『アルド……』


 アリシアが哀れむような視線を向けてきたが無視だ。すでにグループができている仲で割って入るのは難しい。俺の子供に対するコミュニケーション能力の低さを嘗めないで貰おう。言っておくけど、あくまで「子供に対する」だから! 大人相手だったら低くないから!

 そんな風にアリシアに念話しながらさぼっていると、何人かが魔法を成功させて、光る玉を浮かせているのが見える。

 おぉ、すごいすごい。この調子なら、俺が使ってても目立たないかな。

 俺はそんな風に思って、一度だけ素早く、小さく魔法を使う。指先に灯る小さな明かり。俺はそれを見て満足すると、即座に消した。できると解っていたが、実際に確認もすんだし、適当な所で魔法を使ってもいいだろう。そう思って、また椅子に体重を預ける。

 そんな折り、耳に障る声が聞こえてきた。


「うっさいわね! 少し黙っていてよ!」


 子供特有のキンキン声。ふと声のした方を見ると、視界一面に赤が広がった。

 赤銅色の長い髪を広げ、勝ち気そうな釣り目の少女が、俺の席の近くにやってきて、どすんと腰を下ろす。よくよく見れば、髪と同じ色をしたその目は、今は少し潤んでいた。

 どうやら少女は、魔法の発動が上手くできず、イライラしているらしい。仲良しグループで挑戦している途中、1人が成功したようで、その内容を仲間に伝えていたようなのだが、彼女は1人、反発してしまったらしい。まぁ、何となく負けず嫌いそうだしな。


《火に、火に宿る、聖なるものよ。わ、我が? 我が魔力を……》


 彼女は俺に気づかず、熱心に魔言を唱えている。が、魔言に意識が行きすぎて、魔力は練れていないし、もっと大事なイメージが固まっていないようだ。魔言を唱え終わっても、うんともすんとも言わない。


「なんで……なんでよ!」


 その少女はヒステリックに叫んだ。

 顔をあげた彼女と。思わず視線が重なる。


「何よ。何見てるのよ! あんたも魔法を使えない私をバカにする気!?」


 あんたも、という点がすでに被害妄想なのだが、興奮してる彼女には何を言っても解らないだろう。


「そうだよ。そんな簡単なのもできないなんて笑っちゃうね」


 だから敢えて、俺は彼女にそう言った。

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