第45話「迷宮探索 1日目」
オリエンテーション当日。
「揃っているようだな」
いつもの格好のまま、ライナスさんはそう言った。
迷宮前には各々の装備を整えた生徒が集まっていた。明らかに多すぎて、動きが鈍くなるほどの荷物を背負っている者、本当に二泊三日できるのか? というような、普段の授業とそう変わらないような軽装備と荷物の人間もいる。
俺たちのパーティはその中で、荷物は多い部類だろう。
市販の背嚢に良いものが無かったので、探索二日前まで徹夜して裁縫して仕立てたバックパックに、パーティ内で相談して決めた荷物を入れている。それに加えて武器や防具などを装備した状態の、そこそこ重装備だ。
バックパックは足下において、周りを見渡す。
すでに日は高く、迷宮の入り口付近、無骨な建物の周りには、冒険者の姿はほとんどない。
彼らは朝早くに潜り、そのまま迷宮ないで何泊かするか、日が暮れる頃には探索を切り上げる。これは、この世界の生活サイクルが日の出と共に起き出し、日の沈む時間以降は就寝する、というサイクルであるため依頼をこなすにも、迷宮に潜るにも、朝早い内から動き出し、夕方には完遂するようなサイクルが自然とできあがっているためだ。
迷宮に関わる依頼の場合は、数日またぐ場合や昼夜が逆転するような事もあるようだが、冒険者はともかくとして依頼する側がそのサイクルから漏れることがないので、それにあわせるように、自然と冒険者達の活動サイクルもそれに沿っていっているらしい。
とはいえ、例外はあるもので、数人の遅出の冒険者が遠巻きにこちらを見ては、迷宮内に潜っていく。
「では最後にもう一度だけ、この迷宮に入るか否か、その意志を問おう。迷宮に一度入れば、このオリエンテーションが終わるまでは出ることは許されん。怖じ気付いたものは、ここで荷物を下ろし、学園に戻るといい」
ゆっくりと、噛んで含めるように、この場にいた生徒たちに、ライナスさんが問いかける。その言葉に、誰も動こうとはしなかった。
最初から、何を言っているんだこいつは? と問いの意味を理解していなさそうな者、恐怖と探索を天秤にかけ、それでも探索を取る者。様々だ。
うちのメンバーを見ると、クリスはワクワクしている様子で、オリヴィアは緊張しながらもやる気を上げているようだ。新参のフィオナは……
「うぉ!?」
ちょっと引くぐらいの状態だった。真っ青を通り越して、真っ白に見える顔色。おまけに全身がブルブル震えている。耳はぺたんと頭に伏せられ、尻尾は足の間に挟まるくらいに垂れ下がっていた。
「……大丈、夫?」
声をかけておいてなんだが、とても大丈夫ではなさそうだった。が、なんと声をかけていいかも解らないため、無難(?)に声をかけると、健気にもか細い返答が聞こえてくる。
「………………へい、きです」
あ、これだめだ。
ぎぎぎ、と音がなりそうな様子でこちらを向いたフィオナは、ガチガチに緊張していた。こちらを心配させまいとして、笑顔でも作ろうとしたのか、口元が僅かに歪んでいるが、その表情は歪と言うほかない。
「では、迷宮に入った所でオリエンテーション開始となる。皆、武運を祈る」
これは何とかしないと……と思った所で、ライナスさんの言葉を皮切りに、ぞろぞろと人が移動を始める。
意気揚々と駆け込んでいったパーティ──このオリエンテーョンのきっかけを作ったメンバーだ──と、特に明確なかけ声の類もなかったため、少々困惑しながら迷宮へと消えるパーティに続き、おっかなびっくりと言った様子で残りのパーティが続いていく。
それに釣られ、クリスがバックパックを取り、オリヴィアも荷物を手にしようとしたのを、俺は制した。
「ストップ! ちょっと待って!」
「え!?」
「はい!?」
浮かれて周りが見えていなかったクリス、オリヴィアがびくりと動きを止める。釣られて潜る、なんてあやふやなまま迷宮に入って、何か起こった時に即座に対応できるとは思えない。それに、今すでにこのパーティは危機にある。
「ちょっと出発前のミーティングをしよう」
有無を言わせずにそう言い、バックパックを椅子代わりに、俺はどかりと座り込む。ほとんど崩れ落ちるように座り込んだフィオナに続いて、訳が分からないままオリヴィアが座り込んだ。
「……急がなくていいの?」
出鼻を挫かれ、少し機嫌を損ねた様子のクリスが、それでもしぶしぶ、俺と同じようにバックパックに座り込む。
それに、彼女の言いたい事も解る。辺りはすでに静かだ。ここにいた生徒は残らず迷宮に向かい、入り口と、残った俺たちに向かってライナスさんが鋭い視線を飛ばしている。
「……うん。そっちはたぶん、大丈夫。「迷宮に入ったら開始」って言っていたし。長居するつもりもないよ。そんな事よりも……」
と、俺が視線をずらすと、クリスもようやく、俺が言いたい事に気づいたらしい。事態に気づき、バツが悪そうに顔をしかめた。
オリヴィアもフィオナの状態に気づき、フィオナの側に付き、背をさすっていた。
「このままだと迷宮探索以前の問題だと、俺は思う」
時間ももったいないので、ざっくりと結論から述べる。語弊があるのは解っていたが、フィオナが大きく一度、肩を震わせた。
「ご、めんなさい……わ、わたしの、せいで……」
泣きの入ったフィオナの言葉に、オリヴィアが俺を責めるような視線を向けてきた。もちろん、フォローはする、と目で反論し、フィオナに向かって話しかける。
「それは確かに一部部分ではあるけど、問題はそれだけじゃない」
「それ、だけじゃない……?」
ほんの少しだけ、フィオナの耳がぴくりと動き、こちらの話を聞いてくれそうな体勢になった。
「うん。まず、パーティが浮ついているのが問題。これは、俺も含めて、パーティメンバー全員に言えること。全員が初めて迷宮に潜るとはいえ、こんな状態で迷宮に入るのは危険だと思ったから、こうして話し合いの場を設けてる」
「う……」
「はい……」
約二名、反省するように呻く。もちろん責める積もりはない。俺だって集中できずに、ライナスさんの話を上の空で聞いていたのだから。そのおかげで、パーティがこんな事になってる、と気づけたのだけど。
「迷宮に入る前に、もう一度目的を確認しようか」
「最大で10層までの探索」
「そこまでの地図の作製と、遭遇した敵のレポート作成、ですね」
クリス、オリヴィアがそれぞれ答えてくれる。ちゃんと事前に決めておいた成果と言えるだろう。
「そう。そして大前提にあるのは、命を大事に、無理はしない、ってこと。今回は迷宮に慣れて、そこまでできれば満点って事を忘れないで。そしてフィオナ。クリスとオリヴィアが言った目的は、一人でしなければいけないこと?」
「一人じゃ……ない、です」
「そうだね。俺も迷宮は怖いけど……一人じゃない。みんなで協力していこう。みんなでなら、怖さもきっと人数分、等分できるよ」
俺は、彼女が何でここまで怯えるか解らなかったが、メンバーにする、といった以上はここを無視して進みたくはない。だが、進まない、という選択もまた、取りはしない。こんな所で逃げたら、彼女は自分に、遺恨が残るだろうし、俺たちとの関係も、きっとぎくしゃくしてしまう。
「でも、わ、わたし……」
「フィオナ、一緒にいこ!」
「私もいます、みんなで頑張りましょう?」
二人に押されるように説得され、フィオナはおずおずと口にした。
「一緒で、良い、ですか?」
躊躇いがちにそう聞かれ、俺は当然だとばかりに返してやる。
「もちろん」
それでもなお、フィオナの耳と尻尾に力はなかったが、幾分か元気を取り戻し、顔色にほんのりと朱が指していた。
「よし、今回の目的も思い出せたし、今度は油断せず出発しよう!」
はい、とそれぞれの返事が聞こえ、座っていたバックパックを背負い直し、俺たちは遅まきながら迷宮へと進み始めた。
大きく口を開いた迷宮の本当の入り口は、迷宮、というより、牢獄を思わせる無骨な建物の中にあった。この建物は、迷宮から魔物が溢れた際に、「門」となる役割のある場所だ。
その門となる建物の中、冷たい空気を吐き出す洞窟が口を開き、獲物が来るのを待ちかまえている──そんな、妄想をかき立てられるような、異様な空気を纏っている。
「それじゃあ、行こうか?」
幾分か気圧された様子の仲間に声をかける。
こりゃ、浮ついていたとしても勝手に気が引き締まったかな……? そんな風に思いながら、緩やかな下り坂になった、洞窟を下っていく。
洞窟内に明かりが完全に届かなくなる前に、俺はバックパックに吊していた筒状のランタンを取り出す。
ランタンを弄り、じゃき、と音を立てて、光源となる小さな魔石が現れる。余った筒の部分には、スリットが現れ、そこに小瓶に詰めた、魔物の血を生成した液体を入れる。
すると、ぽぅ、と魔石が輝きだし、太陽の明かりとは違う、白い光が明るく辺りを照らし出した。自作の魔力で動作するランタンだ。低級の小さな魔石を使った、簡易の魔導炉でもある。明かりをつける、というだけなら、市販していた普通のランタンでも良かったのだが、蝋燭の明かりよりもマシ、程度の明かりで、正直満足がいかなかったため自作した。
それに、燃料となる魔石も魔物の血も、迷宮内では補充が容易そうである、という判断もあってこれを使う事にした。
「明かりはこれだけで良いかな……全員、ランタンの使い方は覚えてる?」
メンバー全員にランタンは支給していたが、思っていた以上に明るいため、燃料の節約、という意味でも今は俺のランタンにしか明かりを付けていない。
「うん。……たぶん平気」
自信なさげなクリスに続き、残る二人も頷く。
「それにしても、とても明るいです」
「……ちょっと、まぶ、しいです」
「まぁ、魔法を元にしてる明かりだし、自然の光とちょっと違うからね。その性かも」
ともあれ、その眩しい位の明かりは、足下の確認、という意味では絶大な威力を発揮していた。
しかし、それはリスクを伴っていたようだ。
「ギャ、ギャ、ギャギャ!?」
うねるような洞窟の内部を進み、最初は全員が並んで歩けた道も、今は狭まり、先頭を行く俺と、途中で明かりをつけた、最後方のオリヴィアの明かりを頼りに進んでいたところで、離れた所から警戒するような魔物の声が聞こえた。それが段々と、こちらに近づいてくる。
どうやら、明るすぎるランタンの光に気づいたらしい。
「この声……ゴブリン?」
「みたいですね」
クリス、オリヴィアはすでに警戒態勢になり、俺もバックパックを下ろして、刀を抜いた。
迷宮での初の戦闘が、始まろうとしていた。
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最近、友人にリレー形式で一本書いてみない!?と、しつこ……もとい熱心に誘われ、書き始めました。
当分はロボ厨の方に集中するよていのため、ロボ厨の更新速度が変わることはないです。それに、こちらの作品は友人が更新する…はず!




