第47話「迷宮探索1日目(2)」
最初の戦闘以降は、特に大きな戦闘もなく1層目を隈無く探索し終わる。
たまたま、地図を埋める最後の方に2層へと続く道を見つけたのだが、俺はそれを見て思わず呟いた。
「か、階段……?」
自然洞窟の中に。いや、迷宮の中と考えると自然洞窟風の、という事になるので、これが当たり前なんだろうか。
その階段は、普通に考えたら人工物であるが、洞窟の中に作られた、というよりは、洞窟がそのような形になったように見える。洞窟のごつごつとした岩壁から、突然つるりとした階段が出来ているのだ。つなぎ目や、もともとあった洞窟内部の上に階段が作られたような形状には思えない。
「どうかしたんですか? アルドさん」
オリヴィアが呆然としていた俺に向かって首を傾げる。
どうもこうもありませんよ。だって階段ですよ、人工物ですよ。迷宮にあったらおかしいじゃないですか。
「いや、迷宮に階段ってあるんだなって」
「……変、ですか?」
フィオナがおずおず、といった様子で俺に答える。それに対してクリスが呆れたようにいった。
「変じゃない?、流石に誰かが造らないと出来ないと思うわよ……」
物作りを仕事にする父を持つクリスは、流石に疑問を覚えたらしい。
オリヴィアはクリスに言われ、ああ言われて見れば、という顔をしているし、フィオナに至っては、さっぱり解らない、という様子だ。
疑問に思わないのも無理はないかもしれない。これが世界の当たり前で、そうあるのが当然だとくれば、そこに疑問を挟むのは難しい。
そして、そこに気付くと新しい疑問が生まれるのだ。階段は人工的なもの。自然に存在するには不自然──だとすれば、いったい誰が、何のために用意するのか。
「って、考えていてもしょうがないか……ごめん。みんな忘れて。探索に戻ろう」
話を降って置いてなんだが、俺はそう言って会話を切り上げ、階段を降りる。
あまりそれにこだわり過ぎても、答えがでる訳ではないし、そんな事に気を取られて危険な目に遭うのはごめんだ。
第一層を周り切り、二層に入った所で、適当な場所を見つけ休憩を取る。
「休憩しなくても、もう少し大丈夫そうだけど?」
クリスがメンバーを見回しながらそう言う。
確かに、全員息があがったり、疲れた様子はないが、疲れてから休む、というのは危険だと思う。
実際に疲れて来たとき、休みやすい場所があるか解らないし、いざ休もう、という時に戦闘になれば危険だろう。
そう全員に説明すると、納得した様子で休憩をする。見張りを立てながら交代で休む事にした。
「と、休憩と見張りしながら聞いて欲しいんだけど、ちょっとこのペースだと最終日、10層まで回れそうにないな」
最初に見張りを言い出したクリスの言葉に甘え、先に休憩に入った俺はそう切り出した。
「そうですね、探索のペースアップをしますか?」
「あの……危険じゃないですか?」
オリヴィアと、フィオナの疑問はもっともで、俺は一つ頷いてからそれぞれに答える。
「ペースはあげたいんだけど、疲労したりして危険度があがるっていうのはあるから、少しやり方を変えようかと思うんだ。
今って、レポートを書きながらここまで来てるでしょ? それだとすごく時間がかかるから、書く時間とかを決めてそこ以外では書かないようにして、移動時間を延ばそうかなって」
「確かに、今非効率ですもんね……」
先に気づけよ、って話ではあるが、戦闘があった度にその敵の情報をまとめて……なんてやってると、いつまで経っても先に進めない。
今日はまだ一回しか戦闘が無いが、地図を書くのにも時間がかかっており、一々全員が角を曲がる度に立ち止まって居ては時間がかかりすぎる。それでも一層はそうやってきたのは、どれだけ時間がかかるか、というのを体感として知りたかったからだ。
「なので、ここからは記録係一人をつくって、交代で記録、探索ってやっていこうと思う。で、一日の終わりに記録係のをみんなで写しあって、それぞれレポートをつくろうと考えてる」
「……良いと思います」
オリヴィアが少し考えた後に同調し、フィオナはこくりと頷く。フィオナはまだ俺に慣れてないせいか、積極的には意見を出してこないので、若干心配だ。
「……」
「あぅ……」
「アルドさん、あんまり睨むのはどうかと……」
「いや、ちがっ!? ……俺の意見が正しい訳じゃないから、意見があるなら言っていいよ、って思っただけなんだ」
本当に平気? という気持ちで視線を送ると、フィオナは涙目になって
俯いてしまい、慌ててフォローする。
「問題無いならいいかな。じゃ、休憩が終わったらそんな感じで……」
「あ! まって! 私、記録自信ない……」
少し離れた所で見張りをしているクリスから、そんな声が聞こえてきた。
「そのための交代制だよ。こういうのはなるべく出来た方がいいだろうし」
「う~わかったわよ」
しぶしぶだが、出来た方がいい、というのは解っているのだろう、ここまで来るまでにも一生懸命書いていたし。……ただ、ちらりと覗き見してた時は、結構間違えていたようなので、後で見せてやった方が良いかもしれない。
クリスと休憩を交代して、全員がある程度休憩できた所で再度出発する。初日は、昼過ぎに始まった事もありあまり探索にとれそうな時間はないが、出来れば3層までは行きたいと決めていた。二日目で8層まで、三日目で10層を周り、残りの時間を帰還に当てる予定。
最初は俺が記録を、という事でランタンを持ちつつ地図作成も行っている。方法は、羊皮紙とペンを魔力で浮かせ《探査》魔術で手に入れた情報をリアルタイムで記入している。
魔力演算領域にも地図情報や魔物の情報は保存しているが、後でレポートに書き直すのが面倒になってきたので、魔術を使ってコピー中だ。魔術の名前を付けるなら、《報告書》だろうか。まんまだが。
これに使用している魔力はランタンに使用している魔力を引っ張ってきているため、俺自信の魔力も使用しない。ただ、その制御に多少労力が必要なため、その練習もかねている。
そのため、今俺は道を注意深く観察しながら、《探査》《報告書》を使っている状態だった。
「……す、すごい、です」
機械のように正確に線を引き、あっと言う間に羊皮紙に文字や図が記入される様子に、フィオナが驚く声が背後から聞こえてくる。
「あれ、ずるいわよね」
「だから覚えた方が良いって、アルドさんも言っていたじゃないですか」
フィオナの発言に、クリスが不機嫌そうな声をあげ、オリヴィアがそれに答える。ちなみにこの記入方法自体は簡単なので、二人には教えている。
以前、ノートを取るのが面倒、という事で二人に教えておいたのだが、覚えられたのはオリヴィアだけだ。
オリヴィアは《探査》が練習中のため、自分で判断して記入しなければいけないが、羊皮紙とペンを浮かせて地図を作りながら進む、というの自体は簡単にできるだろう。
「だってあれ、面倒くさいし……」
クリスも羊皮紙、ペンを浮かせる、というのは当然できるのだが、それを使って細かい文字を書いたりする集中力が続かないらしい。勉強があまり好きじゃないせいで、文字を書くのが億劫なのに、さらに魔法や魔術を使ってまで文字を書くような細かい作業をしたくはないらしい。
「頭で考えた事をそのまま記入するような術式を用意すれば、結構簡単だよ?」
「それが、結構難しいんですよね……」
俺の発言には、オリヴィアが苦笑しているようだった。どうやらオリヴィアは、一文字書くのに、魔力でペンを保持して自分で書くように文字を書いているらしい。そのため、手癖のようなものが文字や線に出たり、同じ文字でも、微妙に線が違う。
俺は言ってみればコピー機だろうか。すでに文字なんかの動作はすでに術式の方に記録済みで、後は思考や魔術に直結させれば、情報を線に起こすのに一々魔力を操ったりはしていないし、同じ文字を出力しているので常に同じ線の文字だ。
「??」
「フィオナには、後で教えてあげるよ」
フィオナは話についていけず困ったようにしていたので、俺はそうフォローする。
そんな話をしながら二層を全て回りきり、三層に続く階段を見つける。
第二層では、大型のコウモリに遭遇したが、多少慣れてきたフィオナが一人で撃退できた程度で、戦闘らしい戦闘はしていない。
第三層に入ってまた休憩を挟み、ここからの記録をオリヴィアに任せ、探索を再開する。
1層、2層の広さから予想するに、三分の一程度まで行ったところで、広い空間を見つける。広場のような空間で、水が湧いているらしく、小さな泉がある。そこには、先客がいた。
「ここ、人多いな」
「というより、みんないるような気がしますね」
オリヴィアの言うとおり、周りにいるのは今日迷宮に入ったほとんどのメンバーのように思える。パーティ毎に固まっているようで、荷物などで区画分けされているようだった。
「やぁ、君たちもここまで来たんだ。 時間がかかっていたみたいだから、今日は2層までの探索にするのかと思ったよ」
そう俺たちに話しかけて来たのはウィリアムだ。
「地図とか作りながら来たら、結構時間かかってね。……ウィリアムたちは?」
「僕たちは、まずは数パーティでここの到着を目指してね。ここを拠点に2~5層までの探索を行う予定なんだ」
なるほど。と俺は思う。俺たちは移動の関係上、拠点を決めずに探索の日程を決めていたが、確かにウィリアムが言ったような探索方法ならかなり安全に探索を進められそうだ。
荷物が少なそうなものたちも、ここを拠点に水などを得て探索をするつもりだったのだろう。
「あー君たちは、ここを拠点にするのかい? さっきパーティ毎で話し合って、自分たちの荷物をおく場所なんかを割り振ったんだが……」
「ああ、それは良いよ。俺たちはもう少し進もうと思っているんだ。水だけ補給させて貰えるか?」
ウィリアムにそう断って、水を補給する。
「ここって、冒険者たちが《拠点スポット》って呼んでる場所だっけ」
「ああ。そうらしいね。ここを拠点にして数パーティ合同で休憩なんかをしながら探索するのが、定石らしいよ」
水筒に水を汲みながら、ウィリアムに聞くと、そんな風に答えが返ってくる。
「へぇー。でも、結構便利そう。やっぱり休憩とか、見張りとかパーティ単位で交代できるのは良いわね」
クリスの言った言葉は、俺も同意だった。交代しながらとは言え、4人パーティだとそれなりに負担はある。それがパーティ単位で分担できるとなればかなり楽だろう。それに、この拠点にモンスターが来ても、人数がいるため即座に全滅、とはなり難いだろう。
「そうだよ。……君たちもここを拠点にすれば良いのに。場所は今はないけど……ここを拠点にするなら、僕が口を利くよ?」
「それは助かる。けど、良いよ。俺たち、10層目指してるからな。今日は4層の階段見つけて、明日からまた下に潜りたいんだ」
「君たちも、10層目指しているのか……!」
「君たち、も?」
ウィリアムの言葉に、俺は疑問を覚える。ここにはかなりの数がいるようだが──
「うん。どうやら、グラントの3人パーティと、アレスの3人パーティが奥に進んでるらしいんだ。2つのパーティは10層目指す、って言っていたらしいね」
「グラントは言いそう、って感じだけど、アレス?」
「オリエンテーションが始まる前に、訓練内容についてライナスさんに文句を言っていた方では?」
オリヴィアの指摘に、俺はぽん、と手を叩く。すっかり忘れていた──というより、探索に緊張しすぎていて、気にするだけの余裕がなかったのかも知れない。
「ああ、あの貴族っぽい人」
「貴族っぽいって……歴とした男爵家の三男だよ。彼は」
「へぇ……」
「興味なさそうだねぇ……」
ウィリアムが何を期待していたか知らないが、貴族っていう制度に馴染みがないので、これ以上興味を示せと言われる方が難しい。
「じゃ、その2パーティを含めて、俺たちくらいか? 10層付近目指しているの」
「聞いた所、8層くらいだろうね。僕たちのパーティがそうだ」
「お。なるほどね。ちょっと堅実すぎなんじゃないの~?」
「命が惜しいからね」
俺がからかうように言うと、本音半分、冗談半分にウィリアムがそう言った。
「俺たちもそうだな。命大事に、って感じで進むよ」
「ああ、気をつけてくれ。まぁ、君たちなら大丈夫そうな気はするけどね」
そういってウィリアムと別れ、拠点スポットを後にし、4層の階段を見つけた所で、俺たちは今日の探索を終了した。
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