第46話「迷宮オリエンテーション 1日目」
狭い迷宮の通路。
天然洞窟を思わせるそこは、うねるように奥へと続いており、ランタンの光が届かない深い闇の向こうからは、ぎゃ、ぎゃぎゃ! と魔物の鳴き声が反響していた。
俺たちは荷物を足下に下ろし、それぞれ武器を取り出す。
《探査》の魔術を使用するが、地形が入り組んでいるせいで魔力の波が
乱反射し、場所が特定できずにいた。拾った音などから敵の数と大ざっぱな距離だけ計測する。
マップはこの情報で一通り作れるが、敵の位置が解りづらいのは中々つらい状況だった。
「数は3。ここにくるまでまだ時間はかかりそう。だけど狭い通路だし、ここは……」
「私がやるわ」
緊張しているメンバーに、小声で自分が行くことを告げようとしたが、クリスがやる気を見せたため、少し考える。
「……わかった。ここで待ち伏せしよう。先手はクリス。援護は魔法で、
オリヴィアがしてくれ。俺とフィオナは一度様子見。狭い所だから、何かあったら加勢する形にする。……クリス。たぶんゴブリンとはいえ、油断しないで」
「うん。わかった」
クリスが力強く頷き、残る二人も緊張した様子ながら了承する。
クリス、オリヴィアは今までゴブリン程度だったら何体も倒して来ているし、後は迷宮に慣れれば問題ないだろう。フィオナも、動き自体は訓練の時に見ているし、それを発揮すれば何の問題もないはずだ。
「……来る」
「……よし、じゃあみんな、さっき言ったとおりに」
魔物の声が近づくにつれ、俺たちはクリスと俺。オリヴィアとフィオナの二手に分かれる。
そして全員が適当な岩の窪みの陰に隠れ、暗闇に紛れて息を潜めた。
ランタンはこれ以上目立たせ、他の魔物を引き寄せたりしないように、光量は少し抑え、通路中央に設置した。荷物も付近に置いておく。
ランタンはそれでも充分辺りを照らしていたが、その状態で魔物を待つ事にする。
通路にぽつりと置かれたランタンの明かりに引き寄せられるように、ゴブリン達が近づいてきた。
「ギャ、ギャギャ!?」
「ギギ、ギギギャ!」
耳障りな声が聞こえ、クリスが飛び出そうとするのを手で制す。
不満そうなクリスに、手振りで、敵が全員揃ってから、一網打尽にするように伝える。ゴブリンとは言え、視界が悪い中では怪我をするかもしれない、そう判断してのことだった。
「ギ、ギギ?」
しかし、ゴブリン達はランタンになかなか近づこうとはせず、暗闇から出てこようとしない。入り組んだ通路の中から時折動く影を見かけるが、警戒しているのか、明かりの元にはその姿を現そうとしない。
(ゴブリンって、こんなに警戒心が強かったか?)
俺はゴブリンに聞かれないよう、小さく呟く。俺の知っているゴブリンは、警戒心が低く、餌があったら罠が目の前にあっても飛びつくような奴だ。
(確かに、変なゴブリンね?)
クリスも警戒心をあげ、そのゴブリン達の気配を探っている。さっきから声は聞こえるが、洞窟内で反響して、正確な位置が把握しづらい。思ったより、やっかいかもしれない。
(クリス、俺が囮になって、ゴブリンを誘き出すからそこを狙ってくれ)
このままでは埒があかないため、作戦を変更し、動くことに決める。しかし、いざ動く前に物音が聞こえ、ゴブリン達が慌ただしく騒ぎ出した。
「ギャギャギャ!」
「ギギギ!」
錆びた剣を持ち、皮鎧のような物を装備した二匹のゴブリンが、物音が立った場所──オリヴィア、フィオナが隠れていた岩陰に向かって走り出した。
「ク──」
俺は隠れていた場所から飛び出しながら、クリス、と声をかけようとし、口を閉じる。俺が声をかけるより早く、クリスは飛び出しており、俺は声をあげようとした分、クリスに一歩遅れていた。
「ギャ……!?」
「ふっ!」
背後から迫るクリスに気づいた一匹が声を上げたが、刀の一振りで斬り伏せられる。残る一匹もクリスに気付くが、クリスはすでに刀を振り上げている。
「やぁっ!」
気合いと共に振り下ろされた刀が、ゴブリンを頭頂部から下腹部までを斬り裂く。ゴブリンは刀に対して、錆びた剣を盾のように構えていたが、それにもお構いなく、だ。
「ギギャ!?」
少し離れた所では、頭に兜を被ったゴブリンが、魔力で作られた剣によって斬られ、倒れていた。どうやら、オリヴィアが魔術で離れた位置にいたゴブリンを片づけたらしい。
「楽勝だったね」
クリスは刀に付いた血を振り落とし、鞘へと納めながらそう言った。わざとそう言ったのは明らかだ。一人、肩を落としているメンバーがいたために楽勝だなんて言ったのだろう。
「す、すみません……」
岩陰から出てきたフィオナが、俯きがちに謝罪を口にする。どうやら、さっきの物音は彼女が立てたものらしい。
「結果を見れば、何も問題なかったですし、そこまで気にすることでは……」
オリヴィアも、俺の方を気にしながらそう口にした。
リーダーとしては、どういう行動が正しいのだろうか。フィオナの事を怒るべきか、否か。
「フィオナ」
「っ!」
俺の言葉に、俯いたままびくっと肩を震わせるフィオナ。
「……あんまり気にしないように。ここでの目的の一つは、迷宮に慣れること。ミスは想定の範囲内だし、さっきのはミスって言えるほどでもないから。フィオナが音を立てなかったら、俺が前に出てゴブリンの気を引いてた」
反省というより、何か怯えているくらいのフィオナに俺はそう言った。 反省しているなら言うことはない……っていうのは状況によるだろうし、彼女には確かに言わなくても良い気がするが……こんな状態で何を言っても、たぶん彼女に伝わらないだろう。まずは、彼女が平常心を取り戻してもらう事に集中しないと。
「……はい」
ほとんど消え入るようなフィオナの返事に、俺は不安を覚える。
彼女がここまで、何に怯えているのか……慣れさせ、自信を付けさせれば問題ないと考えていたが、もっと荒療治のようなものが必要なのだろうか?
うわ。こういうのは俺の分野ではない気がする……俺は頭を掻きながら、フィオナから離れる。いったん、この話は終わりだ。
「……倒したゴブリンはどうしようか。放っておくと、血の臭いで他の魔物を呼ぶかも」
俺は問題を棚上げして、倒したゴブリンの処分についての意見を聞く。
「魔石くらいは回収しておく? 死体は埋めるにしても、地面は掘れないと思う」
クリスがそんな意見をくれ、俺も頷く。
「あ、魔石以外に血は少し欲しいかな。ランタンの燃料に使えるし」
魔石はランクが高いと宝石のように扱われるために値段があがるが、ランクの低いゴブリンのようなものだと、屑魔石などと呼ばれ、買い取り価格が低い。それでもなぜ、買い取りがされているかというと、魔石は燃やす事ができるため、固形燃料のように売られている。冒険者は自分でその場で確保できるため需要がないが、一般人が冬に暖を取るために、ギルドで安く売られたりする。
俺はまだ切り口から流れるゴブリンの血を、荷物から取り出した小瓶に詰める。クリスとオリヴィアは、フィオナに声をかけ、手分けしてゴブリンの魔石を回収していた。
魔力を流し込むと、小瓶の蓋に描かれた術式が発動し、小瓶が淡く光る。
数秒たつと、ゴブリンの血は赤い色から、透明に近づいていた。その状態で一度蓋をとり、この精製のために出たゴミとなる部分を蓋からこそぎ落として捨ててしまう。
「よし。血は良いかな」
魔導炉に流す血は、そのまま血を入れても魔力を作ってくれるが、こうして血中の余分な成分を捨てた方が、魔力を多く捻出でき、かつこの精製後の血液は、瓶などに詰めて保存しておけば長持ちする。血をそのまま保存しておくと、臭いがきつい上に、すぐに腐るため、こうした加工をしている。
これが解ったのは、ガラベラさん達が学園の寮に定期的に魔物の血を瓶づめして送ってくれるため、気付くことができた。運送には時間がかかるため、送られた魔物の血が腐っている事もあり、かなりの悪臭を寮内に振りまいたのだ。
……そんな事があったおかげでこの精製方を思いつき、この血液──《魔力液》を作る事に成功した。エーテルの質は魔物のランクに依存するようで、魔石、血液ともにランクが高い方が望ましい、という事までは研究できている。
と、俺は魔力液の出来を確かめ、必要な作業を終わらせると魔石を回収し終わった皆に向き直った。
「さて死体の方は……」
「迷宮内の魔物の死体は、消えるそうなので、このままでも良いのでは?」
『えっ!?』
オリヴィアの発言に、俺とクリスの声が重なる。フィオナはまだ立ち直り切っていないせいか乗り遅れたが、驚いている様子だった。
「迷宮に潜る冒険者の方に聞いたんですが、迷宮内で魔物や人が死ぬと、忽然と消えてしまうそうで……冒険者の間では《迷宮に喰われた》なんて言われるそうです」
「迷宮に、た、食べられ……あぅぅ」
オリヴィアがちょっと脅かすように言うと、フィオナが泣きそうになるくらいに顔を歪めた。やめてください。まだ立ち直ってないとこに追い打ちとか。
「へぇ、少し実験してみようか」
でもフィオナごめんね! 好奇心には勝てそうに無いです。これはあれだから、レポートに記載するためだから!
もう目に涙を一杯ためてるフィオナには悪いが、何故消えるかなどは気になる。実際目にした程度では大した情報は得られないかもしれないが、一度確認しておきたい。
「大丈夫だよ。たぶん」
「先に進みたい……」
「さっきのゴブリンもレポートに記載しないと。それに、消える事に関して何かレポートできるかもしれないし」
クリスが嫌そうにするが、建前を使って押し切る。だがこの建前もこの迷宮に入ってきた目的ではあるし。
「あっ」
だがクリスは、そもそもレポートの事を忘れていたらしい。慌てて羊皮紙を取り出し、平らな地面を見つけてそこでメモを付け始める。
オリヴィアは特に言うことはないのか、自分の荷物から羊皮紙を取り出し、荷物を机代わりにレポートを作り始めた。
俺はというと、荷物を回収してゴブリンから離れて《解析》魔術を使い待機。突然の状況変化についていけていないフィオナは最初はおろおろとしていたが、やがて諦めたようにレポートの作成を始めた。
待つこと、数分。
「魔物が……」
目の前の現象に、思わず呟くと、全員がゴブリンの死体を見つめた。
死体が淡い光を帯び始めると、死体は崩れるように消えていき、光の粒となってしまう。後には、装備していた剣や皮鎧、兜が残った。
「ほんとに消えた……」
半信半疑だった俺も、クリスの驚きには同意だった。情報を仕入れてきたオリヴィアでさえ、驚いている様子だ。フィオナは迷宮に食べられる、なんて事に怖がっていたが、それよりも驚きが上回ったのか、ぽかんとしている。
「うーん。レポートになんて書こう……」
羊皮紙には記入していないが、魔力演算領域内にメモを取りつつ頭を悩ませる。
「……光に、なって、魔物は、消え、ると」
クリスはさっきの驚きを読み手に伝えるためか、そんな事をレポートに記入していた。
「そろそろ纏め終わった? ……じゃ、探索を続けようか」
「いつでもいけるわ!」
「大丈夫です」
「……(こくり)」
全員が荷物を持ち、移動可能となったところで俺たちは探索を再開することにした。
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