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第49話「迷宮探索二日目」


 寝ぼけた俺が見たのは、迷宮が魔物を生み出すその瞬間だった。

 魔力に似た光が収束すると、そこにはぬめるような鱗に覆われた人型の魔物が立っていた。


「《蜥蜴亜人リザードマン》!?」


 まだ眠っている仲間への警告を含めた叫び声には、驚愕を含まずにはいられなかった。

 槍を構えた魔物の名は、蜥蜴亜人と言った。

 水気を帯びた鱗に覆われた、人型の爬虫類。しかし、ゴブリンなどと同じで、人語は理解しないが、群れを作り縄張りを持つ。ゴブリンよりも力が強く、自ら武器を作る知恵がある。


「ジャッ!」


 そんな魔物が、虚空から突然現れた。胴を狙って素早く突き込まれた槍を、刀の柄で弾く。それでも強引に体をねじ込み、踏み込んできたリザードマンの腹部に、肘打ちをお見舞いし、二、三歩後ろに退かせる事に成功した。

 その出来た距離と時間を、俺は自分の心の整理に当てる。 


(今は、敵に集中しろ……!)


 俺は突然目の前に現れた魔物に衝撃を受けながらも、呼吸一つで意識を何とか切り替える。槍の鋭さは、身体強化を普通に使った人間に迫るモノがあった。反射的に弾くことが出来たが、今更ながら背筋に嫌な汗が伝っている。


「シュー……シャア!」


 下げられていた穂先が、弾かれたように跳ね上げられる。


「それは、さっき見た、よっ!」


 繰り出された蜥蜴亜人の突きは、先程のモーションとほとんど同じながら、首筋を狙っていた。ゴブリンのような弱い魔物と違い、こう言った細かい技の違いにプレッシャーを覚える。

 しかし、急な出来事で焦っていたさっきと違い、今はその技を、一度見た技だ、と見切れてしまう程度には余裕があった。

 身体を前方に投げ出すように踏み込みながら、抜いた刀で、槍の穂先を僅かに逸らし、刀で抑え込む。

 弾いてはだめだ。逸らし、その懐に潜り込むために。槍を逸らすのは十分に相手に踏み込ませる事で、相手に自分で距離を詰めて貰うためだ、そうすることで、こちらの距離を詰める、という労力は半分以下で済む。


「ジャ」


 蜥蜴亜人は、逸らされた槍の意図に気付いたが、すでにそこは、俺の刀の間合いだ。穂先を逸らし、槍を制していた刀は、槍の穂先から、手元までをなぞるように走り、火花を散らしながら、蜥蜴亜人の首に吸い込まれる。


 ひゅう、と切られた首が鳴り、四肢に力がなくなった蜥蜴亜人が崩れ落ちる。俺は、倒れた蜥蜴亜人が完全に息の根が止まった事を確認したところで、ようやく緊張の糸を解き、刀を鞘に納めた。


「アルド!?」


 目が覚めた様子のクリス、フィオナが近づいてくる。オリヴィアは荷物の近くで辺りを警戒していた。


「ご、ごめんなさい……私が、居眠りしていたせいで」


 フィオナがそう謝って来るが、俺はかぶりを振ってそれを遮った。


「いや、それを言ったら俺もうとうとしてたし。それに、あんな出方したらしょうがない」

「あんな出方?」

「ああ。魔物が発生した」


 俺の言葉に、クリスが首を傾げる。俺だって、「発生」なんて言葉は使いたくない。魔物は、生き物だ。雌雄があり、繁殖する事でその数を増やす。それは、人間と変わらない。変わらない、と思っていた。


「すぐそこの虚空から、魔物が魔法みたいに現れたんだ」

「そんな事ってあるの?」

「あった、としか言いようがないよ……俺も、信じられない気分だ」


 そんな事ある? あった、を何度か問答しているうちに、蜥蜴亜人は迷宮に吸収されるように消えていく。それを見ていると、何か見落としているような気がした。


「ああー勿体ない。はぎ取る前に消えちゃった……。迷宮に消えた魔物って、また出て来るのかな?」


 クリスがそんな事を言った。


「それだ!」

「きゃ!?」


 隣にいたフィオナが、俺の大声にびっくりして耳を伏せた。


「な、何、突然。どうかしたの?」

「ご、ごめん。ちょっと思いついた事があるから、少しまとめさせて」


 クリスも突然の事に驚いているが、俺は今思いついた事を忘れないようにするのに精一杯だ。慌てて荷物から羊皮紙やペンを引っ張りだし、魔力演算領域でモニターを展開、稼動してないランタン(簡易魔導炉)に仕込みを入れるためにナイフと一緒に手元に置く。


「ち、ちょっと! そろそろ見張り交代でしょ!? アルドはどうするのよ!」

「俺は要らない! あ、フィオナは交代してあげて。クリスとオリヴィアは、相談して俺の代わりに休んでて良いよ」

「代わりって、それじゃ意味ないでしょ!? あ、もう聞いてない……」

「……ああなっては、もう何を言っても聞かないでしょうね」

「どうする? 殴って休ませようか」

「それって休めてるっていえるんでしょうか……」


 後ろでクリス、オリヴィアが不穏な会話をしていたが、作業に没頭し始めた俺は幸いにも聞くことはなかった。フィオナはオリヴィアから毛布を渡され、それにくるまって静かになった。


◆◇◆◇◆◇


「できた!」


 数時間程作業して、何度か簡易魔導炉の動作確認した後、作業が完了した事を確認出来、俺は嬉しさのあまり叫んだ。


「……アルドさん、クリスさんとフィオナさんがまだ寝てるので静かにしてください」

「ご、ごめんなさい……」


 思わず諸手で叫んでしまったが、オリヴィアに注意され謝る。


「作業は終わったんですか?」

「ああ、終わったよ。あ、聞いてよオリヴィア、これで荷物運びが楽に……」

「作業は終わったんですね?」


 俺は作業の成果を聞いて欲しくて、オリヴィアに話しかけたが、オリヴィアはばっさりと切り捨てられた。

 そこで、初めてオリヴィアの表情が目に入った。オリヴィアは微笑んでいる。一ミリも狂いもなく完璧な微笑み。しかし、何故か、慈母のような優しさよりも、強敵を前にしたようなプレッシャーを覚えた。


「作業は終わったんですね?」


 徹夜明けなせいか、大事な事だから二回いったんですか? とかふざけた合いの手が思い浮かんだが、そんな事を言える雰囲気ではなかった。


「はい、終わりました」

「よろしい。では、アルドさんはこのまま休んでください」

「え、でもオリヴィアのきゅうけ」

「アルドさんはこのまま休んでください」

「でも」

「アルドさんはこのまま休んでください」

「……はい」


 壊れたレコーダーのように繰り返され、俺は大人しく従う。毛布を渡され、寝る準備をすると、急に眠気が襲ってきた。


「止めなかった私たちも悪いですけど、アルドさんはリーダーなんですから、無理しないでくださいね」

「……ほんと、ごめん」


 言われるまで、すっかり忘れていたがオリヴィアの言うとおりだ。それくらい興奮するような出来事だったんだ、じゃ駄目だ。

 リーダーなんだから、しっかりしないと示しが付かないし、リーダーが倒れたら、チームが危うくなるなんて、少し考えれば解る事なのに。俺が間違ってた。そう思うのと同時に、ちゃんとそれを言ってくれるオリヴィアに感謝した。 


「後でクリスとフィオナにもお礼を言ってあげてください」

「解った。少し、休ませて貰うね」

「はい、お休みなさい」


 そこまで言葉を交わした辺りで眠気が限界になり、瞼が落ちていった。


◆◇◆◇◆◇


「う……」


 頭が少し重たく感じる。が、何時間か仮眠を取ったおかげで大分すっきりする事が出来た。


「おはよ、アルド」「おは、よう」「おはようございます、アルドさん」


 すでに起きてた三人に次々と挨拶され、俺は眠い瞼を擦りながら、「みんな、おはよう」と返す。


「えっと、みんなちゃんと休めた?」

「おかげでね。多くは休めたわよ」

「あー……クリス、フィオナ、ごめん! 勝手な事して」


 俺は両手を合わせる。クリスは呆れたような顔をしており、フィオナは困ったような顔を浮かべてそわそわしている。


「はぁ、もう良いわよ。でも、リーダーなんだからしっかりしてよね? 倒れた、って理由があれのせいだったら容赦しないから」


 おっしゃる通りです。正論すぎて反論できず、俺はせめて、今日は疲れたなんて絶対口にしないと決めた。


「え、っと。きっと大事な事だった、と思うのでアルドさんが倒れ、たりしなければ良いです」


 フィオナがフォローしてくれるが、優先順位を考えたらそう大事でも無いかもしれない、と思い始めている俺がいるので、肝が冷える思いです。


「あ、そうよ。あれだけ集中して作業してるくらいだから、よっぽど大事な事だったんでしょ? 何してたの?」

「えっと……口では説明しづらいから、実演してみようか」


 クリスにそう言って、昨日作業を終えた簡易魔導炉を取り出す。


「それ、ランタンに使ってる奴でしょ?」

「そう。ちょっと新しい機能を付けてね」


 三人が興味津々といった様子で簡易魔導炉を覗き込んでいる。俺は少し緊張しながら、簡易魔導炉を起動させ、魔力を生産させ、待機させる。


「少し離れて貰っていい?」


 俺の言葉に三人が従ったのを確認して、魔力を帯びる魔導炉を、今まで使ってた毛布に向ける。


「《分解デコンポジション》」


 待機していた魔術を発動させると、魔導炉から幾何学模様が生まれ、毛布に向かって光が伸びる。光に包まれた毛布は、ゆっくりと粒子となって消滅した。


「《情報記憶メモリー》」


 俺は粒子となった光を魔導炉を使って集める。円形にまとまった幾何学模様の中止に光は全て吸い込まれた。


「き、きえちゃった!? 迷宮に吸い込まれた!?」

「い、今のは何ですか? 光がランタンに吸い込まれていったようですけど!」


 三人は軽いパニック状態だった。毛布が迷宮に吸収されるように消えたので、クリスは驚いているし、オリヴィアは落ち着いているようでその実動揺しているらしく、俺に詰め寄って来ていて、フィオナは言葉も発せずに尻尾と耳を天を突かんばかりに突き立てていた。


「ちゃんと説明するから。それに、今の毛布は消えてないし、迷宮に吸収されてもないよ」


 そういって、再度毛布があった位置に向かって、魔導炉を構える。


「《物質化マテリアライズ》」


 俺の言葉をキーにして、新たな魔術が構築される。毛布があった位置に魔力によって幾何学模様が生まれ、淡い光を帯び始める。

 そして、魔物が発生した時のように、毛布が虚空から発生し、ぱさっと音を立てて地面に落ちた。


「で、出てきた!」


 さっきからクリスが面白いくらいにびっくりしており、もう何度目か、という程驚いていた。


「こういう事、消えてなかったでしょ」

「消えてなかったって……ちゃんと説明してください!」


 オリヴィアに詰められながら、俺はちゃんと説明するから、と昨日造った魔術の説明を始めた。

《分解》《情報記憶》《物質化》これはそれぞれ文字通りの効果を発揮する魔術だ。迷宮の吸収、発生の課程を元に再現した魔術で、ざっくり説明すると《分解》で対象を魔力でできた情報に変換、《情報記憶》でその魔力情報を簡易魔導炉内の魔石に保持、記録する。そして、記録した情報を《物質化》で外に吐き出す。


「よく、解らない、です」


 話終わった三人の反応はそれぞれだったが、フィオナが代表してそう言った。


「えっと、もっと簡単に言うと、この魔術は、大きな荷物を簡易魔導炉に入れておける魔術ってこと」

「すごい魔術ね!」


 あんまり解ってなさそうだが、すごい事だ、あるいは便利だ、という事は解ったらしいクリスが目をキラキラさせていた。


「そ、そんな馬鹿な事……」


 オリヴィアは内容は理解できたが、理解できたが故に思うところが色々とあるらしい。額に手をあて、何事かを呟いていた。


「少し、時間貰ってもいい? 皆の魔導炉にも同じモノを仕込んじゃいたいから。荷物減ったら、早く移動できるしね」

「お願いする!」

「……楽なのは、良いことですものね」

「お願い、します」


 三人から渡された簡易魔導炉を受け取り、同じ機能を付け、入ってる内容物が解るように魔力でモニターが出るようにも造る。

 数時間ほど作業して、それぞれに簡易魔導炉を渡して使い方を説明した。


「ねぇ、入れたバックパックの名前がアイテム1ってなってるのはどうして?」

「入れたモノがなんなのか、っていうのは魔術では判断できないから。モノを別々にして記憶したら、アイテム1、2って増えるよそのアイテムって名前はモニターをタッチして直接記入すると変えられる」


 そんな感じで使用方を説明したら、武器と簡易魔導炉以外のモノを全て格納した状態になる。

 随分時間を食ってしまったが、俺たちはそこから、二日目の迷宮探索を始める事にした。


「迷宮探索っていうより、野外で訓練に行くみたいな軽装です……」


 オリヴィアが迷宮の地図を作成しながら呟いた言葉に、俺も頷く。今は先頭にクリス、後衛に俺、中衛にフィオナ、同じく中衛をしながらオリヴィアが地図を作りつつ4層を進んでいた。


「これで探索のペースあがりそうね」

「がんばり、ます」


 武器だけ持ったクリスとフィオナも荷物が無くなった事で楽になったらしく、昨日に比べてかなりのハイペースで4層を回りきり、5層も蜥蜴亜人などが出たが、荷物を気にする事のなくなったクリスが一刀の元に三体同時に切り裂いたりして奥へと進んでいった。


 こうして、二日目の探索はペースを大幅にあげる事ができ、順調に終える事ができた。最終日も、このペースで、残り8、9、10層を見て終わり、そう思っていたが、そうは順調には進まないのが世の常のようだった。


 オリエンテーション最終日。探索を始めようとした俺たちは、ぼろぼろの姿の一人の生徒を見つけた。

お読みいただきありがとうございます


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